西洋中世学会『西洋中世研究』 14
~知泉書館、 2022
年~
西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。
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【特集】中世のユダヤ人
<序文>
佐々木博光/田口正樹「特集「中世のユダヤ人」に寄せて」
<論文>
志田雅宏「中世西欧のユダヤ教における対キリスト教論争文学の嚆矢―ヨセフ・キムヒ『契約の書』とヤアコヴ・ベン・ルーベン『主の戦い』―」
嶋田英晴「『レシュート( Reshūt
)』研究序説」
佐々木博光「中世のユダヤ人迫害、その動機づけの歴史」
関哲行「中近世スペインのユダヤ人とコンベルソ―異端審問制度と「血の純潔規約」を含めて―」
黒岩三恵「 1370
年ブリュッセルの聖体冒瀆事件―出血聖体崇敬、ユダヤ嫌悪とサント・ギュデュル参事会聖堂の装飾―」
【講演】
ティル・ホルガー・ボルヒェルト (
杉山美耶子訳 )
「ブルゴーニュ公領ネーデルラント及びヨーロッパにおけるヤン・ファン・エイク芸術の遺産( 1440-1470
年頃)」
【論文】
桑原夏子「ピサ、サン・フランチェスコ聖堂サルディ礼拝堂壁画―タッデオ・ディ・バルトロ《聖母のよみがえり》の制作背景―」
伊丹聡一朗「ウシクイニクとは何者か?―中世ロシア河川賊とノヴゴロド政治権力の展開―」
藤田風花「キプロス王国における宗派併存体制の成立―「キプロス勅書」の意義をめぐって―」
【研究動向】
武藤奈月「古代物語 (roman d'antiquité)
の研究動向」
【新刊紹介】
【彙報】
小澤実「西洋中世学会第 14
回大会シンポジウム報告「危機を前にした人間:西洋中世における環境・災害・心性」」
松本涼・福田智美・頼順子「 2021
年度若手セミナー報告「頭と舌で味わう中世の食文化:レクチャー編」」
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特集序文は、まず、関連する基本的な研究史を整理します。ここでは、迫害を中心とする研究から、共存を強調する研究へのシフトが見られることを指摘したのち、本特集としては、迫害の歴史も共存の歴史も軽視せず、双方の研究動向のいずれにも配慮するという方針が示されます。その後、特集の各論文を紹介し、「迫害の歴史がなぜ繰り返すのか」という問題提起を行います。
志田論文は、対キリスト教文学の歴史を概観したのち、副題にある2つの主要史料について詳細な分析を行います。当該ジャンルの著者たちが持つキリスト教文学に関する知識(=キリスト教との相互関係)の重要性や、主要史料がキリスト教への論駁だけでなく、それを通じて「ユダヤ人社会のための規範を提供」 (22
頁 )
するという、教育的な目的もあったことから、読者として同時代のユダヤ人を想定していたという興味深い指摘を行います。
嶋田論文は、イスラーム社会におけるユダヤ教徒の境遇を考察するうえで、ユダヤ教徒同士の強固な信頼が彼らのネットワークを支えていたことを指摘し、それを示すものとして史料に現れる「レシュート」(「学塾の歳益権」を意味するが著者は「管轄」と訳)という語に着目します。「レシュート」分析自体は末尾で、今後の課題として取り上げられますが、ここでは(少なくとも私にはなじみのない)イスラーム社会におけるユダヤ人のネットワークに関する状況について知見が得られ、興味深いです。
佐々木論文は本特集の中で最も興味深く読みました。ユダヤ人迫害の動機付けとして、「儀礼殺人」、毒物投棄疑惑、経済的動機などが挙げられ、それぞれの実態を史料をもとに示します。興味深いのは、毒物投棄疑惑について、ユダヤ人の毒物投棄によりペスト禍がもたらされ、迫害されたとの説明が多いが、同時代の目撃者の説明では、毒とペストを結びつけて説明している史料はわずかと指摘されることです。また、高利モチーフで迫害を説明する事例は前近代にわずかであり、近代以降に増加するという、歴史叙述におけるイメージの変容も明らかにされます。
関論文は中近世スペイン帝国におけるコンベルソ(改宗ユダヤ人)やマラーノ(偽装改宗者)に対する審問の在り方を、メキシコなども含むグローバルな観点から論じます。
黒岩論文は、副題にある聖堂装飾における、ユダヤ人が関与した聖体冒瀆に関する事件・物語を扱う装飾を題材とした分析です。
ボルヒェルト講演は、ファン・エイク及びその工房の技術が伝播していった様子を概観します。
桑原論文は標題壁画に描かれた、ほとんど類例のない《聖母のよみがえり》図像が描かれた理由や意義について、製作者、発注者、聖堂を管理していたフランシスコ会士たちの3者の状況の詳細な分析を通じて明らかにする興味深い論考です。
伊丹論文は、中世ロシア河川賊「ウシクイニク」について、その構成員、活動時期、活動範囲、活動内容の分析を通じて、「ウシクイニク」の定義を与える論考。一点、史料により「ウシクイニク」に肯定的視点を持つものと否定的な視点を持つものがあるとのことで、図表2(「ウシクイニク」の活動年、場所、構成員について整理した表)に、当該活動を記録した史料の立場も付記しておくと、より議論が分かりやすくなったのではないか、と感じました(本文で十分読み取れない私の読解力不足もありますが)。
藤田論文は、第三回十字軍後、キプロスにカトリック系王朝が創始されたのちの、同王国におけるギリシア正教とカトリックの宗派併存体制の在り方を、教皇勅書などから分析します。
武藤論文は 12
世紀に創作されはじめる、古代の作品(『テーベ物語』、オウィディウス作品など)に着想を得た、古代物語と称される俗語作品の研究動向を、3つの局面に整理して概観します。
本号でも、新刊紹介では興味深い文献がいくつも紹介されており、いくつかはいずれ読んでみたいと思いました。
彙報は、オンラインと実地のハイブリッド形式で開催された第 14
回学会シンポジウムの概要と、中世食文化を対象とした若手セミナーの報告及び体験記です。特に前者はオンラインで拝見しましたが、たいへん興味深い発表が多く、本誌の中でも中世環境史に関する基本文献が紹介されているなど、あらためて勉強になります。
私が主に勉強しているテーマではない論考が多かったですが、ふだん読むことのない分野に関する知見が得られ、今号も大変勉強になりました。
(2023.01.22 読了 )
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大貫俊夫他(編)『修道制と中世書物―メデ… 2024.06.01
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