宮田光雄『きみたちと現代―生きる意味をもとめて―』
~岩波ジュニア新書、 1980
年~
宮田光雄先生 (1928-)
このブログでは、次の著作を紹介したことがあります。
・ 宮田光雄『キリスト教と笑い』岩波新書、 1992
年
本書は、高校などでの講演をもとにした1冊で、「生きる意味」や「平和」について考えます。
本書の構成は次のとおりです。
―――
I 生きるということ
1 きみたちはどこにいるのか
2 『夜と霧』の世界
3 生きる意味
4 かけがえのない人生
II
現代社会に生きる
1 歴史をつくるもの
2 政治参加の時代
3 コンフリクトとともに生きる
4 政治的想像力
III
みんなと生きる―シュヴァイツァーに学ぶ―
1 シュヴァイツァーは偶像ではない
2 アフリカへの道
3 みんなと生きる倫理
4 他のために生きる
IV
平和をつくり出すもの
1 剣をとるものは剣で滅びる
2 武器をとらない若もの
3 非暴力のたたかい
4 平和をつくり出すもの
あとがき
―――
それぞれ4節からなる4章からなり、まず構成がきれいです。
第1章は、冒頭で、受験戦争、本を読まないこどもたち、大学でのモラトリアムなど、 1970
年代のデータなどをもとに紹介した後、生きる意味を考える題材として、フランクル『夜と霧』をとりあげます。アウシュヴィッツ強制収容所に送り込まれたフランクルが、極限状況の中でも、他の囚人たちのカウンセリングを行うなど、生きる意味を見失わずに生き抜いたことが紹介されます。そして、第3節で、生きる意味として、フランクルにならって「創造価値」「体験価値」「態度価値」の3点を挙げます。第4節では、「私の人生は他のだれの人生でもなく、私の人生です。…それぞれが独自の意味と課題をもっています」 (44
頁 )
との言葉が印象的でした。
第2章は、冒頭にヒトラーを取り上げて導入とした後、主に政治参加のあり方について語ります。まず、歴史観として、ヒトラーなどの人物中心で論じる見方を「民衆不在の歴史観といわなければなりません」 (58
頁 )
と述べ、「歴史をつくる主体は、私たち自身であることを忘れてはなりません」 (61
頁 )
との立場を明確にします。そのうえで、政治参加について、「政治にかかわりたくないという態度もまた、じつは政治にたいする一つのかかわり方なのです…自分は中立であり、何もしていないといいはるとしても、政治の世界では「不作為の責任」をまぬがれることができないのです」 (64
頁 )
、「政治的無関心や政治への不参加を示す国民には、それに応じたみじめな政治しかあたえられないことを知るべきでしょう」 (66-67
頁 )
などと述べたうえで、イギリス議会では不一致や批判が歓迎されるという事例を紹介し、日本での政治(参加)のあり方への反省を促します。今から 45
年前の著作ですが、こんにちの異常な投票櫃の低さを鑑みると、現代にも通じる問題提起ですね。
第3章はシュヴァイツァー (1875-1965)
を取り上げます。アルザスの牧師の家に生まれ、 30
歳で故郷をたちアフリカに行き、医師としてアフリカの人々に寄り添った人物です。称賛されていた彼について、のちに、人種的偏見があったとかアフリカに近代的病院を建てなかったとか、といった批判が見られるようになりました。本書は、シュヴァイツァーの経歴や時代背景などをもとに、それらの批判が現代的見地からのものであり、的を射た批判ではないことを示します。
第4章は平和について。ここでは、戦時中、軍国主義教育が主流であったころに、「戦争や軍人ではなしに、文化のため、社会のため、世界平和のために勇敢に生きているような有名・無名の人びとこそが「真の英雄」なのだということを教えた」 (162
頁 )
恵泉女学園の河井道子園長の紹介が印象的でした。
以上、 45
年前の著作ですが、現代にも通じるメッセージも多く、興味深く読みました。
※宮田先生のご専門や『キリスト教と笑い』を「西洋史関連(邦語文献)」に掲載していることを踏まえて、本書も便宜的に「西洋史関連(邦語文献)」に掲載します。
(2025.12.09 読了 )
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