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論理的な能力の話を以前に書いたことがある。現在の日本社会の問題点のひとつは、「他者が見えなくなっている」ところにあり、それが論理力の衰退という形をとって表れている。これがその時の私の作業仮説であった。それでは論理を重視する欧米圏の教育はどのように行われているのか。もちろん私はそんなことは知らない。ただ、主に欧米で教育を受けてきた18歳前後の生徒とは日常的につきあいがあるから、彼らの様子からどのような教育が施されてきたかを類推することはできる。たとえば、現代文の選択肢問題を説明している時、こういうことがあった。それは本文の内容に一致しているか、していないかを○か×で判定させる問題だった。選択肢が5本あったので、私はまず生徒を5人指名する。一人につき、一本の選択肢を担当してもらうのである。そして、何をするかを説明する。「今、指名された人には裁判官になってもらう。まず、選択肢を自分で読み上げる。次に、その選択肢が有罪、つまり×か、無罪、すなわち○かという判決を下す。判決の後には、その判決の理由を述べてもらう。殺人事件の裁判で、「被告を死刑に処する。なぜならば、なんとなくやってそうな顔してるから」ということはありえないだろう。だから、理由はカンじゃだめ。被告の指紋がついた出刃包丁とか、そういう物証がないと、有罪を立証できない。選択肢の裁判でも、有罪の場合は、本文の何行目に○○と書いてあるから、というように、「物証」を示してほしい」そういって、しばらく裁判官に検討の時間を与える。「裁判官以外の人間は傍聴人、あるいは陪審員のつもりで裁判に参加すること。裁判官の判断に異議があれば、すぐに「異議あり」と発言すること。その場合にも、その異議の根拠を証拠にもとづいて指摘すること。いいね」これで準備完了。後は各裁判官の判断を待つだけである。生徒は高校修了段階まで外国で教育を受けてきた者たちが大半である。欧米圏以外で生活していた者も少なくないが、インターナショナルスクールに通っていた生徒が多く、欧米流の指導を受けていた可能性は高い。さて、彼らはそこでどのように考え、どのように語るだろうか。本文の具体的な箇所にもとづき、理路整然と自分の判断理由を述べるかというと、実はそうでもないのである。彼らはかなりしどろもどろに、ああでもない、こうでもないと、行きつ戻りつしながら、なんとか理由を説明しようとする。でも、その説明はなかなか核心に触れることができず、論旨も明快とはいいがたい。なんだ、欧米流の論理教育もたいしたことないじゃないか。そう思われるかもしれない。私も正直にいうと、以前にはそう思っていた。しかし、彼らの様子をよく観察すると、必ずしもそうとは言い切れないのである。まず、指名された生徒は、「えーと、よくわかりません」とはいわない。下を向いて沈黙することもない。日本ではほとんどがこの二つの反応のどちらかだが、「わかりません」と「沈黙」がないのが、彼らの特徴である。そして、とにもかくにも自分のことばでなんとか筋道立てて説明しようとする。結果においては、それが成功しているとはいいがたいが、彼らが途中で放棄せずに、なんとか最後までことばと論理で説明しようとしていることはたしかだ。そして、まわりの生徒はその発言に注意深く耳を澄ましている。彼のことばを真剣に聞いている。この雰囲気は外国で教育を受けてきた生徒に特徴的なものである。欧米流の教育が、結果として論理力の養成に成功しているかどうか、断言する自信は私にはない。いや、どちらかといえば、成功していないといってもいいかもしれない。少なくとも18歳前後の年齢層においては。しかし、最後まで論理的に説明しようとする意欲と、他人の論理的な説明に注意深く耳を傾ける姿勢を涵養することには確実に成功している。そう思う。そして、もうひとつの特徴。それは、生徒の説明を受けて、私がなるべく明快に選択肢の当否とその根拠を説明すると、その説明の核心部で、彼らがこくんと小さくうなずく、あるいは目が一瞬輝く、「そうか」とこころの中でつぶやく。それが手にとるようにわかるのである。論理的な説明の核心部で彼らがすとんと「落ちる」のがわかる。ここは説明がむずかしいところだが、彼らは論理だけで「落ちる」、つまり得心するのである。それに対して、一般的な日本の生徒の多くは、「なるほど、あなたの説明はよくわかった。でも、ほんとうに自分が納得するには、もうひとつ、情緒的、情念的な「押し」がほしい」という表情をするのである。そこでは「論理+情念」が必要になる。そして、おそらく、そこでは「論理なき情念」による説得も、あるいは可能になってくるのかもしれない(私はそういうことをやったことがないので、よくわからないが)。欧米を中心とする教育では、論理的に説明しようとする意欲、その説明を慎重に吟味し、受け入れようとする姿勢を育てることには成功しているように思う。そして、よく考えると、この二つがあれば、論理的な思考力や説明能力は自ずから育っていくのではないだろうか。とくに論理的な説明を受け入れる姿勢。これは重要である。しかし、彼らを説得するのは必ずしも容易ではない。彼らはきわめて「頑固」であり、なかなか納得しない。粘り強く食い下がってくる。しかし、ある瞬間、論理的な説明が彼らのもやもやした部分を光で照らした時、彼らは「すとん」と落ちる。そこで目が輝き、すっきりとした顔をする。こちらはそれを見て、「以上、終了」という形で説明を終えることができる。他者の論理的に明快な説明を受け入れることが、ある種の「快感」につながる。そういう感覚を彼らはもっているのだと思う。自力ではつなげることのできなかったあるものとあるものが目の前であざやかにつながった時の、背筋がぞくっとするような快感。その快感を彼らは知っているのである。そう考える時、論理的な能力は、けっして機械的な演繹力のみを指すのではなく、どこかで他者とのコミュニケーションとつながりをもつものであるように、私には思えてならないのである。
2008.08.29
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吉田満「戦艦大和の最期」(角川文庫)を読む。一読して、茫然とする。あれこれとことばを探るが、何も出てこない。これは安易な感想や感懐を寄せつけない本である。切れ切れに読んだため、全体像が頭の中にうまく焦点を結ばず、ただちに再読。そして、ふたたび思いに沈む。読み終えた私の頭のなかにある残像は、太平洋上に浮かぶ黒々とした重油の分厚い膜であり、そこで苦しみのあまり発狂して水没していった無数の兵士たちの姿であり、救護船の船縁をつかむ無数の手を、その船を沈没から守るために次々と切り落としていった救助兵の蒼白な顔面である。耳には高射砲の鈍い響き、戦闘機のエンジン音、爆撃音、炸裂音、巨大な水柱の吹き上がる轟音などが残っている。この作品に対しては、小林秀雄の「大変正直な戦争体験談だと思って感心した」という評語が核心に触れていると思う。正確にいえば、ここに描かれているのは「戦争」というよりも、「戦闘」である。副電測士として「大和」に勤務した吉田満少尉が、哨戒直として艦橋中央の羅針儀台上から見た戦闘の姿を、漢文調の文語体で綴った作品である。そこには美文をもてあそぼうとする姿勢は微塵も見られない。一人の少尉の経験した内面、外面双方にわたる「事実」が述べられている。その「事実」が読む者を圧倒するのである。ここにはこの戦争の全貌を俯瞰的に見下ろす視線は見られない。その視点はあくまでも吉田満の肉眼の位置に固定されている。誤解を招かないように言っておかなければならないが、ここに描かれた「事実」が読む者を圧倒するのは、その出来事が悲惨だからというだけではない。たしかにここには悲惨な出来事が描かれているが、それはあくまでも「事実」の一部である。だから、この作品を「戦争の悲惨さを描き出したもの」とのみとらえると、作品全体のもつ意味を取り逃がしてしまうことになる。ここにはある意味では、戦争のもつ「魅力」も描かれている。成算のまったくない無謀な特攻作戦に従事する彼らが、どのように自分の内面を支えたか、極限状況の人間と人間の間に通い合う温かな血のぬくもり、目前に迫る死にひるまない精神の高さ。激しい戦いの中にあって、ほとんど「私」を捨て去った人間の、ある種の潔さのようなものも、ここには描き出されている。彼らがどのように内面を支えていたかということについては、臼淵大尉の次のような発言が記録されている。「進歩のない者は決して勝たない 負けて目ざめることが最上の道だ 日本は進歩ということを軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」だから、この本には戦争を肯定するものだという非難が寄せられたという。終戦後、占領軍の検閲にかかり、長く出版を禁じられたともいう。しかし、先の大戦で兵士のこころに存在していた価値意識や倫理観も、戦争の「事実」の中に含まれるはずである。それらを「悲惨」や「野蛮」や「狂信」ということばのもとに葬り去った後に、はたして真の戦争反対の礎を築くことができるものかどうか。私は疑問に思う。この本を読むことは、戦争を「見る」ことであり、「感じる」ことである。そこで何が行われたか、もしも自分がそこにいたら、いったい何を感じ、どう振る舞ったか、それを想像力の及ぶ限り、できるだけリアルに思い描くことである。そのことの中にこそ、戦争を考え、それを拒否するための立脚点が存在するのではないだろうか。だから、この本を読み、ひとり思いに沈むことは、とてもたいせつなことなのである。「戦艦大和の最期」の初版あとがきで筆者は次のように述べている。「この作品の中に、敵愾心とか、軍人魂とか、日本人の矜持とかを強調する表現が、少なからず含まれていることは確かである。だが、前にも書いたように、この作品に私は、戦いの中の自分の姿をそのままに描こうとした。ともかくも第一線の兵科士官であった私が、この程度の血気に燃えていたからといって、別に不思議はない。我々にとって、戦陣の生活、出撃の体験は、この世の限りのものだったのである。若者が、最後の人生に、何とか生き甲斐を見出そうと苦しみ、そこに何ものかを肯定しようとあがくことこそ、むしろ自然ではなかろうか。」「このような昂(たかぶ)りをも戦争肯定と非難する人は、それでは我々はどのように振る舞うべきであったのかを、教えていただきたい。我々は一人残らず、召集を忌避して、死刑に処せられるべきだったのか、或いは、極めて怠惰な、無為な兵士となり、自分の責任を放擲すべきであったのか。――戦争を否定するということは、現実に、どのような行為を意味するのかを教えていただきたい。単なる戦争憎悪は無力であり、むしろ当然過ぎて無意味である。誰が、この作品に描かれたような世界を、愛好し得よう。」ここに示された考えに違和を感じる方もおられるだろう。私もまた全面的に肯定すべきかどうか、迷う。ただ、最後の一句、「誰が、この作品に描かれたような世界を、愛好し得よう。」ということばに、私は真実の響きを聴く。この一句にこめられた真実を聴きとるためにこそ、本書は存在しているのである。ただ一言だけ言いたいことがある。一機の護衛機ももたず、沖縄までの片道の燃料だけを搭載し、米軍の戦闘機群を自艦に引き寄せ、囮となるという大和最後の出撃作戦のなんという愚かしさ、無謀さ、無意味さ。国の権力の頂点に存在する、この巨大な愚かさと、その意思を末端で忠実に実行する兵士の勤勉、精励、精悍。この図式を私はけっして肯定できない。そして、この図式は必ずしも過去のものとは言い切れないのである。国家意思の末端の実行者たる国民が、その目を自分の足元ではなく、上に向け、その勤勉と精励と情熱を、自らの頭上に存在する巨大な愚かさを正すことに用いない限り、同じことはいつか、また、必ず起きることだろう。「誰が、この作品に描かれたような世界を、愛好し得よう」という吉田のことばにこめられた「世界」を象徴的に示す場面をご紹介して、この拙い感想文を終えたいと思う。これは艦橋で哨戒を勤めていた著者が、本来の自分の配置場所である後部電探室が被弾した際、その被害状況の報告を命じられて、電探室へ向かう場面である。「電探室前に走り寄る 「ラッタル」跡形もなし やむなく運用兵を呼び「ロープ」をとって下ろす堅牢安固なる対空電探室 六畳間大 四周に鉄壁をめぐらせるも、真二つに裂け、上部半ばを散佚す大斧にて竹筒を叩きわったる如きさまなり 直撃弾、斜めに深く抉り込み撃発したるか整備に整備を重ね今日の決戦に備え来し兵器、四散して残骸を認めず 部品の残滓すらなし一切を吹き掃われたるかと見れば、朽ちし壁の腰に叩きつけられたる肉塊、一抱え大の紅き肉樽あり四肢、首等の突出物をもがれたる胴体ならんあたりに弾かれたる四箇を認め、抱えきてわが前に置く焦げたる爛肉に、点々軍装の破布らしき「カーキ」色のもの付着す 脂臭芬々そこに首、手足が付け根の位置を確かめ得ざるは言うも更なり四箇の死屍の間に、判別を定め難きとは抱けば芯焼けてなお熱く、これを撫づれば手触り粗木の肌の如し数分前までここに活躍したる戦友、部下の肉体とこの肉塊と、同体にしてただ時を隔てたるに過ぎずとは 如何にして信じ得べき ここに宿りし四箇の生命は今何処他の八名は飛散して屍臭すら漂わず 何たる空漠か 今の瞬時までまさに現前せる実在は 如何なる帰趨を遂げしぞ 疑い訝(いぶか)しみてやまず悲憤に非ず 恐怖に非ず ただ不審に堪えず 肉塊をまさぐりつつ忘我寸刻」(吉田満「戦艦大和の最期」角川文庫版 p.66~68)
2008.08.26
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このところ、各地の高校に講演に行く機会が増えている。生徒向けもあるが、多くは教員対象。「何の話をしたらいいですか」と学校側にお聞きすると、「あの論理の話をお願いします」と言われる場合が多い。全国の公立高校の先生を対象とした研究会の席で「論理」について話した内容が口コミで伝わっているらしい。それをご所望されるわけである。おそらく最初は「学力低下」について何か話をしろといわれたのがきっかけだったように思うが、「学力低下」についてはほとんど自明の事実となっていて、誰も反論しないので(「いやあ、最近、生徒の学力が上がりましてなあ」という話は聞いたことがない)、ちょっと切り口を変えて、「論理」の話をしたのである。ただ、PISAの国際的な学力テスト以来、「日本の生徒は論理的な思考力・表現力が弱い」ということも既に常識となりつつあり、そのことだけを述べても、あまり面白みがない。第一、論理的な思考力が弱いというのは、別に学校の生徒さんに限った話ではない。「論理的な思考力が弱い」とさんざん口にしながら、「なぜ論理力が弱くなったのか」、「それは具体的にどういう形で表れているのか」という話を、私はほとんど聞いたことがない。WHYとHOWを問う力が弱いということは、そのまま論理的思考力の脆弱さを意味するから、大人たちもあまり偉そうなことはいえないのである。私はまず論理力の衰弱が具体的にどのような形をとって表れているのかを話す。ネタとしては「単語しゃべり」の話である。初対面の18歳前後の生徒(多くは男性である)と会って話してみると、この傾向は顕著である。典型的な例は以下のようなものだ。私の職場では授業の教材やプリントの管理も行っているので、時折、生徒が訪れる。彼らの多くは、まず、ぬぼーと入口付近に立つ。基本的に声をかけられるのを待っている。少し気の利いたヤツは「あのーー」と声を発する。「はい、なんでしょう」「えーと、あのー、しょうろんぶんー、なんですけどお」「はあ、小論文がどうかしたのかな」「しょうろんぶんのー、ぷりんとー」以上で会話終了である。このへんで話を打ち切って、すぐに有効な動作に入らないと仕事にならなくなる。彼が何を言いたいのかを翻訳すると、次のようになる。「私は先週の小論文の授業を欠席しました。ついては、その時に配られた小論文の解答例や講評のプリント類があると思うんですが、それをいただけないでしょうか。」しかし、彼が現実的に口にしたのは、「しょうろんぶんー」と「ぷりんとー」という 二つの単語のみである。このような発話様式を私は「単語しゃべり」と呼ぶ。そもそも論理とは何か。それは一言で言えば「つながり」である。ほんとうは「すじみちだったつながり」と言いたいところだが、少なくともつながっていなければ論理にはならない。つながりの反対語は「ばらばら」である。断片を断片のままで放置する姿勢からは論理は生まれない。そう考えると、単語しゃべりは論理とは対極にあることになる。そこでは単語と単語をつなぐことばが存在しないからである。もっとも、こういうしゃべり方は若者特有のものとは言えない。「ねえ、ぼくちゃん、のどかわいたでしょ。何が飲みたい?」「じゅーす」「おなかすいたでしょ。今晩何が食べたい?」「はんばーぐ」きわめて日常的な母親と幼児の会話である。「今晩、何が食べたい」と聞かれて、「このところ、野菜が続いているので、動物性タンパクを補給するためにぜひハンバーグを食したい」と論理的な根拠を示して答える幼児はいない。でも単語しゃべりを幼児語と断定することもできない。「おかえりなさい、あなた。お疲れでしょう。食事にします、それともお風呂?」「ふろ」こういう会話も珍しくない(いや、最近ではこういう会話はきわめて珍しいのかもしれないが、それはまたそれで別の話になってしまう。そういえば、この表現は昔のテレビドラマでは常套句だったが、最近はほとんど耳にしなくなったなあ)。いわゆる「めし、ふろ、ねる」もれっきとした単語しゃべりである。単語しゃべりをするかどうかは、話す人間の年齢によってというよりも、むしろ話しかける相手との関係によって決まる。そして、その関係はほとんど「身内」、もっといえば家族である。つまり、フレーズの素材である単語だけを提供すれば、あとのつながりは向こうで作ってくれるという親密な関係のなかで、この表現は成立するのである。身内や家族、友人などと話す時には、単語をつなぐ必要はあまりなく、したがって、論理を使う必要もない。私には現在の「論理力の低下」の原因は、どうもこのあたりにあるように思えてならない。必要性のない能力が衰えるのは、ある意味であたりまえのことである。「他者の不在」、そこにこそ論理性の衰弱の原因が求められるように思うのである。「誰でもよかった」――秋葉原の例の事件の犯人のせりふである。私はこのせりふは他者不在の状況を象徴的に物語っているように思える。「誰でもよかった」というせりふは、他者を意識しているのではないかと思われるかもしれないが、それは違う。「誰でもいい」人間を他者とは呼ばない。それは単に自分とは無関係な「誰か」ということにすぎない。他者とはどこまでも「意識可能」な存在でなければならない。「誰でもいい誰か」とは、要するに家族でも身内でも友人でもないという消去法の表現にすぎない。そこには明瞭に意識された「他者」は存在していない。だから、「誰でもよかった」というせりふは「他者」を想定することのできない精神状態を示す兆候的なせりふなのである。では、「他者」とはどういう存在か。それは、「私のメッセージを受けとって、理解してくれるかもしれない、今のところ目には見えない誰か」を意味している。いまだに会ったこともない、どんな人間かもわからない。しかし、いつか自分のメッセージを受けとってくれる可能性をもった存在、それが他者である。そういう他者にメッセージを送るためには「単語しゃべり」では意味がない。他者とはまだ文脈を共有していないのだから、単語だけでは何も伝えることができない。そこで必要なのは、論理の構築である。「つながり」を意識して、自分のメッセージを論理的な流れに整序することである。だから、初対面の人間に自分の言いたいことを伝える最も有効な方法は、できるだけ論理的に話すことなのである。通りで道を尋ねられて、情緒や情感で説明する人間はいない。できるだけ論理的に、筋道立てて説明しようとする。そして、その説明が上手な人間とは、見も知らない他人の置かれた状況を的確に想像する能力に長けている人間である。そこにこそ論理的な説明能力の原点がある。論理的な能力が低いこと自体は、私はたいした問題ではないと思っている。能力が低ければトレーニングをすればいいのだし、論理的な思考力は典型的な後天的能力だから、トレーニング次第でいくらでも伸ばすことができるはずである。ただ、そのためにはひとつだけ前提条件がある。それは「自分は論理的な説明能力が低い」という自覚をもつことである。周囲の人間が自分を理解してくれなかったならば、その原因を自分の論理的な説明能力の低さに求める姿勢、それだけは最低限、必要なのである。ほんとうにそうなのかどうかは、この場合さして重要ではない。たとえ、事実とは異なっていたとしても、自分の説明能力が低いかもしれないという自己を疑う姿勢のなかにこそ、論理力向上の鍵がある。そして、相手に自分の意志が伝わらない時に、まず優先的に自らの説明能力を疑うというのは、なによりも最も「論理的」な姿勢なのである。知性的であることの最低条件は、自己懐疑の精神だと誰かがいったが、まことにその通りなのである。しかし、周囲が自分を理解してくれない時に、「それはまわりが悪いからだ」と考えると、論理力の向上はその時点でストップしてしまう。そして、被害者意識のみがいたずらに肥大し、あらゆる不都合の責任は他者にかぶせられることになる。そうなると論理力とともに自己責任能力も徐々に損なわれてしまう結果に陥る。例の秋葉原の事件の犯人の書き込みがすべて断片的なフレーズであったことを私は思い出す。会社で自分の着るべき作業服がなかったという事実を説明することなしに、ただその時の「むかついた」気持ちだけが細切れに書き込まれる。そして、その責任は特定の誰かには収斂しない。明瞭に意識することもできない「誰でもいい誰か」が、ぼんやりとした責任の担い手として頭のなかに浮上する。他者を想定できない精神の弱さは、結果的に無差別殺人にまでたどりつく可能性を秘めているのである。他者不在の状況が根本的な問題だとすると、われわれがなすべきことははっきりしている。それは他者を存在させることである。メッセージの受け手となる可能性をもった「他者」を彼らの目の前に置くことである。はたしてその他者を演じる人間とは誰か。私はそう問いかけて、静かに自分自身を指さし、聴衆の一人一人を指さし、そしてそっと壇上から降りる。そういう講演を一度はやってみたいと思っているのだが、そんなおそろしいエンディングをやる勇気は、当然のことながらまだないのである。
2008.08.19
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カポーティ「ティファニーで朝食を」(村上春樹訳)を読む。夏期講習で三週間連続の授業をやっている最中、行き帰りの電車の中で何を読もうかと考えた。いったんは吉田満「戦艦大和」を手にとったのだが、くたくたに疲弊してぼろ雑巾のようになった頭には、ややハードすぎる選択だった。30頁そこそこで早くも挫折。さて、どうしたものか。でも、それに代わる本をなかなか思いつけない。朦朧とした頭で会社のデスクの引き出しの中をごそごそと探っていると、鮮やかなティファニー色(ティファニー・ブルーというのだろうか)の装幀が目に入る。これならばなんとかなるだろうということで、その本を通勤カバンの外ポケットに放り込んだのである。私はカポーティの良い読者ではない。これまでに読んだのは「冷血」ただ一冊のみ。それもつい最近のことである。彼の小説らしい小説を読むのはこれがはじめてだ。「ティファニー」を読みはじめてまず気づくのは、この作品のさまざまな箇所で村上春樹作品のあれこれが頭に浮かぶということである。「以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。」という書き出しは、「よくいるかホテルの夢を見る。」という「ダンス・ダンス・ダンス」の冒頭部を思わせる。そのアパートメントの最上階に住んでいたという日本人のカメラマン「ユニオシさん」は、明らかに「ダンス」の「ユミヨシさん」のルーツだろう。失踪した妻を捜しにアパートメントを訪れるドク・ゴライトリー。消えてしまった妻を捜しにいくという話型そのものが、「ねじまき鳥」を連想させる。おそらく村上の頭の中には、この作品がまるで現実の出来事そのもののように、ありありとリアルに存在しているのだろう。そして、彼が自らの想像力を起動しようとする時、「ティファニー」の断片が、彼の想像力の螺旋状のうねりの中に知らず知らずのうちに混入するのだ。その結果として、「ティファニー」のフラグメントが、村上作品のあちこちにばらまかれることになる。そういうことではないかと思う。村上にとって、この作品は文学的創造力のなし得る達成モデルのひとつなのだろう。そして、事実、「ティファニー」はそういう評価にふさわしい作品といえる。 しかし、この作品は一見すると、さりげなく、なにげなく、淡々と書かれているように見える。とくに奇をてらうこともない情景描写、生き生きとしてはいるが、特別に劇的とはいえない会話、小さなエピソードの積み重ね。だが、その作品の自然な流れにからだを預けていると、すうっとそのフィクションの大きなうねりの中に吸い込まれてしまう瞬間が訪れる。物語の深みにからだごと奪いとられてしまうような感覚を味わうことになる。その物語世界の深さは、ホリー・ゴライトリーという女性の存在の深さと一致している。奔放でわがままで天衣無縫な一人の若い女性の像は、まったく場違いな市立図書館で黒いサングラスをかけたまま、南米関連の図書を読みあさるエピソードによって微妙な立体感を帯び、「僕」が気になっていた350ドルの高価な鳥かごをクリスマスにプレゼントすることで別の角度から光を当てられ、そして、彼女を捜しにやってきたドク・ゴライトリーの存在によって決定的な影を背負うことになる。この作品の構造は、現在から過去を回想し、その過去の起点から徐々に時間が進行し、その中で、登場人物の生い立ちへと時間を遡行し、そして、そこからまた時間が前に進む、という折れ曲がった時系列を軸に組み立てられている。時間を後戻りし、そこから時間を進め、そこでまた後戻りし、という流れで作品が物語られていく。そして、結果として、時間は確実に過去へとさかのぼっていく。屈折しながらも、確実に過去へと帰っていく視線。カポーティの作品の核には、この「過去への視線」が存在しているように思う。同じ本に収録されている「花盛りの家」。ここには汚れのないものと汚れたものとの絶妙な混淆がある。私はこの作品が好きだ。汚れのない女性が一挙に汚れの世界に落ちながら、そこで汚れのないこころを守りつづける。一人の男が彼女を汚れのない世界へと連れ去ろうとして、ふたたび汚れにまみれ、しかし、そこでも汚れのない世界への憧れを捨てない。この汚れと汚れのない世界との、反復横跳び運動は、先に述べた過去と現在との無限の往復運動を思わせる。「花盛りの家」においては、この両者はどちらかに偏することなく、絶妙なバランスを保ったまま、見事なラストを迎える。「クリスマスの思い出」もほとんど奇跡的といっていいほどの作品だ。まったく何の脈絡もないのだけれど、私はこの作品を読んで、村上春樹の「蜂蜜パイ」を思い出す。「なぜ?」。そう聞かれても私には答えられない。でも、この二つの作品には、その根底に「同じもの」が通底している。何の根拠もなく、そう感じるのだ。村上氏ならば、おそらく「イノセンス」ということばを使って、それを説明するのだろう。しかし、私の語感はそれとはわずかに異なる。「イノセンス」を無垢でけがれのないものとだけ定義づける立場を私はとらない。それはある意味では、とてつもない残虐や暴力にもつながりうる両義的な意味をもつことばだというのが、私の感覚である。では、カポーティの作品の底に流れる「何か」をどうことばであらわしたらいいのだろう。失われたもの。あるいは失われたものとしてしか認識しえない、あるもの。どこまで接近しても、ついには到達しえないゴール。そういうものを目指してカポーティは作品を書いているように思える。そして、書けば書くほど、その作品世界の可能性は確実に狭まっていく。村上作品は、その隘路を認識し、それを意識的に乗り超えようとしたところから、新たな展開を始めたように思える。その針路を決定づけたのが「ねじまき鳥」だったのだろう。ただ、カポーティの作品は、たとえ、その行きつく先が行き止まりだということを知っていたとしても、あるいは知っていたからこそ、限りなく甘美で、かつ魅力的である。彼の作品世界そのものが、限りなく美しいことを私は認めざるをえない。たとえ、その美しさと限りない魅力が、「出口のない」閉ざされた世界に条件づけられたものであったとしても、である。
2008.08.15
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