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早すぎる 仕事全然片づいてねぇ
2011年08月31日
朝から様子がおかしい 変だ 身体が動かない あぁ 時間になっちゃうよ 急がないと 長男のお弁当作らなきゃ 次男の水筒とランチョンマット、お箸入れなきゃ あぁ次男の連絡帳書かないと それと制服の名札付け替えなきゃ ハンカチとティッシュをポケットに入れて お着替え 畳んでナップザックに入れないと あぁ 笛にピアニカ、クーピー持たせなきゃ アレルギーの薬飲ませないと いつもなら 焦りながらも手と身体を動かし どうにか時間までにこなせていた私だったが… 今朝はそれが全く出来ず、最後には 『間に合わないよぉ 出来ないよぉ 頭も身体も動かないよぉ』 と、家族を前にして号泣し その場にへたり込んでしまった 妻の 母の その尋常じゃない様子に 一時呆気に取られてしまった家族たち 窓も開けはなっていたから、おそらく隣近所にも その異様な光景・雰囲気は伝わってしまったであろう 時間に追われる朝 それでも時間は流れる 行かねばならぬ 気まずい顔をした家族が それぞれ小声で遠慮がちに 『行ってきます』 といい、出掛けて行った 旦那は次男を車に乗せた後、一旦戻り玄関口から 『今日は無理しないで 仕事休んだら?』 と声掛けし、再度出ていった 昨日から、自分でも自分の異様さ、危なさを実感していた 漠然と 『心療内科へ行かなきゃ』 と思ってた それが一夜明けてこんなに顕著に症状になって表れるとは 思ってもみなかった 先に婦人科で受診した更年期障害の検査結果は、今週末に出る 一年半前に受診して異常なしの結果が出た時、医者は素っ気なく 『ホルモン値は異常ないよ 精神科か心療内科へ行ったら?』 と言い放った だったら、とっとと行くよ とばかりの今日の受診となった 八年前に初めて受診したところは 総合病院で何かと便利ではあったが、先生の物腰の優しさというか緩さが、どうにも我慢出来ず、今回は意を決して別の、立地もよく 評判もさほど悪くない街中の個人クリニックへ行くことにしたのである なるほど立地も良く 受付の対応も 待合室の雰囲気もいい と呼ばれるまで、クリニック内を観察していた私だった そして待つこと30分 ようやく名前が呼ばれ、光が燦々と降り注ぐ診察室内へ 期待を込めて足を踏み入れた 中にいたのは中年の男性医師 あれ? 優しい女性医師が対応するのでは? という小さな驚きを隠しつつ、医師からは次々と質問が浴びせかけられた 待合室で私が書いた問診票を凝視し、疑問に思った箇所について、チッと舌打ちしながら結構キツい 言い回しで問いかける医師 なんなの? と心の中で思いつつも、我慢して応じていた私だった 自分の問診票を見て、一番最後に “辛くて切なくて…でもどうしようもなくて 受診しました” とあるのを見たら、なぜか涙があふれてきて…ハンカチで目頭を押さえながら その後は応じた次第 そんな私の様子に感じ入ることも動じることもなく、苦々しい面差しで淡々とカルテに問診内容を記入していく医師 あぁ この人は嫌だ 話したくない 帰りたい そう思った矢先に 『そんなに仕事辛いなら 人員増やしてもらうとか異動を願い出るとかしたら?』 とこちらを見るわけでもなく 冷たく言い放つ医師 『すでに申し出ています ですが 然るべき診断書がないため具体性と緊急性に欠けていますし、上司にはイマイチ通じていないようなんです なので診断書を書いていただけないでしょうか?』 『もう一回ちゃんと話してみなさいよ 薬は二週間分出すから、それ飲んでみて良くなればそれに越したことはないし、改善しないようなら その時は診断書書くようにすればいいでしょ』 とあっさり言い渡されてしまった 『いやそれでは上司は…』 と言い返そうとしたら、師長らしき女性に 『さぁ、診察は終わったんだから出ていってください』 と追い立てられ、診察室から追い出されてしまったのである 何が評判がいいクリニックだ 何が女医だ ぜんぜん聞いていた様子と違うじゃないか かなり憤慨しながら、クリニックを後にした私だった 結局、程度こそは言われなかったけど、私は鬱だということだけは判明した 八年ぶりの再発 しかも、自分的には前回よりも症状は酷い 信用おけないクリニックにはさっさと見切りをつけて、セカンドオピニオン受けなきゃだな そう思いながら、職場へ向かった私なのだった 明日からは大変だぞ 何かとな そう思いながら、動かぬ頭と身体を駆使し、無理無理仕事した私なのだった
2011年08月30日
一日でした
2011年08月29日
金曜日に婦人科を受診したんだけど、かなり長い時間内診されて 正直キツかった (T_T) そしたら その後遺症だろうか 今朝から不正出血 (ρ_;) んで お腹が痛い~ 気温も上がってきたので、せっかく回復しつつあった体調もまたイマイチっぽくなってきたよ (>Σ<) どうしてくれるよ?
2011年08月28日
所詮 あの学校は歴史という次元違いで根拠のないプライドに支配され、個々の資質云々を問う以前に終わっている悲しい場所でしかないんだと、今回しみじみ思いました こちらの意思を尊重する気はさらさらない 勝手な思いこみと間違った解釈の指導を受けて、この先四年も我が息子をここへ通わせないとならないと思うと、情けなくて泣けてきてしまいます (ρ_;) もう学校に頼らない 特別支援学級の今の中途半端な位置づけを 外から静観し 自分たちは外へ活路を見いだしてやる そのために、いつまでもクネクネ・メソメソしていられない
2011年08月27日
身体も気持ちも完全ではないが、一日仕事を休んだことで ずいぶん持ち直したので、とりま出勤した ボスの気遣いようはハンパなく、かえってウザいくらいだった (-"-;) なんとなしに午前中仕事して、お昼休みに私用をこなしに出掛けて、終了間際に買い込んできたファストフードをかきこんで… 午後からは一人孤独にお留守番 夕方になって思い立って時間休を取り、婦人科へ検診に行った ここ一年の自覚症状から 更年期障害 を疑い始めていて、前回の同検査から一年半経過していることもあり、診察予約が取れたことから すたこらさっさと出掛けた次第 予約時間は16時 しかし、私が婦人科へ行った時点で 待合室は満席状態 (・_・;) 待つこと一時間半 ようやく診察室にはいることが出来た頃には待ちくたびれて、肩や首がパンパンに凝り固まってしまっていた (T_T) 医師の問診にひととおり答え、自覚症状を述べ連ねて 自分が更年期障害ではないかという根拠を示していった 顔も上げず カルテにひたすらペンを走らすながら医師は 『年齢的に違うでしょ 不眠や情緒不安定は 別の要因から来ていることはたぶんにありますからね』 と私の見解をあっさり否定 しかしながら、じゃあそうじゃないという根拠を逆に知りたいし示して欲しいと、私も譲らず 結果採血して血中のホルモンの状態を検査することにした 結果は一週間後だそう これだから 医者は嫌い (;`皿´) 上から目線やめろや 患者に寄り添う優しい医療を理念としかかげている病院って ホントないんだな…としみじみ実感しました
2011年08月25日
休んだった 仕事 ざまぁ つか 誰も困んないけどさ 自分で自分の首を絞めるだけなんだけど… とにかく仕事する気茄子 もぉどーとでもなれ
2011年08月25日
そろそろ限界だな (>_<) 明日は仕事休もう そうしよう
2011年08月24日
息子たちの夏休みも 残すところ 今日と明日の二日のみ 楽しかったかな 充実していたかな 笑顔で明後日の朝 登校できるといいね !(b^ー°)
2011年08月23日
次男の小学校一年の時の担任と 実に久しぶりにお話しする機会を持つことが出来た o(^-^)o 軽度の精神遅滞&自閉症 それが次男につけられた診断名 三歳時健診で “発育が遅め” ということで “再検査・再度面接を要す” と言う流れで、市の子育てサポートセンターの紹介を受けて、市の担当医が最初につけた診断名は “自閉的傾向あり” だった その特徴的な動作や反応は、当時預けていた私立認可保育園内で問題視され、診断名がつくと ほどなく “自主退園” を促され、親子ともに心身ともに路頭に迷い、次男の将来を思うと悲嘆にくれた当時のことを 今でも鮮明に思い出す (ρ_;) 幸い、実家の両親の理解と協力を得ることが出来、自閉症児の保育に理解と実績のある市立保育所に移ることが出来て その後次男は心身ともに著しく成長出来たのである しかしながら、一難去ってまた一難 次にぶつかった問題は就学問題 養護学校就学レベルではない というお墨付きが、良くも悪くも学校選択を迷わせてくれた 親が共働きということから、最初から放課後に次男を預かってくれる専門の施設を探し決定したのだが、施設側曰く お迎えに行ける小学校が限定されてしまうとのこと 従って、その範囲内の小学校から、次男の就学先を決めねばならない…こととなった 何度も仕事を休み、時間を割いて 旦那と一緒にそれらの学校の特別支援学級を観に行った 次男の性格と症状を考えながら、そこへ通い学ぶ姿を想像しながら、それこそ何度も足を運び観に行った 納得いくまでその行為を繰り返すつもりでいたが、納得するまでかなりの時間を要し、最後には市の教育委員会から苦情を受ける羽目になってしまい、追い立てられるかのようにその選択を迫られた それでも、親として妥協はしたくない 次男のために納得いくまで検討したい ここだ!と思う学校を決め、最終的に本人を連れて行き、体感させ その様子を見た上で決定したい と、市の担当者に無理を言って、最後にはそれを聞いてもらったのだった そうやって決定し、今の小学校の特別支援学級に就学することにしたのだった その決め手となったのが、他ならぬ今日再会した元担任の人柄と当時のクラスの雰囲気 『あぁ ここなら次男を通わせることが出来る』 『この方なら、信頼して次男を預けることが出来る』 そう思い、実際その後一年間は 親子ともに充実した幸せな日々を過ごすことが出来たのだった しかし、そんな日々は前述のとおり一年で幕を閉じてしまう 元担任の転勤が決まったのだった ものすごい衝撃を受け、深い悲しみを味わったことも まるで昨日のことのよう そして、次男と私たちは現担任との新たな出会い&新たな日々が始まったのだった 現担任とは最初から 違和感を持って接することとなった 元担任に持てた親近感と安心感を、現担任の言動から持つことは出来ず、逆に不信感と不安感にさいなまれる日々を送る羽目になってしまった 素人目から見ても、明らかに特別支援学級の担任たる資質を持ち合わせていないのがよく判り、とても信頼を寄せることは出来なかった 日々の生活の中で、連絡帳を通じてでしか交わせない現担任とのやりとりは、特に最初の一年は不安を煽るだけのものでしかなく、私たちは胃の痛い思いを通年で味わうこととなってしまったのである そのあまりの不毛さと切なさに耐えかねて、私たちは救いの手を 元担任に求めたのだった その手段は主に電話 感情的になり、時には半狂乱に近い言動を電話口で繰り返す私に対し、当時元担任はかなりその対応に苦慮したと思う でも、決して私をそして現担任を責めることなく 私を労り・励まし 対応策を授けてくれて 本当に救われた思いがしたものだった そんなやりとりを、以来一年ちょっと繰り返してきたのだが、一年が過ぎ またいろいろな面で現担任とぶつかることが増えて来たため、またまた元担任へ相談 すると、夏休み期間中ということもあり、元担任も時間が今ならとれるというので ご厚意に甘えて今日転勤先の学校へ 旦那と一緒におじゃました次第 現担任の自閉症児に対するあまりの無理解に、転校を視野に入れ始めた私たち そのメリット&デメリットについて、次男の性格を熟知している元担任の意見も聞きたかったのである 実に4時間近い時間を割いていただき、私たちの悩みや前述の転校問題について 貴重な意見を頂戴することが出来、ずっと心の中にあったもやもやとした気持ちが、帰路に就く頃には払拭されて軽くなっていたのだった 本当に 私たちにとってこの方の存在は大きく ありがたい おそらく今後も何度も 次男について・その環境について相談させていただくようになるだろう 元担任にとっては、たぶんに迷惑な話だろうけど、私たちが分別と礼節を守ることで それを許してもらえるようにしたいと思っている
2011年08月22日
金曜日に起きた震度5弱の余震(我が地域の震度は4)の影響だろうか? それ以降、震度3~4程度の地震が割と頻繁に起きている 自宅がミシッと音を立てる度に、ハッと身を固くする私 震災以降、5ヶ月経った今でも未だに抜けない恐怖心 一体いつになったら、心身の安寧は訪れてくれるのだろうか? (ρ_;)
2011年08月22日
逃げちゃいけない きちんと正面から向き合わないとならない 親としての当然の責務 解っているんだけど、理由を付けていつも事実&現実から逃げてしまう私 (>_<) 情けないよ
2011年08月21日
突然ですが、ヘアウィッグを作りたくなりました o(`▽´)o今が限りなくミディアムに近いショートなので、真逆の超ロングが希望画像の感じが希望前から行ってみたいと思っていたサロンでオリジナルのヘアウィッグを作ってくれると知り、ぜひtryしたいと思った次第 (^_^)vただ今ストレス最高潮!今の状況を変えたいよおこれ 魂の叫び!まずはウィッグ次はアートメイクだ o(`▽´)oはっはっはざまぁみろぃ
2011年08月20日
天気予報どおり、今日は朝から涼しく過ごしやすい日でした (^_^)v こういう日って もうどれぐらいぶりでしょう? 8月に入ってからは 初めてくらいかな とにかく身体が楽でした 連日続いていた熱中症の予兆・初期症状も 今日に関してはまったく出ませんでした o(`▽´)o このまま 一気に秋に突入ですかね? 嬉しいような 寂しいような…複雑な気持ちですね
2011年08月19日
朝から汗が吹き出る もう何度めかの猛暑日 (>_<) 元々 ハイテク冷房機器がない私の職場では ひたすらその暑さに耐えねばならない 頭を使う仕事はすべて午前中にこなす 間に合わなかった分は夕方に 日中は暑さで 全く頭が動かないし 身体も消耗の一途なので、涼しい場所を探して そこでひたすら単純さ行に勤しむ…といった具合 (-o-;) 天気予報によると、こんな切ない毎日も 今日で最後 とのこと ( ̄∀ ̄) でも 今日が最高の暑さ になるという (・_・)エッ..? ど~すりゃいいんだ? と自分で自分に突っ込みを入れつつ、街中に出なければならない用事があったことを思い出し、それをお昼ちょっと前から実行・お昼を食べて戻ることにした (^w^) この暑さの中、皆が休んでいるところを休まないで仕事しているんだから いいっしょ! と、少し奮発したランチは さすがに美味しく大満足な味だった (≧∇≦) そして、また暑い中 職場に戻り 温い麦茶を片手に単純作業に打ち込んだ次第 やっぱり最高と言われる暑さは格別で、着ていた服が汗でぐっしょりになり、着替えに帰りたかったほどだった (ノ△T) そして 頭痛が始まりかけた頃 終業 ソッコー帰路に就いたのは言うまでもなかった ε=ε=┏( ・_・)┛ 夕べも全く眠れないくらいの熱帯夜だったため、疲れはかなり溜まっていて 長男が日中滞在し、キンキンにエアコンで冷やしてくれていたリビングでしばし横になっていた そんなこんなで、旦那たちが帰る頃にようやく回復した私なのでした o(`▽´)o 果たして予報どおり 明日以降は 秋の気配が感じられる天気 になるのか? せいぜい楽しみにしていたいと思います
2011年08月18日
何で私ばっかり (ρ_;) 理不尽この上ないわぁ
2011年08月17日
旦那と子供たちは 今日も夏休み だけど、私は一人出勤の寂しい身の上でした (┳◇┳) 案の定、頭と身体が重くて動かず、今日は気持ちを切り替え・割り切って 単純作業に勤しみました うちは予算がないので、会社の封筒を印刷機で自前で印刷して作っています (ちなみに、会社の事業案内やパンフレット、ポスターも自分たちで作っています) 印刷屋さんに頼むより、かなり安上がりで済みますので 計1000枚の封筒の印刷を半日かけて完成させました 暑い中、印刷機と格闘しまくりましたよ 途中何度も紙詰まりを起こし、製版も失敗してメゲそうになりました 規格外の印刷なので、インクの濃淡や印刷速度など 何度も失敗を繰り返すことで、ベストな設定を見つけだし ひたすらそれを根気強く続けていく作業でした 小さな会社なので、これで一年ぐらいは持ちます 失敗したものも、裏面再利用の紙に同じように印刷して、切り貼りすることで 再活用出来るようにしました 小さなことですが、エコオフィス実践してた次第です 今日あたりまで、世間もお盆休みのようでしたし、本社からも何の連絡もありませんで、ホント私も休んでしまえば良かった…と後悔したくらいでした (>_<) 体調は相変わらずよろしくなく、我ながらかなり不安を覚えています 代わりがいない立場なので、その点かなり気掛かりになってます (ρ_;) 離れたところにある部署の長に、近々その旨相談し 必要事項や重要事項をメールでつないでおこうかと考えている次第です 明日からは、世の中も通常勤務になるはずです 明日頑張って、明後日は自宅で休ませてもらおうと 薄く考えている私なのでした (┳◇┳) ちなみに、管理職等は今週いっぱい皆お休みしています 気楽でいいなぁ…と、若干嫉ましく思っている私なのでした (¬з¬)
2011年08月16日
昨日までの家族旅行の疲れが色濃く残った一日でした (ρ_;) 暑くて、エアコンの効きが悪く 具合が悪いのがあまり改善されない状況でした (┳◇┳) 戸を閉め切り、扇風機を活用させることで どうにかリビングを快適空間に仕上げることに成功し、ひたすら日中はそこで身体を休ませてもらいました ♪~θ(^0^ ) 連日熱中症になっていると、対処も慣れたものですね (`∇´ゞ そんな訳で、アイスノンと瞬間冷却スプレーは 今の時期 私には欠かせないアイテムになってしまいました (;∇;)/~~ 夕方近くになり、少しずつ身体が動かせるようになったので、かねてから気がかりで且つ 予定していたお墓参りに 家族で出掛けることにしました 自宅から近いということもあり、ついつい 『いつでも行けるから』 という甘えを重ねていくうちに、気づけば2人の息子たちは墓前に一度も立っていない状況となっていました (ノ△T) かなりの罰当たりな状況でした また、震災後私のところに度々現れて励ましてくれた亡き同級生のお墓も 同じ墓地内にあったので、御礼と報告を兼ねて 墓前に立ってきました ご先祖様にようやく子孫である息子たちを会わせることが出来、震災後 いろんな意味で悩み迷っていた私を導き励ましてくれた同級生に直接御礼を言うことが出来たせいか、それまで酷かった頭痛と吐き気が その後すーっと軽くなり驚きました その後判ったことですが、ずーっと絶え間なく続いていた頭痛と吐き気と食欲不振と腰痛は、 熱中症と月経前症候群との合併症 だったみたいです すっかり周期が狂って次の予測が立たなくなった月経でしたが、久しぶりに今回来ました 嬉しい反面、体調的にはしばらく悪いのが続くのが判って 何とも複雑な気持ちになりました (T_T) でも、ずっと気掛かりだったお墓参りが今日出来て…そういう意味では良かった一日でした (;∇;)/~~
2011年08月15日
クーラーなしで布団を掛けて寝た日なんて 一体いつぶりだろう (◎o◎) そのくらい涼しくて快適な夜だったし、素晴らしく寝覚めの良い朝でもありました (^_^)v 地元とほぼ10℃近く気温差があり、日中も最高気温が26℃という環境は ホント羨ましいし、遠路はるばる来て良かったと思いました o(^-^)o ペンションならではの素敵で美味しい食事をゆっくり満喫し、10時にチェックアウトしました 優しいオーナー夫妻に見送られて 名残惜しくもペンションを後にした次第です 子供たちも 『楽しかった また来たい』 と満足げな様子でした ホント来て良かったです 帰り道も延々旦那に運転を頑張ってもらい、途中 “塔のへつり” を観に立ち寄って、会津若松経由で帰路に就きました 会津高原から会津若松へ向かい、近づく度に気温がぐんぐん上昇し、前述の塔のへつりに辿り着いた時には30℃をゆうに超えた気温になっていました 来ていた服が滴る汗で ぐっしょりになってしまったのは言うまでもありません (;∇;)/~~ それでも、元気な我が家の男性陣はへつりを歩いて観て回ってきました 私はお土産やさんで一人涼んでいました (^_^)v お昼を食べる場所を漠然としか考えてなかったため、結局会津若松市内まで来てしまい、時間帯がピークと重なってしまったことから、インターチェンジ付近のファミレスでかなり遅い時間帯に摂る羽目になってしまいました (>_<) 一時回復した私の体調もそこで悪化のピークを迎え、もうゲロゲロ状態でした (>Σ<) 高速に乗って以降は、旦那には申し訳なかったけど 後部座席でひたすら休ませてもらいました そして気づけば地元に戻っており、馴染みのコンビニの駐車場に辿り着いていた次第です (;∇;)/~~ こうして2日間に渡る家族旅行は終わりを告げたわけですが、あわただしい中にも快適な場所で家族揃ってゆっくり過ごせてきたことが良かったし、嬉しかったです 震災以降、何かと制限の多い生活を余儀なくされていた息子たち 彼らが少しでも快適に楽しく過ごせる時間を と、急遽企画した旅でしたが、総じて良かったと自画自賛した母なのでした (^_^)v 冬休みも、今度は暖かい地域へ 少し長い時間滞在出来るように 今から親たちが仕事を頑張り その時間を子供たちのために捻出出来るよう心掛けていきたいと思っています 明日はゆっくり自宅で休みたいと思います
2011年08月14日
放射線量が地元より高めな旦那実家への帰省を 今年見送った私たちは お盆のこの時期に急遽 “会津高原への旅” を企画しました o(`▽´)o 原発事故による風評被害が甚大な県内観光地に、せめて私たちが行くことでいくばくか足しになれば…という気持ちもありました 会津高原は、我が家から片道200kmあまり ちょうど東京までの距離と同じくらいのところにあります お買い物に行くなら当然東京の方が魅力的ですが、家族で避暑に行くなら 会津高原の方が断然魅力的です (^w^) 本来ならもっと近いルートがあるのですが、震災の影響で一部ルートの通行が不能になっていること・県内横断ルートに関し、旦那がいまいち地理不案内ということもあり、被災証明を受けていることもあって 高速・磐越道を使い 会津若松を経由していくルートを選択することにしました 実際、なんだかんだと4時間ちょっとかかってしまいましたが、目的地が近づくにつれ、気温がぐんぐん下がっていくのが如実に判りました 標高1000mだそうなので、当然といえば当然なんですけどね (^_^;) 到着した先のペンションは可愛らしい建物で、優しそうなオーナー夫妻の笑顔が印象的でした 夕食まで2時間近くあったので、旦那は昼寝、長男はペンションの図書室から早速大量のマンガを借りてきて読みふけり、次男はテレビに釘づけでした ( ̄∀ ̄) 私は…と言えば、長男と同様に図書室から懐かしいマンガを借りてきて読んだり、携帯をいじったりしながら ゴロゴロしてました (*^o^*) 朝もお昼も皆軽くしか食べていなかったため、夕食タイムは待ちに待った楽しみでした 欧風家庭料理を得意とするオーナー夫妻の自慢の手作りの夕食は さすがに美味しくおなかいっぱいになりました (^w^) 私たちの他にも数組のお客様がいましたが、オーナー曰く 『今シーズンは県内の方が多いんですよ 今日は那須から来られた一組除いて、後は皆県内の方たちばかりです』 とのことでした 例年なら、隣県の栃木や群馬からのお客様や関東圏のお客様が多いそうなんですが、今シーズンは逆にそれがほとんどなく そういう意味では少なからず原発事故の風評被害を受けている…とのことでした 放射線量がほとんど計測されていない地域なのに、“福島県”というだけで被害を受けることの理不尽さを 今更ながら感じ入った次第です (>_<) 夕食後は部屋に戻り、また家族それぞれが思い思いのことをして過ごしました びっくりしたのは、エアコンなしでも十分涼しく、夜になって窓を開けておくとかなり冷えるということでした おかげで、かなり久しぶりにエアコンなしで しかも布団を被って寝るという事態に至りました (^_^;) 昼間の移動の疲れもあり、また前述のとおりとても寝やすい環境でもあったので、皆が寝静まるのに そう時間はかかりませんでした ビールが美味しい 明日はどう過ごそうかな そんな楽しい気持ちを抱きながら、家族旅行の初日を終えた私たちなのでした (*^o^*)
2011年08月13日
溜まっていた仕事を 今日一日で一気に仕上げ、片づけました ε=ε=┏( ・_・)┛ お盆休みは 今年は15日だけしか取れなかったけど、明日から家族で一泊二日の日程で会津高原へ旅行してきて、明明後日は 午前中は家族で自宅でまったりし、午後はお墓参りと私の実家へ夕食をごちそうになりに行ってくる予定です V(^-^)V 本音を言えば、もっと休みたかった (>_<) でも、他の職員に先に休まれてしまったし、他の仕事も山積しているので そう出来なかった自分の状況と立場を密かに恨もう はぁ (-o-;)
2011年08月12日
1日学んできました (^_^)v すごく為になりました 美味しいランチも食べられて 幸せな1日でした (≧∇≦)
2011年08月11日
気づけばかなり久しぶりに 旦那と遠路ドライブ&お買い物デートしてきました (^_^)v 往復の道すがら、たわいもない話をしながら 晴れて澄み渡った青空や深い緑の山々を眺めて 癒されてきました (*^o^*) 仕事でかなり疲れ ギスギスとした精神&肉体になってしまっていたので、無理無理ではありましたが、有休取って現場を離れたのは良かったんだと、しみじみ思いました 販売冊数がハンパない書店が入る某百貨店で約2時間過ごしました なんてことないウィンドーショッピングを延々とした後、美味しい生フルーツジュースをいただきました それだけで十分リフレッシュ出来ました (^w^) 明日からまた 気持ちを入れ替えてやっていこうと思います o(^-^)o
2011年08月10日
現実に引き戻される瞬間 机上に置かれた山のような書類 (T_T) 見ただけでゲンナリしてしまう さてどこから手を着けようか 急ぎの仕事は何だ どれだ “なんでもノート”と名付けて あれこれ書き込んでいる職場の私の大事なパートナーを開いて やるべき・優先すべき仕事を確認&把握する 昨年度一年間、あまりに日々やることが多すぎて、頭の中が大混乱状態で その結果 数々の失敗と失態を繰り返したことを 私なりに反省して編み出した方法である おかげで、かなり効率よく仕事を進められるようになった 今では職場で困ったことがあると すかさずこのノートを開く自分がいる 暑さでかなり非効率ではあったが、最低限やるべき仕事はこなせたと思う (一応、2時間残業してきました) 明日は9月に休みが取れない分、急遽有休を取得 (^_^)v 好きに過ごしたいと思っています
2011年08月09日
車で走り回ってきました 仕事はお休みです 暑い中、特に目的もなくブラついていました 今日もとても暑くて、切なかったです 東電の電気使用量が一時100%近くのギリギリの状態だったと、後で報道によって知り 目下エアコン一台で持たせている我が家としては 何とも複雑な気持ちになりました でも 削られるところを見つけ カットすべく努力したいと思います 明日は仕事 職場は冷房機器が扇風機しかない状態 願わくば少しでも気温が低くありますように…
2011年08月08日
言うが易し でもこなすは難し ひたすら己を信じて今は突き進むべし
2011年08月07日
昨日から今朝にかけて、心理的にかなり負担がかかる事由が私の中で発生し、対策と解決に向けての努力が必要となった 大したことない 後でも大丈夫 深い意味はないのでは? という思いもなかにしもあらず…であったが、年を重ねるに連れて そういうことに対し なぁなぁで捨て置く気にはならず、即結論を出すように行動に移すようになってきている自分に気づいた 昨日は仕事をしていても、そのことが頭を離れず とても苦しい思いをしたが、そういう意味では 職場や仕事の現況が恐ろしく立て込んでいたのは、ある意味救いだった おかげで勤務時間内は かなり集中して仕事と向き合うことが出来た なりふり構わず、どんどん詰めてこなしていったから 金曜日で身体的には疲れていたけど、月曜日に久々に有休を取る予定でいたので、それを励みに頑張ることが出来たものと思われる なんとも現金かつ単純な自分を ある瞬間笑ってしまった次第 そんなこんなで、定時帰宅 いよいよ問題と直接対峙することとなった 果たして、対策は堂々巡り 右往左往 散歩進んで二歩下がる…みたいなことが延々続いた 何度も投げ出したくなり、すぐ極論を提示したくなる でも、それは簡単に出来るけど リスクの高さは計り知れない 妥協はしたくない 解決したい 将来へ向けて少しでもいい方向へつなぐための今受けるべきリスクなら、甘んじて受けよう その思いでいっぱい まさに一心不乱で模索しまくった そうやって結果が出たのは、夜が白々と明け始めた今朝早くのこと 産みの苦しみを経て、お肌も身体も涙腺もめちゃくちゃ&ボロボロだったが…それでも最後には笑みがこぼれ、納得がいく形に落ち着いた これで良かったんだ 心からそう思えた そして、問題から逃げることなく対峙し、結論を出せた自分を心から褒めたいと思った さぁ 晴れ晴れとした気持ちになれたところで…寝ますか?
2011年08月06日
仕事 頑張ってます (`∇´ゞ
2011年08月05日
仕事がにわかに増えてあっと言う間に溜まって…一気に今日忙しさのピークを迎えた (>_<) 一人ですべてを抱えて仕事をしていると、よくこんな事態に陥る 要はテンパってしまうわけなんですわ (┳◇┳) そんなこんなでも、どうにか今日やるべき仕事 やるだけやれるところまではやりこなすことが出来た (ノ△T) しかし、それはお昼も食べず トイレにも行かず…8時間ぶっ通しで働き詰めた結果だった (T_T) 暑くて湿度も高い今日みたいな日に働くのは、それが限度 (ノ△T) なので、さっさと定時で帰宅しました (;∇;)/~~ あとは明日やりますよん とわざと明るく強がってみる あぁ虚しい (ρ_;)
2011年08月04日
世の中 これだけ人がいれば考え方もある まさに十人十色 それらに触れる度に いろいろな意味で勉強になります 最近は、昔からの友人と意見が真っ正面からぶつかり、一時空気が凍てつきました どちらかの意見に賛同…という結論には至らなかったけど、 『なるほどなぁ』 とは思いました 友人だからこそ お互い忌憚ない意見を話せるし、ぶつけ合うことも出来るんだなぁ…と どちらが正しいとも今は言えません おそらく、私たちが死ぬまで判らないとも思います
2011年08月03日
次男と同じクラスのお友達は“今日から三泊四日の日程で沖縄でのキャンプに参加”その後、引き続き“岐阜へ旅行”に行くんだそうな (^_^;)いずれも、“東日本大震災被災児童に対する自治体や各方面が企画したイベント”利用だそうで、“放射能汚染の肉体的・精神的ストレスから 夏休みの期間だけでも子供たちを解き放ってあげて自由に楽しく過ごしてもらう”というのがコンセプトらしい『へぇいいな そういうの』と思っても、我が子はなかなかそういうイベントに参加させられないてか出来ないのである (T_T)親が共働きで休みがなかなか取れないのは、こういう時はハンデというか不利同時に子供たちには申し訳ない思いでいっぱい (>_<)避難も疎開も出来ず・させられず、遊びにもなかなか連れて行けないんでは、親失格だよね?せめても…と、お盆は子供たちをどこかへ連れて行ってやりたいと、今更ながら検討・企画中さてさて間に合うのか?しがらみだらけで、自分のことだけで精一杯な私は、つくづく母としては落第点だと思う次第 (┳◇┳)
2011年08月02日
あっと言う間に8月になっちゃいましたね しかも月曜日 朝からやる気出ませ~ん 日曜日に戻りた~い って某CMの台詞を思わず叫びたくなるほどでした (T_T) でも 幸い過ごしやすい気温と天気で、頭と身体は割と快調だったので、目標値まで仕事はこなすことが出来ました 明日はまたまた大一番的な仕事が控えています 気を引き締めて いかないと…です 明日が終わったら…少し休みたいです (┳◇┳)
2011年08月01日
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