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30℃を超える真夏日を叩き出した昨日とはガラリと変わり、梅雨に目覚めたのか・・・今日はスッカリ朝から激しく雨降る一日となりました
昨日は、県外の大学に進んだ息子の顔を見に行ってきました高速をで駆ける事数時間・・・往復等すべて私がハンドルを握ったのです
今まで主人にお任せで、私は気楽な助手席だったのですが、実際に運転すると本当に緊張とストレスでした。息子の部屋に行き、部屋の掃除をして、親子でランチして買い物につき合って・・・「じゃあね元気でね」って帰ってきたのですが・・・一人暮らしをして、息子は確実に成長していました。
掃除が終わると「ありがとう」って言って、「お茶飲む」って言いながら冷蔵庫からお茶を出してくれる息子の姿にビックリしました。家にいるときは、こんなことしたこともなかったのに、人に気を遣うことをするようになっていたのです。
大学での課題をこなす為に、しばしば深夜遅くまで自習室にいるという話も聞き・・・住んでいるところが大学の近くで良かったと思う反面、誰に言われなくても自分で学習しようとしていることに感動しました。
馬鹿な母親はそれだけで胸が一杯になり目がウルウルしてしまうのでした。
そんなこんなで今日はドッと疲れが出て、雨も降っていることだし・・・『晴耕雨読』で過ごすことにしました
図書館で借りてきた白洲正子の『花日記』です。白洲正子は、戦後の日本のオピニオンリーダー・吉田茂の側近として知られた白洲次郎の奥さんで、随筆家で民芸の愛好者としても有名です。
父方の祖父が樺山資紀(海軍大将・伯爵)母方の祖父が川村純義(海軍大将・伯爵)という家柄に生まれ、幼い頃から能を習い、大正13年には女性として初めて能楽堂の舞台に上がっています
更に、学習院初等科を卒業後、アメリカに留学したりと当時としてはとても進んだ教育を受けています。
結婚した白洲次郎も、実業家としても有名で、東北電力の会長など数々の要職に付くなど日本の経済界の正にドンといえる実力者でした。戦後の連合国軍の占領下では、吉田茂首相に見込まれて側近として活躍しました。その際に、連合国軍司令官総司令部と対等に渡り合い「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人物です。
そんな二人が東京の南多摩にある鶴川に構えたのが『武相荘(ぶあいそう)』という古民家の農家を移築した別荘です。そこで気ままに好きな花を育てながら、民芸品に囲まれて過ごした日々を纏めたのが写真の本です。 白洲正子は、「民芸の父」と言われた柳宗徳などとも交流が深く、生活に根差した民芸品をこよなく愛し日々取り入れていました。新しいモノや便利なものが重宝されて次々と新製品が生まれる現代の中で、伝統的な日本の技を後世に伝え遺したいと勤めた彼女の功績は、今静かに評価されています。
私は以前、カルチャースクールで『民芸』について知る機会があり、彼女について学びました。シンプルだけれど心豊かな鶴川での彼女の生活は至福の日々だったことと思います。日本人らしい和の生活、良いですねぇ
時代超え語り継がれる和の歴史
磨くほど輝きを増す真の味
see you again ![]()
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久々のライブに胸躍る 2023.02.20 コメント(1)
自分へのご褒美とエールを込めて 2019.11.21 コメント(1)