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Aさんがいま住んでいる魂の国では、一人一日1000トンの楽しみを楽しんでいいと想定されている。楽しんでいいが、もちろん楽しまなくてもいい。(楽しまないというのも、それも楽しみかもしれないからだ)楽しもうとすれば楽しめる。そのように意図をしなくとも、おのずからにして楽しめるというのもある。だから力まなくともいいし、力んでもいい。楽しみはバラエテイに富んでいる。Aさんはこの魂の国にしばらくは逗留するつもりでいる。いろんな、いろんな国がある。どの国もそれぞれに工夫がしてあって、意趣に富んでいる。まあ、長い長いいのちの旅だ。それぞれの流派に従ってみるのがいいだろう。
2026.05.03
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夜。7時半を過ぎた。夕食を終えた。出された食事は皆美味しく頂いた。お風呂はまだこれから。昼間あれほど荒れ狂っていた雨は、いまは嘘のよう止んでいる。静かだ。昼間、城原川の川土手を車で走ったときにみたら、濁流が渦を巻いて激しかった。川上では相当に降ったのだろう。明日は晴れるといいな。孫たちがやって来たから、山へ入っていっしょに山菜摘みをしてみたい。
2026.05.03
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種を蒔いていた百日草が発芽してやっと移植ができるまでに育って来た。で、昨日、意を決して、それを庭のあちこちに移植分散することにした。実行した。楽しんだ。おおいに楽しんだ。移植するだけじゃないかと思うだろうが、なんのなんの、どこに植え付けようかとうろちょろする、これだって楽しいのだ。植え付けが終了したら、植え付けた苗が、去って行こうとする私を、手を振って見送ってくれる。それを感じると、いよいよ。いよいよ欣然となる。
2026.05.03
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今日は孫たちが来る、夕方には。玉葱畑の早稲玉葱収穫を手伝ってもらおうと思う。赤玉葱もしっかり太っている。マルチを使ったからだろうか。ただし、この北の畑は畑全面と周辺が雑草。怠け者をして半年ほっといたから、雑草メ、我が物顔をしていて草丈が高い。藪だ。さまざまなイキモノたちの住みかにもなっている。毒虫もいるかもしれない。都会に住む孫たちは、きっと怯(ひる)むだろう。
2026.05.03
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昨日のこのわたしのブログへのアクセス数が、今日朝確認したら、延べ329人になっていました。沢山の方に読んでもらえて嬉しいです。元気をもらえました。有り難うございました。わが家の見本蜜蜂の巣箱のまわりを、あのでっかいスズメバチが飛来旋回するのを見つけました。恐ろし! このままじゃ、蜜蜂危うし! 何か捕獲撃退法がないものか。情報を探しています。
2026.05.03
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おはようございます。6時に起床しました。障子戸を開けました。薄暗くしています。今日、5月3日は祭日。5月の連休が始まっています。というのに、朝から雨降り。たいした降りではないようですが。昨日、午後から日暮れまで、集落の辻にある馬頭観音様の周辺の草取りをして、そこにヒマワリ、百日草、マリーゴールドなどの苗を植えました。ちょっとした春の花壇ができました。この雨で潤います。
2026.05.03
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おはようございます。6時に起床しました。障子戸を開けました。薄暗くしています。今日、5月3日は祭日。5月の連休が始まっています。というのに、朝から雨降り。たいした降りではないようですが。昨日、午後から日暮れまで、集落の辻にある馬頭観音様の周辺の草取りをして、そこにヒマワリ、百日草、マリーゴールドなどの苗を植えました。ちょっとした春の花壇ができました。この雨で潤います。
2026.05.03
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おはようございます。6時に起床しました。障子戸を開けました。薄暗くしています。今日、5月3日は祭日。5月の連休が始まっています。というのに、朝から雨降り。たいした降りではないようですが。昨日、午後から日暮れまで、集落の辻にある馬頭観音様の周辺の草取りをして、そこにヒマワリ、百日草、マリーゴールドなどの苗を植えました。ちょっとした春の花壇ができました。この雨で潤います。
2026.05.03
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残された日を大事にしたいと思います。いいことばっかりにしたいと思います。いいことばっかりを掻き集めてきて、それをそうとして成立させて上げたいと思います。高齢者は残りの日が少ないのです。一日の輝きがどんどん増して来ます。いい日にしないともったいないのです。よくないことももちろんたくさんあるでしょうが、残されている日数を、それに我が物顔をされたくないのです。見る目が違ってきています。いのちを惜しんでいる者の目は、贅沢です。
2026.05.01
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5月1日、午前7時半。大空が見事に晴れています。晴れ渡っています。新しい5月の誕生を、大空がはっきりした意思を現して祝ってくれています。祝いたくてしようがないのです。万物がどんどん好転を始めているので、もういてもたってもいられないのです。いっしょに調子に乗りたいのです。青い空がいよいよ澄み渡ります。81歳のお爺さんにも、それが同化を誘って来ます、親しげに。お爺さんもうずうずした気分です。大空にこうもはっきりとした意図で以て祝福を受けている日、今日はいい日になります。きっとなります。
2026.05.01
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今日から5月です。風薫る5月です。体中を花にした椎の木が山を白くしています。椎の木の白い花は、強い生命力を爆発させるかのように、独特の強い匂いを放ちます。5月の風がどれだけ渡ってきてもこの匂いは消せないでしょう。山が生命謳歌の風に薫ります。
2026.05.01
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煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我正信偈よりぼんのうしょうげんすいふけん だいひむけんじょうしょうが 煩悩 眼を障って 見えずと雖(いえども)大悲は倦むこと無く常に我を照らせり わたしの煩悩がわたしの眼を障(さえぎ)っているので、(仏の大悲が)わたしには見えないでいるのだが、(仏の)大悲は倦むことがなく、いつもいつも(一方的に)(無条件に)わたしを照らしている。☆ よかったなあ、と思います。見えていたらタイヘンだっただろうと思います。感極まって、しょっちゅう泣いていなくてはなりませんから。見えないようにしてありました。これも大悲です。わたしは、だから不遜にもわたしの力で生きているような錯覚を覚えていたらよかったのです。大威張りをして。仏は償いなんかこれっぽちも求めていません。よかったなあと思います。仏の大悲によって地上が明るく照らされて、わたしが生きる希望に輝いていますが、それをわれわれは、仏の提供した大悲によるものだ、なんて思わなくて済んでいます。徹底した大悲です。光が、仏の大悲とともに、わたしの足下に届いて来ていても、そんなことは当たり前じゃないか、当然なことじゃないか、それが自然の摂理ってもんよ、とわたしたちは思っていていいのです。
2026.04.30
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ぼふう、悲しいか。お爺さんのぼふうが一人っきりで泣いている。泣くだけの涙が頰を伝って流れている。何があったのかは分からない。涙がぼふう老人を抱き留めている。老人は涙に抱き取られている。外からは、これが極上の幸福な時間に見えている。静かだ。とっても静かだ。いいことがあったんだろう、とってもいいことが。祇園山の山頂に椎の木が見える。白い花をつけている、白い房にして。
2026.04.30
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極重悪人(=我)唯称仏 我亦在彼(=仏)摂取中正信偈より 極重悪人(の我)は唯(ただただ)仏(の名)を称うべし。なぜなら、その極重悪人の我が(イチバン先に)仏の摂取(=救い)のただ中に在るのだから。☆極重悪人と仏は対極にある。であるのに、両者は引き合っている。遠く離れていればいるほど、強く引き合っている。まるで相思相愛のカップルのようだ。☆どちらが手を離してもこのカップルは成立しないのだが、どちらも手を離そうとはしない。最適なカップになっている。お互いがそれで感極まって落涙をしているのだろう。☆極重悪人のわたしが仏の救いのただ中にあるという受け取りは、単なる受け取りなのではない。事実を掴んでいるからだ。しっかりとその事実を掴んでいるからだ。動かしようもない事実を。☆それは片方だけで起こる現象ではないからだ。極重悪人のわたしが救われることで、はじめてブッダが仏陀たりえるからだ。だから救済の仏陀もまた感極まって落涙に及んでいるはずなのである。☆極重悪人がこの世界を生きて死んで、仏陀が仏陀の世界を生きて死んでいる。グリンピースの花がグリンピースの畑に咲いている。畑と花が、これでやっと美しくなって落ち着いている。
2026.04.30
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日本蜜蜂は小さめ。羽音は、しかし、高い。わが家に蜜蜂と巣箱が届いて、今日で養蜂3日目。そっと見に行く。お天気が悪いし、気温も低くなっているので、活動は控え目なようだが、それでも10数匹は、花蜜を探して、巣箱を出たり入ったりしている。巣箱の中には3000~4000匹が暮らしているらしい。花蜜を探す距離は1・5キロくらいらしい。あんなに小さい体型なのに、活動範囲は意外と広範囲のようだ。花蜜を求めて片道1・5キロを飛んでいく彼らには、さて、世界はどう見えているのだろう?
2026.04.30
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寒い。午後2時半を回ったところ、いま。昼食の後、しばらくお昼寝をした。寒くて目が覚めてしまった。窓の外は、霧雨が降ったり止んだりしている。今の時間は止んでいる。部屋暖房をつけて防寒する。足かけ電気毛布もオンにする。ジャンパーも着込む。暑いよりマシだけど。今日で四月が終わる。明日から5月。連休がスタートする。家内の喜寿の祝いで、子や孫が集結する。いきなり大家族になる。賑やかになりそうだ。
2026.04.30
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そんなこたあ、もう、どうだっていいことなんだよなあ。それを、ブツブツ言って不平にしている。よっぽど不平を抱くのが好きと見える。不平を抱いて快感は来ないだろうに! やっぱり不平に捕まって身動きが取れない。無い物ねだり、無い物ねだり、無い物ねだり、ばっかり。愚か者! 81歳になっても愚か者が治らないよ。そんなこたあ、もうどうだっていいことなのになあ! どうだっていいことに、なおなおなお、雁字搦めにされているお爺さんがいるよ。
2026.04.30
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生きて来た間ずっと、あれこれ望んだ願いをみんな叶えてくださったのだから、これ以上の<もっともっと>は、欲が深すぎるなあ。いつでも「はい、わかりました」で、<人生の店じまい>をしていいんだよなあ、計算上、理屈の上では。でも、まだ願望を起こしているなあ。日常茶飯事に。どっさりどっさり。死ぬが死ぬまで、オレは欲深だなあ。
2026.04.30
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おはようございます、四月の終わりの日、4月30日、雨模様の木曜日さん。今日も元気で目が覚めました。四月を構成したすべての日に感謝します。窓の外には、小雨に濡れながら、春菊の黄色い花が鮮やかさを増して咲き誇っています。春菊は食べられなくなりましたが、花がキレイだから抜かないでいます。今日は、夕方に、次女が京都から帰ってきます。久しぶりの帰省です。楽しみにしています。連休中はいっしょに過ごせるようです。早速、朝食後に、次女が好きな里芋の、皮剥きをしました。
2026.04.30
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おはようございます。4月29日、水曜日、今日は祭日です。夜明けとともに外に出ました。昨日、夕方5時過ぎに、友人が4月24日に分蜂したばかりの日本蜜蜂の、新しい巣箱を運んで来てくれました。西の畑の樫の木の老木と梅の木の老木の中間地点に、巣箱を設置しました。適当な日陰もあるし、西日も避けられるので。巣箱の入口が塞いでありましたので、今日の夜明けに入口を開けに行きました。日本蜜蜂は小さめな蜂です。しばらくするとぞろぞろぞろと入口を出て来ました。しばらく様子を窺っています。そのうち数匹が飛び出して行きました。新天地の探検をするのでしょう。活動開始です。新しい楽しみが生まれました。暑い夏場を乗り切ったら、秋口には甘い蜜が収穫できるそうです。
2026.04.29
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光が射して来ます。天地が輝いて明るくなっています。ここにわたしが居ることができます。わたしも光に輝かされています。無条件で輝かされています。そのことに思いを致します。これだけで、歓喜恍惚となってもいいことです。しかしそれはあまりにも当然なことでもあるので、当然視をしてすませています。絶対条件はこうしていつも当然視されているものばかりです。でも、有り難いことです。7時半、窓の外に朝日が昇ってきています。庭先の姫林檎の若葉が元気をアピールしています。
2026.04.28
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4月28日の朝が来ています。おはようございます。こうして、何気なく何事もなく、朝の挨拶ができるのを有り難いと思います。もしかしたらそうできなかったかもしれないからです。雨は降っていません。風もぴったり止んでいます。今日は歯科委員に10時の予約が入っています。入れ歯が出来上がったようです。歯がたくさん抜けていますから、これを補わねばなりません。午後からは畑に出て行きたいと思います、晴れていれば。昨日、友人が訪ねてきました。友人は日本蜜蜂を飼っています。この春、新しい女王蜂が分家して独立したので、巣箱ごと譲ると申し出てくれました。巣箱の代金は払いました。今日、運んで来てくれることになっています。養蜂は初めてのことです。ちょっと不安です。
2026.04.28
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わたしも地球星人に加えてもらえました。たった一度だけだったとしても、加えてもらったことに感謝します。これで地球とは馴染みの仲になれました。それ以上を欲張らないで、ここで感謝をしたことに留めたいと思います。やがてわたしは地球を離れていきます。美しい水の星、地球をいとしみながら、手を振って離れていこうと思います。
2026.04.27
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夜明け方4時から7時までは大リーグ、カブス対ドジャーズの一戦をテレビ観戦できました。3時間を楽しみました。こんなお爺さんにも楽しみが残されていました。感謝です。カブスは今永投手が先発しました。大谷選手が久々のホームランを打って会場が沸き立ちました。ドジャースが連勝しました。今永投手は敗戦投手になりました。
2026.04.27
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生きているうちにしかブログは書けない。いまお爺さんはお爺さんしながら、生きている。ということは? 絶好のチャンスのまっただ中にいる、ということだ。書かない手はない。これは、しかし、ブログを書くこと以外にも適応される案件なんだけど。庭先に待望の芍薬が赤い蕾を開きました。わが家の庭先には大輪の赤もあります、小輪の赤、小輪の白もあります。一年に一度の開花を迎えています。この前後はひたすら開花の準備に充てることになります。でもともかく一年に一度は開花の時、感激の時を迎えます。嬉しそうです。近くへ行けば、密やかだが、嬉しい声を聞くことができます。
2026.04.27
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晴れの日と雨の日が一日ごとに入れ替わる四月。昨日は終日雨。今日は朝から快晴。気温は昨日と変わらず低いようだ。ジャンパーが脱げない。今日は月曜日。社会が活動の歯車を回し始める。高齢のこのお爺さんは畑に出勤する。落花生の苗を買ってきてあるから、日が昇って来てから、これを植え込むことにしよう。するべきことがあるのはシアワセ。よろよろよたよたなんだけど、身体を動かしていれば、そこそこの元気がもらえる。畑には春菊が黄色い可愛い花を咲かせている。
2026.04.27
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早島鏡正著「正信偈入門」を読んでいます。愛読書です。何十年も読んでいます。何度も何度も繰り返し繰り返し読んでいます。どのページを読んでも、嬉しくなります。出遭いに感謝します。ジイイイイ~ンと来ます。お腹いっぱいになります。後は目を閉じて安心を呼吸します。
2026.04.26
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死は「即刻無条件極楽往生成仏・入涅槃界」の体現である。信仰心を持とうが持つまいが無条件である。問われることがない。無条件である。それをせしめるのは、宇宙のダンマであり、完全利他行の慈悲だからである。救済は平等無差別である。あれこれ条件をつけるような救済の慈悲ではない。条件をつけるのは我ら人間である。慈悲は、我らが条件世界を超えたところで成り立っている。・・・と、お爺さんは思っている。もし、条件がつけられるようなら、お爺さんは即刻アウトである。お任せで良いのである。安心をしていていいのである。生死は安心の内に遂行されている。畑のニラが雨を受けてキラキラ輝いている。此処はお慈悲の世界だからである。
2026.04.26
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雨がシトシトシトシト降り続いている。畑に出ては行けないので、家の中に籠もっている。でもいい。今日は、ドジャース対カブスの試合をテレビ観戦できた。佐々木朗希投手が先発した。6回途中で降板。試合は大量12点をもらって、終了。勝ち投手となった。カブスの鈴木誠也選手は、佐々木投手からホームランを打った。我らが大谷選手は久々のヒットを打った。雨の日曜を楽しんだ。
2026.04.26
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4月26日、日曜日。雨。夜中に降っていたのだろう、畑の土が湿っている。午前7時段階では、雨は上がっている。曇天をしているから、雨模様の一日になるのかもしれない。今日はこの集落の道公役(みちぐやく)の日。「みなさんお集まり下さい」の放送が入っている。道路や川や溝の草刈りや整備がおこなわれる。7時に始まって10時には終わることになるだろう。その間は、雨が降りませんように!
2026.04.26
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「生む」は能動態表現。「生まれる」は受動態表現。「死ぬ」は能動態表現。でも、これには受動態表現「死なれる」がない。「死なされる」はある。「殺す」の受動態「殺される」はあるが、ニュアンスが違う。人は、自分で自分を生むことができない。「生まれる」ことしかできない。「生んでもらう」しかない。自己の生存スタートにいっさい関与ができないのだ。「死ぬ」はどうだろう? 「自殺」はあり得るが、これはあくまで「殺す」という捉え方である。受動態がないから、自力で「死ぬ」ことが完了する、ということだろうか? このプロセス、自己生存のフィニッシュは、ほんとうに自力で完了するのだろうか? 人はほんとうに自分の力で、自己を終了できるのだろうか? 人は、老いによって、病によって、人の肉体は衰えて、生存が困難になって、死を迎える。死のうと思って死ぬのではなく、不可抗力的に死なされて、死を迎える。そして人間の死が成立する。成立する条件がすべて完全に整ったので、あるいは整えられたので、わたしの死が成立できることになる。条件整備をしたのは、しかし、わたしではない。ここまでのプロセス、自己生存終了までのプロセスを、他者や自己以外の慈悲と智慧に、お任せをしていたのである、絶対信頼をして。大いなる慈悲と大いなる智慧のダンマ=自然界法則に。導かれて守られて助けられて救われて、死が完了する。次へのステップ移行が完了する。人は自分の裁量では死ねない。大いなる智慧と大いなる慈悲のダンマにすべて委任をすることで、そこで完全完了していくのだ。そして次のステップに移行して、再び新しい生存がスタートする。その新しい場所は、しかし、この地球上ではないかも知れない。宇宙にはこれだけの星があるから、新天地のアンドロメダ星雲のとある星二生まれて行くかもしれない。ともあれ、自己終了システムは、お任せの世界なのである。絶対信頼の世界なのである。導かれて守られて助けられて救われて行く世界なのである。
2026.04.26
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お天気がよい。気分がよい。4月25日、土曜日。7時の朝ご飯。わが家の畑のニラと玉葱の味噌汁がおいしかった。香の物は、高菜の一夜漬け。口の中で匂い立った。今日は予報では25℃まで気温が上昇するらしい。前日比プラス5℃。暑いのはイヤだ。早い時間に畑に出て行こう。畑に出れば、したいことが見つかる。あれやこれやをしているうちに、いつのまにか夕暮になってしまう。畑にいるとお爺さんは気分がいい。ずっとずっとそれが持続する。ついには、雄叫びのライオンの快哉を叫びたくなる。
2026.04.25
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9時を過ぎました。そろそろ畑に出ます。快晴ではありませんが、むしろこれで作業がしやすくなるでしょう。酷暑が避けられるだけで快になれます。することはたくさんあります。オクラ苗を10株買ってきていますから、まずは畑を耕して畝を盛り上げて、施肥をして、これを植え付けます。種から蒔いて育ってていた落花生も、すでに移植をしていいほどに成長してきました。早稲玉葱も収穫のときを迎えています。ホーイホイです。
2026.04.24
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欣喜雀躍・歓喜踊躍は、事実に基づかなくともいいのです。躍り上がってよろこびたいときは、素直に躍り上がってよろこんでいればいいのです。物質界の事実だけが、精神を欣喜雀躍・歓喜踊躍させることができるわけではありません。独立自尊でいいのです。拘束されないでいてもいいのです。物質世界とは別にパラレルして精神世界があり、そこに精神世界の事実があります。そこの発見に至り着けば、そこでたちまち踊り上げって歓喜を表現すればいいのです。欣喜雀躍していいことがたくさんたくさあんあります。それを見つければ。そこで雀のように踊り上げっていていいのです。精神の雀になっていればいいのです。歓喜していいことは無限です。それを発見する能力を発揮できるのは精神世界の精神です。これを疎かにすべきではありません。精神世界が物質世界に隷属していなければならないということはありません。そんなルールはありません。勝手なでっち上げです。リードすべき立場にあるのは、寧ろ精神世界です。精神の価値をもっと認めてあげたいと思います。
2026.04.24
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老いた肉体に衰えはあっても、基本的に、精神の衰えが、これに付随していなければならない、ということはありません。独立自尊をしていてもいいのです。精神は物質ではないので、物理の法則に準拠している必要はないのですから。欣喜雀躍していていいのです。そうしようと思えばそうなるのですから。老いても、病んでも、死が近付いてお、尚且つ、躍り上がってよろこぶべきことはたくさんあります。肉体が精神をリードしてしまうことは必然ではありません。むしろ、精神が肉体をリードして行くべきです。精神世界は別世界だということを、肉体にも語り掛けたら、肉体はこれを是としてほほえむでしょう。
2026.04.24
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おはようございます。4月24日は晴れ晴れとした金曜日です。きっと何かいいことがあります。なんだかそんな気がします。ふ、ふふふ、楽しみです。(81歳のお爺さんにとっての「いいこと」って? 内緒内緒! ?にしておくだけで秘密の甘い香りがします)昨日まで降り続いていた雨は上がっています。風も止まっています。でも、気温が冷え込んでいます。部屋暖房をして寒さ対策しました。ジャンパーも着込みました。これから朝ご飯をします。家庭菜園では玉葱がプッチンプリンをしています。初収穫をしました。スライスしてサラダにして、おいしく食べました。
2026.04.24
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ブログ投稿にはお金が掛からない。有り難い。掛からないようにしてくださっている楽天ブログ様に感謝だ。有料だったら、貧乏人のお爺さんは、こう度々は、たぶん書かないだろう。書いて投稿すると読者が読んで下さる。それが嬉しくて老人は書き続ける。日々が、楽しめる。日々を楽しんで暮らせる。有り難い。
2026.04.23
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ふふ、老人にも小遣いが要る。年金をその都度カードで下ろす。必要な分を。助かる。年金さまさまだ。といっても使える額はたいした額ではない。それでもそれで月々を凌いでいける。暮らしができる。有り難い。家庭菜園維持費用に充てることができる。野菜苗、花苗、肥料、殺虫剤などなどを買う。ときおり食料品を買う。お昼の弁当などを買う。ガソリン代がかかる。
2026.04.23
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やっと雨が上がっています。もうしかし、夕暮です。明日は、天気予報では、晴れマーク。明日に期待します。午前中は、1時間半ほど雨中ドライブしてから、牛津温泉アイルに遊びました。もちろん一人で。41度の天然温泉に浸りました。半時ほど。お昼はコンビニで野菜たっぷりチャンポン小(560円)を買って、あたためてもらって、駐車場に車を駐めて、車内で食べました。3時には帰宅。それからはしばらくお昼寝をしました。気温が下がっています。部屋暖房をしています。窓の外の大空はまだ黒雲が覆っています。風は止んでいます。お爺さんが住んでいる山里は静かです。
2026.04.23
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幾分かは、雨が小止みになってきました。あかるかもしれません、これなら。早島鏡正著の「正信偈」を読んでいます。ときどき、お爺さんはにっこりします。分かったつもりになります。理解度たるや、まことに怪しいもんですが。能発一念喜愛心。のうほついちねんきあいしん。能く一念喜愛の心を発(おこ)す。「一念喜愛の心」とは帰命無量寿如来の信心のことです。正信念仏の発意のことです。念仏の心を正しく信じられて、それをよろこび愛すことです。わたしの場合はまだわずか1mmの段階です。ふふふっと枯れ葉が風に音を立てて騒ぐように、わたしのこころの中に念仏が音を立てて転がっていきます、ふふふ、ふふふっと。
2026.04.23
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夏大根の種蒔きが功を奏しました。雨の中で、こんもり盛り上げた畝から、青い芽を出しています。ウヒャウヒャウヒャーです。へなちょこの冴えない冴えないお爺さんが、大喜びをしています。イイコト・ガ・アル・モンデス!殺虫剤オルトランは、種蒔き時に撒布しておきました。虫さんはこれで寄ってこれないでしょう。さてと、それを見届けた後は、遊びに出ましょう。雨中の麦畑田園地帯ドライブです。雲雀が鳴いているでしょう。
2026.04.23
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こんなよぼくれのお爺さんと遊んでくれる人なんか、いない。いるはずがない。で、いっつも一人だ。ひとり遊びをするしかない。世の中に交じらぬとにはあらねども一人遊びぞわれは勝れる 良寛禅師 ふふ、ふふ、ふふ、良寛様もひとり遊びをされていたのか。ふふ、「良寛様のひとり遊び」とは、てんで、質が違っているだろうが、わたしはその底辺あたりで、同類とさせていただこう。ひとり遊びも今日は雨。いよいよ退屈が極まる。だあれもこんな老い耄れとは遊んでなんかくれない。最後の牡丹花が、大輪を雨に濡らして、庭先で、はらり、はらはらりと花弁を落下させていくのをただじっと眺めている切りとなった。
2026.04.23
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昨日はここが施錠されていた。困った。困り抜いた。どうやっても開かない。わたしの知能では断念せざるを得なかった。此処とは、この楽天ブログのことである。途中まで書いていたらいきなり、飛んでしまった。消えてしまった。何処かを押してしまったのだろう。回復ができなかった。ログインができなくなった。楽天ブログにブログを書いて投稿するのは、いまのわたしには楽しみごとの第一位なのである。結局は試行錯誤の1時間後に、あっというまに再開を果たすことになった。やれやれだった。楽天ブログさまは、81歳の老人には、厄介だ。安全のためだろうが、厄介な仕組みをされている。これからが危ぶまれる。
2026.04.23
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ほんとうのことを知ったら、<ええっ!><えええっ!><えええええっ!>ばかりだろうなあ。死んだ後での話である。そこまで考えて考えて、考えてもらって、わたしの幸福を願ってもらっていたのか、という感歎の悲鳴の、<えええっ!>である。それを知ったら、いかに傲慢不遜のわたしとて、感涙に噎ぶことになるだろう。阿弥陀仏の語源の<アミタ>は、<測定不能>の義である。当の人間の測定力をはるかにはるかに超えているということだ。無限スパイラル階級なのだ。よって、わたしはわたしの煩悩無尽のままで、そのままで、安養の涅槃界に迎えられて、今ここでポピーの花園に遊んでいられた、というわけである。「なあんだ、そんなことだったのか」「そんなことを仕組んでもらっていたのか」「そんなこととはツユ知らなかったなあ」「それが分かっていたら、はやくはやく嬉しがっていられたものを」の述懐を、死後のわたしは100万回つぶやくことになるだろう。
2026.04.23
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いい気なもんだ。臍が茶を点てて、にんまり笑っている。妙好人稲葉の源左が雨にズブ濡れになって田圃から帰って来た。言わんこっちゃない。ざまあみろ、だ。大雨だから田圃に出るのは止せと言ったのに、出て行ってしまったからだ。村人たちが囃す。わいわい囃す。泣きべそを搔いている源左を想定して囃す。ところが、源左は踊り出している。「いい雨だったわい。おらが鼻が下向いてついていた。お陰で、雨水が鼻奥へ侵入できなかった、一滴をも。それを知ったら、嬉しくって嬉しくって」とズブ濡れの源左が踊り出した。妙好人とは、うっとり型人間である。何があっても、それをたちまち、いい方へ解釈してしまう天才なのだ。人間の鼻は、呼吸が雨によって阻害されないようにするために、下を向いてついていてくれたのである。その真実の発見は見事だ。まさしく大発見じゃないか、それって!
2026.04.23
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プンダーリーカ。漢字にすれば「白蓮華」。白色の蓮の花のことだ。蓮は仏教の象徴。煩悩汚濁に根を下ろして、しかも汚濁に染まらず、池の水面に茎を長く伸ばして、清浄無垢の花を咲かせ、うっとりと咲いて、利他の薫風を薫らせる。うっとりと咲くのは、至心・信楽・欲生の3願心があるからだ。いままさに、届けられて来る仏光を称揚して、喜悦し、仏国土に生まれている我が身を、安んじている姿だ。
2026.04.23
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我が愛称のペンネーム、「ぼふう」は漢字を当てれば「暮風」。山鳩の鳴く音を模した。山鳩が近くに来て、ぼほう、ぼふう、ばぶばふうと鳴いて、わたしを呼ぶので、その仲間入りをさせてもらう。暮れ方の風はやさしい。おだやかだ。また、大好きな詩人の山村暮鳥さんを、こっそり似せてもいる。
2026.04.23
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無住隣家の、屋根の尼樋の、破れ目から、雨が牛の涎を垂らしている、だらだらだらと。雨が降り止まない。だらだら降り止まない。今日は4月23日、木曜日。庭先では、スパニッシュ・ブルーベルが雨を厭わずに咲き誇っている。平和の青い鈴を鳴らしている。
2026.04.23
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午後からはずっと雨が降っている。いま、夕方の7時になるところだが、いまも雨音がしている。今日は畑仕事・庭仕事をしなかった。何かが足りない。ぽっかりした穴が開いているって感じだ。明日を待とう。明日を待つために、今日雨が降ったのだ。明日の楽しみを待つ。なんといい工夫なんだろう。
2026.04.22
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わたしたちに死があるのは、新しい生を企てるためなのではないか?もしも、わたしたちが一つの生にのみ執着をしているのだとすれば、死は無用になる。しかし、そこまでであって、進歩発展の進化が得られないことになる。一つの生は未完成。未完成の一区切りに終止符を打つために、わたしたちは死を設定したのだ。次なる進歩発展を目指したのだ。死の後には新しい生が控えている。新しい生を何度も何度も楽しむためだったのではないか。だとすると、死を忌むべきではない。死も喜び、生も喜びなのだ。
2026.04.22
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