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「魔法少女まどか☆マギカ(まどかマギカ映画続編4作目は2016年にリリースされるのでしょうか?なんて話題をしていた、矢先にッ!「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」?な、なんと!ついにキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!え、外伝?リアルタイムでテレビ視聴を終え、総集編の「[前編] 始まりの物語」と「[後編] 永遠の物語」は2012年10月6日(前編)、10月13日(後編)を劇場で鑑賞ッ!さらに、完全新作の「[新編] 叛逆の物語」は2013年10月26日に公開され、ソッコーで鑑賞ッ!上記三作とも、東京勤務の折に錦糸町で観ました!それ以来、何らまど☆マギ情報もなく、意気消沈していたのですが、2015年3月31日にッ!【予告映像】劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〜新編 償いの物語〜これ、信じてたんですよ...実現すれば、今年の九月に観れてたのにね...作成された方も悪意はなく、エイプリルフールの一環としてアップされたのでしょうね...情報が錯綜していてもう、何を信じてよいのやらと思っていました。パチスロ機でまど☆マギの新作がリリースされたらしい(愚生はギャンブルをやらないんで興味はないのですが...打ってみたいです)です。うん、ゴメンね。「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」は、ソシャゲーなんだ...株式会社アニプレックスは、株式会社f4samuraiと共同開発で、蒼樹うめ描き下ろしによるキャラクターが多数登場するスマートフォンゲーム「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」(iOS/Android向けアプリ 基本プレイ無料 ※一部アイテム課金あり)を発表致しましたとのことなんだ。また、2016年9月30日18時より公式HPを開設し、公式HPにて事前登録の受付を開始したことをご報告いたしますとのこと。ソシャゲーですか...それも ※一部アイテム課金ありって...以前、まど☆マギのブラウザーゲームやっていたんです。魔法少女まどか☆マギカ オンラインってやつをね。まぁ、思った以上に採算が取れなかったのでしょう。末期は、プレイヤーがおらず、ガラガラでしたからね。今回のソシャゲーについては、外伝キャラだと皆さん馴染みがないから取っ付きにくいのかも知れません。「~シャフト40周年記念~ MADOGATARI展」東京アンコール会場内のシアターにて特別映像が上映され、映像を用いたCMが公式サイトにてリリース発信と同時に公開となり、また10月1日深夜よりTVでも放送開始となりますので徐々に知名度が上がってくるのでしょうね。とりあえず、事前登録だけは済ませました(笑)おそらく、SR、SSR及びURなどで本編キャラが出てくることも十分に予想済みです(笑)課金することは...するでしょうね(笑)蒼樹うめ先生が総勢10キャラ以上を描き下ろし、ゲーム内に登場する魔女原案を劇団イヌカレー(泥犬)が、オープニングアニメーションの制作をシャフトが、それぞれ担当とのことですので楽しみなのは...うん!楽しみでぃす!うだうだ考えても仕方がないことであるので、とにかく、納得のいくまでプレイしてみるつもり!そんでそんで外伝の成功を新作に繋げたいッ!繋がるかなぁ...(不安)いつの日か、まど☆マギの正真正銘の続編がリリースされ、劇場で鑑賞できる日が必ずくることを心より願っているオッサンでした...※マギアレコード事前登録をされた皆さま大変お待たせいたしました。スマートフォンアプリ【マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝】は8月22日よりサービスを開始いたしました。下記URLよりアプリをダウンロード・インストールいただけます。▼iPhone版 https://bit.ly/magireco-apple▼Android版 https://bit.ly/magireco-google
2016.09.30
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おはようございます。以前、福島県の磐梯熱海温泉の萩姫の話題をしたのですが、福島の温泉といえば、思い出に残るのが、「飯坂温泉」です。2014年頃に訪れているので、その時のことを少しばかり思い出したいと思います。会津若松駅を出て、JR福島駅へと参ります。そこで、福島交通飯坂線に乗り換えます。福島県福島市の福島駅から飯坂温泉駅に至る福島交通の鉄道路線であり、福島北郊の温泉地である飯坂温泉への足であるとともに、通勤・通学路線となっており、多くの利用状況を確認することができました。目的地の飯坂温泉は、福島県福島市飯坂町にあり、宮城県の鳴子温泉(今年2016年に入湯済み)、秋保温泉(残念ながら、通過のみ)とともに奥州三名湯に数えられています。町民の生活居住地区を抜け、典型的な温泉町様式の建物等を歩いていきますと、浴衣姿のカップルがそぞろ歩きしており、湯の街であることを改めて感じさせられます。鯖湖の湯という松尾芭蕉も入ったという温泉施設を目指します。他にも、多くの個性的な温泉施設があるので時間があれば、湯巡りなどしたいのですが、如何せん、時間の限りがあるので断念せざる得ません。飯坂温泉で一泊しようと事前に予約を試みたのですが、やはり、年末年始は、どの旅館、ホテルとも満室です。福島市内のネットカフェで耳栓、アイマスクでの仮眠では、疲れが取れません。若いときは、なんとか、我慢できるかもしれませんが、年をとるにつれ、きちんと、横にならないと辛くなってきました。年末年始の放浪については、事前の計画的な旅程を組んで、先行的な宿泊地の確保に努める必要があることを今更ながらに痛感しています。さて、福島県飯坂温泉の鯖湖の湯です。伝説によると、日本武尊の東征にまで遡るといわれ、この地で湯治したといういわれが残るそうです。また、西行法師もこの湯を訪れ、ここで「あかずして 別れし人のすむ里は 左波子(さばこ)の見ゆる 山の彼方か」と読み、そこから「鯖湖の湯」という名が定着したそうです。夕暮れ時に参りまして、やや、薄暗くなって写りが悪いであります。松尾芭蕉もこの湯に入り、明日、どこに行こうかな~気持ちいいから一句詠んじゃおうかな~でも、メンドいからやーめた♪なんて思っていたかと思うと、素敵ですゥ!実は、「おくのほそ道」によると、雨に降られた芭蕉らは、温泉に入って貧家に宿をとったそうです。土間に莚を敷き、囲炉裏のそばで寝たが、雨漏りがあり、蚤と蚊に悩まされ、芭蕉の持病が再発するなど散々であったそうです。芭蕉(´・ω・)カワイソスあとぉ、全体的なイルミネーションが超キレイなの!チョット~すんごいロマンチックなんですケド~などと、汚いオッサンが呟くぐらいに、ロマンチックが止まらんかった!芭蕉もこの景色を見たら、機嫌が直ったでしょうにね。だから、カップルで来い!(かなり、ボッチは浮いていました)さぁ、独り淋しく、福島市へとトボトボと帰ります…
2016.09.29
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「魔法少女まどか☆マギカ(まどかマギカ映画続編4作目は2016年にリリースされるのでしょうか?ファンとしてやきもきしています)」を観て以来、「劇団イヌカレー」のファンです。代表的な「コラージュ手法」については、「モンティ・パイソン」(オッサン世代ですね)シリーズでもおなじみであり、実写のものがユーモラスに動き回るのが印象的でした。そんなわけで、「劇団イヌカレー」の新作はないものかと関連サイト等を見て廻るのですが...新作はまだのようでガッカリしています。「偽物語」とか 「さよなら絶望先生」といった作品があるようです。「まりあ†ほりっく」なるアニメ※監督・新房昭之×アニメーション制作・シャフトの強力タッグが描く百合趣味少女と女装ドS少年の新感覚美少女SMラブコメディ!(これも見ていません;)のEDの説明をみたところ...EDテーマはYMOの名作「君に、胸キュン。」のカバー!!「君に、胸キュン」ってあの「YMO」の名曲じゃぁありませんか。どんなんかなぁってドキドキしながら視聴してみました。映像自体は、お得意の「コラージュ手法」(現代絵画の技法で「貼り付け」を意味する)によって切り張りした女の子のカクカクした動きやケーキの実写など動きを見せるというのは、面白い試みですね。でも、「ゲーム的要素」である「ディジタル」ドッド絵キャラ等を混在させるなどで「キッチュ」(悪趣味感)を演出しようにおもわれ全体的なバランスに欠けて余計だったようにも感じます。悪くいえば、一貫性がないようにも感じます。作成者がもし、当該アニメのイメージとして「雑多なカオス的世界」を体現しようとしていたら話は別ですが、予備知識もなく、一つの単体としての作品として見るならば上記のように感じました。しかし、「アート的」部分の興味深さは感じられたのでこの作品だけではなく他の作品も「また、見てみたい」っていう強い魅力は十分に感じましたよ。YMOのカバーとしては...当時、YMOも真面目一辺倒でなく、「歌謡テクノ」(過激な淑女は良かった!実は、中森明菜さんにもオファーがあったとのこと。実現はしませんでした)で「遊んだ」感は、あるもののかなりの名曲だったと思います。往年のテクノファンで「大好きな曲」となると...まぁ、その...う~ん、なんか「違和感」があるなぁ。始めて聞かれる方は、新鮮かもしれないけど、昔の原曲を知っておられる方がきくと「ちょっと違うぞ」って違和感を感じられる方も多くおられると思います。しかし、「カバー」については、音楽を志す方の「登竜門」ともいえると思います。無理に「原曲」を「忠実に再現しよう」するのではなく、カバーされるかたの「感性」でいかにアレンジできるかが音楽の表現としての原作を最初に歌ったアーティストとのガチの「勝負」であり、原曲の持つ「固定観念を打ち砕く」といった違った面白さも表現できるというのもアリなのかもしれません。また、その「登竜門」を超えて更にそれから発展していき、「ご自身のスタイルの確立による独自の音楽性」を追求していくのだと思います。ただ、なんでもかんでも過去の名曲をカバーするという風潮には疑問を持っています。ご自分の音楽の方向性スタイルにマッチ(自分の持ち味、特性を十分に活かせる)するような過去の名曲をチョイスしていく「選択の目を養う」ことも重要なのでしょうね。何回か聞いているうちに、うんうん、アリかも..なんて、あの時の「胸キュン」が違ったカタチで蘇ってきましたよ!面白いねぇって何度も聞いてしまいました。私達、オジさん族は、悲しいかな年を取れば取るほど「過去の良さ」に拘り、すがる部分が多くなってきます。それには、我々の先入観が大いに影響しており、若い頃に聞いた曲のイメージが脳にこびりつき「それは不変的な良さ」と盲信するところにもあるように感じます。それに関連する全てを一切認めない偏屈な傾向が年を取るごとに強まる傾向もあるのかもしれません。偏屈な心を持てば、過去の原曲の良さを新たな視点で見出すことはできないようにも感じます。偏屈な心を捨てて、「大らかな気持ちでまずは、聴いてみる」そういった姿勢が我々、オジさん族に求めれているようにも感じます。
2016.09.28
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映画「聲の形」の興行成績が世間を賑わしている今日の頃ですが、アメブロにおいて2013年に「週刊マガジン」に掲載された所感が残っていたので、映画を観に行く前に自分の気持ちをおさらいしておきたく、楽天ブログにて再掲載する次第です。「聲の形」(こえのかたち)は、大今良時による漫画。最初の作品が45Pで『別冊少年マガジン』2011年2月号に、リメイクされた作品が61Pで『週刊少年マガジン」2013年12号に掲載され、その時の書簡をアメブロに記しました。「週刊少年マガジン」にて2013年36・37合併号から2014年51号まで連載。単行本は全7巻。下記が当時のアメブロの記録となります。閲覧注意:「聲の形」を読んだ方のみ閲覧下さい「聲の形」を読まれた方のみの閲覧となりますのでご了承願います。また、万が一、お読みになっておられない方に配慮して核心となるストーリ等は記載しておりませんのでご了承ください。「聲の形」所感1 はじめに昨日、まとめサイトを閲覧していると「聲の形」の話題が出ていました。ある特定の作品が単品で話題になるというのは、非常に珍しいケースです。 興味が湧いてきて、二十数年ぶりに少年マガジンを購入して早速読んでみました。 ネット状の評価としては、概ね好評のようです、皆様もいろんな感想を持たれたと思います。私の結論としては、「評価し難い」の一言に付きます。「良作」とも「駄作」とも言い難いと感じています。「話題性」、「テーマ」、「技巧等」、「ストーリ」、及び「キャラクター」に分けてそれぞれに下記のとおり、述べていきたいと思います。2 話題性話題性は、大いにあったと思います。久しぶりに他の作品も楽しみつつ、じっくりと本作品を「熟読」しました。「読み切り限定で単行本の記載がない」、「掲載に伴う賛否両論」を全面に押し出し、ネットにおける話題性の拡散効果によるところは、大いにあったと思います。ただ、「不自然な作為的なもの」をうっすらと感じています。何故、この時期にこのような作品が発表されるのか?ただでさえ、発行部数の落ち込みが顕著である同誌の状況において穿った見方ですが、「賛否 両論が分かれる等の「話題性作りによる購読数拡大」を図っているのではと思いました。 現に、反響は大きく、今週の購読部数は、かなり大きなものとなるとおもわれますが、果たして、それが今後の同誌の継続的な購読部数の「安定化」に繋がるとは思いません。良い機会でもあり、他の作品を含めた「購読部数の安定化」に更なる努力が必要であると感じました。3 テーマ選定については、「青年誌」において過去においても「同種」のテーマを取り扱ったものは、数多くあったので、特に、私自身、大きな感銘を受けたという訳ではありません。むしろ、なにを今更といった感が少なからずともありました。しかし、「精神的に未熟で情緒不安定期にある」少年誌の対象者に「タブー視」されている 部分に果敢に取り組んだとういう点、特に、「障がい者に対する問題意識の提起とそれを考える機会を与えた」という面において、大いに評価はできると思います。もし、読者が高年齢であれば、期待しすぎてがっかりしたということもあるのかも知れません。本作品を読まれる際には、「少年の立場に立った視点」に置き換えて読まれることが必要なのかも知れません。4 技法等技法、作画、及び心象表現等には、特に感銘を受けた面はありませんでした。「良くもなく、悪くもない」、「平凡」であると思います。言い過ぎで申し訳ないのですが、あれで「違ったテーマ」であれば、おそらく話題性はなかったと思います。作画において「主人公の可愛らしさ、健気さ」が本作における「重いテーマ」にオブラートとなっており、読者を「惹きつけた」点は良かったと思います。ただ、「本作の可愛さ等」と「現実の醜さ」が乖離することによる本作品をよんだ少年達の「障がい者観」に悪い影響を及ぼす部分があるかもしれないことを危惧しています。このことは、本作に留まることなく、当該「重いテーマ」を取り扱う上での諸作品の大きな「今後の課題」になるのではないかと思われます。5 ストーリー読みになられた方とも賛否両論があると思いますが、全体的に、テンポの良さもあり、読者をグイグイと引き込んでいく「上手さ」はあります。また、クラスメート達と主人公の関わりの部分が「淡々」と描かれています。 そこには、「思いやり」も「優しさ」も「人間の尊厳」も「人格の尊重」など「人」として必要なものが欠落した「日常のたわいのないクラスの一場面」として「淡々」と描かれています。主人公との意思の疎通も試みず、「興味本位」で行動する「残酷」な子供たち。いや、彼らを「残酷」と評しているのは、我々、大人の観点からなのであって作者が描かんとしたのは、「子供のありのままの姿=対象年齢たる読者」なのでしょうね。対象年齢たる読者は、作品中のクラスメートの立場に立って様々なシーンを「自ら考えて欲しい」ため、作者が意図的にストーリー全般をあえて「淡々」と描いているようにも感じます。それぞれが「どうであるか」、「どうあるべきなのか」を意識して認識しながら読み進めることを作者は、意図していると感じます。結末は、「少年漫画の枠組みの中で物語を締めなくてはならない」ためにやむを得ないと思いますが、本作の「重いテーマ」を考えると結末部においては、一筋縄ではいかない部分を納得させる、または、納得させないまでも納得に至る道筋を見せる等の配慮がないと「重すぎるテーマ」がストーリー的に帰結しないと思います。できうるならば、対象年齢が分別のつく青年を対象とし、「週間ヤングマガジン」等において、同作品の「青年対象版」を読んでみたいですね。「青年版」と「本作」の両面をもって本作は、始めて帰結するものであると考えます。全年齢層を「納得させてこそ」、本作品は、「始めて」評価されるものであると考えます。6 キャラクターキャラクターで一番印象を受けたのは、担任の先生です。主人公にに対して常に無関心であり、「厄介者」扱いしているシーンしかありません。だからといって、単に彼を「悪者」として位置づけるのは違うと思います。健常者と障がい者との「普通学級」においての教育の共存については、非常に困難であると考えます。(否定をしているわけではありません)特に、受け皿となる「両者が共存しうる学習環境をいかに整えるか」、また、「担任の先生とクラスの子供達が一体となったサポート体制の確立」がなされていなければ、その「普通学級」における障がい者教育は、困難であるばかりか双方にマイナスの効果しかもたらさないことは目に見えてわかっています。「学校の指導方針」、「管理者たる校長の教育理念」等、なんからの理由により引き受けざる得ない理不尽な思い、また、健常者との積極的な関わりを促す音楽の先生の「あるべき(彼女が考える)姿の教育の理念」に対する理想と現実のギャップによる反発、彼は、それが「できない」ことが主人公が転入してきた時からすでに分かっていたんでたと思います。押し付けられた「失望感」、「やるせなさ」を随所に垣間見ることができます。「教育者としての自分の否定」彼が、クラスの学童を尋常でないくらいに叱る場面がありますが、それは、「自らへの叱責」でもあるように感じます。この作品で実は、一番辛い思いをしていたのは「担任の先生」だったかもしれません。7 さいごに主人公が「聞こえない」ことで主人公を取り巻く「つぶやき」...おそらく、主人公は、雰囲気や口の動きで「十分に理解していた」と思います。恨まず、憎まず、その「事実」をただ、「あるがままに受け入れた(許した)」ようにも思える表情の表現が特に秀逸であったと思います。「言葉」は、必ずしも「真意」を伝達する手段ではないことを本作品は訴えているようにも感じます。「聲の形=人と人とを結びつけるものとはなんなのか」を最後のページで各人がそれぞれいろんな想いで感じたと思います。 少年である読者諸君にも、作者の「聲の形」の真意は「十分に伝わったと思います。余談となりますが、今後の作者の創作活動が今後、どのように展開していくかが気がかりな点があります。その反響の大きさゆえに、それに、押しつぶされて「書けなくなった」作家の方もいました。おそらく、これからが作者の「腕の見せどころ」なのでしょうね。今回、本作品を読み終えて、胸にしこりが残った気がします。若い時に感じた不快ではない「切ない」想いです、釈然とせぬ、もどかしいような気持ちです。「評価」うんぬんを抜きにして「惹きつけられた」作品であることは間違いないと思います。また、機会があれば、作者の関連各品を読んでみたいと思います。と、こんな具合で3年前に考えていました。リメイク版も含め、映画を観て、また、この作品と対峙でき嬉しく思っています。映画を見終わったら、また、所感を記してみたいですね。 カップルさんの片隅でコッソリと鑑賞してきます。
2016.09.27
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テレビアニメ「アンデルセン物語」(1971年)とは、1971年1月3日から同年12月26日にかけ、フジテレビ系の「カルピスまんが劇場」枠で全52話が放送されたミュージカルアニメであります。おそらく、これをご覧の方でリアルタイムでご覧になられたって方は、少ないんではないでしょうか?愚生は、まだ、幼稚園に通っていた頃(大阪万博の翌年)で毎週、楽しみに視聴していました。ストーリーは、下記のとおり。魔法の国の妖精キャンティが魔法大学に入学するには、魔法カードを101枚集めなければならなかった。魔法カードは、 良い行いをひとつする度にどこからともなく現れるカードである。キャンティは相棒のズッコを伴ってアンデルセンのお話の世界に現れ、何か良いことをするチャンスを探しはじめる。はたしてキャンティとズッコは101枚のカードを集めることができるだろうか。というものでしたが、誰でも知っているアンデルセンの童話の進行における狂言回し的な役割を担っており、全体的に暗い内容の物語に笑いのスパイスをふんだんに入れた画期的なアニメでもありました。ズッコは、 ご存知、ルパンの「故山田康雄さん」(本当に惜しい人を亡くしました。謹んでご冥福をお祈りします)キャンティーは、増山 江威子さん、峰不二子(2代目)。増山さんについては、当初「何故、峰不二子は、二階堂さん(初代)じゃないんだ」という投書が殺到したそうです。増山さんは、日本テレビのスタッフからこれを聞き、「私がどうあがいても二階堂さんにはなれないから、私の持ち味でやるしかない」と一生懸命に演じ続けたといいます。今、栗田貫一さんがルパンの声を”継承”しましたそのことについてこう述べられています。「山田さんが生きていたら、僕は一生ルパンファンのままであった。山田さんという手本があれば、完璧にルパンをものまねできるが、山田さんが亡くなっているので、今では完全には真似できない。今の僕は山田さんならきっとこういう感じで表現すると思いながら、山田さんのルパンの匂いを少しでも出せるよう演じている。今でも収録前には山田さんのルパンの映像を見て雰囲気や匂いに加え、山田さんの声を徐々に出しながらスタジオに向かっている」(ラジオのインタビュー)おそらく、不二子同様に山田ルパンのイメージが大きすぎて”違和感”があると仰る方もいます。お二人とも、前任者のプレッシャーが大きすぎて、相当に悩まれたことであると思います。それでも、他人にはできない「自分しかできないこと」を心に強く持たれ、頑張っていかれたのでしょう。「サザエさん」をはじめとする声優さんの高齢化に伴う、有名アニメの世代交代が多い中、若い世代の声優さんは、前任者のプレッシャーに負けず、自信を持って演じて頂きたいと思っています。栗田さん増山さんの熱意は、きっとルパンファンの心に届いていると信じて止みません。
2016.09.25
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青森県民2年生である愚生...県内各地は、全市町村を巡りまくり、少しは青森のことが分かったような気でいました。キリストの墓やピラミッドのある新郷村、恐山のイタコなどなど有名なミステリースポットを見て廻り、「な~んだ、たいしたことないよねw」などとたかをくくっていたのですが...青森県のGoogleマップなどをいじっていますと、青森県平内町の山中に「不動の滝」なるスポットがあるのを発見しました。「面白そう!行ってみよう!」ワクワクしながら車を走らせる愚生...この時は、あのような惨劇が起こるとは夢にも思っていませんでした...愚生の地元である三八上北方面から青森市へ向け、国道4号線をノロノロ走り、清水川駅付近から県道123号線へと右折し進んでいきます。県道123号は、平内町清水川からみちのく有料道路の青森市側入り口にぬける道です。平内側から走るとのどかな集落を過ぎて山(外童子山)に入っても引き続き快適な道です。この調子で反対側まで抜ける事が出来るとたかをくくっていると、突然左側に巨大な施設群(ここでは記述できません...世界で二番目に広大な宗教施設とのこと、面積は1800ヘクタール。東京ディズニーランドの35個分、奈良公園3つ分に相当するとのこと)が現れ、少し行ったところで突然、舗装道路は終わってしまいました。例の巨大な施設を抜けていくと、なぜか、神社がないのに、鳥居だけがポツンと建っているのを見るに付け、もしかして、ここからは「神の領域」ってヤツなのかも...ってちょっとゾッとしたりもしました。カーナビでは、不動の滝を示しているものの、あたりにそれらしきものはなく、仕方なくどんどん進んでいくと、なんと、1車線の未舗装の砂利道となりました。※後で調べたところ、その施設周辺に脇道みたいな所を通っていくと不動の滝はあるそうです。え、これって「県道」だよね...舗装されていない県道って三重の頃、尾鷲あたりから吉野に向けて行った大台ケ原山以来です。常に、ガードレールの無い片側は切り立った崖におののきながら、倒木もあり、対向車が来たら、離合できなくなるという不安感に苛まされつつ冷や冷やしながら峠をゆるゆると登って行きます。舗装されていない山道を進んで、時間的にはそんなに経っていないのに、永遠に山道を走っているような錯覚さえ覚えます。ここで、車が故障したら、おそらくJAFさえも来ることができず、立ち往生して大変なことになっていたと思います。路肩がゆるいのか、時折、崖から石らしきものがボドボト落ちてきて、車にカンカン当たるのを見て、もし、岩とかだったら、アウトだよねってあきらめの境地にて、とにかく、なんとしででも早く峠だけは越したいとの思いだけで半泣きの状態で車を走らせていました。峠を越して、しばらく行くと再び、舗装道路になりました!ホッとしていると、「月光の滝」なる表示が目に飛び込んできました。「不動の滝」は、見れなかったケド、これは見たいと車を停めて、滝へと向かったのですが、掲示板を見ると、「朝食に肉、ネギを食べたものは立ち入り禁止」などと、ちょっと変わった警告?に不安を覚えました。だったら、昼食、夕食は、OKってコトかよ...なぜに朝食...わけがわかりません。神社なのに、なぜか、仏像があります。神仏習合ってヤツなんでしょうか。それにしても、愚生、かなりの仏像を見てきたのですが、全く見たことのないタイプでした。なぜか、銀色の鳥居がそそり立っています。なぜか、鳥居のしめ縄が「千切られています」あきらかに、しめ縄を「人の手で引きちぎった」形跡を認めましたッ!!!え、え、えっ、すごく、コワいんですけど!え..普通、赤ですよね。鳥居に銀色はないよなぁと思いつつ、滝のある方面の橋へと向かったのですが...なぜか、ビールのケースで遮断されていて、手書き(墨で書かれていた)で「ここからはキケンです(すごく達筆でした)」って書いてあるんですッ!え、なにがキケンなの...全然、危険そうには見えないんですけど...でも、ここに入っては、ヤバイと直感で感じ取り、早々にこの場所を立ち去りました。「不動の滝」も「月光の滝」も見れなかった失意のまま、車を走らせていますと、なぜか、ガードレールにポーニーが繋いであるんですッ!いやいや、車道に出てたら危ないでしょうに!ポニーは愚生に気も取られない様子で、虚ろな眼差しで宙を見つめていました。もしかして、「守り神」的存在?飼い主の方の真意を問いただしたいところですね。いやぁ、なんとか、青森市側に出れたんですけど、もう「非日常」過ぎて心臓バクバクでした。今考えたら、例の滝には、行かなかったほうが良かったのでしょうね。確かに、近寄ってはならない「神の領域」だったのでしょうね。まぁ、でも面白かったから良しとします。あまり、オススメできないスポットですが、お越しの際は、色んな意味で十分に気を付けて下さいね。(注意:県道123号は11月24日から5月18日までの冬期間閉鎖です。)
2016.09.22
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最近、公開されている「君の名は」でありますが、すでに、興収91億円、観客動員698万人! ジブリ以外で初の100億超えも射程内との速報が世間を賑わせています。新海誠監督といえば、「秒速5センチメートル」を思い出します。確か、3部作?で構成されていて、男女の切ない恋物語に心を熱くした思い出があります。機会あれば、「君の名は」を劇場で鑑賞したいのですが、ボッチで大丈夫でしょうか。カップルさんに混じって、汚いオッサンが目をキラキラさせての鑑賞...なんだかなぁ...そして、最近のジブリの動向でありますが、最新作の「レッドタートル ある島の物語」の興行成績があまり、振るわないとのこと。ジブリファンとしては、ちょっと悲しいような気もします。たしかに、前情報とか少なかったですよね。内容的にも、ちょっと地味っぽい感じなのですが、愚生は、まだ、鑑賞していないので、これも、劇場で鑑賞したい(ボッチでも大丈夫なハズ)と思っています。ジブリの前作である「思い出のマーニー」なのですが、東京勤務の時、錦糸町の映画館で観たのです。この映画の舞台は、北海道道東の架空の町であり、あの湿地帯の雰囲気などなどを十分に楽しむことができました。それでは、下記にその時の感想などを記した駄文を再度、ご紹介したいと思います。マーニー「あなたのことが大すき。」愚生「ワッヒョ〜ン!愚生もマーニーはんのこと...めっちゃ好きやで!」誰ッ!マーニーのキャラデザが「ハウス世界名作劇場」風だとかゆってるのわ!まぁ、「カルピス子供劇場」と言わなかっただけでも、「良し」とするか。いやいやいや、訳分かんねえ!スマン!取り乱してしまった!昨日の鑑賞から興奮冷めやらぬ状態が続いているんダ!昨日は、映画+展覧会で、アカデミックな一日を過ごせたッ!なにせ、宮崎駿と高畑勲が関わらない、初めてのジブリ映画... 一抹の不安があってことは、確か... でもでもでも(ウザい!)「借りぐらしのアリエッティ」の米林宏昌監督が編み出した渾身作ッ!最近のジブリの傾向とやらは如何なものかと疑問を呈する御仁もおられるがッ!愚生は、こういったジブリの傾向…嫌いじゃない…いや、むしろ、好きかも…///ジブリに関してはッ!6月27日に開かれた株主総会で鈴木プロデューサーが製作部門をいったん解体する方針であると明かしたことを受けてッ!一部で、なななんと「ジブリがアニメ制作から撤退するッ!」などと報じられ、愚生に山吹色の波紋疾走を呼んでいたッ!ジブリはッ!「どげんかして作り方を変えますッ!」解散報道を超超超否定!宮崎駿監督も短編製作に超超超意欲ッ!ホッとしました…さて、この「思い出のマーニー」の原作は、イギリスの児童文学で、作者はジョーン・G・ロビンソンという児童文学者なんですが、初版が、1967年、愚生が生まれた年なんです。当時の60年代の英国の世相としては、経済と社会的な問題が発生し、英国病と呼ばれる経済が停滞していた時期でもあり、国民全体の勤労意欲が著しく低下して貧困に陥り、親たちがそうであれば、必然的にその影響を受けて、児童も「元気」がなかったと推察することができます。児童文学が児童の成長への感化を念頭に置いているとすれば、もしかすると、作者は、当時の英国の世相を無気力で心を閉ざしてしまったアンナ(杏奈)に投影し、マーニーを通じて読者の対象となる児童に「元気」になって欲しいと願いを託したのが、執筆の動機になったのかなぁとも感じました。文学は、ジャンルを問わず、その社会世相を反映する「鏡」とも云え、少なからずとも、何らかの影響がそこにあったのではと推測するのですが... あくまでも、想像の域なんで真相は分かりません。詳しい方のご教示を頂ければと思います。まさか、1967年生まれのマーニー達と世界は違えども、同じ時を過ごしてきたんだなぁと思うと感慨深いものがあります。今もなお、「秀逸な児童文学作品」として色褪せぬことなく、世界の児童に愛されている作品と同い年であることをなぜか、誇らしくも思っています。皆さんも機会あれば、是非とも原作を読んでみてね!同い年のオッサンからのお薦めでした。#思い出のマーニー #ジブリ #アニメ #映画 #アニメ映画 #AKB #ねえや #文学 #児童文学
2016.09.22
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このポップスタンドの原画は、秋田県にかほ市出身の池田修三さんという木版画家の作品(はじまり(一月))です。今年、秋田県にかほ市にある道の駅にて、偶然、池田修造さんの作品の販売がされており、何故かしら心に響くものを感じ、お土産にと、この作品のポストカードを購入したのですが、実は、先般、由利高原鉄道に乗った際に気づいたのですが、ラッピング列車が奇しくも池田修三さんのデザインであり、この作品も列車のヘッドマークに描かれており、何かのご縁を感じました。愚生は、美術に疎いので詳しいことは分かりませんが、木版画家といえば、やはり、同県人の棟方志功さんを思い出します。「二菩薩釈迦十大弟子」が美術の教科書に掲載されていて、その人物の特徴を捉えた個性豊かな独特の表現がとても印象に残っています。愚生の大好きな酸ヶ湯温泉や県内至るところにも棟方志功さんの作品が数多く展示されており、青森県民としては馴染みの深い木版画家といえると思います。秋田県出身の池田修三さんの作品は、同県内においてカレンダーなどに使われており、お祝いごとの際には、池田修造さんの作品を贈り合う習慣が息づいているとの逸話を聞くにつれ、我が県における棟方志功さんのような存在であり、秋田県の方々に愛されている木版画家さんなのだなぁと感じています。参考のため、簡単な経歴をご紹介します。1922年 大正11年、秋田県で生まれる。 1945年 旧東京高等師範学校芸能科を卒業。1946年 秋田県にて高校美術科教諭になる。1955年 上京。版画に専念する。1957年 日本版画協会展で受賞し会員となる。 1959年 現代日本版画コンクール展、東京部門で入賞。 1977年 日本版画協会を退会する。 1983年 池田修三木版展を酒田で開く。残念ながら、すでにお亡くなりになっておられるとのことですが、没後になって、作品の評価が年々高まっているようで日本各地においても小規模の限定的な作品の展示がされており、鑑賞された方ももしかしたら、いらっしゃるのかも知れません。何でも今年中ににかほ市に池田修三さんの常設展示施設ができるとのことで是非、鑑賞しに行きたいと思っています。池田修造さんの作品は、レトロ感覚や懐かしさを感じる方も多いようですが、愚生もそう感じているとともに、儚げな少年、少女達が織り成す哀愁を基調とした幼少期特有の心象風景が表されているようにも感じます。一見、無邪気そうに見える少年、少女達の内面には、大人の我々には計り知れないような何かしら神秘的なものを秘めているのでしょうか。生前に「これらの作品は、そのときどきの私の自画像です。」と仰った池田修三さん。大人になられても、我々が失ってしまった子供の頃に感じた様々な感情をいつまでもお持ちになられたとても繊細な方だったことであると思います。自らの思いを作品を通じて表現できるって素晴らしいですね。技巧の面においても専門家ではないのでよく分からないのですが、多彩な色合いを用いた緻密な製作をされていたのではないかと感じました。淡い色合いの重ね塗りなんかは、多重塗りの工程で思うような色合いができなかったりして相当にご苦労されたのではないでしょうか。そんなご苦労が垣間見てとれる作品群は、木版画に魅了された池田修三さんの人生、そのものなのでしょうね。最近、池田修三さんの展覧会が全国各地で開催されているようなので興味のあるかたはご覧になって頂きたいと思います。そして、いつまでも身近に感じられる、そんな皆さんから愛され続けられる存在であって欲しいと思います。さて、この作品の指を組んでいる両手をご覧下さい。どこかで見たことがあるような...そうです!あの、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」でウォーボーイズが、イモータンジョーを崇めるお祈り?のポーズである「V8 HAND SIGN」なんです!「V8!V8!V8!V8を讃えよ!」※ “ By my deeds I honor him. V8, ”(私は、私の行動(戦って命を捧げる)をもって、彼(イモータンジョー)を讃える。V8)が本来のセリフとのこと。V8とは、作中で活躍する車両のエンジンがV型8気筒のエンジン、荒野を駆け抜ける頑丈かつ大排気量にて凄まじいパワーを生み出す源(みなもと)でもあり、それをイモータン(不死身)のジョーの象徴として、部下達は、信仰の対象とでもしているのでしょうか。マッドマックス好きの愚生としては、好きなもの繋がりでヒジョーに嬉しいッ!作品を茶化しているのではなく、ただ単に、愚生が単純に嬉しいと感じているたわいのない事でああり、他意は全くありませんので、池田修造さんを純粋にお好きな方、どうか、愚者の戯言だとして、お許し願いたいと思います。しかし、この指を重ねるポーズの本来の意図は、何なのでしょうね。イモータンジョーやV8エンジンを崇拝しているわけではなく、女の子特有の自然な仕草なんでしょうか。「はじまり」という題であるので、やはり、漠然たる今後に対しての希望を念頭においた自然な祈りの表現なのかなぁ。このような稚拙な感想しか表せない愚生をどうぞ、お許し下さい。今後は、真摯な思いで池田修造さんの作品に接していきたい...です。あと、池田修造さんデザインのラッピング列車については、後日、ご紹介したいなと思っています。
2016.09.19
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今年の九月で青森県民2年生となりました。本当にあっという間でしたねぇ。愚生はなぜかしら北の地には縁があって北海道の網走に2年間、千歳に2年間過ごし、まさかの都内勤務を経てこの東北の地で生活をするようになりました。僕の勤めているところは、全国各地に勤務地があっておよそ2~3年で転勤をするようになっています。前の勤務地は、都内だったのですが、当然、都内に居住することなどできず、千葉県は船橋市の社宅にて慎ましく過ごしていました。朝、5時に起きて西船橋駅から総武線に乗って、秋葉原駅から京浜東北線に乗り換え、東十条まで通っていましたが、本当に「痛勤」でした。新小岩駅(ある意味有名な駅ですね)ぐらいから社内が混雑し始め、息も出来ないくらいのギュウギュウ詰めで本当に疲労困憊して職場に向かっていたことを思い出します。社内でのトラブル、頻繁に起きる人身事故、ギスギスした職場環境などなど...嫌なことが多すぎて気が滅入る毎日を過ごす中で、休日に千葉県各地を巡り歩くのが唯一の安らぎの一時でした。房総半島を私鉄(銚子鉄道、いすみ鉄道、小湊鉄道及び久留里線)を利用して移動し、紅葉を見に行ったり、印旛沼周辺で遭難しかかったりと様々な楽しい思い出を作ることができました。千葉には、色んな名物やお勧めのスポット等がたくさんあるのですが、この「チーバくんの歌」をお聞きになれば、だいたいのイメージが付くのではないかと思いますので今回、ご紹介をした次第です。
2016.09.19
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竿燈(かんとう)は、毎年8月3日 - 6日に秋田県秋田市で行われる祭り。祭りの正式名称は「秋田竿燈まつり」。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、額・腰・肩などにのせ、豊作を祈ります。今回の動画は、「秋田竿燈まつり」のものではなく、何らかのイベントの一環として演技されていたようです。竿燈全体を収めるのに気を取られて演技者の動きなども写せなかったのが心残りです。
2016.09.19
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このたび東北地方を襲った台風10号は 大変な爪痕を残しながら通過し その被害は甚大であるとの報道が繰り返しなされており、東北に住まわれている皆様のご無事のほどを案じております。ここに被害に遭われた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。さて、お題の「今日の萌えッ!」大変不評でございます。「萌える」というキーワードにネガティブなイメージを連想される方が多数を占める昨今、純然たる萌え魂を持つものとしては悲しい思いをしています。しかしながら、今一度、萌え=純然たる(このフレーズ好きやなぁ)魂の叫びを皆様にお届けしたい・・・その思いに駆られ、再び、萌えの駄文を書き記した次第です。さて、先般、所用で福島県の磐梯熱海温泉を訪れた際に出会った「萩姫」です。温泉については、泉質とも普通レベルでしょうか。磐梯熱海駅周辺に広がる温泉街は、鉄道利用者にとってはありがたいところです。おそらくは郡山周辺の宴会等に使われているところなのでしょうね。福島県のほぼ真ん中にあるロケーションですので、各種観光の拠点にされている方も多いのではないでしょうか。さて、ここの磐梯熱海温泉が大プッシュしているのが「萩姫タソ」です。なんでも「萩姫伝説」なるものがあるそうです。南北朝のころ、伊豆地方の超すんごい美人さんの萩姫タソは、ナゾの病に伏せたッ!でもでもでもナゼか不動明王サンが枕元に立ち、「ここから東北の方角の五百本目の川に霊泉があるから入れば治るよ。行ってみるといいカモ(^^)」とのお告げをしました。萩姫は、川を数えてメッチャ北上し、五百本目の川に泉があったので入浴したら、ソッコーで治った!文面で書くとフーンですが、伊豆から川を500も数えるんですよッ!航空機とか東北新幹線とか無い時代にすんごい大変、超難儀!きっと家来の方とかお供される方がいたんでしょうね。病でフラフラだけど、お告げのとおり、超頑張った萩姫・・・家来の身分で付き添い、陰ながら見守っていた家来のオジさんはね...オジさんはね...「萌えッ!頑張り屋の萩姫タソ!超萌えッ!」よかったネ!萩姫!サンキュー不動明王サン(^з^)-☆ 感激のあまり、この川を「五百川」、地元の熱海にちなんで「磐梯熱海」って名付けたッ!「わらわが決めたのッ!センスいいでしょ~( ´艸`)ムププ」病が完治してゴキゲンの萩姫タソ...かわいいですね。熱海っていう地名に違和感を感じていた愚生も納得の伝説でありました。てなわけで、「美人の湯」っていわれてますので女性の方は訪れてみてはいかがでしょうか?#温泉 #美人 #きれい #福島 #磐梯熱海 #萌え
2016.09.04
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