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okadaiマミーさん帰省2日目のお話です。
お時間があれば1日目から読んでください![]()
早起きの伯父さんが朝ご飯を全部作ってくれて
これまた助かった私・・
食後、後片付けと洗濯物を干してから
さっそく家の片づけの続きにとりかかり
2階をすべて終え、(以前以上に片付き)
続いて1階の片づけを手分けし
11時にはすべて形になりました。
それから今度は車で7~8分のところにあるお寺に
父のお墓参りに行きました。
そこで見たものは・・
お寺
posted by (C)okadaiマミー
本堂の屋根の前方の部分がそっくり落ちて
灯篭がストッパーになって止まっている姿でした。
ここは地盤が弱いので
かなり被害が甚大で
本堂の周りはすべて地割れし
お隣の母屋は階段も宙ぶらりんになったのだそうです![]()
お墓も崩れ落ちたところが多かったのですが
(実は数年前にも、お墓があちこち崩れる地震がありました)
うちは比較的新しいので全く壊れたわけではありませんでした。
墓石の位置が3センチ斜めに曲がり
灯篭などが倒れ
お線香を入れる部分が前の道路に飛び落ち
それでも一部欠ける程度で済みましたが
なにしろ墓石はハンパなく重いので
専門業者に頼んで
直してもらうことになりそう。
とにかく家の修繕といい、
お金が出ていくことばかりで大変です。
さて
伯父とはこのお寺でお別れし
伯父は岩手の家に帰っていきました。
そのあと、母を連れ母の買い物に付き合い
私たちもいったん帰宅しました。
午後はダンナと息子が昼寝している間に
母の話の相手をして
その後、母を残し、
ダンナと息子と3人で
いつもお世話になっているご近所の方々にあいさつ回り
そして
母を担当してくださっているケアマネの方を訪ね
以前入っていた老人ホームに行ってきました。
実は
今回の帰省の目的は
地震の後片付けだけではなく
母の様子を見て
担当のケアマネの方にお会いして
病気の進行具合を知るということにもありました。
その前に電話では伺っていたのですが
残念ながら
この地震の影響で母の病気は進んでいるようです
この2日間でも
さっき話したこと、やったことを
かなり記憶にとどめられなくなっていることが
わかりました。
今までは信じたくないと思っていたダンナも
さすがにわかったようです。
母の場合は
一人で気ままに宮城で暮らしたいという願望が強いのですが
あの家の状態では危なくて
次に大地震が来たらと思うと
どうなるかという不安もあります。
でもだからといって
無理やり横浜に引き取ると
却って逆効果にもなり、
病気が進む惧れがかなりあるというし・・
私たちとしては
良い職員の人たちばかりで
家にも近くとても清潔で日当たりがよく
保証金10万円月15万のこのホームに入ることが
最適だと思うのですが
このホームでほかの人たちと触れ合うことが嫌で
あの手この手で職員の人たちを嘘をついて
ダンナに内緒で全く知らぬ間に
勝手に出てきてしまったという
ギョーテンな経緯があるので
ここに戻るということも難しそう
( こういうことをしでかすのも認知初期症状の一つらしいです )
かといって
横浜のホームは保証金が100~150倍
月の料金も3倍で
そんなお金どこにもないし
足が痛くてもトイレはひとりで行けて
要介護の度合いを決める先生の診断の時には
「 何でもできる 」と言い張ってしまうので
要支援1
特養に入る順番は回ってきそうにないし。。
この先どうなっていくのか
ケアマネの人も私たちも
みんなで頭を抱えてしまいました
まあ離れていても
当面は出来る限り帰って
母の様子を見なくてはいけないということでしょう。
そんなこんなで
肉体的にも精神的にも極限のダンナは
夜、高熱をだしてダウン
薬を飲み
何とか体調を戻し
今朝、5時前に宮城の家を後にしました。
すると東北道はうそのように空いていてスイスイ
那須高原で息子に交代し
なんと4時間半で自宅に戻りました。
その後
ダンナはふたたび8度以上の熱をだし
死にそうになりましたが
薬が効いて
さっきのあれはなんだったのかと思うほど
今はすっかり元気になり
熱もいきなり35度7分
食欲もわいてホッとしました
どっと疲れが出たんですね。
本当にお疲れ様!という帰省でありました。
わたちもむちゅこも・・ちかれました。。![]()
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