まったり万日記

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2005年09月18日
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テーマ: 小説日記(233)
 もう陽も傾きかけた頃、ぼくらはレースさんのお家を後にした。帰り際、俯いたままのぼくの頭を撫でて、レースさんは言った。
「レン、あなたはとても優しい子。また気が向いたらいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」
 見上げたレースさんの瞳は優しくて、ますますぼくはいたたまれない気持ちになった。なんでぼくは、自分の気持ちばっかり大切で、この優しい人に笑ってあげられなかったんだろう。
「…ごめんなさい」
 そう言うのがやっとだった。
 帰り道、ぼくとハルはなんとなく気まずくて、お互いほとんど口をきかなかった。
 今朝この道を走っていた時は、あんなにわくわくしていたのに。今度魚釣りに来ようと言った川を越えても、探検に行こうと言った岬が見えても、ぼくらは何も話さなかった。
 空はもう夕焼けを空の向こうに押しやって、薄群青の色が広がっている。姿を見せた大きな星が、一つ、また一つと弾けて、沢山の小さな星を作った。弾けて散った小さな星は、浅い光の線を描きながら、空の隅々に広がって、ちらちらとまたたきはじめ、夜を呼ぶ。
 それはとても綺麗な眺めだったけど、この時のぼくらはその気持ちすら共有する事はなかった。心に重さがあるのなら、間違い無くこの時のぼくの心は、今までにないほどの重かったと思う。

 自転車から下りても、ぼくはハルの顔が見れなかった。ハルも、ぼくが塞いでいる理由を聞かなかった。その事を寂しいような気はしたけれど、それはそれで良かったのかもしれない。だって、聞かれたとしても、その理由をぼくは上手く説明する事が出来なかっただろうから。
「…じゃあね、また今度」
 短い挨拶。ハルが行ってしまう。ぎくしゃくしたままで別れてしまう事は良く無い事だとは分かっていたけど、ぼくは「うん」としか返事をしなかった。
 手を振って走って行くハルを見送って、ぼくも自分の森へ向かう。森の中はもうすっかり暗くなっていて、足元もおぼつかない。ぼくはあたりを見回して、角燈草を見つけると1本折った。釣り鐘のような形の花は、折ると花の中に燈が灯る。それを手に道を照らしながら、ぼくは雨の中をアトリエに向かって歩いて行った。途中でレインコートを取って来るのを忘れた事に気付いたけど、取りに戻る気にはなれなかった。
「チビ、カバンの中に入るかい?」
 ぼくの頭の上で、時折り雫を払っているのか、プルル、とチビが身体を震わせる。声をかけたけど、チビは、チル、と短く鳴いただけで、その返事の意味はぼくには分らなかった。
「チビがコリィみたいに話せたら良かったのにな」
 そうしたら、このモヤモヤした気持ちも話したりして、少しは気が晴れたりするかもしれないのに。
 その言葉に、また「チル、ルルル」とチビ。
「何言ってるのか、わからないよ、チビ…」
 やっぱり、あの牡鹿を貰ってくれば良かったのかな。チビはとても小さいし、きっと今のぼくの気持ちなんかは分からない。あの牡鹿なら、あんなに利口そうな目をしていたんだもの。ぼくの気持ちも分かってくれて、話し相手になってくれたはず。

 細い森の道は、瑠璃色の雨にけぶっていた。ハルの瞳と同じ色。こんな事なら、もっと別の、違う色の雨を作れば良かった。
 ハルの瞳なんか、思い出さないような色を。

 アトリエが見えて来ると、チビはそこがぼく達の家だと知っているのか、一足先にぼくの頭から飛んで行き、入り口の脇の錆たポストの上に降り立った。そして、早くおいでと言うように、「チルルルル」と、澄んだ声でぼくを呼ぶ。
「待って、今開けるから」
 重い扉を、体重をかけて開けた。

 けれど、振り向いた時、そこにさっきのチビの姿は無かった。
 代わりに居たのは、赤錆を纏ったチビそっくりの小鳥のオブジェ。まるで、最初からこのポストについていたみたいに。
「チビ?」
 ぼくは慌てた。どうしよう、さっきぼくがあんな事を思ったから、チビはただの彫刻に戻っちゃったんだ。ぼくが、牡鹿の方が良かったなんて思ったから!
「チビ?、チビ!!」
 すると、そのぼくの声に、ふっと赤錆だらけの羽根は元通りの柔らかくて鮮やかな赤へと変った。くるりとした目をこちらに向けて、チチッと答えたのは、さっきまでのチビ。
「良かった、彫刻になっちゃったまま、戻らないのかと思った」
 チビは怒ってはいないようだった。それでも、ぼくの肩に止まってそこで2、3度さえずった後は、またポストの上に戻って錆だらけの小さな小鳥になってしまった。
「そこが気に入ったの?でも、雨に濡れて寒いようなら中にお入りね。二階の窓を少し開けておくから」
 そう言って、ぼくはアトリエの中に入った。コートを羽織っていなかったので、頭の上からすっかり濡れてしまっている。
 角燈草は、今夜一晩くらいなら持つだろう。ぼくはランプをつけるのをやめて、コップに水を汲むと、手に持っていた角燈草をそれに挿した。
 それから濡れた服を着替えて、ラックを開けてタオルを取り出して。薄明かりだけのアトリエの中は、ぼくの靴音ばかりが響いて、なんだかがらんとよそよそしい感じがする。昨日まではそんな事、思った事もなかったのに。
 二階の窓は開けたけれど、窓から見たチビは相変わらずポストの上で雨に打たれていて、入って来る気配もない。ぼくはたまらなく寂しい気持ちになって、壁際にしゃがみ込むと、そのままタオルをかぶって泣き出してしまった。
 これはぼくが想像していた光景とは全然違ってた。使い魔は貰ったけど、今までと同じように、ぼくはひとりぼっちだ。
 それに、折角出来た友達、ハルとも、何だか変な感じになってしまった。
「なんで、こんな風になっちゃたんだろう」
 ハルは、ぼくの名前をとうとう最後まで呼んではくれなかった。ハルがぼくの事を「きみ」と呼ぶたびに、ぼくの心は、きゅう、と悲しくなっていった。
 ぼくは誰よりもまず、最初の友達に名前を喜んで貰いたかったのに。「レン」って呼んで貰いたかったのに。
 でも、そんな風に1人で勝手に期待して、それが思い通りにならなくて、拗ねてレースさんやハルを困らせた、そんな我が侭な自分が一番嫌だった。
 しゃくりあげるぼくの鼻に、ふわっと甘い香りが漂った。
 ああ、そう言えば、レースさんからスコーンを貰っていたんだった。カバンも随分濡れてしまったから、早く出さないとしけってしまう。
 まだ涙の溢れて来る目を擦りながら、ぼくはカバンの中から布に包まれたスコーンを取り出した。そして、ルースさんから貰った胡桃のパンと虹の飴の瓶も。
 そこで赤い包みがあった事に気がついた。これは、ルースさんがくれたもの。家に帰ってからのお楽しみねって、言ってたっけ。
 カサカサと薄い紙をほどいて見ると、中から出て来たのは1本の蝋燭だった。白い蝋燭に、螺旋状に黒い模様が入ってる。良く見ると、その模様は小さな小さな音符が連なって出来ている事が分かった。
 ルースさんのお家は、不思議な事が一杯だったから、多分この蝋燭も普通の蝋燭とは違うんだろう。ぼくは寝室から燭台を持って来ると、ためしにその蝋燭に火をつけてみた。
 ジジ…と灯りはすぐに大きくなって、角燈草の頼り無い明かりだけだった室内に、オレンジ色の優しい光が加わった。

…♪…♪♪……………♪…

「わ…」
 やがて蝋燭はかすかな音で音楽を奏で始めた。蝋が少し溶けるごとに、溶けた所に描かれた音符が宙に舞う。ふわりと浮き上がった音符はすぐに消えてしまうけれど、その時にオルゴオルのような透明な音を出した。
 次々と消える音符が作る旋律は、名前は分らなかったけれど、ゆったりとした綺麗な曲で、ぼくのくしゃりと潰れた心に、少しづつ空気を送り込むように優しく宥めてくれた。
 ルースさんは、ぼくがしょげている事を知ってたのかな。だからこのお土産をくれたのかな。
 ぼくは今夜は、この蝋燭を枕元に置いて眠る事にした。
 泣いてしまった後だけど、なんだかいい夢が見れそうな気がしたから。




今回、機種依存文字を使ってます…
化けていたら、それは「音符」なので、脳内変換でオネガイシマス…(>_<)





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最終更新日  2005年09月18日 19時08分26秒
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