ボクの音盤武者修行

ボクの音盤武者修行

2007年05月07日
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カテゴリ: 文学
 今住んでいるマンションは小高い丘の上にあり近くの雑木林からいつも鳥の声が聞こえる。大抵はカラスが占拠していてガサガサ、がーがーと五月蠅いが、今時分などは雀以外に鶯なども来ている。「鶯など」という言い方しかできないくらい鳥の知識が乏しいのだけれど、声だけで判別するとおそらく5種類ぐらいはいつもいるだろう。

 今朝、窓を開けていると一際良い声が部屋に響いた。近くの梢にとまっていたのだろうが、姿は見えなかった。高く澄んだ張りのある声だった。
 今までさほど興味はなかったがあれだけ良い声を聞くと、鳥の愛好家たちが集まり自慢の鳥の声を競う「鳴き合わせ会」なるものが存在するのも頷ける。

 川端康成の短編に「日雀」というのがある。茫洋とした主人が、愛人との旅先で日雀の名鳥を見つけるも買うことができなかった、という話を素直に妻治子にしゃべってしまう。どうやら物事に頓着しない性格らしい。隠し事ができないのだ。他の日雀はよくないとすぐ放してしまうが、その名鳥が後日手に入ると子供のように喜んで離れない。そんな素直さに治子は、愛人の思い出があるかもしれないその日雀の世話をする。

「名鳥の鳴き声は高く澄んで、切ないほど長くつづき、治子の胸を清く通った。(中略)なにか神の世界から夫の生命に通うものが、一筋に響き渡って来るようであった。治子はひとりでうなずいて涙ぐんだ。」 (「日雀」より)

 鳥の声に神の世界を聞くのはフランスの作曲家オイヴィエ・メシアン(明40~平4)が有名だ。もちろん音に特殊な能力を持つ音楽家たちは多少の差はあれ何かを感じているには違いないが、メシアンほど積極的に主要なテーマとなっているのは他にない。

 例えば「鳥たちの目覚め」(ピアノとオケのための)は「この譜面には鳥の歌声しかない。すべては森できいた完全な本物である」とスコアに書かれているし、そのものずばり「鳥のカタログ」(ピアノのための)という曲もある。そのほか主要作品には必ず出てくる。彼にとって鳥の歌とは「神の作り給うた音楽」つまり天上を象徴するものであり、彼の言葉を借りれば鳥たちは「非物質的歓喜の小さな奉仕者たち」なのだそうだ。


「数日後、東京に帰って来た彼は、採譜した野鳥の歌の譜を私に見せてくれた。それは実に詳細なもので、例えばウグイスの声をただそれだけ記譜してあるのではなく、一斉に嘲る野鳥のコーラスを、まるでオーケストラ・スコアのように、同時に書きとめているのである。UguisuとかHototogisuとか、誰かに教えられたのだろう。鳥の名をローマ字で書き込んださまざまな旋律を辿ってみると、実に正確に鳥の歌が捉えられていて、私はメシアンの注意力、集中力、そして耳の確かさに驚嘆したのだった。」 (CD解説より)

 この譜が「七つの俳諧」(ピアノとオケのための)という作品の6曲目になっていく。
 メシアンは非常にユニークな20世紀の作曲家なので、折に触れて書いていこうと思う。


文中の「鳥たちの目覚め」「七つの俳諧」を収めた日本人演奏家の記録。小澤さんのコメントはここから取りました。(指揮は故岩城宏之さんです)


こちらは「鳥のカタログ」。私は時々BGMにしてます。(メシアン先生ゴメンナサイ)





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最終更新日  2007年05月07日 22時23分43秒
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