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2011.09.18
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カテゴリ: 編集記事用


初回となるNo130号には「変わった町名」として淳和院町を採り上げたのですが、不思議なもので、


今朝何気なく広げた京都新聞の「竹取物語の世界」、京楽真帆子さんのエッセー欄にも、淳和天皇、仁明天皇父子が登場しました。

かぐや姫がいよいよ天に昇ろうとする時、その置き土産として残したのが”不死の薬”で、かぐや姫自身も壺の液体をひと舐めしています。

お世話になったお爺さん、お婆さんにも舐めさせてあげれば良いのに、帝に薬を渡しています。

本当はそうしたいのだけれど、天人の命令で天皇に捧げることになったようです。

京楽滋賀大教授の説明をお借りすると、

<帝(天皇)と”不死の薬”というと、史料に出てくる薬が思い起こされます。それは淳和天皇(768~840)や仁明天皇(810~850)が飲んだ「金液丹」です。

これはヒ素や水銀を含むもので、現代人の感覚では劇薬です。が、当時は、不老不死をもたらす仙薬だと考えられていました。

体の弱かった仁明は、淳和に勧められて飲み始めた、といいます。>

医者の制止を振り切ってでも淳和帝は服用され、病気を平癒されましたが、その副作用に苦しまれたとも。

淳和帝、仁明帝ともに長生きではありませんでしたので、「金液丹」は不老不死の妙薬ではなかったのではと思われます。

 さてかぐや姫の残した”不死の薬”は燃やされてしまったようです。嗚呼、勿体な~。







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Last updated  2011.09.18 09:24:51
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