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ジャズピアニスト、BILL EVANSの曲のタイトル。彼は私が大好きなmusician。もう他界している。クラシックの畑からジャズの畑に入った人。白人で超技巧派。彼のピアノの音は繊細で、romanticで、dramaticで、優しくて、切ない。 彼のソロ名義の曲の中で最も好きなのが、「My foolish heart」とてもゆっくりで、優しくて、甘くて、美しいメロディーを持つバラード曲。私はこの曲を初めて聴いたときから今までずっと好きで、タイトルのつけ方がすばらしいと思う。歌が無い曲にタイトルをつけるというのは時に簡単で、時に簡単ではないと思う。この「My foolish heart」というタイトルは曲のメロディーから伝わってくる「言葉」を代弁している。恋におぼれた愚かな男女の心情を「歌った」ようなイメージ。今の私の歌。
2004年01月31日
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皆様、びっくりされました?タイトルを読んで。この日記でeroticなtopicを扱う事は珍しいかと思うので驚かれた方もおられると思います。今日はkissのお話でもしましょうか。たまにはいいでしょう。kissについて語るといっても、これもかなり哲学的(奥が深いという意味で)なテーマなので何から書けばいいのか迷います。人はなぜkissをするのでしょう。いや、もちろん、「kiss大好き!」という人もいれば、「kissどうこうよりセックスそのものの方が大切」という人もいるでしょう。私にとってはkissて大切なものです。kissが好きで、しかも上手い人に出会いたいものです。KISS1.唇と唇を重ねる事。2.挨拶3.セックスへのintroduction4.誘惑する事5.セックスよりもerotic6.「上手い」と「下手」を感じてしまう今回、特に語りたいのが6番の上手いと下手の話。私はこれまで比べられる数(つまり複数以上)の女性とkissをしましたが、その中には私のジャッジでの「kissの上手い人」と「kissが上手くない人」がいました。一度その上手くない人に出会った時、その人は私に「あなたはkissがうまいわ」と言いました。でも実は私の方ではその人のkissは上手いと感じていませんでした。その人にその事を告げませんでしたが。なぜその単純な行為の中に「上手い」と「下手」が存在してしまうのか?ある意味不思議なのですが、私はそう感じてしまいます。大切なのはタイミングではないでしょうか。自分本意ではなく、相手との間合いやタイミング(同じか)、いかにeroticにするかが大切だと思います。人生に「romantic」は必要です。「romantic」がなければなんて味気ないんでしょうか。
2004年01月30日
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現在私にはかなり親しくいろんな話が出来る二人のオーストラリア人の女性の友人がいる。一人はこの日記に何度も登場しているJESS(仮名)、そしてもう一人がMIRANDA(仮名)。二人の共通点はオーストラリア出身で現在日本人の彼氏がいる事。両方の彼氏に会った事がある。二組とも本当に幸せそうだ。あまりに幸せそうなので自然に結婚の話になり、二人に結婚は考えているの?と聞いてみると二人が口を揃えて言った事が、「彼と結婚はしたいけど日本で結婚生活は出来ない。」二人からこの同じ答えを聞き、2度寂しい想いをした。先ず一点目が、外国人女性は日本ではまだまだ完全に受け入れられておらずストレスや生活の不便が多いという。2点目が非常に重要。子供の事。もし女の子が出来た時、日本社会で育てたくないという。理由は女性が男性と同等に扱われていないという事。オーストラリア在住のralphpigginsさんのHP(私のHPからリンクしています。)を読んだ時もオーストラリアでの女性の立場が日本とは違うという事を確認した。彼女達が言うのは日本では女性が生きにくい社会だからその環境で自分の娘を育てたくない、という事だ。日本とオーストラリアの二つの社会に生きた、二人のオーストラリア人女性と日本人女性の3人が言うのだから間違い無いのだろう。日本が女性にとってあらゆる意味で「平等」と感じられる社会にならなければ外国人女性にとってはいつまでも住みにくい場所だろう。
2004年01月29日
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久しぶりに「男の涙」を見た。しかも政治家の決して美しくない涙。男性の政治家の美しくない涙といえばあの鈴木宗男氏以来だ。二人の涙の共通点は疑惑に対する弁明。今回の民主党の古賀議員の弁明は本当にびっくりした。朝のワイドショーが最も欲しがるネタの映像がなんとワイドショーの時間帯に生で流れるという異様な状況。アメリカのペパーダイン大学卒業の学歴を詐称していたと疑惑を持たれた古賀氏は地元の福岡の駅前で朝八時から街頭演説で、「弁明」した。室内の記者会見場で話すのなら分かるが、屋外でしかも駅前で、平日の朝八時からだ。彼の言い分はかなり無茶だ。自分は卒業したという間違った認識を持っていた。という。誰がいったい自分がある学校を卒業したと思い込むのだろう。どうやって間違うのか?彼は自分を選挙で選んでくれた地元の支持者の多い場でその「パフォーマンス」を行い、支持者からの声援の声を期待した。もちろんその無茶ないい訳に罵倒の声もあったが、「古賀がんばれー」などという声援を聞き取るとすかさず、泣きながら、「ありがとうございます」と返す。罵倒の声は無視だ。びっくりする映像を朝から見せられた。しかもカメラは彼の泣き面をアップで撮り続ける。見るに絶えない。でも見てしまう。2004年、平成16年のこのご時世にあんな「昭和」的な演出を持ってくるなんて!まるで20年前の時代遅れのテレビドラマの再放送を見せられたような錯覚に陥った。大体泣く事によって同情を買おうとするその魂胆がいやしい。そして彼は議員の職を辞さないと言った。なんでやねん!
2004年01月28日
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全勝優勝を決めた瞬間、彼は左手でやや遠慮気味のガッツポーズを決め、笑顔を見せた。とにかく強い、強過ぎた。勝負が早い。あっという間に勝ってしまう。しかし、大相撲の力士が優勝を決めた直後にガッツポーズと笑顔を見せる場面なんて見た記憶がない。力士というのは勝っても負けても淡々をしているイメージがある。朝青龍だからあんな表情を見せる事が出来るのかもしれない。「異文化だな」って感じた。普通の日本人力士ならあんな表情は見せないと思う。朝の情報番組のあるコメンテーターが面白い事を話していた。「朝青龍は我々日本人と同じ顔をしているから中身も似ているかというと全く違う。」「民族」という言葉を使い説明してくれた。モンゴル人の朝青龍と我々日本人。遺伝子は同じかも知れないが、民族性が全然違う。農耕民族と遊牧民族。生活スタイルが全然違う。だから精神性も違ってくる。そのコメンテーターはさらに外国人力士では曙(ハワイ出身、元アメリカ国籍)の方が我々に近いと言った。理由は島出身だから。大陸に住むアジア系モンゴル人と島に住む「西洋系」アメリカ人。島に住む人間の方が我々と精神風土が近いと言った。んー、なるほどと思った。
2004年01月27日
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先日あるテレビ番組でちょっと考えさせられる瞬間を見た。「結婚生活十年以上のある夫婦の妻が夫に対してお辞儀をしていたのだ。」その妻は番組にある依頼をした。「主人が結婚生活で何をしてもありがとうと言ってくれない、だから番組の力で夫にありがとうと言わせてほしい」妻は怒りやストレスを抱えている様子は無く、穏やかでただ夫が、「ありがとう」と言ってくれれば満足する様子だった。その二人の家に隠しカメラをセッティングし、夫が「ありがとう」と言う瞬間を狙う。番組のタレントは妻の相談に乗り、夫に「ありがとう」といわせるための作戦を一緒に考える。いろいろ試すが結局妻の力で夫に「ありがとう」をいわせる事が出来ず、タレントが夫の前に初めて現れ事情を説明する。夫は「ありがとう」と結婚生活十年の感謝の気持ちを言葉で伝える決心をし、夫婦は外の田んぼのあぜ道で向かい合わせになる。その二人の会話の様子をカメラが捕らえる。夫が話の最後に「ありがとう」と言い話を終えた瞬間だった、妻が夫に頭を下げお辞儀をした。結婚十年以上、子供もいる夫婦の妻が夫にお辞儀をする。これはとても「日本的」だなと感じた。その後夫が妻を抱きしめた。
2004年01月26日
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私たちは、 私たちは、、 まるで世界中で最も幸福な二人のように、 この至福の時間を抱きしめる。間違いなく、 間違い無く、 彼女ほど私に微笑みかけた女性はいない。私たちは「ひとり」と「ひとり」だった。 果てしなく、限りなく深い愛を持った「神さま」は 私たちを引きあわせた。 その信じられないタイミングで、 その考えられない場所で。 私たちはただその「運命」に感謝する。 この罪深い、愚かな私たちにかけがいのない 「贈り物」をくれた神様に。 彼女ほど、 彼女ほど私をみつめた人はいない。 その美しい瞳で。 私はただその事実に驚嘆する。 少しの戸惑いと抱えきれない喜びを持って。
2004年01月25日
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自分の子供を流産し、しかも子供を産めない体になった彼女に対して非常に気の毒だなという気持ちはもちろんあります。自分の愛する夫である高田延彦という偉大な人間の遺伝子を自分の力でこの世に残せなくなった事を悔やむ気持ちも理解出来ます。しかし、私は彼女の行為の中にどうしても「人間の尽きないエゴ」を感じてしまうのです。代理母出産というのは医療が発達したおかげで可能になりました。それはある表現を用いれば、「人間の命を人間自らの力でコントロールする」という事なのではないでしょうか。私はそれは本来「神の手に委ねられていた」事だと思います。つまり「運命」です。私の目には彼女達は自分達の運命に逆らったと映ってしまいます。人間の飽くなき欲望は科学技術を発達させつづけ、不可能事を次々と可能にしてきました。それは人類の進化の象徴で、輝かしい側面ばかりが目立ちますが、物事には必ず光と影があると思います。でも時にはその影の部分を注目しなければいけないと思うのです。
2004年01月24日
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今日は非常に、ある意味「むずかしい」トピックついて私の意見を述べさせて頂きます。話が長くなりそうなので結論から書かせて頂きますと、「私は代理母出産という方法に心から賛成出来ません」誤解を生じさせないために言っておきますと、私は「向井亜紀さんに反対しているのではありません。」彼女の人生を批判する権利は私にはありません。ただ自分のこれからの人生の中では例えその選択肢が生じても、それを選ぶ事は無いと思います。分かりやすく言えば、私が高田延彦さんの立場に立つとすれば反対の考えを主張すると思います。私は17日の日記で代理母となったシンディーの言動に感動したと書きました。しかしシンディーと向井亜紀さんと高田延彦さんはそれぞれ全く違う立場にいます。もう一度ストーリーを整理しますと、事の発端は向井亜紀さんの流産にあります。妊娠16週間でお腹の中で子供は亡くなりました。そして向井亜紀さんはガンである事がわかりました。自分の力ではもう子供が産めない体になったのです。そして自分と特に夫の遺伝子をこの世に残したいと強く願った彼女は「代理母」出産を選びました。彼女とは全く違う立場にいるこの私が彼女の気持ちはわかりませんが、その「自分達の遺伝子をこの世に残したい」という理由に100%共感出来ません。
2004年01月23日
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ここ三日間の日記では「愛」をテーマに書き、様々な方々から意見を頂きました。それらの意見に対してここで返事をさせて頂きます。シャークアイさんへ私は、真実の愛とは「自分の身を捧げる」事だ、と書きましたが、それを私の意図とは違う解釈をしてらっしゃるようなので私のこめた意味を書き直させて頂きます。自分の身を捧げるというのは、自分の人生をその相手と共に歩み、愛を注ぎ続ける覚悟を決める、というような意味です。命を投げ打つような究極の意味での自己犠牲ではありません。多分あなたは誤解されたと思うのですが、それで心配されたんですよね?cocosaikoさんへ真実の愛とは「全てを受け入れる事」という意見に同意します。「真実の愛」を覚悟した時から相手に対して「要求」する事はすべきではないと思います。ralphpiggingsさんへ一度濃密な時間を過ごした相手とは友達には戻れないという考えは、「状況によるのでは」という答えしかありません。付き合った相手と別れ、お互い他の相手と結婚し、その後も前の付き合った相手と友達関係を維持出来るというのはかなり珍しく、難しい事ではと思いますが、無いとはいえないと思います。男女の関係はありとあらゆる「形」がありますからね。私の例でいいますと例えば私がこの先結婚し、シャロンも他の誰かと結婚します。そしてその後も私とシャロンの「関係」を持ちつづけたいかというと、持ちつづけたいです。なぜならシャロンの代わりは他にいないからです。しかし実際にそれが可能かどうかは分かりません。「男女」であると同時に「人間と人間」ですよね。だからせっかく出会えた大切な人とは人間関係を保ち続けたいです。出来る事なら。「恋人達の予感」は私も大好きな映画です。私とシャロンもいつかまた再会しまた違う関係になる可能性もあると思います。reikoさんへ「真実の愛」について考えるのが恐いのですか?「真実の愛」を欲しいと望むとそれはやってくると思うし、それに出会えるととても幸せと思うのですが。une9さんへ「傷つきたくない」ですか?それは、相手に愛されて初めて自分の幸せを感じられる、という考えが前提のような気がするのですが。もし「人を愛する」という行為がとても尊いと感じれるなら、「愛する」事によって幸せや満足感を得られる事も出来ると思います。「真実の愛」を持つ事が出来れば愛する行為そのもので満たされると思います。
2004年01月22日
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今日、私と私の大切な人との間に新しくすばらしい関係が生まれた気がする。今日はすばらしい一日だった。大安であり、朝の占いでは私の星座の運勢は最高であり、そして、シャロンの誕生日であった。シャロンの事は昨年の10月31日、11月2日、11月6日の日記にそれぞれ書いています。シャロンと私の関係は第三者には説明しにくいものだった。友達でもなく、恋人でもない、男女の非常に親しい関係。昨年の三月初旬に出会い、七月の下旬に彼女は母国に帰る。その5ヶ月の間、私達は大切な時間を共有した。彼女が母国に帰ってからはずっとメールでやりとりしていた。私達は物理的に会えなくなった。その事は彼女にとってつらい事だった。距離が離れ、二人の気持ちは変わっていく。私の気持ちはnegativeな方向に変わっていった。もう会う機会はない。会う機会を作ろうとしない自分。彼女と自分の関係について冷静に、正しいであろう角度からみつめ始めた。彼女は私のMISS RIGHTではない。その結論はもう大分まえから出ていた。彼女は違った。あなたみたいな特別な人にはめったにあえない。他に好きな人が出来たら困る。 そんな事を言った。お互い、彼女が日本にいた時のような気持ちをもう持っていない現実に苛立ちを感じ、お互いを責め合った。ひどいことも言い合った。そして彼女からの連絡がとだえる。2週間が過ぎる。もう彼女は私にメールは送ってこないと思っていた。そんな時に久しぶりにメールが届いた。「今日は私の誕生日よ」知っていたが、彼女自らがそう言ってきた。そのメールを見た瞬間、私はとまどった。「誕生日なのに最悪のnewsを彼女に伝えなくてはいけない」そのnewsというのは私に新しい、大切な人が現れたという事。シャロンはきっとショックをうけるだろうと思っていた。しかし結果はまったく逆だった。彼女はその事を喜んでくれた。「あなたに好きな人が出来てほしくない。あなたに新しいgirl friendに出会ってほしくない。」そんな事を言っていたシャロンが素直に喜んでくれた。そしてシャロンが喜んでくれた事は本当に嬉しかった。シャロンと説明しがたい関係にあった理由は、彼女は私にとって、妹のような存在だったから。その事は会った直後にも彼女に伝えたし、ずっと心のどこかで思いつづけていた。結局そうだったのだ。途中私達はその兄妹のような関係を変えようとしたが、無理だった。私は今このシャロンとの関係を本当にすばらしいと思う。私はシャロンを妹のように感じ、彼女もその事を幸せに感じてくれる。私達は今日その事を再び確認した。記念すべき彼女の誕生日に。
2004年01月21日
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真実の愛に出遭っている人はきっと強いのだろう。二十歳前後の頃にとにかく本を読みまくった。現代の日本の有名作家の小説。日本文学。ヨーロッパ文学。哲学。宗教。自己啓発。全ての本やそのストーリーのテーマは「愛」や「恋愛」であったと思う。そしてズバリ、タイトルに「愛」という文字の入ったエッセイや自己映発本などをよく読んだ。とにかく何についても「意味」を確認したかった20歳前後。そして現在、タイトルに「愛」という文字の入った本を読む機会はなく、あえて「愛」について考える機会もない。愛とはその行為を実践するものであり、その概念について考えるものではないという結論を遠い昔に出してしまったから。しかし私が「真実の愛」に出遭っているかというと?マークが浮かぶ。はたして私は真実の愛を誰かに与える事ができるのだろうか。愛とはとても尊いものであり高尚なものであるべきだと考えてしまう。だから軽々しく「I love you」なんて口にしない。それは行為がともなってなければ「偽」だから。愛とはその人のために命を捧げる事が出来るという事。はたして私はそんな人に出会うのだろうか。出会っているのだろうか。
2004年01月20日
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「続きは次週に」などと書きながら「続き」を書いていなかった、JESSの話です。JESSについて初めて読まれる方は1月7日の日記を読んでください。あれからJESSは勇気を出して日本人のボーイフレンドに、「私達一緒に住むのはどう?」と日本語で聞いた。すると彼の返事はYESかNOのどちらかで言うとNOだった。彼の考えは「別々に住んだ方がデートの時により大きな会う喜びを感じれる」というようなものだらしい。JESSは笑顔で「あっそう」と言ったが内心はかなりショックだったそうだ。一緒に住みたい。そしてその事を恥ずかしいながら自分から告白する。そしてYESの返事をもらえなかった。JESSは、彼には言えないけどこの私には言える事がたくさんある。女の人って本当に好きな人には言えない事ってあるのかな。好きな人にはなんでも話せるのが理想的な関係だと私は思うが、男と女の関係はそうシンプルなものでもないらしい。
2004年01月19日
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最近ある女性に会った。その女性は完璧なメイクをしている。自分をより美しくみせる術を心得ておりその技に自信を持っている。初めて会った時、その美しさに魅了された。とにかく化粧が上手いので、何よりも顔に目がいく。その印象的な顔を忘れる事は出来なかった。そしてすぐに2度目に会う事になった。待ち合わせの時間を少し過ぎた頃、彼女が来るであろう見ていた逆の方向から一人の女性が現れ私に微笑みかけた。2秒位、「え、この知らない人はなぜ私に微笑みかけるのだろう」と思った。そして彼女がしゃべり始めた時、その「見知らぬ人」は私が待っていた人である事がわかった。なぜわからなかったのか。それは彼女が化粧なしで現れたからだ。しかもその日は仕事が休みなので最初の時と全く違うカジュアルな服装だった。正直私はその「変身」ぶりに驚いた。女性は化粧で変わるという事は分かっていたが改めてその強烈な一つの例を見せ付けられた。幸い、彼女は化粧がなくても十分素敵な人なのです。
2004年01月18日
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シンディーという女性はタレントの向井亜紀さんの代理母の名前です。タレントの向井亜紀さんと元格闘家の高田延彦さんの子供が最近無事生まれて二人は記者会見を開き、双子の子供達の写真を公開した。代理出産を試み、2度の失敗をし、三度目でついに成功した。生んだのはアメリカに住む女性、シンディー。私は彼女の事は何も知らないし、テレビで一瞬だけ見、ほんの数秒だけ彼女の言葉を聞いただけだが、その一瞬で私の涙腺は一気にゆるんだ。「彼女(向井亜紀)が子供を生めない体って聞いてとても悲しい気持ちになったの。私は3人も子供を産んだし、まだ産めるから彼女のために産みたいと思ったの。」当たり前のように一気に言ってのけた。いくら謝礼金をもらえる事が前提といえ人のために子供を産めるだろうか?私は彼女のその「奉仕精神」に単純に感動してしまった。人のためにそこまで出来るってすごい。
2004年01月17日
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皆様、遅れましたが「男女の関係1」に対し感想を書いてくださった方々への返事を書かせていただきます。先ずは、Franboiseさんへめちゃめちゃ遅れましたが、「日本へようこそおかえりなさい。」かなりの気温の差があるでしょうね。「嫁」という言葉にネガティヴな響きを感じてらっしゃるそうですね。これはでも使う人間の意図によりますよね。例えば私はあまり意味を考えず使いました。既婚の男性の友人に「奥さん元気?」とか「嫁さん元気?」とか聞きますが、いつも違う言い方をしてます。気付かずに。関西では「嫁さん」という言葉を親しみをこめて使う人が多い気がします。親しみだけではなく、尊敬とか、頭があがらないとか、そんな意味も含まれていて聞き心地のいい響きがします。私が結婚したらどんな表現を使うのか想像してみると、公の場所では「妻」。友達に話しする時は「うちの奥さん」とか「うちの嫁さん」という言い方をすると思います。ralphpigginsさんへ服のサイズの話読みましたよ。続きを期待してます。旦那さんがうっかり紹介するのを忘れたそうですが、基本的に紹介するくせを身につけてる人でもうっかりはありますよね。すねられて反省する旦那さんは誠実だと思います。紹介されるのを待つより自分から「そちらは奥さんですか」ときりだす案ですが、私は出来そうにないですね。やはり間に入ってる人間に紹介してもらいたいですね。間に立つ人間が二人を本当に紹介したかったら何をおいても先ず紹介すると思うし、うっかり忘れるという事は二人をつなぎあわせるという事はそれ程重要ではなかったと受けとめます。のぶさんへ彼を友達に紹介していまいちな反応はがっかりですね。その友達との関係はどれほどなのか分かりませんが。親しい友達なら友達の彼氏に初めてあったら社交的な反応を見せるのが普通ですよね。でも日本人が人を紹介するのに慣れてないのではという意見、少しうなずけます。もちろん西洋人でも紹介しない人もいると思いますが、文化としてあるか、ないかというと西洋の方がある気がします。西洋では「社交能力」というのが人の評価を判断する一つの物差しだと思うので日本よりは重視されてると思います。シャークさんへアメリカでも紹介しない人がいるというのは分かります。でも日本と比べるとアメリカの方が人を紹介する時の「スタイル」ってあると思いません?おきまりのパターンというか。私はまだ結婚の経験がありませんが、自分が本当に大切と思っている人に会った時は奥さんが初めて会ったなら必ず名前を言って紹介したいと思います。
2004年01月16日
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今日はいつもと違うタイトルで、いつもと違うスタイルで、いつもと違う内容の日記でいきます。「いつも」って?いつもは日記を書く前に先ず内容を決めます。何を書くか。そして次におおまかに頭の中で言葉を集めます。そして最適なタイトルを選びます。最後に頭の中で8割程の文章を組み立ててから書きます。今日は何も考えず書いてます。おしらせ。「男女の関係1」に感想を書いてくださった皆様。申し訳ありません。いましばらくお待ちください。必ずレスを書きますので。いつものように書かないこのやり方を選んだのはいつものように書けないから。なぜ?最近頭の中がこんがらがってます。なぜ?久しぶりに会いました。面白い人に。面白い人っていうのはつまり、好きな人。久しぶり。この感じ。待ってた。
2004年01月15日
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訪問者の皆様方、申し訳ありません。議論をふっかけといておきながら、ほったらかしですが。ちょっといろいろあって今は書ける状態にありません。数日中に復帰するのでしばらくお待ちください。
2004年01月14日
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日本に滞在する西洋人(女性が多い)と話していていつも話題になるのが男女の関係について。男性が女性にどのように接するのか、これは日本と西洋の国々では違う事が多い。少し漠然としていて非常に大きなテーマなので今日はある一つのお話を紹介します。何年か前にある英会話学校に行っていた時、一人の既婚の日本人男性に出会った。その学校のあるクラスにいたのはオーストラリア人のインストラクターと日本人女性二人、そして私とその既婚の日本人男性。英会話のクラスの中で既婚の男性が「最近のニュースは?」と聞かれ「コンサートに行く」と答えた。そしてさらに話を進めるとなんと私が行く同じコンサートに行く事が判明。しかも同じ日。コンサート当日。友達と会場に着き、開演を待つ間一緒にコンサートに行っていた左に座る友人と話をしていると右から誰かが私の肩をたたく。右を見てみるとなんと英会話のクラスで一緒にいたその既婚の男性が私の右隣に座っていたのだ。何千人という人がコンサートに来ていて、その人が偶然隣に座る。すごい確率だろう。その時私の右の彼のさらに右に彼の奥さんが座っていた。私と彼はその偶然の出会いに驚き盛り上がっていたのに奥さんの表情はあまり変わらなかった。そして彼は私に奥さんを紹介しなかった。もう一度書くと「彼は私に奥さんを紹介しなかった」のだ。彼も日本人、私も日本人、会場は日本。だから私はその事は起こり得ることだと事実を受け入れる事が出来るが、はたして同じ事が西洋の国で特に珍しくない事として起こるのか?と思った。ちょっとおかしいと思う。彼は私に「嫁の誰々です。」と名前を言って紹介するのが女性を一人の人間として尊重する行為ではないかと思う。私は日本人なので彼のような日本人男性が多い事は分かるが、自分が同じ立場に立った時には絶対に奥さんを紹介したいと思う。私は対等の関係を築ける女性と結婚したいし、自分の知人に会った時には奥さんをその知人に紹介したい。
2004年01月13日
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世界の国々にはそれぞれいろんな文化があるが、「男女の関係」というのは一つの国の文化を象徴するものかもしれない。バングラディッシュという国について私は何の知識もイメージも持ってなかったが今日あるニュースを見てとてもマイナスなイメージを持ってしまった。ある施設に顔が変形してしまった若い女性達が集まっていた。最初見た時日本で最近裁判になったハンセン病の方々なのかなと思ったら違っていた。何人もの女性達が男性に「硫酸」をかけられそんな顔になってしまっていたのだ。それはある一つの事件の同じ場に居合わせた女性達ではなく、全く異なる状況で全く違う男性に顔に硫酸をかけられた女性達である。そのニュースの冒頭で「バングラディッシュは貧しい国で..」と紹介され(貧しいというのは経済的に先進国よりも遅れているという意味と思う)、次に「男尊女卑」の国であると続いて言われていた。昨日私はあるヨーロッパから来た女性と会い、日本と彼女の国における男女の関係の違いについて話していたばかりであった。それにしても何人もの女性が男性に硫酸をかけられるなんてどんな国なんだろうと思う。女性の中には「顔」というのは命の次位に大切だと思っている人も多いだろう。その顔に硫酸をかけ醜くさせてしまうなんて。信じられない。一人の女性は男性からのプロポーズを断り硫酸をかけられ、また違う女性は結婚していた男性から愛情をもらえず、離婚話をしたらそうされたという。私には何も出来ないが非常に腹立たしい思いをした。
2004年01月12日
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また曙の話。昨日、年末のボブサップと曙の試合の舞台裏の番組が放送されていた。試合を放送したテレビ局が試合直前と試合後の曙と家族の様子を撮影していた。曙の試合は奥さんとまだ小さな子供二人がリングサイドで見ていた。そんな中でのあな悲惨な負け方。失神し、前からうつ伏せになり大人何人もによって起こされるという緊急事態。倒れた直後は奥さんと子供二人は心配そうな顔をしていた。特に子供二人は涙を流していた。そんな家族の心配を吹き飛ばしたのが曙自身の笑顔。負けたとは思えないようなさわやかな笑顔だった。その様子を見て家族は冗談さえ言える状況だった。子供は無垢だ。息子は「パパなんであそこで(リングの上)寝てたの?家に帰って寝た方がいいよ。」曙「あそこで寝たかったの」このやりとりを聞いた周りの大人は爆笑。あんなヒドイ負け方をして曙家族はどんなにショックだろうかと思っていたら、全く様子は違っていた。奥さんの曙に対する愛、曙の子供に対する愛。見ていてとても感動した。
2004年01月11日
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私は神戸生まれの神戸育ち。高校を卒業するまでは神戸の街で生まれ育った。だから神戸という土地に特別な思いいれがある。しかし神戸を離れてもう九年。阪神淡路大震災の影響で私は神戸を去らなければならなかった。大阪に来てから四年以上になる。神戸と比較するとなにもかもが大きいので最初はインパクトがあった。それが徐々に慣れてくるとそれほど大きい街でもないなと感じ始めた。正月に父と弟と話をしていて大阪に対する思いの違いに気がついた。私は大阪に四年以上住み、その便利さに慣れかなり好きになっている。タイガースの優勝時の「道頓堀ダイヴ」も見に行った。御堂筋パレードも見た。大阪の街の嫌いな部分は今特に無い。しかし大阪に住んだ事の無い父と弟は大阪に対してネガティヴな感情を持っている。父は大阪の街は汚いと言うし、弟は大阪は好きじゃないという。確かに大阪の街は汚い。神戸に比べると。実は神戸がきれいすぎるのだ。たまに神戸に行くとびっくりするくらい街並みがきれいだ。しかし同時に街の規模の小ささを感じる。でも私は神戸にも大阪にも住んだ人間として両方の街を愛している。父と弟は大阪に対して私と違う気持ちを持っている。住んだ事もないのに判断してほしくないが、仕方が無い。京阪神という言葉がある。関東に住んでいる人にとっては全部ひっくるめて「大阪」なのかもしれないが、それぞれの街に住む人間は自分の住む街に愛着を持っていて、他の街や住んでいる人間に対して偏見を持っている。たとえば父なんかは京都の人間はケチだと言っていた。とんでもない偏見だ。そういうステレオタイプなものの見方は絶対損だと思う。しかし私自身が偏見を持っていないかというとそうでもない。時としてある人種に対して偏見を持ってしまう。例えば日本に住む白人男性に対して「あいつらは日本人女性と遊び過ぎだ」など。皆が皆そうでもないが一部の目立つ人間の目立つ行為により偏見を持つ事になってしまう。世界規模で見れば京都と大阪と神戸は非常に狭い地域に集中している。そんな狭い世界で隣の街に住む人間に対して偏見を持ち合っているのだからどうしようもない。人々が偏見を持たないようにするとこの世界はどんなに平和になるだろうか。
2004年01月10日
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そろそろ寝ようかなと思った頃にアリーから電話があった。「今何してるの?」その言葉で会いたい意向を察したので「じゃいつものバーで会おう」と誘い、二人であった。アリーの事をしらない方々に彼女の事を説明すると彼女は先月23日にクリスマスパーティーをした私の友人である。23日の日記ではKATEという仮名を使ってましたが今回からはアリーに変えさせて頂きます。彼女に会ったのは昨年の四月。他の友達とクラブに行っていた時に初めて会った。私がトイレに行っていた時に私の友達に先に話しかけていたみたいで、私がトイレから戻ると私の顔を見るなり、「来週パーティーやるから来て」自己紹介も何も無しにその第一声。しかも私がそれまで会った事の無いくらいのめちゃくちゃ美人。私はそれまでそんなノリの人にあった事がなかったので失礼ながら信じられなかった。「うん行く」と言ったものの社交辞令の返事で行く気はなかった。怪しそうな人間には見えなかったものの初めて会った人間にいきなり挨拶も無しに、パーティーするから来てなどという人間を信じろというのが難しい。しかし美人に何度も何度も絶対来てと言われ、指きりまでさせられたので翌週のパーティーに行かなかった事に少し罪悪感を感じていた私は電話をして次のパーティーに行く約束をした。そこから私とアリーの愉快な友達関係はスタートした。それからは彼女には世話になりっぱなし。だから夜突然電話がかかってきても「眠いからまた今度」なんて言えない。ビール2パイントを飲んで酔っぱらった夜でした。
2004年01月09日
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外国人の皆さん(もちろん読んでないと思いますが)あなたがたはとても目立つので顔を覚えられやすいし、ある意味有名人みたいなものですよ。その事はご存知かと思いますが。私は大阪の中心部に行く機会が多いので毎日絶対に外で外国人(ここでの外国人はあくまで西洋系の方々の事です。アジア系の方々は我々と容姿が似ているので目立ちません)を見かけます。同じ場所に何度も行く機会があると当然その場所で同じ外国人を見かける事になります。「あっ、あの外国人前に見た」「あっまたいた」てな具合に。しかしアンフェアな事に私は「また見た、知ってる」と思っていても相手は私の事をしらない。だから彼らは有名人みたいなもんだ。スティービーのコンサートに行った時、早く着いて時間をもてあましていた私は会場に到着する聴衆達を観察していた。ただでさえ人間観察が趣味でしかも彼らは私の神様のスティービーを一万円払って見に来た人々。その愛すべき?人々を見たかった。その中でも外国人は目立つ。一人外国人女性がいてその人を見た瞬間「あっ」と思った。その人は私がよく行くクラブに来てる人だった。おそらくもう十回位は見た事がある。クラブ意外の場所でもよくみかける。彼女は長身で長いブロンドヘアー。それ程美人でもないがいつも一緒にいる友達も長身のブロンドヘアーでめちゃくちゃ美人。二人が一緒にいると「叶姉妹」のようにゴージャスな雰囲気をだしている。話しかけようかと考えたがやめた。あまり相手はいい気がしないかなと思ったので。昨日も「有名人」を見た。私はその人を友達が持っていた雑誌で一ヶ月程前に見た。私の友達はイギリス人でTATOOやピアスにとても興味がある。彼女はその日TATOOとピアスの愛好者の雑誌を持って来ていて、その雑誌を私に見せてくれた。その雑誌の中に写真で掲載されている人々はとにかく目立つTATOOとピアスをしている。その雑誌のオープニングに主役的な形で掲載されていた外国人男性がいた。彼のピアスはとにかくショッキングだったので忘れられなかった。そして昨日、そのピアス男を見かけてしまった。雑誌で見た「有名人」を。「有名人」を目撃してしまった私は「イギリス人の友人は彼に興味があるに違いない、話しかけてメールアドレスを聞こう」と考え、それを実行した。見た目はめちゃくちゃコワイが普通にナイスガイだった。面白かったのが彼を目撃した一般市民の目。彼のピアスがあまりにショッキングなので目が点になっている人がいた。
2004年01月08日
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久しぶりにJESSに会った。初めてJESSの事を知る方々に説明しておくと、彼女は22歳のオーストラリア人女性である。先月半ばから終わりにかけて私の日記の中で「日本人女性の服装1~3」を書いたがそのきっかけとなる発言をしたのが彼女だ。現在彼女は日本人の男性と付き合っている。前回までの話ではその彼が「I love you」を言ってくれないという事を書いていたが、最近情勢が変わりどうやらその問題は解決したらしい。二人の関係は非常にいいらしい。そんなJESSがある決断に迫られている。彼女は今日本人の家族でホームステイをしているのだが、一年近く住んでそろそろ自由を求めてその家を出たいという。家を出たいという話は彼氏に出会う前からしていて、最初はとにかく一人で住みたいと言っていた。彼氏に出会ってからも彼に対して「ホームステイ先を出て一人で暮らしたい」と言っていたらしい。それが最近彼氏との関係がどんどん密になり、一人で住むよりは彼氏と住んだ方がいいんじゃないかという考えが心を占めてきた。しかし彼氏には以前「一人で住みたい」と言っているので、今からは彼女自らが「やっぱりあなたと一緒に住みたい」と意思表示しなければいけない。それを簡単に出来ないJESS。彼氏が驚くんじゃないか、もしくはNOと言われたらどうしようと、言い出すのをためらっているという。もし三月に家を出たかったら出来るだけはやく彼に言った方がいいよとJESSに言っておいた。さて二人は一緒に住むのか。続きは次週まで乞うご期待。
2004年01月07日
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ついに神様に会いました。私の音楽の神様スティービーワンダーに。この日をどれだけ待った事でしょうか。前回日本に来たのは7年か8年前、行けなかった。彼の音楽を聴き始めてもう十年以上。数え切れない位アルバムを出しているので聴いていない曲もあるが、8割以上は知っていると思う。次いつ日本に来るか分からないので、最初で最後のコンサートのつもりでチケットを取った。感想を一言で言えば、大満足でした。20曲近く演奏しましたが、2曲(多分新曲)を除いて全て知っていて、しかも大好きな曲ばかりだったので嬉しかった。踊りまくり、叫びまくり、歌いまくりであっという間の二時間半。短過ぎる!十二時間続けてやってくれても私は立ちつづけ、踊り続けたに違いない。ただただ神様(スティービー)に感謝の夜でした。
2004年01月06日
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曙には三度驚かされた。昨年の大晦日、日付が2004年に変わる一時間前、総合格闘技の「K-1」のイベントのテレビ中継の最後の試合でアメリカ人のボブサップと日本人の曙太郎の試合が行われた。最近の調査によるとこの試合の中で瞬間的に視聴率がNHKの紅白歌合戦を上回ったという。そしてそれは日本のテレビの歴史の中で初めてだという。この試合を放送したTBSテレビは六時のニュースの中でそれを伝えて(自慢して)いた。曙のK-1参戦の初戦、相手はボブサップ、大晦日などいろんな好条件が重なりこの結果になったと思う。プロモーターは大儲けしたに違いない。もちろん、曙とサップも巨額のファイトマネーを得たと思うが。先ず最初に驚かされた事は、11月の曙のK-1参戦発表。いやその事よりも、日本相撲教会を脱会した事。曙は親方という安定した地位を捨てて非常にリスクの多い総合格闘技の世界に進んだ。試合の3~4日前に同テレビ局でK-1参戦発表から試合直前までの密着の二時間番組を見てしまったので、非常に関心があった。二つ目に驚いたのは曙の負け方。サップのパンチに失神し、前から倒れる姿は一言で言えば「悲惨」だった。先ず目を疑ったし、その後は目を覆いたくなった。幸い敗北決定の瞬間あっという間に映像はテレビコマーシャルに移った。それはおそらく曙の負け方が見るに絶えないからでは無く、最初からスポンサー側の要求だったに違いない。そして三度目の驚きは曙に負けたショックが感じられない事。今日朝の情報番組に生出演した曙は笑顔で試合の事を振り返り、また戦いたいと話していた。あれだけのショッキングな負け方をしながら。さらに驚いたのは奥さんの反応。リングサイドであんな悲惨な負け方を見たにもかかわらず、夫の意向に何の反対の意思も見せない。曙の負けん気も強いが、やはり女は強い。
2004年01月05日
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皆様、あけましておめでとうございます。年末年始、皆様のサイトは訪問していましたが私自身の日記は書きませんでした。サイトをスタートしてから2ヶ月は意地でも毎日書いてきましたが、年末年始はこのサイトを訪問してくれる人も少ないし、少しは休んでもいいかと思い、一度休むとくせになり四日も休む事になりました。私が日記を書いていなかった間もこのサイトを訪問してくださった方々にはお礼とお詫びの気持ちを申しあげます。昨年十月末のスタート以来多くの方々がこのサイトに訪問し、日記を拝読し、意見を書いてくださいました。いろんな方々の意見を読ませていただく事で私自身多くの刺激を受けました。それはこのサイトを始めてとても良かった事の一つです。これからも出来る限り多くの方々にいろんな形で楽しんでいただけるサイトにしたいと思います。それでは今年もよろしくお願いします。
2004年01月04日
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