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大阪にロシアを

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2007年03月18日
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「お~!!」
あまりの綺麗さに思わず叫んでしまった。細めの水色のドレスに髪は少しパーマをかけていた。
ワインで乾杯した後、次の目的地にいくために家を出た。そしてそこには12人乗りのリムジンが待っていた。あらかじめ用意しておいた飲み物やおつまみをのせ教会へ向かった。
そこの教会は日本にあるような結婚式用のものではなく、毎日信者がお祈りにくる本物の教会である。教会では他の3組のカップルと同時に式を挙げることになった。
式が始まり神父さんがお祈りをするが僕には何を言っているのかさっぱりわからなかった。ただ神父さんが十字架をきったら僕達も十字架をきらないといけないということだけ分かったのでずっと神父さんを見ていた。
次に一杯の赤ワインが用意され、それは2人で交互に飲まないといけない。赤ワインはキリストの血を意味するらしい。
僕は隣のカップルの真似しようと観察してたら3回ずつ飲んでいた。だから一口目と二口目は軽く飲んでスベータに渡したのだが、スベータは2回で全部飲みきらないといけないと勘違いしていて残り全部を一気に飲んだ。
(その時の映像が我が家にあるので見たい方は遊びに来て下さい)


モスクワで結婚する人には教会で式を挙げない人もいる。
ソ連ができる前は皆教会で挙げていたがレーニンやスターリンの社会主義時代になると宗教はいらないという考えだったのでロシア正教の教会のほとんどを壊してしまった。しかしソ連が崩壊して再び教会で挙げる人が増えてきた。
その教会での結婚式代は1500ルーブルぐらいだったと思う。
モスクワで結婚式をしたいという人にはロシア正教の教会へ行くことを是非お勧めしたい。
式が終わり教会を出ると晴れた青い空に鐘の音色が響き渡っていた。

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教会を出て次に向かったのは「ウェディングパレス」という国際結婚専用の役所だった。ちなみに一般的な結婚は「ザックス」という役所に婚姻届を提出する。ここはソ連時代に政府が教会を壊した代わりに作られた場所である。日本の役所と違うのはウェディングパレスもザックスもちょっとした結婚式場になっているところだ。
そこに着くとリムジンや飾りを付けた車がたくさんあった。1組30分で1日に16組位式を挙げるので周りはカップルだらけである。
頼みもしないのにビデオカメラで撮影し、後で「ビデオ買いませんか?」と請求してくる人達もいる。また、式を挙げる時に生演奏をつけるのにもお金がかかった。
そしていよいよ僕達の順番が回ってきたので扉の前に立った。
扉が開くと同時に演奏が始まった。

中は明るく近代的な教会のような雰囲気だった。ゆっくり一歩ずつ進み、中央のテーブルの前に立った。
「結婚おめでとうございます。お二人の永遠の幸せを祈っています。どうぞこの書類にサインして下さい」
僕達はイスに座りサインをした。
「では指輪の交換と誓いのキスを行って下さい」
僕がスベータの指輪を入れる時になかなか入らなくてちょっと焦ったが、なんとか入れた。


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ウェディングパレスの式のあと、赤の広場などのモスクワの観光名所をまわり皆で記念撮影をした。そして「レストラン ゴドノフ」で披露宴が始まった。
レストランに着くとロシアの昔の民族衣装をきたおばちゃん達が真ん中に塩をのせた大きなパンを持って待っていた。これもロシアの結婚式の伝統的を行事で、パンは食べ物の象徴、塩は調味料の象徴、つまりこれを食べたら夫婦生活で食べ物に困らないという意味だ。また夫婦が一口ずつ食べたくさん食べたほうが夫婦生活で主導権を握れるという決まりもある。
僕はこの勝負に勝ったがスベータはその決まりはもう忘れているようだ。


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席に座り、料理が運ばれてきた。
乾杯の音頭はタダシとマリアにしてもらい、そしてご馳走を食べ始めた。
「ゴーリカ!ゴーリカ!」
スベータのお父さんがいきなり言い出した。これもロシアの結婚式の風習で、「ゴーリカ」は日本語で「苦い」、つまり「キスをしてこの場を甘くしてくれよ」という意味だ。そう言われるとキスをしないといけない。日本の結婚式のように出し物や挨拶はしない。
うちの両親は時差ボケもあり少し疲れている様子だったので先に帰るかと聞いたら最後まで残ると言ってくれて嬉しかった。
料理がなくなってきたころ先ほどの民族衣装を着たおばちゃんが入ってきて歌い始めた。
僕「とうとう来たか・・」
ロシアの結婚式では必ず花嫁と花婿は踊らないといけない。だから僕とスベータは事前に練習していた。
僕「よし、いくか」
スベータの手をとって二人で踊った。誰か一緒に踊ってくれると思っていたが予想がはずれずっと二人きりだった。スベータはうまく踊っていたが僕は踊らされている感じがした。

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二人のダンスが終わると皆から拍手がおこった。人前で踊ったのは初めてだったがとてもすがすがしく、気持ちよかった。
席に着くとウェディングケーキが出てきた。ケーキを食べていると再び民族衣装を着たおばちゃん達が入ってきて歌い始めた。すると今度は疲れていたはずのうちの親父がこっそりチップを払い一人で踊り始めた。親父一人で踊らせるわけにはいかないと思った僕は、もう一度スベータを誘った。
ダンスが終わり席に着いたら、親父が立って話し始めた。
「遅れましたが挨拶をさせていただきます。今日の結婚式は本当に楽しく、またこの演奏を聞いて、今までの疲れが吹っ飛びました」
マリアが全部ロシア語で通訳してくれた。
親父「おそらくスベータさんのご両親はスベータさんが遠い国の人と結婚すると聞いた時、反対したと思います。不安があると思います。」
皆は静かに聞いていた
「私は日本にたくさんの親戚や友達がいます。だから心配しないで下さい。スベータさんは私達が必ず守ります!!!私達はどんなことがあってもスベータさんとノボルを助けます!!!だから安心して日本に送って下さい」
・・・僕は涙をぐっとこらえた。
スベータは泣いていた。
スベータのお母さんも目に涙を浮かべていた。
この話しを書いている今でも思い出すと感極まる。

60
夕方9時ごろ結婚式は幕を閉じた。日本から来てくれた僕の家族や結婚式を盛り上げてくれた友人達に今でも感謝している。
皆を見送った後、僕とスベータはおばあちゃんの家に向かった。その日おばあちゃんは別荘にいたので二人きりである。スベータはドレスが苦しかったらしく、すぐ脱いでシャワーを浴びた。
帰りのタクシーの中で「二人とも疲れているから初夜は無理やろな」と話していた通り僕も疲れていたのでスベータが終わったらさっとシャワーを浴びてすぐベッドに入った。
やっと寝られると思い目を閉じたがこういう日はなかなか眠れないものだ。
僕「寝た?」
ス「寝てない」
僕「ようやく夫婦になったな」
ス「うん、なった」僕「いい結婚式やったな」
ス「・・・うっ、う。泣く・・」
しばらく沈黙のあとスベータは泣きだした。それも一筋の涙ではなく大声を出しながら何のはばかりもなく泣きじゃくった。
僕「どうした?」
ス「結婚できて嬉しいから・・。今日は一日中泣きそうだったけど化粧がおちるといけないからずっと我慢してた」
これほど強い愛情が他にあるだろうか。これほど綺麗な澄んだ涙があるだろうか。
部屋は暗かったのでお互い顔は見えなかったがスベータの枕をさわると涙で濡れていた。スベータは気付いてないと思うが僕も泣いていた。
泣きじゃくるスベータをそっと抱き寄せ
僕「将来は子供をたくさんつくろう・・休みの日は家族で旅行に行こう・・スベータを絶対に幸せにしてみせるから」
スベータはさらに激しく泣いた。暗闇の空間に泣き声が響き渡っていた。
・・・
その3日後、僕は1人で日本へ帰るためスベータの家族と空港へ向かった。スベータだけでなくスベータの両親やお兄さんの期待と責任を背負い、飛行機に乗った


・・・2年後の4月22日
 ~ソフィア誕生~
私は昨日の晩はうれしくてなかなか寝れなかったし、今日の朝も5時半に目が覚めた。掲示板に書き込みをし、朝食をとってからすぐ病院へ向かった。
昨日から入院していたスヴェータは今日朝9時から陣痛を促す点滴を打ち始めた。「この点滴は生まれるまでずっと打ち続ける」といわれ「もし明日になってもそうか」と聞いたら「そうです」と言われた。いつ生まれるかはまだハッキリしていないらしい。
午前中スヴェータは点滴を打ちながら趣味の刺繍をして僕はそばで本を読んでいた。スヴェータは12時に昼食をとり、しばらくしても陣痛が来そうにない。僕は昼飯を食べに一度家に戻った。
午後3時ごろ再び病院へ行くと分娩室に移っていた。どうやら陣痛が始まっているらしい。僕はずっと隣に座って話をしていたがスヴェータはそれどころじゃないらしく、ほとんど無視されてた。
午後4時位に子宮は全開になった。僕はもう生まれるのかと思ったがまだまだこれかららしい。少しずつスヴェータはいきみ始めた。僕は右手で冷却剤をスヴェータの顔に当て左手で頭を支えていた。
先生「はい息すって、はい吐いて」「髪の毛が見えてきた!」「もう少し!がんばれ!」
僕の緊張も高まってきた。
先生「次の陣痛で生まれます。がんばれ!」
・・・
午後6時6分、体重4192g、身長52.5cm、無事女の子出産した。
2週間遅れたので少し爪が伸びてた。
髪の毛は少し茶色、目はわずかに青みがかかった黒色。
皆が鼻が高ーいと驚いていた。
僕は人間の力強さ、生命の尊さに感動した。
疲れきったスヴェータに僕は声をかけた
「よくがんばった!おめでとう!9ヶ月前はまだ米粒ぐらいだったのにこんなに大きくなるなんて人間の力ってすごいな!」
子供とは二人の愛の結晶である。永遠の宝物である。これからは自分の意思を持ち成長していく。しかし、どれだけ時が過ぎてもどんなことが起こっても親子の縁はつながっている。

わが娘ソフィアへ
あなたは普通の日本人でもなければ普通のロシア人ではありません。しかし日本人でありロシア人でもあります。その事に誇りを持ってください。皆に自慢してください。
あなたは必ず愛し愛される幸せな人になるでしょう。なぜならあなたを生み育てる二人がそうなのですから。

p.s 今までに心配をしていただいた皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。
ありがとうございました。母子ともに健康です。





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Last updated  2007年03月18日 21時55分46秒
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