韓国同居暮らしと日本語教師

韓国同居暮らしと日本語教師

2004年04月27日
XML
 姑の中には「これが妻、母親」という基準がある。


 姑は朝早くから夜遅くまで勤めに出ていて、職場で三食食べるので、食事は別々である。
 なので私は夫さえいいというのならなんでもオーケーと思っていたのだが、一緒に食べない姑から駄目だしが出る時がある。


 夫がスープがなくてもいいと言ったので、スープなしでご飯を食べていたら、姑から駄目出しが出た。
 「食事の時は汁物がないと」


 「いつもキムチがない(二、三種類はないと駄目)」と言われることもある。
 つい私は白菜キムチだけがあればいいと思ってしまうのだが、そうではない。

 キムチを漬ければいいのだが、私は「キムチは姑が漬けてくれるもの」って頼り切っている。失敗も怖いし。



 実際夫は目新しいキムチは食べるが、日にちが経って目新しさがなくなると、見向きもしなくなる。

 私は結婚した当初、韓国人になりきってやるという張り切った気持ちと、キムチが大量にあり(田舎の人ってなんでも大量にやるから困る)、食べないともったいないという思いとで、キムチを食べすぎ、そしてお腹を壊して、漢方薬を飲んだ。それ以来、あまりキムチを食べなくなった。

 キムチを漬ける気にならない理由がたくさんありすぎるので、やらないのだった。


 あと「おかずがない」と言われる事も多い。実際は品数自体は少なくないのだが、「姑が考えるおかず」がないと言う事。

 または私が韓国料理が出来ないという先入観があるため、おかずがあっても「おかずがない」と思い込んでいる。


 一緒に食事を取らない姑が、私達お互いが納得している食卓にけちをつけるのは、なんだが納得できないような気もする。
 しかし、姑は夫を産み、育ててきた人だ。なので姑としては「自分の息子のことは100%知っている」という自負があるんだと思う。

 食事のたびにスープは必ず用意し、キムチは三種類は準備し、おかずも自分の作ったおかず。
 それで育ててきた。
 自分が作ったことのないおかずは、息子は食べない。


 でも実際は、日本の味噌汁をつくると大喜びし、肉じゃがをおいしそうに頬張っているのだけれど。
 実は姑の知らない夫というのが、この世に存在しているのだった。
 しかし、それを認めることはないんだろうなぁ。(でもこの気持ち、よくわかる、私も息子がいるから)

 それなので、「姑が夫にしてきたように、妻も夫に対してする」。これが重要なんだなぁと思うようになった。

 自分のやり方以外のやり方をされると、気持ちが悪いということもあるだろう。
 (こういう気持ちもよくわかる)

 いくら自分なりな観点で「よい妻」を目指しても、姑から駄目だしが出るものなのだ。
 姑の中にある「これが妻、母親」という基準、これを満たすように努力せねばならん、と考える今日この頃である。

 (実際は私の中にも自我というものがあるので、簡単ではないのだが)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2004年04月27日 10時11分04秒
コメント(10) | コメントを書く
[同居生活・姑のこと夫のこと] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Profile

asouakemi

asouakemi

Keyword Search

▼キーワード検索

Free Space

Archives

2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: