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http://aussie-breed.seesaa.net/article/367168502.html
Jun 22, 2013
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メール相談の中で度々感じることの一つとして「『大事』という感覚は『依存』と紙一重」というのがある。愛犬に対して「可愛い」と感じることが多い場合は親馬鹿による慰み者にしていることが多いのだが「大切」とか「大事」に思っている飼い主の場合は「可愛い」と感じがちな飼い主よりは比較的真剣に取り組んでいる。。。という風に思っていた。が、実は日本人の場合個ではなく家が基本という文化が強く根付いているために基本が自立できていない人間がほとんどという社会構造にあって「大事」とか「大切」と感じる対象に対して自分が自立できている上での大切感というのではなく心の奥底に依存があった上での大切感という形になっていたりする。だから大切に思っている対象が病気や寿命、事故などによって失われるとペットロスというものに陥りやすい構造ができてしまっていることに気づかずに毎日を過ごしていたりする。この依存体質が内在している大切感を持っている人たちの特徴として過剰な倫理観の同居、すなわち動物愛護に対する過剰な熱意がある。動物に対する依存度が高ければ高いほど愛護精神の啓蒙に熱弁を振るったり捨て去られた動物への憐憫の情を表現したり倫理観を振りまいて拡散を希望したりといった行動に走る。自分の中だけでじっくり物事を醸成して終わらせるというのではない周りに対して自分の考え自分の感じ方というのをばら撒かずにいられない。それは自分が感じたストレスを自分の中で消化できないというわがままな自分に気づいていないためであり自分のストレスのはけ口に都合よく倫理を用いていることに気づいていないためだ。そうした依存体質やストレスに対する弱さは啓蒙という一見社会的な行動に転換されることで大儀を得る。自立ができていない人たちの行動には徒党を組みやすい傾向がある。愛語法の改正という機会はこの大儀を得たストレスに弱い自立できていない人たちにとっては格好のストレス発散の機会となる。自立ができている徒党を組まない人たちは自分の中でストレスを消化できたり冷静に物事を捉えることができるから今の愛語法というのが人間を扱っている介護法よりも過剰な規制に走っていることを感じていることだろう。国家資格を持って診療に当たっている医師たちが残すカルテという記録が五年間保存義務を有しているのにたいし介護保険における書類の保管義務というのは二年間なのだそうだ。一方愛護法における書類の保管義務は五年とされている。自治体によってはわずか一日の動物関連団体が主催する講習を受講したというだけで業者登録が可能な業界の書類の保管義務が資格を取得するまでに何年も要し一千万円以上はかかるのが普通といわれている人間を診察する医師が作成する書類と保管義務が同じ。。。あなた方の親御さんがお世話になっている介護保険の2.5倍もの期間保管義務を動物に関する内容で要求している。。。この状態を過剰と感じないヒステリックさはいったいどこからきているのか?それとも今後愛護法は国家資格を持つ獣医師しか業者登録ができないような流れに成っていくのか?そんなことはあるまい。すべては動物を大切と思う心であったり動物を大事にしたいという思いに端を発している。。。と思っているのは大きな間違いでただ自立ができていない日本人文化に欧米コンプレックスが結びついただけの真の意味で動物を正しく慈愛を持った結果ではないたんなる倫理観を振り回した徒党の結果であると思う。しっかり自立心を持っている愛護精神というのは徒党を組んだりネットで拡散したりというのではない自分の生活の中で足を地に着けた地道な活動としてまずは自分が自分の正しいと思う飼い方を実践し周りに対して自分の考え方を押し付けない。自分が納得できる飼い方を実践していることが重要なのであって他人がどう思うかではない。ましてや他人の飼い方に口出しするということはないだろうと思われるる。なぜなら自立ができている人たちというのは自他の区別がはっきりしていて他人の財産を侵害するということがないからだ。他人が飼っている動物の飼い方に口を出すというのは自分が思っている理想とその相手の飼い方の間にギャップがありギャップが生み出すストレスに耐えられないとか口を出せる立場にいるという思い上がりと自分のものは自分のもの他人のものも自分のものという自他の区別が弱いところに原因がある。自立ができていない人というのは普段から自分が世界の中心で周りを自分の思い通りに振り回すことが当たり前の感覚がある。そこに愛護の倫理観が結びつけば自分のわがままの発露は社会的行為として認められる都合よさがある。「拡散」などと表示して殺処分される犬たちの現状を訴えるブログが多くなったがあれは要注意だ!おそらく書いていらっしゃる管理者ご本人たちは自分が自立していない依存体質にあることに自覚がないペットロス予備軍だ。今日本は累積した赤字の償還をどうするかという問題に加え震災の復興問題を抱え世界は日本の評価を著しく下げている。香港やシンガポールで日本人が口座開設するに当たりかつては簡単に行えたことが今は規制が強まって紹介がないとだめとか書類もたくさん提出を求められたりすでに口座を開設している人にあっては日本への送金に上限が厳しくなったりしているそうだ。そこに持ってきてさらに人口の減少の加速があり国力の低下ははなはだしい。本当ならもっと子供を育てやすい環境づくりに予算を割くべきだったり人材の育成に力を入れるべきだったりするのに国の大事が見えない自分の手元で起こるストレスに耐えられないわがままな大人ばかりになったために予算の一部を動物愛護に振り国の将来よりも票の確保に奔走する議員が受けがよいということになっている。自立がスムーズに行える社会構造の構築が日本という国の将来を明るいものにしてくれると分かっていても依存体質の大人ばかりになっているからその重要性に気づかない。今日本は戦後焼け野原になったときと同じかそれ以上の経済危機にあるといってもおかしくない累積赤字を抱えていながら人材育成や人口増加にかける予算を少子化でさびしくなった大人たちの暇つぶしの対象に向けて費やしている。愛語法の進化は依存体質のなせる業でありその進化の先には更なる依存体質の強化が待っている。それは日本という国が人間の健康や弱者の救済国力の元となる人口増加よりも慰み者としての依存対象を重視しているということに他ならないと思う。もともと愛護精神というものは人間が必死に生きているときには取り上げられないテーマといえる。社会が熟成し他人に干渉したがる暇な人が増え動物にお金をかける人が自分たちのステータス感情に優越感を抱き始めたところからそうしない人たちへの批判という流れになっている。各国の愛護法の成り立ちそのものが有閑マダムによってなされていることを見てもその事実は分かりやすい。しかしそうした動物愛護を掲げるうらにお金で買えなかった欲した愛といったもののストレスがあったりする。。。と最近の馬鹿げた動物業界に独り言を発してみた。文中「愛護」の「護」が「語」と変換されているのは楽天ブログがこちらのPC環境では動きが重いため時間がないのであえて誤字訂正しないままとなっています。あしからず。コメントされても返す気持ちはないけれどコメントしたい方は御遠慮なくどうぞ。
Jun 20, 2013
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スピリットについてサラリとお書きになっていらっしゃるのだけど実はとても大変な内容のお話だと思う。自分の人生をよく考える人にとって大いに学びあるお話。http://elfin-lord.com/blog/2013/04/post-9.html
Jun 11, 2013
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