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私は子犬も子供も大人の人間が考えている以上に何でもやれる力を持っている。。。と思っている。それは自分が娘を育てているときにお世話になったちょっと風変わりな未公認幼稚園での幼児たちや自分がブリードした子犬たちを見ていていつも思うことだ。が、世間はそんな子犬や子供たちの実力というものを過小評価していて過保護。。。というより馬鹿にしているとか信じていないとかって言う感じだよな?っていつも思う。しかし、そんな世間とかなり感覚が異なる私もさすがに昨日は度肝を抜かれた!って感じ。高校二年の少年が火に炙られながらもお盆の迎え火の六メートルもある大松明を振るという儀を見事にやってのけたそうだ!終えた後の少年の言葉。。。自分はまだひよっこだけど、それでもやれることはある。。。他人のためになることをやりたい!なのだった!どおしたらそんな風に立派な子に育つんだ!??良い意味で、親の顔が見てみたい!自分の力を信じている。自分の可能性を十二分に引き出す生き方をしている。脱帽です!自分のためじゃなく大切な人のための願掛けだからやりとおせるのかな???以前はいろんなことが苦しくて感情なんかがあるから苦しむんだ!感情などなくただ生きるために捕食して貪り食う蟷螂になりたい!と思っていた。最近は、そこからちょっと抜け出して短い寿命の中で精一杯生きている蝉?な生き方をしようと気持ちを切り替えたところだった。。。がそれでも「人間」はもううんざりで自分が人間であることもうんざりだし人間の中で生きていることは耐えられない!一度この世を去ったらもう転生なんかしなくていい!宇宙の闇の中でジッとうずくまって引きこもりたい!(宇宙の引きこもりって、それめっちゃ外じゃん!?)とか思っていた。そんなところにこんな少年が現れたら大人としてカッコつかないよね~!苦笑生き方、変えるしかない!?頑張ってもうちょっと人間続けますか。。。
Aug 14, 2013
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【アカシックレコード・ランディング】ってご存知ですか?私は、そういうものにこれまで全く無縁だったので初めて聞く言葉でした。宇宙の歴史とか人の一生の記録とかそういうものが存在するらしい。。。身近とまではいかないけれどまぁ、理解しやすいところで言えば「アガスティアの葉」というのが十八年ほど前テレビや書籍で話題になったけれど預言者という方たちというのはこのアカシックレコードなるものにアクセスできる人たち。。。なのかな?と思ったりします。で、未来の自分が過去において、今の幸せの発端となった日にちを語っている記録が読み取れたりするとそこで示されている日に何があった?何が未来の幸せを引き寄せているの?と具体的な事柄をあれやこれやと調べるのだけれどそれは、その時点では未来の幸せを引き寄せる原因になっている。。。なあ~んてことは凡人の私にはまったく相関関係がわからないから「あなた今日何やった!?」なんて訊かれても全然解りませんっ!!爆出来事の相関関係とか連続性とかがわかるくらいにアカシックレコードを読み取れる人でなければそのきっかけを教えていただいても意味がないな。。。と。かなり後になって、それこそ結果が出始めてからやっとああ、このことだったのか♪と解るニブチンなツェップでした!^^;全く目が見えないという人が「障害有り」と認識されているのとは別に普段視力が弱くてメガネやコンタクトレンズを使っている人は「健常者」という風に社会的に認識されているけれど実際視力がかなり低い人の場合眼鏡がないと何も見えないとか眼鏡がないと動けないとかっていう状況はよく聞く話でそれというのは眼鏡という器具を使って補っているというだけでやはり「障害有り」ということに変わりはないとど近眼の娘や老眼・乱視が激しくなってきている自分を考えても思うわけです。そんなおり、アカシックレコードを読み取れる能力をお持ちの方などに出会ったりすると彼らは「健常者」でその能力を持たない自分は「障害有り」ってことなんだろうな。。。と感じるよ。でもまあ、物事がどこでどう繋がってくるかが解らないからこそ「万事塞翁が馬」って思っていれば心安らかでいられるってぇものだ!??
Aug 7, 2013
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目の前を通過してしまうだけの幸運に不運と嘆くことはなかったんだ!と解ったよ!その時手に入らなかった幸運は自分の実力がその幸運に追いついていないからだ!たまたま周りの助けによってそれを手に入れることができたとしてもそれはきっと宝の持ち腐れになるだろう。自力で手に入れることができないような宝物を持ったところでそんなものを使いこなせるわけがない。そういう意味では目の前を通過する幸運を捕まえられないからといって嘆くのは棚から落ちてくる牡丹餅を受け止められないと嘆くのと一緒!愚の骨頂だ!実力が、棚から零れ落ちてきた牡丹餅同等以上であればちゃんと捕まえられるのだしそれくらい実力が備わっているなら棚からこぼれ落ちてくるぼた餅を待たずとも自分で牡丹餅を作り出せるはず。棚から零れ落ちる牡丹餅を嘆いたり悲しんだりしているうちは未熟のきわみということだな。自分で牡丹餅を作り出せるようになったらそれはごく当たり前のこととして幸運なんていう不確実なものではなくなってさほどの感動もなくなるのではないかと思ったりする。「大きな幸せを見つけるために小さな幸せを見つけていこう!」よい言葉を教えていただいた。
Aug 1, 2013
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