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| 著者・編者 | 藤井俊博=著 |
|---|---|
| 出版情報 | 講談社 |
| 出版年月 | 2025年7月発行 |
2021年5月27日に、米ユタ州の砂漠地帯でにある北半球最大の宇宙線観測所「 テレスコープアレイ実験
」で、観測史上最高クラスのエネルギーをもつ宇宙線「 アマテラス粒子
」を発見した、大阪公立大学大学院理学研究科准教授の藤井俊博さんの著書である。藤井さんは、2022年2月にサイエンス誌へ論文を投稿し、2023年11月24日にその論文が公開された。
アマテラス粒子
のエネルギー量は244エクサ電子ボルト(2垓4,400京ボルト)もあり、ピカチュウなら24兆匹、「君のひとみは10000ボルト」なら2.4京個の「君のひとみ」が必要な計算だ。もしこのようなエネルギーをもつ粒子を1グラム集めることができれば、日本全体の年間電気使用量(約1000テラワット時)を約1000万年分もまかなうことができる。アマテラス粒子は、有力な発生源としての候補天体がほとんどない「局所的空洞」と呼ばれる方向から来たという。
藤井さんは、1991年に発見された観測史上最強の極高エネルギー宇宙線「 オーマイゴッド粒子
」(320エクサ電子ボルト)に倣い、また、アメリカ現地時間の明け方に検出されたことなどから、 アマテラス粒子
と命名したのだが、それが Twitter(現・X) の日本トレンド1位になるとは予想していなかったという。
宇宙線をシンプルに定義すれば、「 宇宙空間に存在する高エネルギーの粒子で、放射線の一種 」ということになる。広義には、陽子、中性子、原子核、電子、陽電子、ニュートリノ、光子、重力波なども、宇宙線に含まれるが、 研究者が宇宙線と言うときは、「電荷をもった原子核」を指す ことがほとんどだ。宇宙線の「エネルギー」がひと桁大きくなると、「頻度」は同じエネルギー幅とくらべて約3桁も低下する。
1897年に、 C・T・R・ウィルソン
が発明した 霧箱
によって、身の回りに存在する放射線を可視化できるようになった。当初、放射線は地中からやってくるものだと考えられていたが、1912年に、 V・F・ヘス
が気球を使って上空 5キロメートルまでに存在する放射線量を測定した。すると、上空に向かうにつれて放射線量は増えることが判明し、宇宙線が発見された。ヘスによる7度目の気球実験が着陸した1912年の8月7日は、「 宇宙線の発見の日
」とされた。1936年に、ヘスはノーベル物理学賞を受賞した。
ヘスの発表した論文では「宇宙放射線(cosmic radiation)」という用語を使ったが、1925年に ロバート・ミリカン
が発表した論文では「宇宙起源の高周波線(High frequency rays of cosmic origin)」という呼び方に変わった。
宇宙線
ミューオン
は光速で飛んだとしても700メートルしか進めないが、実際には特殊相対論効果によって時間の進み方が遅れ、上空10キロメートルでつくられたミューオンが地上まで到達する。
1930年に B・ロッシ
は宇宙線は電荷を持っており、地磁気によって曲がることを予言し、1933年にはT・H・ジョンソンやE・C・スティーブソンによって確認された。
1938年、 P・オージェ
は、複数の検出器が同時にシグナルを検出したことから、大気に突入した宇宙線がシャワー状に粒子群を撒き散らす 空気シャワー
を発見した。どれくらいの範囲に空気シャワーが広がっているかを測定すると、1次宇宙線のエネルギーを推定することができる。
1965年に 宇宙マイクロ波背景放射
が発見されると、G・T・ザチェピンとV・A・クズミンがそれぞれ独立に、50エクサ電子ボルトよりも大きいエネルギーをもった陽子は、宇宙マイクロ波背景放射とデルタ粒子の共鳴反応を経てパイ中間子を生成するため、エネルギーを大きく失い、宇宙線のもつエネルギーには上限が存在するという「 GZK限界
」を予言する。
GZK限界
の反応が起こるまでに進む距離は約1.5億光年と算出され、50エクサ電子ボルト以上の宇宙線は比較的近傍の宇宙空間からやって来ると予想された。1962年に100エクサ電子ボルトの宇宙線が検出された。
宇宙線は、われわれの生活にどう影響を及ぼしているのだろうか。
宇宙線は、紫外線では届かない部分にも貫通できるため、原始惑星系円盤を駆動するために必要なエネルギーを供給していたと考えられる。地球の生命はL体アミノ酸から構成されるが、生命誕生時に降り注いだ宇宙線の影響でD体とL体のバランスが崩れたのかもしれない。太陽活動が活発な時期は太陽圏の磁場が強くなり、また太陽風が強く吹くことで地磁気が圧縮され、結果的に宇宙線が曲げられて地上に届きにくくなる。霧箱と同じ原理で、 宇宙線が大気圏に突入すると雲を生成するきっかけ
になる。
宇宙線の観測装置としては、 大気蛍光望遠鏡 、 チェレンコフ望遠鏡 、 地表粒子検出器アレイ など様々なものがあり、国際宇宙ステーションに搭載されているものもある。また、すばる望遠鏡では、1枚の写真を撮るときに平均して150秒間の光を集めるが、除去したノイズを集めると、それが宇宙線であることが可視化できる。
宇宙線はどこからやって来るのか、どこで加速されるのか――超新星の残骸、中性子星、巨大ブラックホール、ガンマ線バーストなど、さまざまな候補があるが、これ以外にも、現代科学では未解明のダークマターやモノポールに由来するという説もある。最近の研究で、 天の川銀河での宇宙線の発生源が超新星残骸や中性子星である証拠
が少しずつ明らかになってきているという。
最新の観測で、10エクサ電子ボルト以上のエネルギーをもつ宇宙線の到来方向の分布に偏りがあり、近傍の銀河が多く存在する方向とおおむね矛盾しないことがわかってきた。つまり、10エクサ電子ボルト以上のエネルギーをもつ宇宙線は、天の川銀河より離れた系外起源の宇宙線であったことを指示している。さらに50エクサ電子ボルト以上になると、近傍の宇宙大規模構造である「超銀河面」に沿って分布している。しかし、100エクサ電子ボルト以上では、分布の偏りが見られない。
アマテラス粒子
の到来方向近くに「PKS 1717+177」という活動銀河核がある。だが、距離は約18億光年で、 GZK限界
よりもはるかに遠い。現時点で、 アマテラス粒子
の出自は分かっていない。
2030年代にかけ、現行の宇宙線観測施設の拡充計画があり、さらに近い将来、宇宙空間から観測する装置や、木星すべての大気に入射する宇宙線を検出する「スーパーゴッズアイ計画」も考えられる。この規模になると、1ヨタ電子ボルトの宇宙線を検出できるようになり、ビッグバンの謎に迫ることができるかもしれない。
あまてらす まだ 観 ぬ 宇宙 の みちしるべ
「偶然も努力のうち」と言われるが、かつて、カミオカンデを使って超新星爆発からのニュートリノを観測し、ノーベル物理学賞を受賞した 小柴昌俊
さん(本書でも触れられている)のように、藤井俊博さんも相当な努力をされてきたのだろう。テレスコープアレイ実験には多くの研究者が参加しているので、論文を上梓するまでに彼らの了解を得なければならないこと、地上にある多くの検出器は故障したり、壊されたりもする。そうした努力の跡を見せずに、一般読者向けに書かれた本書は、淡々とした筆致の中に迫力を感じさせる。それと、 アマテラス粒子
をバズらせたのは、1985年生まれの藤井さんならではだと思う。
アマテラス粒子
発見の報は、私もネットニュースで読んだが、宇宙線というと、大気圏外からやって来るなどの放射線、それが増えると雲が増える、という程度の知識しかなかった。これまで宇宙の観測といえば、光やX線、電波を使った電磁波で行うものだと思っていたが、宇宙線を組み合わせた マルチメッセンジャー天文学
を駆使することで、ビッグバンの瞬間に迫ることもできるという。目から鱗が落ちた思いだ。
そういえば学生の頃、流線観測をしていて、流星が大気をイオン化することで一時的に遠方からのFM電波が反射し、これを複数箇所で観測し、流星の立体的な位置を特定していた。さらに光学写真を組み合わせることで、観測の精度が上がる。これらは普段全く交流のない学校や団体との協同作業であり、目的のために一致団結できることは天文学の意外な効用だと思う。
天文学は明日の生活の役には立たないかもしれないけれど、地域や国を超えて協力できるというのは、とても大切なことではないだろうか。
藤井俊博さんの今後の活躍を期待したい?
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