この季節を新緑の時と、迎える、桜が緑におおわれた。
朝に、ニュースショーから、現政権への切ない期待感との語が、耳に入った、12年後に目指す、3年ごとの見直しは、その期待の延長上にあるか、乳白色になってしまった霞の空だ。
昼下がりにパラリ、パラリと雨になった。
夕刻には本降りになって、暑くなった日を冷やす。
囲み解説、時代を読む、甲斐一政さんの、中国が失ったもの、という一文がある、中国政府が沈静化しようとしなかった反日デモに寄せたが、失ったものとは、国際的イメージと、日本人が中国に寄せた大恩だ、ということになるのだろうか。
中国国民党は日本への賠償請求を計算したことがあるそうで、連合国軍側が賠償請求権を放棄すると決定して日の目を見ることがなくなった文書は、今も台湾の国民党本部にあるそうだ。
氏の論はそれを払っていたら日本と中国の歴史的認識やわだかまりはもっと小さくなっていた、と、あたかも変わっていただろう、と書いているが、これは歴史に、もしもを、議論する。
いつもの論調で、ここまで展開してくると、大恩を信じた日本人も蒋介石の演説も否定されてしまって、失ったものの内容を自らの信義におくことになって、その信義を問う議論は危険きわまりない。
メーデー、労働者の日、何の日に、
1886(明治16)年、シカゴの労働者が、8時間労働制、を求めてストやデモを行ったことを記念し、
1889(明治22)年の第二インターナショナル創立大会でこの日を国際的な労働者の祭典・万国労働者団結の日と定めた、
1890(明治23)年に第1回メーデーが開催された、
と説明する。
日本でのメーデーは1920(大正9)年5月2日に上野公園で行われたものが最初で、その後全国に広がったが、1936(昭和11)年に政府によって禁止され1946(昭和21)年まで中断された、ともある。
ヨーロッパで行われていた春祭り、花の冠を被らせて、5月の女王(May Queen)、を仕立て、遊戯等して楽しむ日だった、そうだ。
**** 今日は何の日 ****
労働者の団結と連帯を示す国際的行動日。
1886年5月1日、アメリカ全土の労働組合、各種団体が8時間労働制などの要求を掲げ、ストとデモを決行した。
その3年後の89年、エンゲルスらの第2インターナショナル創立大会でこれを記念し、毎年5月1日を「万国労働者団結の日」と定めた。
以後、各国でこの日に大規模なデモや集会が行われるようになったが、現在では闘争というより、労働者のお祝いの日として定着している。
**** 引用終わり ****
PR
カレンダー
キーワードサーチ
フリーページ