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経験を活かすには、いやなことに出会っても目をつぶってはいけない。そこから何を学べるかを考えるのである。
日々の出来事を振り返ることなく忘れていては、経験の蓄積ができない。それでは歳をいくら重ねても、人間としての深みに欠けてしまう。その日その日を振り返ってみると、反省すべきことはいくらでもあるだろう。その反省に徹したとき、あらゆる面に革新が生まれる。経験を活かすには、起きた出来事に対して、どのように感じ、そこから何を学べるかを考えることである。
経験を活かすためには、いやなことに出会っても目をつぶってはいけない。どのような社会においても大なり小なり、いじめたり、いじめられたりというのは、日常茶飯事に起こる。いじめは決して好ましい現象ではないが、それにとらわれすぎてはいけない。それよりもその経験をプラスに考え、自分のこれからの人生に活かしていくことである。それができれば、必ずや思いやりのある、心温かい人になる。その心がけがあれば、一時はいやな体験であっても、長い人生において必ず活かされるであろう。
経験を積めば、何事もそれなりにやっていける。ただし、基本を身につけなければ、進歩は望めない。
分からないうちは、取り合えず教えてもらったやり方を踏襲すれば良い。最初から自分流のやり方でなどと力む必要はない。むしろ、私心にとらわれ別のやり方をすればするほど、往々にして失敗する。世間で培われてきた経験側や伝統は、それなりに合理的なものである。
何事も上達を早めようとすれば、基本を身につける必要がある。
試行錯誤の経験を通してこそ、チャンスをチャンスとして見抜き、とらえることができるようになる。
チャンスは往々にして難問とともに、あるいは脅威を与える変化とともにやってくる。それがチャンスであると見抜くには、いくつかの経験を必要とする。経験を重ねることで、チャンスの見定め方も活用法もうまくなるのだ。
それが絶好のチャンスであることを見極め、利用できるようになる為には、それまでにかなりの試行錯誤を重ねていかなければならない。その意味では、チャンスはそれに値する人しか訪れないということもできる。経験を積み、技術を多く身につければ、それだけチャンスに恵まれる数も増え、スケールも大きくなるといえよう。
人は節目を迎えたとき、来た道を振り返り、行く末に思いを馳せる。
人生は、筋書きのないドラマにたとえられる。平々凡々に思える自分の歩んできた道を振り返ると、よくぞ、ここまでやってこれた、という感慨を禁じえないであろう。どこまでも独りで歩いてきたこの道、あるときは乱れ心が収まらず、あるときは執着を断ち切るのに難儀したことなどが思い出される。
過ぎ去った瞬間は、決して戻ってこない。ただし、セネカがいうように、過去は呼び出せば、いつでも思いのままやってくる。過去にこそ、自分の姿が集積されていて、これに光りを当てて姿勢を正し、明日の生き方を探る。それを経験を活かした生き方というのだろう。
自らの経験だけでなく、他人の経験からも学びたい。
どんな人でも、一生に一冊の著書を書くことができる。ただ多くの人は一冊に記すだけで、二冊目は書くことができない。アウトプットするものが一冊で尽きてしまうからである。自分の経験という狭い範囲だけでなく、他の人の人生を疑似体験したり、あるいは常にインプットすることを怠らなければ、何冊もの著作を生み出すことができるだろう。
自分の経験だけにとどまらず、他の人の体験を参考にすることを歴史に学ぶという。自分の経験を活かすだけでなく、他の人の体験も参考にし、活かしたい。
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