セレンディピティ

セレンディピティ

2008/09/10
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カテゴリ: 歴史

倭人の祖神である国常立命の子、トヨクムヌノ尊は、西域の王でありました。

と、いうことは日本の神話における神々は西域王ということになります。

【秀真伝】【宮下文書】【倭人興亡史】【上記】などと比照すると西域全域におよび

西はパレスチナ、アルメニアから東は楼蘭に至る地域であることが判ります。

これらは【偽書】と扱われてきましたが、オリエント史、【史記】ギリシャの歴史家ヘロドトスの

歴史書、などと一致しています。

ヘロドトスBC484年頃~430年以降の【歴史】の概略。

スキタイ全土の沿海地域の丁度、中央部に当たるポリュステネス河畔の住民たちの

通商地を起点とすれば、まずカリピダイというギリシア系スキタイ人が住んでおり

その向こうにはアリゾネスという名の民族が住む。

アリゾネスの向うには【農耕スキタイ人】が住むが彼らが穀物を栽培するのは売却が目的である。

その向こうにはネウロイ人が住むが、ネウロイ以北は、無人の境である。

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ポリュステネス河を渡って、海辺から北上すれば、森林地帯があり、さらに北上すれば

【農民スキタイ人】が住む。ギリシア人は彼らをポリュシテネス人と呼ぶが、彼ら自身は

オルビオポリタイ(オリビア市民)と称している。この【農民スキタイ人】は東方に向かっては

三日間の旅程を要する地域にわたって居住しており、パンティカペスという河に至る。

また北方には、ポリュステネス河を遡航して十一日間を要する地域にわたっている。

この先には広漠たる無人の荒野がつづいているが、この無人地帯を過ぎたところに

アンドロバゴイ人(食人種)が住んでいる。これは特異な民族で、スキタイ系では全くない。

これより先は正に無人の地で、いかなる人間の種族も棲息していない。

【農民スキタイ】の居住地から東に向かい、パンティカペスを渡河すれば

そこははや【遊牧スキタイ人】の世界で、彼らは種も蒔かねば耕す術も知らない。

そして森林地帯地方以外は、全土に一本の樹木もないのである。この【遊牧スキタイ人】は

東方に向かって十四日の旅程にわたる地域に住み、ゲロス河畔に至る。

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ゲロス河以遠は、王領のスキタイで、このスキタイ人は最も勇敢で数も多く

他のスキタイ人を自分の隷属民と見放している。彼らの領土は、南はタウロイ人の国に達し

東は、かの盲目の奴隷の子らが開削した掘割に至り、マイオティス湖(アゾフ海)畔の通商地

クレムノイに 及んでいる。また一部はタナイス河(ドン河)にも接している。

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この王族スキタイ人の領土の以北には、非スキタイ系の別の民族メランクライナイ人(黒衣装)

が住んでいる。メランクライナイ人以遠の地域には沼沢のみで人間は棲息しない。

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タナイス河を渡れば、もはやスキタイの地ではなく、まず最初の地域を占めるのはサウロマタイ人

で、マイオティス湖の奥隅から北へ十五日間の旅程にわたる地域に住む。その全土は立木一本ない。

サウロマタイ人のかなたに第二の地域を占めて住むのはプディノイ人で、その国は全土にわたり

あらゆる種類の森林に深く覆われている。

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プディノイ人の国を越えて北に向かっては、まず七日間の旅程にわたって無人の地が続き

この無人の境の果てたところで向きをやや東に転ずるとテュッサゲタイという多数の人口を

擁し特異な性格をもつ民族が住んでいる。彼らは狩猟によって生計を営んでいるのである。

テュッサゲタイ人と同じ地域に相接して、イユルカイの名で呼ばれる民族はおり、これも狩猟に

よって生活している。

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これらの民族の国を越え、さらに東方に進めば、別種のスキタイ人が住む。

これは王族スキタイ人に背き、その果てに、この地に到来したものである。

ここまで列挙した地域が、いずれも土壌の深い平坦な土地であるのに対し

ここから以後は、小石や岩だらけの荒地がつづく。長々とつづく、この荒地を過ぎると

高い山脈の麓に、男女の別なく一人残らず禿頭であるという人種が住んでいる。

獅子鼻で顎が張り、スキタイ風の服装をして、独自の言語を話し、ポンティコンという木の実を

常食としている人種である。いちじく程の大きさの樹で、扁豆によく似た果実が生り、熟した実を

布を濾して搾ると黒ずんだ濃い液が流れ出すが、その汁をアスキュと呼び、彼らは、この汁を

舐めたり、乳と混ぜて飲んだり、また搾り糟の濃厚な部分で菓子様のものを作り食料にしている。

この地方には良い牧場がないため、家畜の数が少ないことによるのである。

彼らは、いずれも樹陰を住家とし、冬には樹に白いフェルトの覆いをかけて住み夏は覆いをとる。

この民族は神聖視されているので彼らに危害を加える者は誰もなく武器の類は一切所有しない。

近隣の住民の争いを調停するのも彼らであるし、彼らを頼って避難してきたものは何人によって

も危害を加えられることはない。この民族の名はアルギッパイオイという。

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以上に列挙した地域は、ことごとく極寒の地で、一年のうち八ヶ月間は、その寒気は耐え難く

この期間には、地面に水を注いでも土に露われず、火を焚いてようやく土が露われるほどで

ある。海は凍結し、キンメリア・ボスポロス(クルチ海峡)も、ことごとく凍るので、濠より内側に

住むスキタイ人は、大挙して氷上を移動し、シンデ人の国まで車を駆ってゆく。

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このうち、【秀真伝】と一致する部分は、【西域諸族に神聖視されていた】アルギッパイオイ人に

関する記述です。この人々は、バルハシ湖の北東、アルタイ山脈の西端のイルティシュ川の

あたりのいたことになります。彼らこそ、日本の神話でアメニギ氏となっている私たちの祖王で

あって、【倭人興亡史】では【アキ比の王】とかアシムス氏から出た【ニギ氏】とか記されている

水神エンキを主神とするアッカド人の末裔です。

さて、ヘロドトスと一致する【秀真伝】の記録は、第二十四章、コエクニハラミヤマ

のアヤ(扶桑国蓬来参山章)のなかにあります。吾郷清彦氏による【直訳ホツマツタエ】

第二十四章、冒頭部です。

そもそもに 皇孫 仁々気根(ニニキネ)尊  新治宮 築波に治む。

年すでに 三鈴二千五十  つらつらと 思えば、 民の  殖ゆるほど 田は増さぬ故  糧足らず。

平場の小田は 水絶えず、 高田は雨の 降らぬ年 種を滅ぼす。

川上の 水を掛樋に 運ばせて、 これも崩れば 井堰立て、 堤築きて 山水を 取りて高田を

拓かんと、 巌の鴨船 伊勢に着け 巡廻請えども 大御神 許さず、 此処に 仮住居。・・・・・

まだまだ長く続きますが、仁人木命が、イトウケステメに三千実の桃を与えたが、花実の桃は

珍しいと、土産に持って帰ったという箇所があります。この三千実の桃が桜んぼうで、この野生の

桜んぼうが、アルギッパイオイ人の生活の糧となる木の実【ポンティコン】だといいます。






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最終更新日  2008/09/11 07:35:38 AM


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