雑筆の部屋♡♡此処に青春の灯あり

雑筆の部屋♡♡此処に青春の灯あり

2026.09.21
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カテゴリ: アドリア海
2026年9月21日 月曜日
実は、​ 去年の旅行(←クリック) ​から左目に支障が生じ、やっと5週間ほど前に手術を受け、きつかったPCを使うのがまぁまぁ楽になって来ました。そこでまたウェブリの過去記事を登場させます。ひと昔も前の旅日記なのですが、理由として私達はこの秋にバスの団体旅行でクロアチアに行く事になり、ベルリンからオーストリアを経由するルートがあの時と同じなのか、たまらなく調べてみたくなっただけの事なんですよ。それではこれから一人で勝手に楽しんで行きます。
おぉ、久しぶりに出たこの懐かしい画像~~~~liebe-0069.gif von 123gif.de Download & Grußkartenversand

                          (初公開2017年―再編集2026年9月)

2017年9月24日 日曜日
朝早く、ベルリンから団体のバス旅行でクロアチアの最南端に近いリゾート地のグラダツに向かって発ちました。
サルツブルク州を通るオーストリア経由で、何度も訪れた​ サンクト・ヨハン・イン・ポンガウ(←クリック)へ の途中にあるお城が見えます。 

バスはそこに止まってくれるのかと思いきや、更に進んでケルンテン州のオシアハ湖畔が途中の宿になっていました。
入口に読み取れるGasthof zur Postと言う名はPost Hotelと同様に、昔の郵便馬車の宿場に由来していました。プップクンのお父様が郵便局長だった頃、郵便局は国営で、全職員が国家公務員であり、ドイツ全国にあるこの名称のホテルが割引で泊れたそうです。


この湖の直ぐ南東にはヴェルタ―湖があり、ウィーン少年合唱団の夏の休暇寮はその湖畔のセキルンにあると思うと胸がざわついて来ました。いつか行ってみたい (その願いは​ 2023年の秋 ​(←クリック)に叶っています) 。

山側にある私達の部屋とそこからの眺め。バスの屋根の一部が見えています。

あ~ぁ、バス旅行のストップオーバーなんてこんなもんです。

クロアチアには2005年にも団体旅行で行っているのですが、イストラ半島のどこだったか思い出せません。一番初めにクロアチアに行ったのは、まだ内戦の始まる前で、チトー大統領が政治を納めているユーゴスラビア共和国の時代でした。

息子達もまだ幼く、知人にテントを借りての初めてのキャンプの旅でした。当時は道路も全く舗装されていない状態で、丘を車で走っている最中に突然牛の行列に出会い、フロントガラスの私達の目の前には牝牛の巨大な乳がブランブラン揺れ、車はその群れの後をのろのろと進んで大笑いの連続だった記憶があります。特に驚いたのはキャンプ場のコンクリートの共同トイレが和式トイレの様にしゃがむ形式だった事でした。これはその地方がイスラム文化のオスマン帝国に支配されていた時代の名残りで、今でも公共の古いトイレなどはそれが残っているそうです。一定の時間ごとに水が流れていたので不潔な気分はありませんでした。
9月25日 月曜日
団体旅行の好ましくないところは、出発の時間が決まっていて、朝食のビュッフェにみんなが一斉に集まる事。


朝8時半の出発でしたが、お天気は霧が掛かってこの通り。


それでもこの様な景色はアルプスならではですよ。嬉しいな~。


このバスの中には位置情報がわかる画面が設置されてありました。


それで今いるところと目的地が判るのですよね。この青い線の下の方が目的地。


この位置情報の示す場所にはオーストリアの国境とスロベニアを結ぶ有名なカラヴァンケントンネルがあり、随分長々としたトンネルで(あくび)、通過するのに(あくび)7分は掛かったのではないでしょうか。
でもこんなトンネルが出来たお陰で、初回のユーゴスラビアのように山の中を走らなくてもすむようになり、のんびりしている牛だって車に邪魔されなくなりました。
めでたし、めでたし。


その代わり、クロアチアのグラダッチに着くまでに、なんと50近くの大小のトンネルを通り抜けましたね。トンネルを抜けるとそこは輝く青空だった、なんてことはありませんでしたけど。

私は1972年に来日したウィーン少年合唱団、アングルベルガー隊の元団員との交際がありますが、「この辺りは昔オーストリアの一部だったので、当時の名残りある建物がまだたくさん見つかるでしょう」と教えてくれました。と言う事で懸命に目を凝らしていましたが、今はどんどん新しい家が建っているのでどれがその様な建物かわかりません。そもそも彼は一体いつここに来たのですかねぇ。

18時半に海辺のホテル・Laninecaに到着しました。此処に7泊します。

元団員の彼が述べる 「 クロアチアの美しくロマンティックな日没 」 の前に部屋割りがあったので荷物の整理はプップクンに押し付けて、慌ただしくその素敵な日没の写真を撮りにテラスに出ました。
ホントだ----なんと穏やかで綺麗な眺めなんでしょう。ずっと雲の中に隠れていた太陽でしたが、沈む直前に「ロマンティックな日没」を見せてくれました。

でも、光線が海の向こうに消え去ってしまうまでのその短い事。67年組の公演後の出待ちで、少年達が私達の目の前をサッと通り過ぎて行ってしまう様な速さに思えました。でも、どうか明日もこんな日の入りに対面できますように


目覚めて窓から外を見ると晴れた海が見え、そこには浮き球をつなげた奇妙なロープがあるのに気が付きました。あれは何なんだろう。
これは後で確かめに行かねばならん!

今日はテラスで11時から歓迎会があると言うので朝食はゆっくりと取れました。

朝食の後はあのロープのあった海辺を散策です。
こじんまりとした玄関を出て右横の坂道を降りると海岸に出ます。


海辺に出ると漁師が網を張っている‼ 

…のかと思いましたが、実は窓から見えたのは遊泳エリアを守る安全対策の為のフロートでした。このフロートには網が吊り下げられてあります。

近くにクラゲでもいるのかしら。見ているとフロートは浅瀬に張られたので子供用の安全対策かもしれません。
あまりにも海水が綺麗に澄んでいるので真水に思えてしまい、確かめようと口に入れたら梅干しよりもしょっぱかった……やはりタヌキはアホだった。
安全なフロート内で戯れる子供達はそんな馬鹿な事はしないのでした。


青空に映る景色を見ていたら、自分はイタリアかスペインにいるのではと勘違いしそうになりましたが、クロアチアの海岸は砂ではなくて砂利が殆どです。


歓迎会ではダルマチアの音楽や歌、ベルリンでは滅多に経験出来ない魚介類の煮込み料理、愉快なゲームなどで私達を多いに楽しませてくれました。

ゲームに参加のお客様はドイツ人の他にポーランド人、フランス人もいました。


グラダッチは小さな漁村で海沿いのプロムナードにはオリーブやイチジクの木が豊かにi生えています。

そうそう、オリーブの木で思い出したことがありました。今から30年も前の話ですがスペインのネルハと言う海辺の町で休暇を過ごした時の事です。ホテルの近くにはオリーブ畑がありました。散歩をしているとプップクンが嬉しそうに「オリーブが沢山落ちているよ」と言って道路に散らばっている黒い小さな球を一生懸命に集め出したのです。オリーブは緑の実だったので不思議に思ってよく見ると、それは明け方に群れで通ったヤギの糞だったのでした!!! もう、笑いが止まりませんでした!!!

グラダッチはドイツのブルッフミュールバッハ=ミーザウ と姉妹都市であるのを発見。ラインラント=プファルツ州カイザースラウテルン郡にある町だそうです。全然知らん。


そして浅瀬に入って海の中から見たグラダッチの風景です。


帰り道の途中で生まれて初めて茶色のカマキリを見ましたが、カメラを構えたら機嫌よくポーズを取ってくれました。

あ、これって本当は小人のエイリアンだったのかもしれません!
そして今日も素敵な
「  ロマンティックな日没」が見れました。


2017年9月27日 水曜日
今日も快晴で穏やかな気温です。
朝食が済んだ後は9時にロビーに集まり、クロアチアの「アドリア海の真珠」と呼ばれる世界遺産の街、ドゥブロヴニクに向かいます。正に最高のドライヴ気分。


途中でボズニアのネウム(Neum 〇 印)を通過するのでパスポートが必要でした。

初回のテント旅行ではここはまだユーゴスラビア共和国だったので、ドゥブロヴニクにもボズニアのモスタルにも自由に行き来出来たのを覚えています。

途中の休憩所には思い掛けなく幾つものミカンの露店がありました。

ガイドの話ではドゥブロヴニクの周辺はクロアチア随一のミカンの名産地で、 1930年代に日本から導入された「温州みかん」が起源となっていると言う事でした。何とここで日本のミカンに会えるとはね。9月はちょうど収穫の時期の様でした。

ドゥブロヴニクの港が近づくと、巨大なクルーズ船が寄港しているのがわかります。


ところが下車して観光案内が始まると、その観光客の多い事にびっくりです。

ここは1968年の夏季音楽祭でカラヤンが指揮をした事で有名なレクトーン宮殿だそうですが、人の頭しか見えんわ。きっとクルーズのお客も混じっているのかも。

自由時間になると人込みから離れ、ホッとして勝手に見学です。



ユーゴスラビア時代のドゥブロヴニクはあそこまで多くの観光客はいませんでした。
食堂も素朴で、子供達にフライドポテトを頼んだら、油の温度が低過ぎてカリカリにならなかったのでお金を取られなかったのを覚えています。

人込みを避けて歩くと木陰になった雰囲気の良いお店がありましたが、空いたテーブルがありませんでした。


そろそろどこかでお茶にしたいと思っていたら、
細い脇道で偶然見つけたこの小さなカフェで、ウィーンのユリウスマインルの至極の一杯に恵まれるとは‼


2017年9月28日 木曜日
この日はクロアチアの第二の都市の港町スプリトとトロギル島の見学です。

ドゥブロブヴニクとは反対方向にあるのでパスポートは必要なし。

此処も混雑していてどこから入って何を見て来たのかわからない。
内部にはまだ戦争の跡が残っているようです。


この窓もかなり壊れ掛かっていますが、雰囲気が出ていて絵になりますね。


宮殿の地下も観光のコースになっていました。


円柱の広場に出たら突然歌声が響いて来ました。

音響が良いのでどこかの少年合唱団が此処で歌ってくれたらなぁ。

表に出ると時代遅れの服装の男性達が狼狽して立っていた。


自由時間の間、
スプリットの魚市場を見つけで食べた牡蠣:一つ200円ぐらい。


これは見たことが無い魚です。


エビも美味しそうだけれど、こっちのはアンコウかな?


と、突然凄いものを見つけました!

マグロの頭と切り身と、それから大トロがあるではないですか!
トロは向こう側の一番小さいのが日本だったら4000円はしそうなのに、何と200円ぐらいだったのでもう腰が抜けるくらい嬉しくなって買ってしまった。
醤油もわさびも無いのに買ってしまったのは、トロなんて口にできるチャンスがめったにないからです。少しかじりましたが-------もう、それだけで頬っぺたが落ちました。そして落ちた部分は下腹に付きました。
残りのトロはホテルの冷蔵庫に保管してベルリンに持って帰る事にしました。
もう、このトロのお陰で最初の日没を見た時ぐらい幸せでした。
あのトロを買う為だけでもクロアチアにはまた行かねばならぬ。

2017年9月29日
今日は観光無しの日なので プップクンは泳ぎに、私は10人のグループに混じって小型ボートで近くの小島見学と決めました。


でもね、実はこういう底知れずの深い海の色ってカナヅチタヌキにとって本当は恐怖なんですよ。

全く泳げないと言うのでもありませんが、せいぜい10メートルぐらいがぎりぎりかな。そもそもこんなところで泳ぎたくないです。
1時間ほどで着いた島にはプップクンが泳ぎたくなるような場所がありました。

夏だったらこの島もきっと海水浴客で混んでいるに違いありません。


島の中に足を向けると閑散としていました。

家の造りも外壁も素朴で、洗濯物でさえ質素な生活を思わせます。


学校のお昼休みらしい子供達がいたので見晴らしの良い場所を教えてもらえました。


けれどそれ以外に人の姿は見えません。

人はいなかったけれど、手が出そうな果樹があちこちにありました。

イチジク                  ミカン

ザクロの木!!! 子供の頃に近所の庭に生えていましたっけ。
この階段を上ると見晴らしの良い場所に出るとか。

いっちょ登るか!   どこまで続くんだろ~~~!

登り切った!


だけどその甲斐があったのかなぁ。

まぁ、後悔はしていません。
可愛らしい野生のシクラメンが此処にはたくさん生えていましたから。

そしてここから見るグラダッチの景色も爽快でした。


そして今日のハイライトはこれでした。

帰りの船の中ではお魚が焼かれてテーブルに出されました。懐かしい日本の味を楽しみました。
食べ終えたあとのゴミが海中に捨てられると集まった魚がただ事ではなかった!

あの白いのは魚の骨です。

2017年9月30日
グラダッチを9時半に出発。


オシアハ湖のポストホテルに途中泊。
今回の部屋は前よりましでした。


湖向きのバルコニーもついていました。


2017年10月1日 無事に我が家に戻りました。
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kind-0045.gif von 123gif.de💕 お詫び:コメントを入れる時、何度も数字の打ち直しを要求されるのですが、スパム予防の為だと思います。貴方の失敗ではないのでどうぞお気を悪くなさいませんように。それでもコメントをくださる方には心から感謝したします。





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Last updated  2026.09.24 18:03:38
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ponko310 @ Re[1]:【151】春のボーデン湖から帰路へ(09/03) Yuichannさんへ 此処への初コメ、嬉しく思…
Yuichann @ Re:【151】春のボーデン湖から帰路へ(09/03) Ponkoさんへ お邪魔します。 今年のヨー…
ponko310@ Re[1]:【6】そして私は今でも歌っています。(02/12) maaさんへ 懐かしい記事へのコメントをあ…
maa@ Re:【6】そして私は今でも歌っています。(02/12) ponkoさま 新しいボーデン湖の記事にコメ…
ponko310 @ Re[1]:【150】春のボーデン湖 続の続(07/30) maaさんへ 声を掛けに来てくださってあり…
maa@ Re:【150】春のボーデン湖 続の続(07/30) ponkoさま 眼の手術は無事に済まれたでし…
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