2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全21件 (21件中 1-21件目)
1

今日の行程 (無印は、普通電車) 門司港 ー 門司 ー 新山口 ー(レンタカー)ー 津和野 ー SLやまぐち号乗車 ー 新山口 ー (新幹線こだま)ー 新下関 ー 下関 ー 門司 ー 小倉 ー(特急ソニック)ー 博多 ー(地下鉄)ー 福岡空港 ー 関西空港九州は門司港での朝。6時半過ぎに起床、7時に宿を後にします。門司港7時20分発の普通で門司へ、門司7時38分発の普通新山口行きに乗り換え、関門トンネルをくぐり、九州からなつかしの本州上陸を果たします。 関門トンネルは、一直線に下り、下まで行ったかと思うと、一直線に上るという、まさにV字感覚。その後、新下関では0系新幹線と、途中で寝台特急「富士・はやぶさ」すれ違いと出会いました。新山口には8時53分到着。さっそくレンタカーを借り、駅裏に行くと、いましたいました、今回の目的「やまぐち号」。ふだんは、C57というSLが単独で引っ張っているのですが、7月だけはC56を従え、2両のSLが重連で客車を引っ張るのです。加えてこの期間のみ、戦前製の一等展望車マイテ49も連結されています。まず、出発準備を整えたC56が転車台で向きを変え、留置場に進み、待機していた客車と連結します。C56と客車が、出発ホームに入線。 長男くん、大きな汽笛の音にびっくりした直後です。続いて、C57が単独で入線、ホームで2両のSLがドッキング、重連状態になります。左から 一等展望車マイテ49 C56 C57 重量感が違います。発車後、レンタカーで、やまぐち号沿線を併走します。やまぐち号は、途中、列車交換や乗客サービスのため、各駅で数分間の停車時間をとることも多く、普通に走っていると、すぐに追いつけるのです。今日は、長男くんに、はじめてビデオカメラを持たせてみました。最初は戸惑っていましたが、すぐに使い方をマスター。自分でスイッチを入れたり、録画したり、ポーズしたり。助手席から、併走するやまぐち号を、たくさん、上手に撮ってくれました。(すっかり、はまったようで、以降、何かにつけて「撮らせて、撮らせて~」)何度か、抜きつ抜かれつを繰り返し、お昼過ぎに津和野着。蒸気機関車の方向転換と、給水・給炭のようすを見ることができました。その後、お昼を食べて、レンタカーで、20キロ弱、新山口よりの鍋倉に向かいます。鍋倉でレンタカーを降り、普通列車で津和野に戻り、折り返し、上りやまぐち号に乗りました。鍋倉でやまぐち号を降り、再び、レンタカーに乗ります。やまぐち号に追いついたり、追い越されたりしながら、国道9号線を走りますが、交通量が増えているようで、午前中ほど密着はできませんでした。駅での停車時間も往路に比べ、短めのようです。山口市に入ると、16時過ぎ。もう追跡は不可能です。新山口に着くと、すでにホームに到着していた客車からは、SLは切り離され、機関区に戻っていました。ホームで疲れをいやすマイテ49。 茶色の車体、一等の表示、白帯、そして「おごほり」。昭和初期を感じさせます。新山口では、レンタカー屋に戻る、わずかばかりの道のりが、ものすごい渋滞にはまり、駅に着いた時には、普通電車で博多に戻ると、もう、今日の飛行機には間に合わない時間になっていました。新下関まで2駅分、新幹線こだまでワープです。新下関~下関、下関~門司と普通電車を乗り継ぎます。門司では、10分の乗り換え時間の間に、上りブルートレイン「はやぶさ」と「富士」の入線を見ることができました。東京ー九州発着の寝台特急もずいぶん減り、この2本の列車も、いつの間にか、門司~東京間はドッキングして併結して走るようになっていました。なんだか妙な気分です。「はやぶさ」は熊本から、「富士」は大分からやってきます。 そして門司でドッキングするのです。2列車の連結作業を見ようとしていたら、乗るはずの電車に乗り遅れてしまいました。わおぅっ。とりあえず小倉に移動、また新幹線でワープか、と思いあせっていたら、間もなく、特急ソニック入線とのアナウンス。ちょうど、券売機近くの改札横にいたので、即、自由席特急券を購入。博多まで40分あまりで500円なり。思いもかけず、ソニックに乗ることができました。ヘッドレストが、●ッキーマウスみたいですね。なんとも派手な特急でした。(内側も外側も)博多駅には、特急かもめがならんで停車していました。 JR九州のデザインセンスは、本当に斬新です。博多駅には20時18分着。乗ってきたソニックや、隣のホームのかもめの写真を撮ると、地下鉄で福岡空港に向かいます。福岡空港発21時の飛行機で、関西空港に向かいます。長男くん、寝るかと思いきや、なんと元気元気。小倉で買った駅弁「かしわ飯」を2人で食べました。関西空港には22時過ぎ到着、家には23時過ぎに帰ってきました。長男くん、電車で寝てしまうかと思いましたが、まったく元気そのもの。駅から家までも元気に歩いてくれました。今日も長かった一日。充実した一日。いろんな電車や汽車に乗ったり、見ることができました。ほんとに楽しかったねぇ、長男くん。
2005年07月25日
コメント(4)

やまぐち号は、津和野で折り返します。SLは、後ろ向きに走れないことはありませんが、視界がよくないので、方向転換する必要があります。そのための施設が転車台(ターンテーブル)。津和野駅にも設置されています。その津和野駅での、転車台作業のようすを見てみましょう。新山口から津和野までの下り(往路)は、C57が先頭でしたが、津和野からの上り(復路)はC56が先頭に立ちます。まずは、後方にいたC56が後方に退き、測線を通って転車台に乗ります。転車台に乗ると、反時計回りに、(時計でいう)6時から3時の方向に回転、給水・給炭施設へと移動。ここで、水と石炭を補給、また燃やした石炭の燃えかすを処理します。給水・給炭施設の横は、見学しやすいようなスペースになっていました。水と石炭を補給し終え、再び転車台に乗ります。C56と交代で、C57が給水・給炭と方向転換のため、転車台に乗ります。津和野市内を見下ろす郊外のバイパスから。 津和野・・・ のどかな小さな町でした。
2005年07月25日
コメント(0)

やまぐち号の、津和野での折り返し時間は2時間40分。SLの方向転換と給水・給炭を見ながら、時刻表とにらめっこしていると、やまぐち号の津和野出発が15時10分ですが、その2分前に新山口からの普通列車が到着するのを発見。つまり、下り普通列車の到着を待って、上りやまぐち号が出発するというわけです。(ひらめいたっ☆)時計を見ると、まだ13時30分。レンタカーを走らせて、どこかの駅まで行き、そこに車を置いて、その下り普通列車に乗ることができれば、その駅までやまぐち号に乗れるではありませんか。ためしに、津和野駅で、やまぐち号の指定席の残りを聞いてみると、十分な余席があるとのこと。これは、乗るしかありません。即、長男くんの分と2人分の指定席券をゲットです。ターゲットの駅は、津和野から16.5キロ地点の「鍋倉」。津和野から30分もあれば、レンタカーで着けそうで、1時間弱なら駐車しても問題なさげな小さな駅ではないかとの大胆予測です。途中、昼食をとり、鍋倉に向かいます。津和野を出ると、すぐに島根県から山口県に入る峠です。制限速度を大幅に下回る大型車に、ちょっとひやっとさせられましたが、上り坂を過ぎると、制限速度で流れはじめます。鍋倉は予想以上(以下?)に小さな駅でした。駅は、ホームが1面あるだけの無人駅。まわりに家は数軒ありますが、完全に静かな集落です。人通りもまったくありません。車を停めても、誰のじゃまにもなりません。間もなく、下り普通列車がやってきました。県境の峠越えを越えると、もう津和野です。24分の乗車でした。やまぐち号は、着いたホームの向かいに停まっています。橋を渡らずにすんだので、移動には助かりました。2分の接続で、汽笛と共に、やまぐち号、出発です。津和野を出るとすぐに、島根県から山口県の県境の峠。上り坂とトンネルが続きます。窓は閉め切っているのですが、車内にも、ものすごい煙が立ちこめます。乗客の中には、なかば悪ふざけですが、「公害だ、公害だ。」と叫ぶ子どもたちも。ちょっと年配の人たちは「昔は、こんなだったわね。ふふふ。」と平然としています。峠を越えると、窓を開けて換気するよう、アナウンスがあるほど。せっかくなので、途中、最後尾に連結されている一等展望車に行ってみました。年季は入っていますが、なんとも言えない落ち着いたゴージャスさを感じさせる内装です。昔は、「特急」を「特別急行」と呼びましたが、まさにそんな呼び名が連想される客車でした。
2005年07月25日
コメント(0)

今日の行程 関空 ー(飛行機)ー 福岡空港 ー(地下鉄)- 博多 ー(新幹線)ー 小倉 ー(普通)ー 門司港 (泊) 今日から、長男くんと2人でお出かけです。まず、15時15分発の飛行機で福岡に向かいます。座席は一番前の右側。大阪湾沿いに飛び、神戸付近まで瀬戸内海が見えましたが、その後、福岡近くまで海は見えませんでした。天気がよかったので、明石大橋や瀬戸大橋が、左側に見えたはず。残念・・・16時半ころ、ほぼ定刻で福岡空港着。到着と入れ違いに「ムシキング・ジェット」が飛び立っていきました。長男くん、大喜び。地下鉄で博多駅に移動、小倉まで新幹線に乗りました。新幹線は、たまたまですが、ひかりレールスターでした。そのまま2時間ちょっと乗り続ければ大阪に逆戻りです。小倉間まで18分のあっという間の新幹線です。小倉で普通電車に乗り換え、15分ほど門司港に到着です。門司港は、今、レトロな町として売り出し中のようです。駅のホームの支柱や屋根も茶色に染められたり、人力車が展示されたり、レトロな雰囲気が漂っています。門司港は、行き止まりというか始発駅。こんな巨大な終端マークがありました。びっくり。駅舎もモダンなつくりでいい雰囲気をかもし出しています。駅前広場の噴水で遊ぶ長男くん。10分ほどでずぶぬれになりました。駅から宿まで行く途中に、こんな発祥の地記念碑を発見!今晩の宿は駅から徒歩5分。 宿には18時前に着きました。この宿、なんと1泊税込み2952円! ネットで見つけました。まあ、施設的には、ちょっとというか、かなりくたびれた宿ですが、それでもこの値段は魅力的です。長男くんは、幼児の添い寝ということで無料です。夕食は、駅近くの小さな定食屋という感じのところで、皿うどんとおでんを食べてから、今日の最後の目的、九州鉄道記念館に向かいます。通常は、18時で閉館なのですが、夏の特別企画として18時10分に再開館するのです。SLや昔のディーゼルカー、昔の特急などの実物展示や、SLのDVD放映を楽しみました。夜は、テレビのアニメ「雪の女王」を見てから、おふろに入りました。布団をひいて寝ようとすると、長男くん、元気がありません。どこか調子が悪いか聞いても大丈夫と言います。「お母さんに会いたいの?」と聞くと、こっくりとうなずき、声を押し殺して泣いている様子。(さめざめ)どうしようかと思いつつ、テレビをつけると「ビフォー・アフター」が入りました。ちょうどリフォームした家が完成したあたりのクライマックス部、長男くん、真剣に見始めたと思ったら、ころっと眠りについていました。 今日は、飛行機・地下鉄・新幹線に乗れて、しかも鉄道記念館にも行けて、(寝る前はちょっと焦りましたが^^)、中身の濃い楽しい一日でした。
2005年07月24日
コメント(0)

九州鉄道記念館は、門司港駅に隣接していて、駅から徒歩5分ほどのところにあります。通常は17時までですが、夏休み期間は18時にいったん閉館後、18時10分から20時まで特別展として入ることができます。通常300円ですが、特別展は200円。閉まっていて利用できない施設もありますが、その代わり、普段は入れない車両や運転台に入れてもらえたり、SLのヘッドライト点灯などの特典があります。駅から記念館に行く近道である、スーパーの駐車場の壁の看板(?)です。入場券入口すぐのところに、9600型とC59型の2両のSLが展示。 今回、C59型の運転室が公開されています。気分は機関士?門司港は、九州鉄道発祥の地。 当時の客車内部です。 いすはなんと畳ばり!昭和初期につくられたディーゼルカー(気動車)木でつくられた床、窓枠、いすなど、なつかしい感じがします。運転台。 右の棒は、マニュアル車のようなミッション・レバー?
2005年07月24日
コメント(0)

今日は海の日。吹田の教会で開かれた、第5回関西歌声ペトラに行って来ました。今回は、教会の若者2名と一緒に参加。13時30分開演だったので、教会に12時に集合、車で一路、吹田を目指します。阪神高速を使い、30分強の道のり。吹田の教会に隣接し、休日は駐車場を開放している吹田市役所に車を停め、近所にあっため○屋でお昼を食べ、集会に備えます。岩淵まことさん、関根一夫先生の作詞作曲で、ほぼ月に一曲のペースで、新しい歌が作られ、今回の歌ペトでは、96曲目となる「光が闇の中に」も披露されました。会衆みんなでハモりの練習をするコーナーもあり、即席の4部合唱も。途中、関根先生のメッセージもあり、歌は、リクエストを含め10曲ほど賛美したでしょうか、あっという間に時間は過ぎていきました。 たかはし・めりーさんによる、レポートはこちら! 第5回歌ペトの様子はこちら! (動画)集会後、関根先生と数分間のお交わり。東京に住んでいる頃、知人が関根先生の集会に行っていて、当時、お茶の水のPBA(太平洋放送協会)のスタジオを借りて開かれていた水曜礼拝に誘われたのが関根先生との出会い。その後は、水曜礼拝に入り浸り、キャンプにも数回、参加させていただくことに。今回、先生とお話しさせていただいたことは、あの頃、聞いたメッセージは、ものすごく心と記憶に残っているけれど、今、それらがどんどん実体化している喜びがあるということ。あ、今、これを書きながら思ったことは、自分は、関根先生のファンだったんだな、ということ。でも、思うのは、仮にその時は、そんな人間的な魅力でつながっていたとしても、そこで、神さまの何かに触れ、何かを吸収する場とされていたということ。その後、10年あまり。こうして、関根先生との関わり合い(再会自体は昨年8月の第2回歌ペト)によって、自分の信仰の軌跡を振り返る機会とされています。
2005年07月18日
コメント(2)

7月20日は長男くんの誕生日。以前は、この日は「海の日」で必ず休みでしたが、ハッピーマンデーの影響で、その日は平日となってしまいました。そのため、ちょっと早いですが、F二家に行って、ぽん家恒例のお誕生お祝いをしました。日々、やんちゃになっていきますが、なんとも可愛い長男くんです。(20日に)6歳になります。もうすぐ、幼稚園も終わり、来年は小学生です。
2005年07月17日
コメント(0)
礼拝で唱和されるハイデルベルグ信仰問答。今日の箇所は、第十八主日。 問47 それでは、キリストは約束なさったとおり、 世の終わりまでわたしたちと共におられる、 というわけではないのですか。 答 キリストは、まことの人間でありまことの神であられます。 この方は、その人問としての御性質によるなら 今は地上におられませんが、 その神性、戒厳、恩恵、富によるなら 片時もわたしたちから離れておられることはないのです。 間48 しかし、人間性が神性のある所どこにでもある、 というわけではないのならば、 キリストの二つの性質は、互いに分離しているのではありませんか。 答 決してそうではありません。 なぜなら、神性は捉えることができず、 どこにでも臨在するのですから、 確かにそれが取った人間性の外にもあれば 同時に人間性の内にもあって、 絶えず人間性と人格的に結合しているのです。 間49 キリストの昇天は、わたしたちにどのような益をもたらしますか。 答 第一に、この方が天において御父の面前で わたしたちのとりなし手となってくださる、ということ。 第二に、わたしたちがその肉体を天において持っている、ということ。 それは、頭であるキリストが その部分であるわたしたちを 御自身のもとにまで引き上げてくださる一つの確かな保証である ということです。 第三に、この方がその保証の担保として 御自分の霊をわたしたちに送ってくださる、ということ。 その御力によってわたしたちは、地上のことではなく キリストが神の右に座しておられる天上のことを 求めるのです。問47 キリストは、まことの人間でありまことの神・・・ 今は地上におられませんが、その神性、戒厳、恩恵、富によるなら、片時もわたしたちから離れておられることはない・・・問48 絶えず人間性と人格的に結合・・・問49 (主の昇天は)頭であるキリストがその部分であるわたしたちを御自身のもとにまで引き上げてくださる一つの確かな保証・・・ その保証の担保として御自分の霊をわたしたちに送ってくださる・・・今日も、深~い世界を垣間見させていただきました。 「神性は人間性と人格的に結合している」という概念に驚きました。本当に深いです。
2005年07月17日
コメント(0)
今日の礼拝のメッセージは、哀歌4章から「助けを求めたが」というメッセージ。似て非なるもの、しかし、その小さな違いが決定的な結果の違いをもたらすことがある。日本に来たての宣教師が、街角で伝道用のパンフレットを配ったのだが、特に女性がけげんな顔をして逃げていく。その宣教師は、パンフレットを手渡しながら、「およめになってください」と言っていた。1 主にある平安とは、苦しみ・痛み・悩み・悲しみがない(はず)? (あるべきでない?)1節と2節に「ああ」ということば。この感嘆詞だけでも十分に苦痛のニュアンスのあることば。 信仰者の歩みにも、苦しみ・悲しみがないというわけではない。(たとえば18~20節)ドブソン博士のことば現代のクリスチャンは、神の力を利用して、成功・繁栄、すなわちハッピーになることだけを望んでいるのではないか?その結果として・・・・・実は、苦しみ・困難の中でこそ体験できる神さまの愛・ご計画・祝福を見失い、経験することができなくなる。・苦しみ・困難が、あるべきでないもの(あってはならないもの)と感じるから、原因探し・犯人探しをしてしまう。 一見、謙遜そうな態度だが、実は何も実を結ばない。 (ぽん追記 苦しみを通されることの目的が、神さまの側の理由によるものであるならば、「こうすればこうなかったはず」 と自分をかえりみて原因追究したって、意味がないっていうことではないかな)・苦しみが、あってはならないものと考えてしまう時、直面している苦しみを、無理矢理ないものとして扱ってしまう。 なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。 主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。 それとも、あなたはほんとうに、私たちを退けられるのですか。きわみまで私たちを怒られるのですか。哀歌5:20~22 (哀歌の最後の部分)本気で、神さまに向かう時、本音を神さまにぶつけられる。CS・ルイス真実を求めるならば、慰めが与えられる。慰めを求めるならば、真実も慰めも得られない。2 信じることと甘えることの取り違え神さまは、ご自身の判断で、滅ぼし尽くす権威をお持ちの存在。イスラエルの神、我々の神は、決してそこまでされないだろう、選ばれた都シオンはまさか滅ぼされることなく、どこかの時点で救われるだろうと考えていた民。しかし、哀歌では、手かげんのない徹底的な裁きと滅亡が語られる。土居健郎自分の世話をしてくれる人との一体感を楽しむ甘え愛の神だから、そんなに苦しみを与えられることはないだろうと考えてしまうことはないか。3 信仰と感情の取り違え13節では、預言者たちの罪・祭司たちの咎が指摘される。エレミヤ書4章には、自国民の耳に心地よいことばだけを語り続けた偽預言者の姿。チェンバースのことばまれに見られる感情の高まり、それ自体が信仰ではない。(だったかな?) 今日は、特に1番の視点が心に残りました。最近、そのことが実感として、分かり始めていたからです。例えば、それまでの祈りは、実のところ、どこを切っても金太郎飴のように、自分の幸せ、心地よさのための祈りだったように思います。ことばでは、「神さまを一番にし、みこころを求めるべき」ということを知っていて、そのようにしたいと願っていましたが、実際は、自分の願望だけだったのです。自己中心以外の何ものもなかったということです。ところが、いろんな苦難を経る中で、その苦難こそが神さまに近づく道として、神さまが用意してくださっているのだ、ということが、少しずつ少しずつ、最初は知識から、次第に実感・リアリティとして教えられてきたように思います。 2003年6月 「神さまに近づく道」 詩篇77篇から 2004年2月 戸の外 破れ目 なぐさめ 2005年5月 「臨在の中に憩う世界」 ~問題解決自体が目的ではない!~自分の楽天日記を読み返すことで、観念から実感への軌跡がはっきりと見えてきます。 本当に、主の御臨在と、そのリアリティを感じられること、インマヌエルの平安と安息を感じられること、これらの大きな大きな祝福を心から感謝します。
2005年07月17日
コメント(0)

浴槽に入れて使う洗剤が、最近大人気。今日は、長女ちゃん・次女ちゃんで、こんなことをしていました。(長男くんは、かぜのため、入浴できず。)ステンレス製の浴槽に2人の頭が映っているのですが、右の長女ちゃん、見方によっては、ミッキーマウスのような感じにも見えますね。^^
2005年07月16日
コメント(2)

今日は、実は、長男くんと2人で、飛行機に乗ってお出かけする予定でした。ところが長男くん、昨日、突然、熱を出し、お出かけはできなくなりました。残念!今日は、だいぶ元気になったのですが、微熱が出たり、下がったりの微妙な状態。家で待機です。さて、お姉ちゃんたちは元気元気。家でじっとしている長男くんには気の毒でしたが、プールに行って来ました。子供用プールには、こんなイルカの噴水があります。ウォーター・スライダーも設置されています。 1回100円。長女ちゃん、スライダーからプールに突入!次女ちゃん、スライダーからプールに突入!このプール、公営の屋外プールのくせに、大人600円もするのです。今までもったいなくて行かなかったのですが、時間制限もないようで、ということは、ものは考えよう、1日いてもいいようなので、ちょくちょく使ってみようかなとも思いました。今回は、長男くんが残念だったので、いつか長男くんも連れて行きたいな。
2005年07月16日
コメント(0)
今日の一日一章聖書日課は、エレミヤ書50章です。バビロンを用いて、ユダヤを滅ぼさせた神さまですが、その後はバビロンに対し、激しい裁きを下されるという預言がなされます。2つの聖書の箇所が心に留まりました。 その日、その時、~主の御告げ。~ イスラエルの民もユダの民も共に来て、泣きながら歩み、その神、主を、尋ね求める。 彼らはシオンを求め、その道に顔を向けて、 『来たれ。忘れられることのないとこしえの契約によって、主に連なろう。』と言う。 (4~5節) わたしはイスラエルをその牧場に帰らせる。 彼はカルメルとバシャンで草を食べ、エフライムの山とギルアデで、その願いは満たされる。 その日、その時、~主の御告げ。~ イスラエルの咎は見つけようとしても、それはなく、ユダの罪も見つけることはできない。 わたしが残す者の罪を、わたしが赦すからだ。」 (19~20節)イスラエルは、そのかたくなな心が取り扱われる(処理される)ために、バビロンによって滅ぼされるという経験を経る必要がありました。そのことによってのみ、彼らの中のふさわしくない部分、汚れた思い、偶像礼拝の心は処理されたのです。これが、神さまの取り扱いの方法でした。そして、神さまが、目的であるところの取り扱いを果たされた時、「イスラエルの民もユダヤの民も共に来て、泣きながら歩み、その神、主を、尋ね求める」というのです。同時に、神さまは、民を「その牧場に帰らせ」「わたしが残す者の罪を、わたしが赦す」というのです。イスラエルを滅ぼすこと自体が、神さまの目的ではありませんでした。しかし、民のかたくなな心が砕かれるためには、イスラエルは滅ぼされなければなりませんでした。そして回復の時、民は、涙して神さまに立ち返り、神の側は、その民を牧場に帰し、罪を赦されるというのです。すなわち、民と神、どちらか片方の行動があるというのではなく、双方がそれぞれに歩み寄り、近づき合い、両者の歯車が一致する瞬間です。取り扱いの間、目に見える現状は悲惨なものかもしれません。でも、その時こそ、人にはどうすることもできない部分が、まさに取り扱われ、変えられている期間なのです。プライド、自己中心、秘められた偶像礼拝・・・・・その日、その時、主の取り扱いが完了する時、私たちも、かたくなな心は柔らかくされ、主に反逆する心は従順にされ、泣きながら主だけを慕い求め、また、主の側は私たちを牧場に帰らせ、罪を赦されるのですね。神さまの愛とご計画、そしてお取り扱いは、なんとすばらしいのでしょう。
2005年07月11日
コメント(2)

年長さんの長男くん、昨日から幼稚園のお泊まり保育に行って来ました。11時半、幼稚園に戻ってくるはずのバスは、ちょっと遅れて着きました。なんと長男くん、なぜか一番最後に降りてきました。とっても楽しかったようです。
2005年07月09日
コメント(0)
礼拝の中で唱和されている「ハイデルベルグ信仰問答」ちょっと前の聖日の箇所は第十七主日。 問45 キリストの「よみがえり」は、 わたしたちにどのような益をもたらしますか。 答 第一に、この方がそのよみがえりによって死に打ち勝たれ、 そうして、御自身の死によって わたしたちのために獲得された義に わたしたちをあずからせてくださる、ということ。 第二に、その御力によって わたしたちも今や新しい命に生き返らされている、ということ。 第三に、わたしたちにとって、キリストのよみがえりは わたしたちの祝福に満ちたよみがえりの確かな保証である、 ということです。私たちの死は、自分の罪に対する償いなのではなく、 むしろ罪との死別であり、永遠の命への入り口なのです。よみがえり・・・わたしも義にあずかっている・・・わたしも新しい命に生き返らされている・・・罪との死別・・・永遠の命への入り口・・・主よ、感謝します。ただ感謝します。
2005年07月08日
コメント(0)

幼稚園・・・長女ちゃんが年少の時、編入して以来、7年のおつきあいとなりました。というわけでもありませんが、ちょっと幼稚園のあちこちを撮ってみました。朝、まだ静かな教室の光景です。来週のお泊まり保育のポスターが貼ってありました。園庭の木。 今まで何げに見てましたが、けっこう大きかったんですね。蒸し暑くって蝉も鳴いていたのですが、なぜかトンボもたくさん飛んできました。 本当にお世話になっている幼稚園です。
2005年07月07日
コメント(2)

今月は長男くんのお誕生日。幼稚園で誕生日のお祝いがありました。親も招かれます。8月は夏休みなので、今回は、8月生まれのお友達といっしょにお祝いです。お誕生ケーキです。お友達といっしょに。(去年のお誕生会に比べて成長したね。)お外遊びの時間です。思い思いに、ドッジボール、虫取り、どろんこ遊び、ブランコなどを自由に楽しみます。お外遊びの後は、プールの時間です。 先生が持っている輪を、あしかのようにくぐるのが大人気のようです。お待ちかねランチタイム。 おっと長男くん、何をごはんにのせてるんだっ?!長男くんも年長さん。幼稚園でのお誕生会も今回で最後です。
2005年07月07日
コメント(0)
今日は、日帰り東京出張。朝の飛行機で関空から羽田に向かい、また、いつものごとくお茶の水のOCC(お茶の水クリスチャンセンター)へ。 やっぱりお茶の水は、何だか居心地がいいんです。なぜか、すぅ~っと引き寄せられていく不思議な場所です。今回は、3階のキリスト者学生会(KGK)事務所に顔を出してみました。KGK事務所では、大沼総主事や、成田時代に家族でお世話になっていた教会でいっしょだったちーぼーさんが迎えてくれました。この日は、関東地区の主事会が持たれていて、いっしょに昼食をいただきました。食後、ほぼ同世代の安藤主事と、ほんの少しお交わりをしたところでタイムアップとなりました。地下鉄丸ノ内線ー東西線と乗り継いで木場へ行き、今日の出張目的を果たします。夕方、羽田を発ち、伊丹からなんば経由でそのまま教会の祈祷会へ。牧師先生のメッセージは、ローマ書4:13~25から「信仰による義」について。信じることは、相手から恵みを引き出す。信頼されることは、相手にとって喜びであり、恵みを与えたくなる。信じるとは、全面的なこと。自分の都合の良い部分だけ信じる、都合の悪いところは信じないなどという例外はあり得ない。信じることは、具体的な行動が伴う。 律法は「~しさえすれば大丈夫」 分かりやすい 律法は行いを要求するが、信仰があれば自然に行いが出てくる。信じるとは、相手が与えたいと願っているものを自分の所有とすること。 神さまとの信頼関係・人格関係に入れられていること、信仰によって値無しに義と認められたことを感謝、ハレルヤ!
2005年07月06日
コメント(2)

山形空港は、山形県の東根市にあります。そこは、さくらんぼ生産のまさに中心地。空港のそばでも、たくさんのさくらんぼの実がなっていました。去年あたりから、大がかりなさくらんぼ泥棒が問題となっているようです。左のパイプのところに写っていますが、さくらんぼ畑は、細かい網で厳重に囲まれているのです。
2005年07月03日
コメント(2)
昨日の夜は、母と近くのそば屋に行って夕食。食後、家に戻り、父の納骨、将来のこと、信仰のことなどを語り合いました。一通り、話した後、ビデオデッキの操作方法を教えて欲しいとのこと。CDラジカセは、難なく操作しているので、まずはテレビ側の「入力設定」の変更方法、そして、ビデオデッキ側の操作方法~電源・再生・停止・テープ取り出し~を一通り教えました。これまで父が撮りためていたドラマやドキュメンタリーなどのビデオテープや、こちらから送った孫のビデオテープなどを見て楽しめればと思います。 今朝は、山形の教会で、神さまを礼拝。山崎牧師によるメッセージはヨハネ2章から。カナの婚礼でイエスさまが生涯初の奇跡を行われた箇所。水はどこにでもあるもの。そしてぶどうは、聖書の中では命と祝福の象徴。カナの婚礼の出来事は、5人の弟子任命の3日後。イエスさまの母マリアも、婚礼の手伝い。しかし、めでたい席、宴たけなわの中、ぶどう酒がなくなり、その事実だけをイエスさまに伝えたマリアに、イエスさまは一見、つっけんどんな態度をとられる。(4節)それにも関わらず、マリアは「あの方のいわれることを何でもしてあげてください。」(5節)そうして、イエスさまの指示通り、6つの石の水がめに水が注がれ、宴会係のもとへと運ばれた時、中の水はぶどう酒に。マリアの信仰と行動。「ぶどう酒がなくなりました。」と事実だけをイエスさまに述べている。足りないけれどどうしようもない=イエスさまに伝えることをしないという態度でもなく、具体的に「こんな解決をして」と、自分で決めた結論を迫るのでもなく、ただ、現状を伝えただけ。人生の中で、まさかこんな時に、こんなことが・・・ということ。主に期待しないことでもなく、自分自身から出た解決・希望でなく、ただ主に事実をお話すること。決して、失望するのではなく、主の時と方法があることを学ぶこと。24~25節 「なぜなら、イエスはすべての人を知っておられたからであり、また、イエスはご自身で、人のうちにあるものを知っておられた」 主は、すでに私たちの心の中にあるものをご存じ。主にありのままを述べることが、主のみこころを知り、みこころに従うことに。教会でお昼を食べ、1時半過ぎに教会を後にし、3時15分の飛行機で伊丹に4時40分過ぎに到着。6時頃、帰宅。
2005年07月03日
コメント(0)

今回はレンタカーを借りたのですが、ちょっと時間があったので、会津まで足を伸ばしてみました。ちょうどいい裏道をかけぬけ、まったく渋滞知らず、片道2時間ほどのドライブです。ほとんど山道か田んぼの中を走ります。初夏の東北。窓を開けて走る気持ちよさ。ちょうどさくらんぼのシーズンで、あちこちで真っ赤な実を実らせていました。途中の林では、もう蝉も鳴きはじめていました。雨上がりの草の香り。田んぼの、あのむっとしたにおい。かえるの大合唱。まさに心が洗濯される、そんな感じです。米沢から喜多方を経由して間もなく会津若松。会津磐梯山のすばらしい姿が見られました。さて、会津若松はSLの町。数年前に復活した新潟~会津若松間の「SLばんえつ物語号」に加え、今日は郡山~会津若松間の「SL会津あかべぇ号」が運転されます。びっくりしたのは、駅の裏にある機関庫などのエリアが開放されていること。さすがに、本当に重要な部分にはロープが張ってありますが、転車台(ターンテーブル)間際まで自由に入っていけるのです。自分が、機関庫に行った頃は、到着したばかりの機関車の点検整備と、石炭と水の補給がてきぱきと行われていました。窓やナンバープレートなども、丹念に磨かれていました。扇形の機関庫です。 真ん中の転車台(ターンテーブル)で機関車の向きを変えます。出発に向けての点検整備。 たくさんの人が関わっています。本当に影の仕事です。こうして見ると、蒸気機関車って、本当に手間のかかる乗り物なんですね。石炭や水も補給します。 まさに生き物のような迫力と力強さを感じます。到着したSLは、綿密な整備と水と石炭の補給を受け、出発のため、再び駅へと向かっていきました。さて、今日のきわめつけは、2つのSL列車、が15時6分に会津若松駅を同時発車し、線路が別れるまで1キロほど並んで走るのです。沿線は、それを見るための人がたくさん待機していました。機関庫脇から、会津若松駅ホームを臨みます。 間もなく発車。左がデゴイチ(D51) 右がシゴナナ(C57) 併走は迫力が違います。ぼっぼっぼっと、かろやかなドラフト音を響かせ、2両のSLは目の前を走り去って行きます。過ぎ去ってしばらくしてからも、遠くで鳴る汽笛が聞こえてきました。あの有名な歌じゃないですが、遠くで汽笛が聞こえるのって、すてきな情景ですね。思えば、子供のころ、SLがまだ現役で走っていたことを記憶しています。小学2年の時、母の妹のいる北海道岩見沢に行った時にも、まだ健在で、いとこ達ととうもろこし畑をかき分けてSLを見に行ったものです。(それから1年もしないうちに、その線路を走ったのが、国鉄最後のSLさよなら列車でした。(だったはず。))父にも、SLに限らず、いろんなところ連れて行ってもらったなぁ。そんなことを思い出しながら、山形への家路を急ぎました。
2005年07月02日
コメント(0)

8月に父の納骨をすることになったのですが、その打ち合わせや、一人暮らしをしている母に顔を出そうと、3か月ぶりに山形に帰りました。朝6時に家を出て、伊丹空港から山形へ向かいました。家を出る15分ほど前までどしゃ降りだったのが、家を出る時には、不思議にぴたりと止み、傘を差さずに駅まで行けました。伊丹空港には、ふだんはいないはずの退役間近のYS11がいました。山形行きの飛行機はジェット機とはいえ、かなり小さい飛行機。伊丹を飛び立ち、最初の20分くらいは、活発な梅雨前線を通過していたのか、もの凄い揺れ。小型機だったこともあり、小刻みな揺れも加わり、気分を悪くした乗客もいたようです。いつもはよく見える富士山も、一瞬、遠くに見えた後、雲の奥に見えなくなりました。その後は、さすがに揺れは少なくなりましたが、しばらく下界はずっと雲雲雲・・・。山形が近づいて来た頃、ようやく雲が途切れてきました。あっ、見覚えのある景色、と思うもつかの間、飛行機は大きく左に旋回します。どうやら山形上空(真上)で、高度を下げるための旋回をしているようです。座席が右側だったので、ほとんで見えなかったのが残念です。将棋で有名な天童上空です。間もなく山形空港到着。翼の先の方には、「閑かさや 岩にしみいる 蝉の音(こえ)」で有名な山寺があります。水平飛行に移ると、将棋と温泉で有名な天童を越え、空港のある東根に入り、ゆっくりと着陸しました。山形に着く頃には、みるみる晴れ間が広がり、あっという間に天気が回復していきました。
2005年07月02日
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1