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Pooさん

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2008年03月07日
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カテゴリ: 趣味・遊び
我が家の「脱走犬」太郎だが、近頃少しは賢くなってきた様子。

大抵の場合はすぐ脇をウロウロと歩き回る。
「待て」や「来い」「入れ」の命令を大人しく聞いているから、とりあえず安心である。
だが、もし興味を引くものがこの範囲外で起きたなら、彼(太郎の事)は自制できるかは甚だ疑問なのである。
飼い主としては「お馬鹿だ」「お馬鹿だ」と思っているのだが、近所の人は「賢い犬やな」と褒めてくれる。
成程。言われて見れば善く躾けられてると映らなくも無い。だが彼の元気はいつ爆発し、彼の理性を破壊して野生(もしくは本能)の赴くままの行動に出るかは不安があるのである。
実際散歩の際は大人しく横を歩いている様にも見えるのだが、その実車のノッキングの様に走り出そうとするのと踏みとどまろうとする動作でギクシャクギクシャクとしているのである。
今までも、大体においては言う事を聞く犬ではあるのだ。


いよいよ今年度も終わりである。
大役の一つであったPTAの役員も無事終了である。
ところが不思議な話で、田舎で暮らしていると代わる代わる何かしらの仕事が舞い込んでくる。下手をすれば一つ減っても二つ増えたりする事すら何の不思議でもないから恐ろしい。
実は来年度より子どものスポ少の世話をする事となったのだ。
コーチではない。
コーチなどは不可能だ。技術的に。コーチでは無いがその補助である。補助ではあるのだが実質的にはコーチ的な事も係わらねばならないのだ。
そんな訳だから子供に買った蹴り方やフェイントの仕方の本やルールブックを読んでいる次第である。勿論読んでいるだけでは駄目なので子どもと一緒に身体を動かし練習をし始めたのである。
いやいや、子どもは何故に疲れないのかと不思議なくらいに、直に息は上がる。筋肉痛にもなる。終いにはフラフラになって足を捻る体たらくぶりである。
我が子には容赦なく駄目だしも受ける。
散々ではあるのだが、これも引き受けた以上致し方無い。
まぁ、少なくとも子どもたちに真剣な姿を見せる事により、少しは彼らの成長の参考にでもなれば幸いと言ったところなのであろう。


映画『チーム・バチスタの栄光』を見た後に原作を読んだ。
他にも『陰日向に咲く』なども原作を読みたいところだが、ハードカバーしか無いので文庫本になるのを待つ事にする。(値段にしても保管にしても、文庫本が良いのである。)
ミステリーであったり、映画の原作であったりは割とすんなり読める物が多い様に思う。
だが同じ本でも文学の色濃いものは自然身構えてしまう。何かのきっかけでも無ければつい敬遠勝ちにもなってしまうのだ。
それでも例えば芥川龍之介などはよく読んだ。読めば成程有名な作家の作品はそれ相応に素晴らしくもあり面白い物なのだ。

だが実は漱石の作品は、それこそ気後れしてつい読む機会も持たずに過してきたのだ。
実際漱石の文章は古い表現や漢字を使ってあったり、内容も頗る詰め込んである様な思い文章も手伝って、読もうとは幾度と無く思ったのだが挫折を繰り返して来たのである。
唯一最後まで読み終えたのは『坊ちゃん』で、内容を既に知っていた事(TVでアニメになったのを見た事がある)、比較的厚みの無い本であった事が幸いしたのであろう。

某番組で『こころ』を紹介していたのをたまたま見た。
ベタ褒めである。
確かに文豪と称されるくらいだから凄かろうと思いつつ、過去に読もうとした経験からすれば、それ程に感心できる程ではなかった様に記憶しているのだ。(これは漱石の作品を低く評価するのでは無く、凡才である自分ではその凄さに共感できなかっただけの事である。)
だが、感化され易い性格である。
その事がきっかけで、その日の内に『こころ』を購入したのだ。
(余談ではあるが、文庫本とは言え随分と値段が安かったのには驚いた。結構な厚みがあり、500円以上はしそうな物だが、僅かに380円であったのだ。)

『吾輩は猫である』を面白い、面白いと思いつつ読みながらも最後まで読破できなかった経験を持っている。果たして『こころ』が読めるのか、全く不安であったのだ。
だが、TVでの紹介は決して嘘や誇張されたものでは無かったのである。
みるみるその魅力に引き込まれ、グイグイと読んでしまうのである。
時間さえあれば、ひょっとすれば周囲の事を全く気にせずに読みふけってしまったかも知れない。それ程に面白いのである。
実際、時々は読むことを止めにしない事には、息継ぎすら出来ないのではと思う程ののめり込み様だったのである。

何故それ程にのめり込んだのであろうか。
最初に読み始まった時に、そこに登場する「先生」なる人物を自分自身に重ね合わせたのである。やがて中の段に入ると、「私」の置かれている環境と今の自分の境遇とを重ねて読んでいたのである。
いよいよ下の段に入れば、ともすれば「K」も自分では無かろうか。と思う様になったのである。

恥ずかしい話であるが、歳を経るにつれ、益々人生に悩む事がおおくなってきたのである。
本来であれば、そんな悠長な事を言っていられる時期では無いのである。
子どもは成長してきて、これより益々大変になって行くであろう。
むしろ安定し、力を蓄えていかねばならない年齢であるはずなのである。
だが実際は迷いの中、もがいている様でもあり流されている様でもある。ひょっとすれば落ちて行ってるのかも知れないとさえ思うのである。
そんな自分自身の心境が、偶然なのか必然なのか、『こころ』と重ねてみてしまう部分があまりにも多く感じられたのである。

結末は知っていた。「先生」も「K」もどうなるのか。
やがて読み進めいよいよ終盤にさしかかった頃、果たして最後まで読み終えてよいものかと不安に襲われる事もあった。
「先生」や「K」に自分を重ねてしまっていた事が、もしこのまま読み終えればこの作品同様に自分も同じ運命を迎えてしまうのでは無いのだろうか。
と。
だが実際、途中で止める事など出来るはずも無いのだ。最後は心して読んだ。
読み終えた今、何とも表現できない不思議な感じが心の中に残っただけである。
感動でもない。ましてや「面白かった」などと軽々とした感想であるわけも無い。だが不快でもない。一種の安堵の様なものだけである。終わった事に安心したのだろうか。

この作品を読み終えた今、漱石の次なる作品を読みたい衝動にかられている。
もっと漱石の心の内を知りたくなったのである。
果たして自分の才能と感性で漱石の文章から何が分かると言うのは疑問他ならない所ではあるのだが。




ニンテンドウDSのソフトに「 DS文学全集 」と言うのがある。
100タイトルもの作品が収録されている。DS機を本のように見開いて、表示される小説を読むのである。
有難い事に夏目漱石の作品もいくつか入っているのだ。
値段が手頃である。定価で2800円だから、他のソフトに比べても手頃である。それでいて100作品も含まれているのだから、お徳と言えよう。
だが問題はアナログ人間である自分自身がデジタル化された文学の矛盾に順応できるか。なのである。
インターネットも便利な物でニュースなど検索して見る事も多いのだが、実際は新聞が手放せ無いのである。
何か資料を調べても、結局プリントアウトしないと活用も出来ないし、頭にも入らない気がするのである。
やはり本は本として読みたい気持ちは否めないのだ。
とは言え、価格的な事やその他もろもろと考えると、DSのソフトも大いに利点があるのである。
(本が増えれば妻に嫌な顔をされるのだが、DS機を眺めていたりすれば恐らくもっと嫌な顔をされる事であろう。)
内容には違い無い事なのだろうが。(DSのソフトを買うべきなのか、文庫本を買うべきなのか)何とも悩む所である。

ん~、漱石のこころを思えば、何とも小さな悩みである事なのだが…。





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Last updated  2008年03月08日 05時09分31秒
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