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更新に時差がありますが、香○渓に行ってきました。この辺りでは有名な香嵐○です。幼い頃は「蛇センター」としてその名を聞いていた○嵐渓です。気がつけば、明るい香嵐Kの紅葉を見たのは初めてでした。なぜなら、秋は演奏会シーズン。演奏会の追い込みの時期なのです。紅葉どころではありません。それは学生時代のみならず、社会人になってからも・・・。(かれこれ10年くらいでしょうか・・・)今年は演奏会が遅くなったことで、紅葉の季節を楽しむことができました。ところで、もちろん、秋の京都なんぞ行ったことないのですが、こんな感じ(↓)なのかなぁ、と思いました。 夜のライトアップは素晴らしかったです。異空間でしたね、まさに。自分が大学の練習場に居た頃も、都会の雑踏にまみれてる頃も自然はそのままで、静かに色を変えているんですよね。自然ってすごいですね。(ライトアップは人工ですが・・・)残念だったのが、デジカメを忘れたことでした。これは全部携帯での撮影です。行きも帰りも1時間半くらいだったかなぁ。長久○から。渋滞は大変だったけど、でも、それを待つ価値はあると思いました。今度行く時は、デジカメ持って行きたいです。
2006年11月25日
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気がつけば、11月も下旬を迎えていますね。私の目標「誕生日までには仕事を見つける」が実現できて、とりあえずはホッとしています。ところで、年末生まれって嫌なんですよ。一気に2つ歳を取る気がするから。(10~12月生まれの方々、そんなこと思いませんか・・?)私は現在、2●歳で、誕生日を迎えると、当然ながら(2●+1)歳になるワケですよ。でも、年が明けて親戚どもに会うと、「ぽたまちゃん、『今年』幾つになるんだっけ?」となるワケですよ。つまり、年が明けると、1ヶ月ほど前に(2●+1)歳になったばかりなのに、もう「(2●+1)+1歳になるんだよねぇ」みたいに言われるワケですよ。わかります?この悔しさ。自分としてはその年齢になった実感が沸かないうちに、もう一つ歳を取らされる。勝手に加齢するんじゃねぇ。と思うのですが、事実なので、「えぇ、まぁ(^^*)」と愛想笑いを浮かべます。でも、そんな愛想笑いも徐々に引きつってきています。そんな「微妙な」お年頃なのです。ということで、ワケがわからなかったあと数日の2●歳をしっかりと生き、来るべき2●+1歳を迎えたいと思ってます。
2006年11月20日
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仕事が決まる前日・・・だったでしょうか。私のブログにリンクして下さってる方々が、相次いで『「手紙」が良い(本も映画も)』と書いていらっしゃったので、読んでみたい、と思い、本を買ってしまいました。(つまりは、ヒマだったのです・・・仕事が決まる前だったから)2日で読みきりました。良かったです、はい。泣ける場面も随所にありました、はい。でも、正直な感想を言うと「長い」でした。(まぁ、長編小説だから当然でしょうが・・・)感想と言うよりか、これでは批判になってしまいますね・・・すみません。いえ、良いんですよ。内容は。描写も良かったと思います。「罪」や「生き方」の見方(視点)についても考えさせられましたし。でも、「その時々」が間延びしている感じがしたんですよ。読んでるうちに「あ・・もしかして・・・」と予想ができてしまう部分があったり。個人的には「もしかして」っていう場面を裏切って欲しいな、と意地悪く思いました。(精神的苦痛のため、性格がさらに歪んだのでしょうか・・・)そんな私だったのですが、映画も上映中ということだったので、観に行きました。もともと原作派の私は、原作を読んだ上で映画に行くことはあまりないのですが、そこここで「泣ける」「良い」という噂を見聞きしたので、興味を持ったワケです。結果、良かったです。原作より泣けました。泣きました。普段は「映画だと原作の細かい描写が表現できねぇんだよ」と思う私ですが、原作が間延びしてた(と感じてた)分、映画によって要点(?)が凝縮されたことが、逆に良かったのかも・・と思いました。そして、小田和正の「言葉にできない」。私のすごく好きな曲なので、これも(が)良かった理由の一つかもしれません。私が小田和正に酔いしれていると、同伴してた関西人は開口一番、「あかん。あれは関西弁ちゃう」「関西弁真似てるんやろうけど、ちゃうで」「あれはあかん。ヘンや」へー。「アナタが話してるのと同じやん。どこが違うん?」と、なぜか関西弁チックに思った私ですが、(本来なら、N古屋人として、 「アンタがしゃべっとるのと一緒でしょー。どこが違うか言ってみやー」と思うべきなのでしょうが)映画中の関西弁は何か違ったそうです。(原作はどうなんでしょうね・・・?)とまぁ、私のブログも相変わらず間延びしてますが、とにかく、映画は良かったです。もちろん、原作も良いです。小田和正も良いです。関西弁はあんまり良くなかったそうです。そんな「手紙」でした。
2006年11月18日
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私の病は「抑うつ症」というものです。分類的には鬱病に入るのですが、似て異なるものだそうです。(実際、良くわかってませんが・・・私も)心境的にはどういうものか、と言うと、自分に自信がなくなってしまうのです。「誰だって自分に自信がなくなることくらいあるよ」と言われてしまいそうですが、それが病的になるのです。励ましも聞こえない。笑えない。何もしたくない。食べたくない。寝たくない。起きたくない。起きていたくない。でも寝たくない。動悸。息切れ。浅い呼吸。自分が生きているということがわからなくなって(普段はそんなこと考えませんよね・・・?)気持ちが悪くなる。立っていられなくなる。そして、原因不明の悲しみが心の奥をギュッと掴んで、ワケがわからず、涙が止まらなくなる。そんな感じです。主治医のOKが出て約3ヶ月。3ヶ月間で登録派遣会社6社。(以前からのモノを合わせると9社)企業面談2回。エントリーした会社・・・数知れず。派遣会社に登録されたことがある方はご存知だと思いますが、それこそ病的なエントリーシートを入力させられます。書かされます。そして、面談をします。今までの経歴を根掘り葉掘り聞かれます。1回3時間程度でしょうか。それを毎週1回のペースでやっていました。そして、その間に、どんどん自分で問い合わせをするし、(流動的なものだから、全てがチャンスでもあるワケなのです)依頼も来るし、ごちゃごちゃですよ。面談の度に、自信喪失要素を植えつけられるのです。自分がしてきたことにアレコレ口出しをされるのです。酷い場合は全否定ですよ。まさに、傷口に荒塩ですよ。(まあ、突っ込み所満載な経歴を持ってる私も悪いのでしょうが)病気でない人も病気になると思いませんか?(と、自分を正当化してみる。同情を買ってみる。)先月末から今月にかけて、おかしくなってきました。前述の症状がひどくなってきたのです。それは気のせい。前向きに考えなきゃ。マイナスに考えるから、余計落ち込むんだよ。そう言い聞かせるために、自分で買った自己啓発系の本、スピリチュアル系の本を読む。友人のアドバイスをもらう。でも、どれも受け付けない。言うことはわかる。でも、できない。わからない。どうすれば。何なの。どうなるの。わからない。そんな言葉の繰り返し。これこそ「病」です。気の問題や思考回路の問題ではありません。その証拠に、減らしていた薬を飲んだら楽になりました。楽になった所へ、無謀なアポ電話がかかってきました。「急なんですが、明日の朝に面接を・・・」時間は前日の午後8時過ぎ。また、その翌日には先週から決まっていた別の面接が控えていました。「状況わかっとんのかー(--メ)」(ちなみに同じ派遣会社内でのことだったので、良かったと言えば良かったのですが)と思いつつ、薬のお陰で落ち着いていたので、「わかりました・・・(--)」と渋々承諾した所、あれよあれよと、本日、その場で決まりました。前半部分は重い内容ですが、(似たような人がいたら、苦しんで欲しくないので。 それに、病に対しての世間の理解が深まれば、と・・)結局の所、やっとのことで仕事が決まりました。これからどうなるかわかりませんが、もう、こんな思いは二度としたくない、というのが正直なところです。
2006年11月14日
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友人の結婚式でした。はるばると三●(のだいぶ南の方)まで行っていきました。正直、不安がありました。久々に会う友人たち。私の苦手な、そして、今は禁句の近況報告。事情を知る、友人一人だけには前もって連絡しておきました。「あんまり仕事の話はしたくないです・・・」みたいな。気を使ってくれてか、もともとそのまんまなのか、くだらない話をたくさんしてくれました。たくさん笑わせてもらいました。ありがとう・・です。ところで、結婚式って誰を呼べばいいか、悩むところではないでしょうか。例えば、卒業して間もない場合、学生時代の友人をたくさん呼べると思います。でも、卒業してかなりの時が経った場合、彼らを呼ぶことができるのでしょうか・・・と。(そういうところで友人の真価が問われるのでしょうけど)学生時代、バカみたいに一緒にいても、今は・・・?という友人の場合、どうなるんだろう・・・と。予定も無いくせに、そんなことを考えることがたまにありました。今回結婚した友人は、現役時代より、むしろ卒業してから仲良くなった気がします。新婦に限らず、今回一緒に出席したメンバーはみんなそんな感じがします。学生時代に濃い時間を過ごした友人より、細く長く会える友人。数年ぶりに会っても、違和感がない友人。そういう友人こそ、本当の友人なんだろうな、と思います。でも、自分はそう思ってても、相手は・・?と思ってた私の怨念が通じたのか何なのかわかりませんが、「ぽたまちゃんはマリ●ットでやってね」と今は遠くの友人が言ってくれたり、(↑これは無理ですよ)「呼ばないかんよ」と真顔で言ってくれた友人。(でも、予定はないんだけどね・・・・)思わず、「呼ばれるのって迷惑じゃない?」って言ってしまった私ですが、(つまり、自分は彼らにとってそれだけの友人か自信がなかった)「迷惑なんて考えたこと無かった」と予想外の答えに唖然としてしまいました。仕事のことで自分に対して自信を無くしていた私ですが、友人たちの言葉に、ほっこりした気持ちになれました。みんな、ありがとう。そして、そんな友人たちと仲良くなるキッカケになった新婦さん。本当におめでとう。幸せになってください。
2006年11月11日
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思い詰めてしまい、ぼやいたところ、いくつかの手が差し伸べられました。心配して下さった方々、ありがとうございます。何度か書いたと思いますが、冴えなさを自虐的に笑い飛ばせるうちはいいんですよ、まだ。本当に情けなさを感じている時は、話せない、話したくない。貝のように押し黙る。もちろん笑えない。でも、思い切って泣きをすることで、思った以上に温かい言葉をかけてもらえるんだなぁ、って思いました。話は変わって、以前読んだ本の中に、2ヶ月くらいで状況は変わっていく、という記述がありました。考えてみれば2ヶ月前。籍はまだ前会社にありました。辞めるという挨拶すらまだの状態でした。そして、やってみたい仕事(業界)を見つけたところでした。その2ヶ月前は、まだ療養中でした。就活がうまく行かなくて、凹んでる今の私ですが、当時は就活をする元気すらありませんでした。そう思えば、凹みつつも前に行こうとする気持ちがあるだけ、泣きそうになるけど、テレアポなみに電話を掛けることができるようになっただけ、良いことなのかもしれない。それに、登録、書類選考の段階で断られてた以前に比べ、少なくとも企業の面接まで進むことができるようになったことは、「状況の変化」だと思う。甘く見すぎてたのかな。今まで。以前にも派遣会社にお世話になったことがある私ですが、今までの経験上、「登録する=紹介される」ことが当然だと思っていた部分があります。それは所謂、運が良かった(そして若かった・・( --))だけであって、当然、当時と今とは状況は違うわけですよ。今、うまく行かない、っていうのは、本当は「そういうもの」だった・・・と思います。少し浮上したかな、私。そんな風に思います。
2006年11月04日
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11月になりました。相変わらず私は低迷しています。もう、いい加減にしてくれ、って思います。でも、今の状態は自分がしてきた結果だから、仕方ないとも思います。せっかく良くなったのに、ぶり返しそうです。本当は、こんな愚痴なんか書きくないんだけど、(自分にもプライドがあるので)毒がどんどん溜まっていきます。今月末にはまた一つ、歳をとってしまいます。自分の年齢と、自分の今の状態が情けないです。こんなこと書きたくないのに。余裕がなくて、限界を感じています。
2006年11月01日
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