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今朝は、起きたら身体がかるかった。ふっしぎ~~♪なくらい。最近思い起こすかぎり毎日毎日全身が生きていることを震えながら実感するくらい「THE のうみつ」な日々が続いていたのにここ3ヶ月はもちろん14歳くらいからずっと方向性は「THE のうみつ」だった気がするのに な ん か すとんっ って かんじ さっすっごくすっごく大事な命を生きている私~~~~ッ!私、今 感じてる考えてる生きている~~~~ッっていうのが 抜けて あ あたし ただのあたし フフフ~ン フン♪ 今日も起きたっ ひらりっ みたいな さっ 行ってくるぞっ しゅたたっ ってかんじこれは自分にとってはかなり新しい感じう~~~んふしぎだぁ次に何が起こるんだろう~~~しかもなぜだろう~~~わくわく
January 30, 2007
ちょ~~~と、後味悪いッス今日の、わくわく刺激的でためになるとあるパーティ、最近仲良くなって面白くて大好きでこれからもっと仲良くなれそうな某友達(♂)が来ていてそして、その子の彼女も来ていて、私は最後までそれに気づかなかった。後から私自身のその某友達への接し方を思い出し、その時 その場にいた彼女の気持ちを推し量ると、決してヨイ気持ちはしなかっただろうな~~と。うむ↓こういう場合は、そうとう気をつかうのが流儀たぶん、傍目には気にならない程度でも私には気になる。「いい女」がたとえ自己満足でもひとには嫌な思いさせない予防自分がヤキモチの苦しさを知っているから^^某友達と共通の友達(♀)にちょっと共有「それ、当たり前」ですよね。にしても私に対して、おんなじように一体誰か気をつかってくれてるんだろ~~か?と自虐しつつ、ま、それはそれで♀には♀のダンディズム目指せ~~自然にいい女♪
January 28, 2007
桐島洋子「生きることを熱烈に愛する40のおはなし」1975年梅田望夫・平野啓一郎「ウェブ人間論」2006年茂木健一郎・田中洋「欲望解剖」2006年星野道夫「表現者」1998年・・・未読書三昧・・・♪@出張帰りの新幹線にてまじ、エクスタシー脳天直撃中です・・・
January 23, 2007
今日、横浜のとあるクリニックに行きました。夜行バスで東京に着いてから予定を決めた。寒くて高曇りでドイツな気分だったので行くことにした。緑地と住宅街を抜けて。年に一度の定期健診のつもり。前回は、2005年の10月。かなり急激に痩せたので来てみましたと伝えると、いつも通りまだ話してもいないのに実際の出来事や精神的経験を身体からのメッセージとして受け取った先生。(実際は体重にしてマイナス4Kg,体脂肪にしてマイナス6%)ここは、西洋医学としては産婦人科や内科他に漢方やホメオパシーなども。そして、この院長先生は「波動」も診る。あたしには詳細を説明する専門知識がないので、割愛。自分の過去一年の身体感覚の変遷と驚くほど一致。研ぎ澄まされてきた実感。嬉しい。痩せたのは、代謝が良くなったからで「脂肪」の燃焼 と 「水」の排出の二つがよくできたから「脂肪」と言っても単なる脂肪ではなく「水」と言っても一義ではない、明らかにそしてもちろん、太っていくのは悪いことではない人生にはそういう時期もある というだけのことでそういえば自分への諸々インプット量を増やしたい気がする今・・・心身の調子は今ベストだから バランスは変えずに ⇒ in & out両方増やすってこと昨年までの3年間はinが多かった留学時もずいぶんふとったっけ笑そういや、某友人も「今年は太る」って目標設定してたな~~帰り際には「今日は最初から予定していたんですか?」と訊かれる「直前まで迷って、病院日和だと思ったから来ました」と応えると「2時間待っても診療が受けられない人がいるんですよ」とのこと。そりゃ恐縮です。。。先生曰く、時間の使い方が正しい証拠だそうです。自分でもそんな実感がある。。。先生の愛情にあふれた顔にしばしの別れ病院が好きだ。それは、自分の身体の中が見たいから。
January 20, 2007
一瞬芯を見失っているから、冬だから寒いけど、走る!!息吸うとすぐにハナミズが笑うぁ~~~きもちいい願わくば、排気ガスがないといいな~~~それにしても、走るだけでシャンとするのは最高に便利な私。歌うのも、走るのも、どこでも身一つでできる。じゃ、また明日!!
January 18, 2007
昨夜のつづき。あまり具体性もない、自分のための言葉です。揺り戻しの際は、絡め取られるように気持ちが動く。心理的な回路のようなもの。それが思い込み。経験的に、その道筋を補強するような事実ばかり集める。けっこう電光石火。でも、それに気づいたなら!Just do it。落ち込んでる場合ではない。周りをよく見て、抜け出す方法を探すのよ。猜疑心、自己嫌悪・・・こんな罠で苦しんでるのは自分自身、切なさは自己憐憫。慣れてしまったらいけない。居心地いいはずない。断ち切るのは、変わるのは自分自身I love me★
January 18, 2007
つれづれに。歌を始めてもうすぐ一年。今日もレッスンに行けた。呼吸法は、私にとっては生きる姿勢みたいなものだ。無意識になるまで続けないと、すぐ、もとに戻る。昨年の11月には、初めて発表会に出た!平原綾香さんが歌ったJupiter♪「Everyday I listen to my heart ひとりじゃない この空のみ胸に抱かれて・・・」歌う時はこの歌詞を言い聞かせた。心底真実だと感じた。歌詞は吉元由美さん。原曲はHorst。平原綾香さんの声は圧巻!発表会では声が震えまくった。一瞬、自分の声が和田アキ子さんのように野太く聞こえた笑一番最初の練習曲はOver the Rainbow。空を飛びたかった。次が森山直太朗の「風唄」、今は石嶺聡子の「花」!「泣きなさい 笑いなさい 心の中に 心の中に 花を咲かそうよ」声を出して、頭蓋骨にひびくと最高に気持ちいい。天にも昇る心地、とはこのこと。ダーリンのママさんも合唱をやっていて、他のコーラスから声がかかるくらいの腕前だそう^^いつか二人で歌いたいな。そうそう、路上を一緒にやってたRyoとはよくハモって遊んだ^^オリジナル曲もつくった。楽しかった。またやりたいな。私の先生が言うには、「歌は40歳まで新人」。そこからが声が安定し、本当に深みが出てくる年代なのだそう。最高!死ぬまで歌い続けるぞ。会う人にも、特に年上の人にやたらと勧めもする。発表会でも、若い人より年配の方の歌の方が、ずっとよかった。若い人の歌は、いくら上手くても自慢げであまり心に響かない。(もちろん、大好きな若いアーティストもいるけど・・・)で、今日のレッスンから帰って昔友達がくれたオリジナルの歌を聴いた。大好きなその子(♀)の声、何度聴いてもあたたか~~~~~~~~~~~~~~くなる^^満ちろよ歌、私の周りに。
January 17, 2007
頻繁な確率でやってくる、気持ちの揺り戻し。すっごい幸せ感を感じた後に来る。大抵、それまで感じていたポジティブな感情の反対の矢印で来る。努力して成し遂げ自分に自信をつけた後に、急に欠点が目について自己嫌悪に陥る、とか愛されてる、と実感した後に、強い孤立感を感じる、とか不思議だなぁ。心理的な癖なのかな。バランスを取ろうとしているのか、リバウンドをなくせばさらに飛躍ができるのか掘り下げてみたい。(というわけで、つづく)
January 17, 2007
移動にまる一日かかってとある日本の片隅からとある日本の片隅へ、あたしの部屋にもどってくる誰もいないでも、寂しくないほっとするなんでだろ 昔と全然ちがうあ、そっかー今、ここに「自分」がいるんだ電話してる自分テレビ観てる自分日記や手紙書いてる自分積み重ねてきた自分自身があたしを温かく迎えてくれるお帰り、今日もよくがんばったね明日を夢見る自分自身があたしを送り出してくれる行ってらっしゃい、今日も最高の一日だよそしてあたしは自分の後ろにすべてのあなたがいるのを見るたくさんのたくさんのあなたあなたの後ろの、あなたにつながる人たちあたしはいつだってひとりじゃない
January 8, 2007
4.イベント当日・・・あの時、あの場所に、あなたと居られたこと「海士人の宴」は、夕方18時、民謡から始まった。船着場であるキンニャモニャセンターの一階にしつらえられたステージに、凛と声を張る歌い手が次々と立つ。本当の芸術は、どんな素人の五感にも訴える。たとえそれまで隠岐民謡を聴いたことのなかった私にも、もちろんその価値は感じ取れるものなのだ。歌う横顔の誇り高さに胸を打たれ、あぁ、司会なのに泣くのか自分、と思ったが涙は放っておく。途中、「キンニャモニャ節」では町議会議員の高松氏と尾野氏が「キンニャモニャ踊り」を披露するという、期待していた通りのハプニングを起こしてくださった。そして神楽。前回のAMAワゴンでお世話になった方々が、今日は白い衣装で舞台に位置を取る。舞手を包み込んで太鼓と囃子が入れば、結界が張られたかのように舞台は異世界となる。教育次長の囃子に耳を澄まし、財政課長の舞に瞠目し、あっという間の時間が過ぎていく。お客さんはなんと120人弱!2500人の、この島で!しんと聞き惚れるみんなの呼吸が、一息ひといきごとに会場を温めていく、その熱気を、感じていた。最後のプログラムは、旅人のギターだ。下舘氏はまず、「ギターで世界を旅する」というコンセプトでさまざまなジャンルの曲を愉しませた。ジャズあり、サンバあり、「大きなのっぽの古時計」「蛙の歌」あり・・・けれども私が一番好きなのは、やはりオリジナルの「永久の満月」かな。(つき、すき という、あの歌・・・)みなさんの意見も、ぜひ訊いてみたいです。下舘さんご自身は「もう少し、海士に来てからの出逢いを演奏に映したかった」と仰っていたけれど・・・それくらい、下舘さんご本人にも海士滞在3日で多くのimpressionがあったということではないか、と思っている。さて、下舘さんからのプレゼントはギター演奏だけにとどまらない。(先ほど述べた)海士中学校の生徒さんから集めたキーワードによるAMAソングの歌詞に、即興でメロディをつけての「AMAソング2」、そして、会場にいるお客さん個人から受ける印象を、下舘さんが即興で歌にする「ギターメッセージ」。ギターメッセージを受け取る幸運は、高松氏と中川家のミキちゃんがget。ミキちゃんは思うところいろいろあったみたいだけど・・・^^あっという間の半日が過ぎ、宵闇はすっかり濃くなっている。21時をだいぶ回ったところで、下舘さんが声をかける。「最後の一曲は、みんなで・・・」。まだ聞いていたいな、と誰もが思っていただろう。「翼をください」それから、「ふるさと」はみんな、立ち上がって肩を組んでの合唱。お客さんの誰かがつぶやいた。「あぁ、いい絵・・・」。そう、私が見たかったのは、この絵なんだ。外は大嵐。でも、部屋の中は灯りがついて、みんなが肩を組んでいる。歌をうたう、温かいエネルギーに満ちて。この日フェリーは欠航し、海士町は完全な孤島になっていた。あの時、あの場所で、あなたとともに居られたこと、私は一生、忘れられません。5.この企画が遺したもの海士塾でのなおらいにて。乾杯の音頭をとる教育長が思わずうふふで「こんな正月初めて」と笑う。本当に嬉しくて、私も満面の笑みが戻らない。なおらいには、40人くらい集まっていたのだろうか。これ以上はない、というくらい、老若男女、島内外の人々がミックスし、あちこちで飲み、食べ、歌い、踊り、笑いあっている。内と外、世代間、性別、職業、すべてを越えて、つながった感覚。こんなに心を強く豊かにする風景が、他にあるだろうか。あ、あたし、海士をあったかくしに来たんじゃない、海士にあったまりに来たんだわ、と今更気づく。2007年1月、海士の歌は、あなたの心に火種を残したでしょうか?《完》
January 7, 2007
4.イベント当日・・・あの時、あの場所に、あなたと居られたこと私の海士入りは1月5日。海は凪で、船酔いすることもない。船着場で迎えてくれた豊政氏とともに、その日は一日町中でのポスター貼りをする。ガソリンスタンド、本屋さん、雑貨屋さん・・・海士町にIターンしてはや3年の豊政氏が、温かい言葉で地元の人と思いを交わす。明後日、キンニャモニャセンターでやりますから、ぜひ、来てくださいね、よかったら・・・こんな方法で集客を進めていてくれたのかと思うと、胸が熱くなった。次の日は会場となる海士中学校の多目的室を下見し、夜には神楽の練習を見学しに保々見の公民館を訪ねた。一時間に渉る神楽と笛太鼓の実技練習を終えての、なおらいは二時間(笑)!今回は、前回のAMAワゴン企画では知り合えなかった、プロの漁師の方々とお近づきになれた。ふだん何を思って暮らしておられるのか、どんな娯楽を愉しんでおられるのか、しばし垣間見。夜も更けるにつれ盛り上がり、海苔や烏賊を持ち寄っての素晴らしい前夜祭となった。帰り際、なるべく多くの人と交わす握手に力を込めて「よかったら、明日は、ぜひ」。こういった呼びかけに対する、打てば響くレスポンスの良さが、海士の大きな魅力であり強さなのだ、と私はイベント当日に実感することになる。そうこうしているうちに、寝泊りしていた海士塾(共用の宿泊施設)に、ぞくぞくと仲間が集まりだす。年末年始にかけての企画をはじめ大活躍し、習慣的に海士塾に集うようになった海士地元のみなさん(ミドリさん、ココロ、無論まーくん)、そして本土から、海士を聞きつけ荒波越えてやってきた面々十人近く。運悪く6日の大波に当たった人は真っ青な顔をしての到着だ(同じ船に乗ったはずの尾野氏はケロっとしていたのに)。残念なことに、7日当日海士上陸を計画していた島根県立大学の椋木氏と主催側の下枝氏は欠航により海士入りを断念せざるを得なかった。恐らくこの数日に、後鳥羽上皇の言う「あらき波風」が吹いたのだ。そして迎えた当日、13:30に、インプロ・ソングでスタート。冬のさなか、中学校に、かなり得体の知れない集会のために誰が集まってくれるのか・・・私の方に告知が成功していた手ごたえはなかったにも関わらず、なんと参加者は総勢27名!しかも、下は小学生から、上は60代まで。2時間強、休憩なしのパワープレーでファシリテーションを務めたのは臼井氏だ。27人の輪の仲で声を裏返したり、タンバリンを鳴らしたり飛んだり跳ねたりの彼のハイテンションは、この一年のつきあいの中でも拍手を送りたいくらい、すごかった。彼を慕って今回のイベントに参加した教え子の高校生の表情に、温かさ、わくわく、笑いが満ちあふれていたのが「音楽を愉しんだ」何よりの証明。続いてのAMAソング合唱は、インプロ・ソングから立て続けで疲れたということもあり、「新しい歌をメロディから覚え、みんなで声をそろえて練習する」というスタイルが、決して楽なものでないことを実感。ともあれ、この歌声は海士中学校の立春式で流してもらうために採用されたとのこと。もし、今後も海士町で隠岐で歌い継がれたら、こんなに嬉しいことはない。 《続》
January 7, 2007
3.企画は思わぬ方向へ・・・Yes,andで嵐の予感♪音楽を愉しむ。肝心なプログラムの内容としては、まずインプロ・ソングのワークショップをやりたかった。最も自由に歌とリズムを楽しめる方法である、ということを、大阪で開催してきた数回で実感していたからだ。AMAソングを当日までに合唱形式で披露することも決まった。と、ひょんなところで、新たな企画が舞い込んだ。第3回AMAワゴン参加者の下枝氏から、プロのギタリストの紹介があったのだ。聞けば、ヤマハの音楽賞を受賞し普通のステージではウン十万というギャランティーの、まさにプロ。正直、企画に収まっていただけるのか、見当もつかなかった。ところがすでに、下枝氏と、同じく第3回参加者の平山氏二名によって、このプロをノーギャラで来ていただけるよう、説得済みとのこと。こーなれば受けるしかない。かくして鈴木氏とともに「海士町がいかに素晴らしい場所か」「この町が何を目指しているのか」そして「冬の海士町で何を企んでいるのか」舌足らずな熱弁で語り、「ご賛同いただけますか?」の問いに「もちろん!」という快諾をいただくことに成功。ブラボー!これが、旅人ギタリスト・下舘直樹氏が海士に初上陸することとなったきっかけです。ギタリストを招く、となった時点で、頭の片隅にムクムクと湧いてきたのが「星空の下のギターは確実にいいはず、だが島外の音楽。隠岐の土地が産み育ててきた音楽も、あふれさせたい!」というアイデア。今回の企画は、外から海士を賞揚するだけではなく、海士が海士自身の素敵さに目覚めなくちゃいけないのだ。だから伝統音楽を披露する時間をプログラムに組み込んだ。ここのオーガナイズは宮岡氏が二つ返事で引き受けてくださり、当日のリハーサルまで、すべてやってくださった。「海士」と「音楽」がYes,andを重ね、あれよあれよという間に企画がふくらんでいく。一方で、当然と言えば当然、時間配分の収拾がつかなくなった。時間配分が決まらなければ場所も決まらない。やっと決められたかと思えば、海士サイドは別の企画で忙しくなってくる。年末年始は関わっているほぼ全員が本業で持っている仕事で忙しい。物理的距離はある。打ち合わせもできない。チラシなどの各種データのやり取りもままならない。告知は間に合っていない。海士サイドでは体調不良の人もちらほら、という状況に、これってやっぱ押し付けなのかな、と弱気にならざるを得なかった。そんな時、主催側を支えていたものは何だったろう。主体的に関わった方々一人ひとりにお訊きしたいが、私の場合、「喜ばせたい、そのためにやってみたい」という、その思いに尽きると思う。イベント当日の天気予報は、大嵐。あ~~、どう転んでもすごいことになりそうだ!! 《続》
January 7, 2007
2.準備中・・・「思い」は循環・増幅する秋に訪れた海士でそんなアイデアをgetした私は、協力してくれそうな人たちに手当たり次第連絡を取った。まずは2006年の3月まで島前高校で英語教師をしていた臼井氏。そしてインプロの大先輩であり、海士の大ファンである鈴木氏。二人とも、プライベートで私が熱を入れていたインプロ・ワークショップを共に創り上げてきた仲間。「い~~~~!!」「でっしょ!?」勢い込んでの準備がスタート。手探りで企画を詰めていく。すぐにぶつかった壁が、「やっぱり私は冬の海士を知らない」ということ。そんな時は、できる限りの情報を集めてそこから先を「想像」するしかない。どうしたら喜んでくれるかなァ・・・ ひたすらひたすら思い巡らすのみ。一年を通しての海士の実際を知っている臼井氏、我々の一方的な投げかけをまずうけとめてくれた海士サイドの地産地商課・豊政氏と教育委員会・宮岡氏からの情報を頼りに、「冬の、一体いつにイベントを開催すればみんな集まりたいのか」「みんなが集いやすくて温かくて動きやすい場所はどこなのか」ひとつひとつ考えていく。決めるときは、祈るように。今、喜ばせるためのベストは尽くしたはず・・・ と。一方で、この思いつきが押し付けでないのか、という問いは各方面からいただいた。一体、わざわざ冬の静かな海士に出かけて来て何をしてくれるのか。地元には地元の愉しみ方があるのではないか。正直言って、YesもNoも、答えは無かった。押し付けでないことは、実際にイベントを実施してみんなに愉しんでもらわないことには証明できないと思った。そもそも私が海士を訪れたきっかけに立ち戻ると、それはAMAワゴンだ。一橋大院生の尾野氏による企画で、少子高齢化の進む海士町にバスで大学生を連れてきてしまおうというもの。海士町では、第一線で活躍しているさまざまな分野(教育、社会起業等)の若手プロフェッショナルが海士中学校で大学生とともに授業を実施する「出前授業」をはじめさまざまなコンテンツが山盛り。滞在最終日には、AMAワゴン参加者から町に対して、地域活性化の提案が行われる。そのさまざまな提案のうちの一つに、今回のAMAソング企画と思いを同じくする「冬の海士町でギネス級イベント開催」というものがあった。冬の孤島を島民みんなが楽しめる生き方こそ、海士町の活性化に必要なのではないかという主旨。私が参加した第3回には、企画されたコンテンツに加えてハプニングで素晴らしいおまけがついてきた。廃校となった崎小学校に散策に出かけた際、教室に取り残されたピアノを参加者の中村氏はじめ数人が弾き始め、その場に居たみんなが自然発生的に合唱を始めてしまったのだ。それは、「気づいたら飛び跳ねていた」という言葉が漏れるほど楽しさに満ち、わくわく躍動する「こどもに還る」時間だった。海士を訪れた人と共有したこれら二つの思いが、私たちが企画を推し進める際に背中を押ししてくれた。「海士町が好き」、そして「音楽を愉しむ」、この二つの気持ち。これらが、冬の海士というお宝箱を開ける鍵だった、と思います。実際に海士を訪れた人の思いを今回のイベントに織り込みたかったので、海士の歌=AMAソングをつくって何らかの形で披露しようと思い立った。以下のような方法を取った。まず、AMAワゴン参加者が集うメーリングリストに、「海士町と言えば、何?」と問いかける。そこで随意にキーワードをいくつか挙げてもらい、それらを編集して歌詞とする。メロディは、「口ずさみやすく、耳に馴染むもの」という注文だけつけて、臼井氏にお任せした。歌詞を編集したのは私だが、キーワードを挙げてくれた各人から一つは採用できるように、そしてみんなの言葉の底に潜んでいるように思えた「世界とつながり、島から世界へ出発する」「自然、特に海に生きるゆえのエネルギー」というイメージを、明確に打ち出すように、心を配った。伴奏をつけたのは中村氏。彼女は年末から海士塾に滞在し、毎晩エレクトーンを弾いていたそうだ。島外の自分たちが「これを島の歌にしてくれ」というのには抵抗を感じたので、このAMAソングは今回限り、とした。島外の人だけでなく、海士町地元の人の島への思いも表現するべく、もう一曲歌を作ることにした。海士中学校の生徒さんの協力を得たのだ。呼びかけてくださったのは、海士中学校にお勤めの横棚氏。授業中生徒に対し同じ問いかけをしてもらい、キーワードを収集。こちらも同様に歌詞に編集し、イベント当日、素晴らしいプレゼントとなって還すことができた。また、私には、秋に海士を訪れた際に友達になった中学生から「聞いたよ!また、冬に海士に来るんでしょ?」というメールが入り、とても励まされた。思いがけない、小さく可愛らしいプレゼントをもらった。《続》
January 7, 2007
2007年1月某日、島根県隠岐郡の海士町で音楽祭を開催しました♪やっと振返りができたので、見てください♪♪「AMAを歌え! ―2007年、あなたのココロに消えない火種を―」1.発端・・・すべては「自己中」からこの企画の発端を思い起こすとき、自分のことをつくづく自分本位な人間だと思う。冬の海士を温かくしたい!そんな自分の思いつきひとつのために始めたものだからだ。冬だから、寒いの暗いの当たり前。海が荒れて孤島になるの当たり前。人間のバイオリズムとして、冬に不活発になるのも当たり前。それでも、どうしても冬の海士が夏に劣らないくらい素敵な場所でいてほしい理由があった。もし冬になると瞬間風速的に素敵度が下がる海士なら、ちょっと待った、何か方法を考えるから、あたしがさ!なんて、まずは思い込んでしまったのだ、傲慢にも。たとえば人間の一生にも、悪いことが続いて落ち込む時期はある。とても良い友達でも、不機嫌で人付き合いの悪い時期はある。仲の良い夫婦でも、喧嘩するときはある。でもそれで、その人のこと一生キライになったりするか?ちょっと鬱気味だからって、人生諦めたりするか?NOでしょう。私は海士とそういうおつき合いがしたかった。良い季節だけ訪ねて海士のことを知った気になるのが嫌だった。海士のことをもっと知りたかった。だから、冬の海士の魅力を見つけよう、と思った。海士自身冬ならではのパワーを秘めていることを、何となく感づいてもいた。海士に近しい人たちに、そのお宝を再発見してほしかった。そのためには、孤島となる時期の、一見何もエンターテイメントの無いように見える場所だからこそ創りだせるものがあることを、証明したかった。「無いところからの創造」「価値の再発見」、そしてそれらは「人の輪」の中に。これら三つが、この企画が私の頭を駆け巡ったときにひらめいたコンセプトです。《続》
January 7, 2007
自分で勝手につくったおみくじで、「この正月に開催するイベントが成功すれば今年も大吉」これ、ほぼ出来レースで、成功することは分かってる^^ただしその成功の感触で、今年の方向性が見えるんではと。・・・と思っていたら思いがけないおみくじがポストに舞い込んでた。敬愛するarpのヴォーカリスト、あん朱ちゃんから。。。ブログを見てくれて「すごく新鮮で、表現者として嫉妬したよ」・・・ドッカーーーンふにゃは~~◎◆○★●トンデモナイ・・・うにゃ~~うれちすぎる・・・♪♪♪↑↑これ、今年のお守りなんだ!!もっともっと、ひらけ、桃!!!
January 3, 2007
明けましておめでとうございます。昨年までは大変お世話になりました。今年も一層 精進して参ります。温かく見守っていただけますよう、お願いします。年初の抱負を述べます。例によって、まずは自分に分かる言葉で。マインドのベースとしては「感謝」。常に自分が活かされつながりの中にあることを意識しながらものごとと人に相対すること。今年は、一層深くその思いを致すこと。人生のステップとしては、向こう三年間の下積み時代の礎とするべく以下を実行。 ・フットワーク軽く。どんなものでも、 方向性に合ったチャンスはまずいただく。 ・いただいた一つ一つを丁寧に具体化、 そして必ず次へつなげる。 ・取捨選択がすばやくできるように、 情報を整理、価値基準を明確化しておく。 ・昨年までにつかんだ方向性を忘れないよう、 自己表現サイクルを習慣化。結果、自分の芯をさらにシンプルに、強固・鋭敏なものにしていく。一方で、外への広がりは可能な限り、最低限メインストリームは押さえられるように。心身のあり方としては、生活リズムを自分の本質が出やすいものに持って行く。起床就寝の時間、食事、すべてを「素直」に戻す。人間関係では、今年は好き嫌い喜怒哀楽出さない方がうまくいく気がする。目的に照らして人と付き合うこと。経済面は、生計をきちんと回す。生活を営む、ということをやる。で、唐突ですが、今年の目標は、結婚することです。なので、その他のアウトプットは特に明確なものを求めないこととします。きっと、年前半は人生の縦横・時間社会の広がりを見渡すので精一杯でしょう。きゅ~~~~~~ん。Just do it!今年も、みなさんにとって人生最高の一年になりますように!
January 1, 2007
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