教授のおすすめ!セレクトショップ

教授のおすすめ!セレクトショップ

PR

×

Profile

釈迦楽

釈迦楽

Keyword Search

▼キーワード検索

Shopping List

お買いものレビューがまだ書かれていません。
September 23, 2005
XML
カテゴリ: 思わず納得!
ロマンス小説史の続きです。

さてこのところずっとサミュエル・リチャードソンという人の書いた『パミラ』(1740)という作品に言及し、この作品が18世紀半ばという時代にイギリスの女性たちに非常によく読まれていたということを述べてきました。しかし、そもそも「女性が本を読む」ということの意義について、これまであまり触れてこなかったような気がしています。そこで今日は、特にそのことについて若干の解説を加えておきましょう。

よく指摘されることですが、「女性が本を読む」ということもまた、中産階級の勃興と共に考え合わせなければならないことの一つです。というのは、それ以前の社会では農業に携わるにしろ、商業に携わるにしろ、完全な「男女共同参画社会」だったのであって、夫も妻も同じ職場で朝から晩まで働き、本など読んでいる暇はなかったからです。しかし17世紀から18世紀にかけて産業革命が起こると、中産階級の家庭においては、夫が会社なり工場なりに行って稼いできた給与でもって家族が不足なく暮らせるようになってしまいます。つまり妻は生計を立てるための仕事から解放されることになるんですね。さらにまた召使を雇う経済的な余裕のある家庭ともなると、妻は家事全般からも解放されてしまう。もはや家庭の中の女性は、家の内でも外でも引き受けるべき「仕事」がなくなってしまうわけです。で、すっかり暇を持て余すようになってしまった女性たちは、その暇を潰すのに「読書」にふけるようになった。それが中産階級の女性の読書習慣を形成する大きな要素だったというわけ。かくして18世紀半ばには、中産階級に属する女性たちが本を読むということは、ごく普通のことになったんですね。

ところで、この時代における「女性読者」の存在を確認する資料として、「絵画」というのも重要です。というのも、18世紀の半ばから後半にかけて、本を読んでいる女性を描いた絵画というのがやたらに登場するからです。

中でも一番有名なのは、フランス・ロココ時代の代表的な画家フラゴナールが描いた「読書する若い女性」(1775)の絵でしょう。これはフランスの絵ですが、探せばこのモチーフを扱った西欧絵画というのは、フランスに限らず、いくらでも出てくる。ですから「女性が本を読む」ということは、18世紀の西欧諸国においては、珍しい風俗ではなくなっていたとことが分かるんですね。といって、もしそれがもっと以前からごく普通に見られたことであれば、わざわざ絵画の画題にはしないでしょうから、女性が本を読むということが当時それなりに新しいファッションと考えられていたであろうことも分かるわけ。

そのような視点で絵画の中の女性たちのことを考えてみると、その時代その時代の事情というものが窺われて面白いのですが、例えば17世紀には「手紙を読む女」がしばしば画題になっている。代表的なのは、オランダの画家・フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」ですね。当時オランダは海洋王国でしたから、フェルメールの絵に出てくる「手紙を読む女」たちは、船に乗って海外に行っている夫や恋人からの手紙でも読んでいるのかも知れません。

さて、話を18世紀に戻しますが、18世紀に頻繁に描かれた「本を読む女」の絵を見ると、大抵、女性が一人で本を黙読していることに気付きます。実はここがもう一つのポイントです。というのも、本を黙読するというのは、実はそんなに昔から行なわれてきた風習ではないからです。

それ以前、本を読むというのは、つまり「本を声に出して朗読する」ということでした。識字率が低かった時代には、文字を読める人が本を朗読し、それを文字の読めない人々が聞くというスタイルしか取れなかったということもありますが、それ以後も本(あるいは新聞など)というものは大勢で読むものだという概念は根強く残った。特に男性にはこの嗜好が強かったらしく、例えば18世紀のイギリスでも、当時流行していた女人禁制の「コーヒーハウス」などで、一人の人が『タトラー』紙や『スペクテイター』紙といった新聞を朗読し、それを聞いていた人々がその内容について激論を交わす、なんていうことが盛んに行なわれていたと言います。当時の男性にとって本を読むということは「社交」の一部であって、社交としての読書でない読書、つまり部屋に籠もって一人で本を黙読することなぞ、何のためにするのか分からないような、つまらないことだったのでしょう。

ですから「一人で私室に籠もって本を黙読する」というのは、女性ならではの楽しみだったんですね。100年前の17世紀の時点から「一人で私室に籠もって手紙を読む(書く)」ことをしてきて、「文字に親しむ」ということと「一人きりになる」ということがほぼ同義だった女性たちにとって、本を一人で黙読する楽しみというのは、ほとんどもって生まれた嗜好だったのかも知れません。



いずれにせよ、18世紀に登場した恋愛小説なるものが、色々な意味で「女性」をターゲットにしたものであったことは確かです。ですから恋愛小説がこの先、「女性読者に気に入られるにはどうしたらいいか」ということだけを追求して発展していくのも当然で、その結果として誕生したのがまさにハーレクイン・ロマンスなわけ。あれは、いわばもうこれ以上発展のしようがなくなってしまった恋愛小説の最終形なんです。ですから、ハーレクイン・ロマンスを分析することは、恋愛小説の何たるかを考える上で、非常に有意義なんですね。

ということで、次回からまた、別な側面からハーレクイン・ロマンスなるものを考えていきたいと思います。お楽しみに!

教授の「お気楽日記」は、また夜更新します。そちらも読んで下さいね!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  September 23, 2005 03:39:34 PM
コメント(3) | コメントを書く
[思わず納得!] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


黙読あるいは個人的読書  
ふーん、そうだったんですか。
今どき、声を出して本を読むのは小学校低学年の授業だけなので、黙読があたりまえだと思っていました。つい最近の習慣だったのですね。

ところで、18世紀から19世紀にかけての英仏のブルジョア階級ってのは、一握りの貴族や僧侶を別として、人口の何割くらいだったのでしょうか。
そのころは江戸時代ですから、日本の小説も商人階級に受けたんでしょうねぇ。 (September 23, 2005 11:09:17 PM)

またしても鋭い!  
釈迦楽  さん
Mike23さん
うーん、毎度質問が鋭い! 人口の何割か、と言われると即答できません! 今度調べておきます。

ところで日本および英仏における事情の比較ですが、最近面白いことを読みました。イギリスでは「本など読んだことがない」というのが上流階級的なんだそうです。なにせ広大な土地持ちですから、その世話が忙しくて本なんて読んでいられないんですね。ですから、ダイアナさんが中卒程度の学歴しかないのは、自慢にこそなれ、卑下する要素にはならないのだとか。本を読むというのは、やはり中産階級の風俗なんですな。ちなみにフランスはそうでもなくて、貴族はそれなりの教養が求められたようです。多分、日本の武士階級もそれなりの教養が求められたはず。でも黄表紙や世話物は商人階級の楽しみだったんじゃないでしょうかね。 (September 23, 2005 11:37:02 PM)

Re:またしても鋭い!(09/23)  
釈迦楽さん
なるほどね。英国の貴族というか、アングロサクソンが特殊(大陸に対してという意味)だったんですねぇ。そういえば、米国でも功成ると「農園」を持ちたがるようですね。農園なぞ経営していたら本を読むひまありませんぞ。東洋では昔から士大夫の教養として琴棋書画が有名ですが、囲碁なんぞを打っている実業家や農業人を見たことがありません。ありゃ、ホワイトカラーの手慰みですな。 (September 25, 2005 12:31:01 AM)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Comments

釈迦楽@ Re[1]:スペイン優勝、そして早くもW杯ロス(07/20) ゆりんいたりあさんへ  いやあ、メッシ…
ゆりんいたりあ @ Re:スペイン優勝、そして早くもW杯ロス(07/20) 釈迦楽さん、 ご無沙汰しております。 お…
釈迦楽@ Re[1]:S師範と稽古(06/11) はちみつ先生へ    こちらこそ、有意義…
はちみつ@ Re:S師範と稽古(06/11) 先日の稽古、大変勉強になりました。 あり…
釈迦楽 @ Re[3]:柔術のコツが少し分かってきた気が・・・(04/23) はちみつ先生へ  引っ越し、思っていた…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: