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September 24, 2005
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カテゴリ: 思わず納得!
ロマンス小説史の続きです。数えてみたら今回で19回目なんですね。ですから、今回から標題に回数を記しておきましょう。

さて、ロマンス小説というものは、その文学ジャンルが生まれた時からして既に「女性向け」のものであるということが強く意識されたものだったということをお話ししてきました。だからこそ、ロマンス小説というのは基本的にヒロインの視点から物語が綴られるわけですが、ハーレクイン・ロマンスではこのルールは鉄の掟となっていて、それ以外のパターン、たとえばヒーローの視点から語られる物語なんていうのはありません。

ちなみに「ヒロインの視点」ということは、実は、かなり早くから意識されてきたことではあります。1921年にパーシー・ルボックという人が『小説の技巧』という本を書いていて、この中でルボックはフローベールの『ボヴァリー夫人』を例に挙げながら、成功する小説はヒロインの視点から描かれる、というようなことを主張しているんですね。ですから、ヒロインの視点で描く、というロマンス小説の一つの約束事のことを、「ルボックの法則」なんていうふうに言い表すことがあります。ハーレクイン・ロマンスは、まさにこの「ルボックの法則」を遵守しているわけ。

ところで、ハーレクイン・ロマンスにおいてそのストーリーが常にヒロインの視点から語られるとなると、当然、それを読んでいる女性読者は、ヒロインと同じ立場からヒーローの行動に一喜一憂することになります。ですからヒロインに自己投影できるか否かというのは、ハーレクイン・ロマンスにとって非常に重要な問題なんですね。ですからハーレクイン社では、ヒロインの設定にはとても気を使います。読者調査を頻繁に行なって、どういう設定だと読者の受けがいいかを見極めながら、これぞ! というヒロインの造形を完成させてきたんです。

そのヒロイン像をここでもう一度復習しておきますと、まず重要なポイントは「若い」ということ。実際、ハーレクイン・ロマンスに登場するヒロインの大半は、ハイティーンから20代はじめ、といったところです。ハーレクイン・ロマンスの愛読者には既婚者が多いので、ヒロインの年齢は平均的な読者の年齢層よりもかなり下、ということになるのですが、実はそこがミソなんですね。つまり、現在ヒロインが経験しつつあるような恋のトキメキ、あるいはそこから結婚に至るプロセスのすべてを、読者の方は既に経験しており、その点、読者はヒロインより常に「経験豊富」ということになる。そこが重要なんですよ。

要するに読者はヒロインよりもはるかに「恋のベテラン」なんですね。だから読者にはヒロインが置かれている状況が、ヒロイン以上に見通せるわけ。それゆえに「ヒーローがああいうことを言ったのは、あなた(ヒロイン)のことが嫌いだからではなくて、関心があるからなの! がっかりすることなんかないのよ!」などとヒロインを励ましながら、彼女の恋を応援できるんです。そしてそれはまた、かつて自分が経験した甘く切ない恋の思い出をヒロインと共に追体験することでもある。ハーレクイン・ロマンスの読者というのは、まさにそういうことを求めてこれを読んでいるので、若かりし日の自分と重ね合わすことができるよう、ハーレクイン・ロマンスのヒロインは若くないとまずいんですね。

しかし、ただ単に若いだけでもダメなんです。そこはそれ、ロマンスの主人公なんですから、ハーレクイン・ロマンスのヒロインは可愛くなくてはいけない。しかし、実はここも匙加減が難しいところで、ヒロインが「絶世の美女」、というのではダメなんですね。何せ、ハーレクイン・ロマンスの読者はヒロインに自己投影しますから、それが「絶世の美女」ではちょっとまずい。いくらなんでも自分が間違いなく「絶世の美女」だと思っている読者は、そう多くはないですからね。

でも、女性なら誰だって人生のどこかの時点で、人から「可愛いね」の一言くらい言われた経験はあるでしょう? そんなこと一度もないという方だって、ほら、七五三で初めて着物を着た時とか、小学校に上がって初めてランドセルを背負った時とか、近所のおばさんに「可愛い(着物・ランドセル)!」と言われたことがあるでしょう?(ボカッ) ・・・で、その一言が生涯の心の支えになっていたりするでしょう? (ボカボカッ!) ・・・ アレ、なんか私、まずいこと言ってますか・・・。ま、それはともかく、誰でも「可愛い」程度の形容詞なら自分のこととして容認できるので、ヒロインが「可愛い」女の子であるのはまったく問題がないわけです。

ただ、ハーレクイン・ロマンスのヒロインの可愛さのポイントが目もとにあるところにはご注目下さい。「目は心の窓」と言いますように、ヒロインの可愛さというのは、顔の造作というよりもむしろ心映えの美しさにこそあるということが、こういうところに暗示されているんです。だってそうしておいた方がより多くの読者の共感を得られるでしょ? ハーレクイン・ロマンスを嘗めてはいけません。こういう些細なところでの芸が細かいんですから。ついでに言うと、ハーレクイン・ロマンスのヒロインは大抵金髪・碧眼で小柄で華奢だ、ということも押さえておかなければなりません。もっともこれは大柄で黒目・黒髪の逞しい男であることの多いハーレクイン・ロマンスのヒーローとの対比で考えるべき問題ですので、またその辺りのことをお話しするときに言及することにします。



たとえば、19世紀の著名なイギリス作家ジェイン・オースティンの諸作品、たとえば有名な『高慢と偏見』などを読むと、ここで描かれる様々な恋愛模様の中で、登場人物たちが互いに恋愛対象の社会階級のことをやたらに気にし、また口にする。で、すったもんだの末に、大体同じくらいの社会的地位にあるもの同士が結婚して丸く納まる、という結末になる。アレ? 恋愛っちゅーのはそもそも身分・階級を超越するものなんじゃないの? と思っている我々日本人読者としては、オースティン作品に描かれるこういう側面に今一つピンと来ないことが多いのではないかと思いますが、とにかくイギリス生まれのロマンス小説の中では、ヒロインとヒーローの社会的な階級が常に問題になるんですね。

では、ハーレクイン・ロマンスの場合はどうかと言いますと、どうもそこが曖昧です。私の印象としては、ヒロインの出自は労働者階級ではないように思われる。かといって明らかに上流階級出身でもない。となると中流階級ということですが、その割に貧しい感じがしますから、正確には下層中流階級くらいかな? しかし、実はその辺のことはハーレクイン・ロマンスのストーリー展開にはあまり係わらないんですね。というのも、小説がスタートする時点で、ヒロインの両親は大抵死んでいるからです。しかも、「二人とも病死」という設定だとやや不自然になるため、大概は交通事故で一遍に死んだことになっている。つまり、ハーレクイン・ロマンスのヒロインというのは、天涯孤独という立場に置かれることで、半ば、出自・階級のしがらみから解放されているんです。

「ヒロインには親がいない」というこの設定に関しては、しかしながら、実は他にも色々と複雑な事情が絡まりあっているんです。たとえば「ロマンスのルールに抵触しなくて済む」というのも、その一つ。

たとえば、ヒロインの親が存命だった場合を考えてみましょう。その場合、ヒロインの危なっかしい恋に口を出して来ない方がむしろ不自然です。事実、ハーレクイン・ロマンスのヒーローというのは人格的にどうかと思うような人が多いので、私が親だったら娘がそんな男と付き合うのには大反対です。しかし、そんなことを考慮していると、ハーレクイン・ロマンスの中に「ヒロイン側の親の反対」という要素が入ってきてしまう。でもそれではロマンスがロマンスでなくなってしまうんですね。

実は、ロマンス小説には「ヒロイン側の親の反対があってはいけない」というルールがあるんです。このルールが守られないと、小説はどうしても悲劇になってしまうからです。ほら、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を思い出して下さい。ジュリエットの両親(特にオヤジ)がヒロインの恋に反対して口を出すもんだから、ジュリエットもロミオも死んじゃうじゃないですか。だから『ロミオとジュリエット』という作品はロマンスではなく、悲劇なんです。18世紀半ば以降に生まれたロマンス小説というのは、最後にヒロインとヒーローが結婚して幸福になる小説のことを指すのですから、ヒロインの親の反対で主役の二人が死んでしまったら、それこそ「お話しにならない」わけ。

ですから、ロマンス小説ではヒロインの親が口を出さないような状況というのが必要になってくるわけ。たとえば先に挙げた『高慢と偏見』では、ヒロインのオヤジが家のことに異常に無関心という設定にすることで、「親の反対」という障害を回避しています。なかなか面白いオヤジなんですけどね。ま、それはともかく、ヒロインの親がヒロインの恋に干渉しない工夫がロマンス小説には必要なんですが、この解決法として一番簡単なのが、ヒロインの両親を殺してしまうことであるのは、誰にも思いつくことでしょう。で、だからこその「交通事故」なわけですよ。ハーレクイン社はロマンスにも効率を重んじますから、できるだけ簡単な解決法を選択するんですね。第一、これは後でも述べますが、ハーレクイン・ロマンスというのは大体どれも192ページ前後で終わることになっているので、ヒロインの両親は生きているけれど、なぜかヒロインを放りっぱなしにする、そのあたりの事情をくだくだしく説明している暇はないんです。

とまあ、そういう色々な事情が背景にあって、それでハーレクイン・ロマンスのヒロインには両親がなく、天涯孤独で自立して生きているという設定になっているんですね。で、先にも言いましたように、そのことによって彼女の身分・階級は曖昧にされ、ただ「自分で働かないと食べていけない若い女の子」という部分だけが設定として残されるわけなんです。ここがうまいところなんで、なんとなれば「自分で働かないと食べていけない若い女の子」なんて、世界中どこにでも存在しますからね。もちろん実際に両親が揃っていたとしても、都会で一人暮らしをしながら働いている若いOL、心情的に天涯孤独な思いをしている若いOLなんて、世界中、どこでもいる。日本にだって沢山いるでしょう。だからこそ、ハーレクイン・ロマンスのヒロインは、世界中の女性たちから共感されるわけなんです。ハーレクイン・ロマンスが、イギリス生まれのロマンスという地域性を一方で持ちながら、他方、世界中どこへ持って行っても通用する普遍性を持っているのは、こういうヒロインの設定に理由があるんですね。

最後に、ハーレクイン・ロマンスのヒロインが世界中どこへ行っても共感される理由をもう一つだけ付け加えるとするならば、それは彼女の性格がいい、ということです。しかも、ただ優しいとか、ただ朗らかとか、そういうのではダメなんです。ハーレクイン・ロマンスのヒロインは、それらにプラスして「正義感」と「元気」を持っているんですね。この二つがあってこそ、小説の半ばあたりで必ず登場してくる「ライバル女」との対決に勝利することができるんです。しかし、その辺りのことについては、また次回以降にお話ししていきましょう。

今日は長くなってしまいましたので、この辺でおしまいにしますね。「お気楽日記」はまた後で更新します。こちらの方もお楽しみに!





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Last updated  September 24, 2005 04:53:03 PM
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釈迦楽@ Re[1]:スペイン優勝、そして早くもW杯ロス(07/20) ゆりんいたりあさんへ  いやあ、メッシ…
ゆりんいたりあ @ Re:スペイン優勝、そして早くもW杯ロス(07/20) 釈迦楽さん、 ご無沙汰しております。 お…
釈迦楽@ Re[1]:S師範と稽古(06/11) はちみつ先生へ    こちらこそ、有意義…
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