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November 8, 2014
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カテゴリ: 教授の追悼記
 今朝はファッション・ジャーナリストの大内順子さん、モーター・ジャーナリストの徳大寺有恒さんの訃報が相次ぎ、それぞれ専門分野で活躍された斯界の先駆者の死に驚かされると同時に、一時代の終りを感じさせられました。

 特に私の場合、人後に落ちぬクルマ好きなもので、徳大寺有恒氏の『間違いだらけのクルマ選び』をそれこそ毎年のように買っていた時期があり、それだけにその訃報を聞いて、嗚呼、と思いました。

 徳大寺さんの書くものには文体に特有のクセがありましてね。

 単語のレベルで言えば、たとえば「ベンツ」なんて俗な言い方は決してしない。「ベンツ」のことを言う時は「メルツェデス」と言うわけ。「メルセデス」でもなく、あくまで「メルツェデス」。 「ジャガー」は、もちろん「ジャグァー」。現地の発音に近い表記をするので、「マセラティ」は「マゼラーティ」、「ベントレー」は「ベントリィ」となる。ハンドル、またはハンドリングを意味する「ステアリング」は、「スティアリング」。まずこういう表記の仕方からして、徳大寺イズムが始まるわけですな。

 そして文章も独特で、世界観も独特だった。たとえば英国の名車、「ベントリィ」を評した徳さんの文章を引用すると・・・


 ・・・仮にデザインにおいてイタリア人に、機能においてドイツ人に一歩譲ったとしても、イギリス人のつくる工芸品は、その完成度からすれば並ぶモノがない。
 サビル・ロウのスーツ、ジョン・ロブのシューズなど、手工芸品であるがゆえのステイタスを誇る製品にかけては、他の追随を許さない。そのクルマにおける例がロールスであり、ベントリィなのである。
 ベントリィはまさに、そういう極上の手工芸品に満ちた王者の“部屋”なのだ。そこにいる限り、安息も、快楽もすべて満たされる。美女をはべらせなくとも、クルマ自体が、男を骨抜きにする美女のような贅沢さをもっているのである。
 スティアリングやシフト操作のダルなフィーリングが、逆に、夢の中で女を抱いているような恍惚感に変わるのだ。

 つでに、原稿書きも、打合わせも、インタビューも投げ出したくなる。そんなことをするより、女体を引き寄せ、その肌に極上のシャンパンでも振りかけて、淫らに怠惰に遊び呆けてみたくなるのである。ベントリィとはそういう官能性を秘めたクルマなのだ。(『NAVI CARS』2014年3月号49頁)


 かつて日本のモーター・ジャーナリストの中で、「女体を引き寄せ、その肌に極上のシャンパンを振りかけて・・・」といった言葉でクルマを評した人がいただろうか、またこういうことを書いてサマになる人がいただろうかと考えると、やはり徳大寺有恒という人は空前絶後なのではないかと思えてきます。


 元トヨタのレーシングドライバー、そこからクルマの改造パーツなどを売る会社を興してある程度成功したものの、やがてこの会社が倒産。財産をすっからかんにして途方に暮れていた時、独自に仕事をされていた奥さんのサポートで当時フォルクスワーゲンが出したばかりの新型ゴルフを入手、このドイツ製の大衆車のあまりの出来の良さに驚愕した徳さんは、本名の杉江博愛ではなく、徳大寺有恒のペンネームで『間違いだらけのクルマ選び』を出版。単に日本の自動車メーカーが出す新型車を紹介するのではなく、このクルマはこういうところがダメだということをハッキリ批判的に書いたこの本は、大ベストセラーになり、毎年新版が出るようになって、モーター・ジャーナリスト徳大寺有恒の名は一挙にメジャーに。『間違いだらけ』における徳さんの辛口の筆さばきは、そのまま日本の自動車メーカーへの叱咤・愛の鞭となり、それが我が国の自動車産業の発展に大いに寄与したことは、たとえ直接の因果関係を証明できないとしても、疑うことができない、と、私は思います。

 で、徳さんのすごいところは、先ほどの文章にもよく表れている通り、クルマを語るのに、無機質な言葉で機能面を語るのではなく、クルマと人間のインターフェースを語った、というところですな。クルマを語るのではなく、クルマを享受する人間の側の感性を語った。だから、人間の感性に訴えてこないクルマは、はっきり「つまらないクルマ」と書いた。だからこそ、たとえ燃費は良くても、故障しなくても、日本車はつまらないんだよ、と、徳さんは語った。

 またそういうことを堂々と書く以上、徳さんは、クルマを享受する人間の方も洒落者でなくてはならない、と考えておられたのでしょう。人間の側がダンディーでなければ、クルマのダンディズムなんてわかるはずがない。また、それが分らなければ、結局、「燃費」とか「故障のしにくさ」というような、誰でもわかる指標でクルマを選ぶようになってしまう。それじゃ、人生つまらないんだよと。徳大寺有恒が、クルマを通じて言いたかったことは、コレです。徳大寺さんの著作には、『男は男らしく生きろ!』『オトコの心得』『ぶ男に生れて』『ダンディー・トーク』(1・2)など、男の生き方を語るものも多いのも、その顕れでしょう。

 徳さんは自分が「醜男」であるという強い劣等感を持っていて(私自身は徳さんは決して醜男ではないと思っていますが)、だから余計に、着る服や立ち居振る舞い、あるいは生き方そのものによってダンディーであろうとした。努力して、いい男になろうとした。ダブルのスーツが、襟を立てたトレンチコートが、中折れ帽が、ステッキが、葉巻が、パイプが、キャビアが、シャンパンが、似合う男になろうとした。 

 結局、私が徳大寺有恒という人に惹かれるのは、この人がこういう努力を若い時から死ぬまで、一貫してやり抜いた、というところですね。そういう意味で、私は今朝、徳大寺有恒さんの訃報を目にした時、この世から男一匹が居なくなったなあ、という感慨を得たのであります。

 まあ、クルマ好きの人々からしてみれば、徳大寺有恒はあくまで徳大寺有恒であるわけですが、実は徳大寺有恒さんには、本名の「杉江博愛」としての一面もある。若い時の杉江さんには、成城大学時代からの悪友が沢山いて、この悪友たちの中には、それぞれその後、それぞれの分野で一家をなした人も多い。そういう杉江ネットワークの交友録も含めて、何か面白い本を書いてくれる人がいるといいのですが、それはこの後に期待することといたしましょう。

 とにかく、日本のモータリゼーションの発展に伴走したオンリー・ワンのジャーナリスト、徳大寺有恒さんのご冥福を、クルマ好きの一人として、私もお祈りしたいと思うのです。合掌。





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Last updated  November 8, 2014 04:29:38 PM
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