
《クリスチャンになろう Day 29》
主の晩餐式(The Lord's Supper)のQ&A
Q.1 主の晩餐式ってなあに?(パート2)
2.それは象徴(シンボル)である
主イエスは、弟子たちと食卓を囲み、パンとぶどう酒を取って弟子たちに分け与えました。今日、私たちが教会で執り行われる主の晩餐式でパンと杯を受けることは、 二つのことを象徴しています
。
一つ
は、それは、 「イエス・キリストはあなたの罪のあがないのために十字架で死なれ復活してくださった」という歴史的事実を象徴
します。主イエスはパンを裂き、杯を配りながら、「このパンはわたしの体です。この杯はわたしの血です」と言われましたが、それを象徴として受けるようにと勧めたのであって、 文字通りに手品のように「パンが肉体にシュっと変化し、杯がパッと血に変わった」という意味で言ったのではありません
。主イエスは十字架にかけられ血を流す前の晩に、 食事の席で象徴として言われた
ことなのです。
ある日、4歳の息子と一緒に鏡を見ながら、「ほらあそこにもパパがいるよ」と言うと、「違う、パパはこっちだよ」と手をつないでいた私を指差しました。「じゃあ、あそこにいるのは誰?」と聞くと、「あれはパパじゃなくて鏡だよ」と答えたのです。息子は、鏡の中にいる人は本物ではなく、単に 鏡が本物を映し出しているだけ
だということを良く知っていたのです。
主イエスは、自分自身のことを色々なものにたとえて、象徴として語っています。例えば、主イエスが 「わたしはまことのぶどうの木」(ヨハネ15:1)
と言われましたが、主イエスの背中からつるがのびて実際にブドウの実がなっているという意味ではありません。また、 「わたしは、命のパンである。」(ヨハネ6:48)
と言われましたが、ベーカリーで焼きたてパンとして他の菓子パンやお惣菜パンと一緒に売られているいるというわけでもないのです。主イエスは象徴として、自らをパンと杯にたとえたのです。
もう一つ
は、 「イエス・キリストを信じることによって、わたしの罪はゆるされ、新しい命によみがえらせていただいた」という事実を象徴
します。
このパンと杯を受けるという行為を通して、あなたがイエス・キリストを救い主と信じて従っているその 信仰を見える形で公に現し続けている
のです。
主イエスはこのように言われました。 「この杯は、わたしの血によって立てられる 新しい契約
である。飲む度に、 わたしの記念としてこのように行いなさい
」(1コリント11:25)
。つまり、主の晩餐式は、主イエスとの 契約
であり ご命令
であるのです。あなたがクリスチャンとしてその約束を喜んで守り、そのご命令にへりくだって従うことによって、 あなたの「神様に対する従順」を告白することができる
のです。
にほんブログ村
DAY30へつづく