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昨年日本に帰省していたとき、ガッツが「しまじろう」という子供向けの教材をやりたいといいだしたので、申し込んでこちらに帰ってきてました。
ママりんに転送をたのであるんだけれど、なにせ彼女はママりんタイムでしか動かない人、頑張って送ってくれてもなにやら遅れがちです。
届いたときのガッツの興奮はおかしいほどで、すぐに開ける時もあれば少し待ってからにすることも。
なにはともあれ、一緒に本を見ながらちょきペタする時間、なかなかいいなぁと気に入っております。
で、海、ガッツをモンテに入れてることもそうだし、七田とかいろいろチャイルドアカデミー系に興味津々でいるんだけれど、特に教育熱心ていうわけでもなかったりします。
けっこう放任。
環境として、自分がいいなぁと思うものを提供したいけれど、そこからどれだけ学びを得ていくかはガッツ次第だと思ってるんですよね。
学校のテストの成績が出てくるようになったら、悪いよりはいいほうがいいだろうけれど、点数を取るために・・・というアプローチはしない気がするんです。
成績が悪いことが自信のなさにつながったりしないようにすること、そちらのほうが大切じゃないかなと。
今ガッツが通っている学校のお友達で、ひとりかなり教育に熱心そうな人がいます。
完璧主義だと本人も公言してはばからないママで、経済的な余裕もある人だから、お子さんに最高最善をいつも提供しようと努力されています。
プリスクールでももっとアカデミックなアプローチを!と望んでいるらしくて、海にも同意を求めてきたんですが、どっこい、そこは海のツボじゃなくて。
3歳児にアカデミックなこと教えてどうするんだろう・・・?と疑問があり、先にたくさん遊んでどろんこになる方が子供にとって、より好ましいと思ってる自分に改めて気づきました。
読み・書き・計算の最低ラインはほしいところですけれど、それだって年齢や興味の時期に合わせて、自然とうまく身につけられるときが来ると思います。
それよりも、自分で考えて行動できるひと、自然、マクロやミクロにも思いが及ぶ人、瞑想や内観というようなことが習慣付けられている人・・・のほうが、人間としてもっと楽しい人生が送れると思うし、そうであれば、金銭だって自ずとついてくると思います。
「ガッツに何になってほしい?」とか「どうなってほしい?」と聞く人もいるんですが、何でもいいなーと思ってしまいます。
本人がやりたいことをやればいい。
自分の子どもだからと、ガーーー!っと怒っちゃうこともある海ですけれど、ふと我に帰って、『あ、神様からの預かりものだったな』と思い出し、そのような敬意をもちながらガッツに接すると、彼の行動も抜群に落ち着いた好ましいものになります。
いやはや、子どもは本当に親の反映です。
先日海のママりんにしまじろうの転送を再びくれぐれもお願いしたら、「海、教育ママなんだねぇ!」なんていうから、吹き出しちゃいました。
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