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QT英語クラスの初日が終わりました。 相変わらずQTを教えるのは、とっても楽し♪
今回はカナディアン達にバンクーバーから来てくれたフランス人を交えて、とってもいい雰囲気で。
インターナショナルな感じ、やっぱり好きなんだな、海☆
文化が混じり、言葉が入り交じったときの、みんなの脳みそや好奇心やココロが広がった感じがとっても刺激的で心地よい。
いい感じで帰宅して、お友達から長らく借りていた本に手が伸びました。
12~3年ぐらい前に初版を読んだことがあるこの本、今日になってパラパラとめくってみると、前回同様サラッと読めるけれどそうそう!とうなづくことがたくさん。
すべての人が神という我「神我(しんが)」になる、それには行動をおこし、本当に望んでいることをイキイキと輝きながら行う・・・。
うんうん。
同時に、「私は神だ」と言い始めてしまう人の危うさを思うわけです。
何かを行っている人、それに誠心誠意没頭している人というのは、その行動に注釈をつけたり、声高に宣言したりする必要はないですよね。
ただただ、楽しんでそれを行っている。
それだけ。
その純粋さというか、濃厚さというか、そこには言葉を持てあそぶ余地もなければ、誰かが疑問を挟むスキもなくて。
まだまだ世の中には、難病奇病、いろいろな事件や事故が溢れて、大変な思いをしている人達も多いです。
そういう人たちも、それぞれが「神の我」として生きる。
そう、本人も周囲も気づいていく。
隔てもなくて分かれてもいなくて、外にある神も内にある神も同質で、その存在がどこにあって誰であるかなんていうことが、副産物的なことでしかないと気づきだしたとき、また更に深い神我につながるのだろうなぁと思います。
わからなかったことや、反発していたこと、引っかかるんだけれどそれが好悪なのかすら見分けられなかったことなどなど、すべてが最良のタイミングで、各レベルの気づきをもたらしてくれます。
私たちは、ひとつです。
ひとつの中と外の両方で、それぞれの階段、段階にいます。
自分らしさを捨てだしたとき、初めて本当の自分らしさに気づきます。
あー。
私たちは無限なんですね。
(意味不明でごめんなさい☆)
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