rainywoods2001

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2009.12.14
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著者はやまと言葉に込められた日本人の発想や感性を、読み解いている人。


「さらば」「さようなら(ば)」とは、もともと、先行の事柄を受けて、後続
の事柄が起こることを示す接続詞であるが、それがやがて、別れ言葉として自
立したとのこと。
 「さようであるならば」と、事柄の移り行きにおいて、いったん
立ち止まり何ごとかを確認することによって、次の事柄に赴く。

と たったそれだけが 本書の中心なのだけど
とても 興味深い豊かななことが そこでは起こっていると思う。

時間的存在者の生成とでもいいたくなる。

同時に生成されているのではないかという
哲学テーマがあるのだけれど
「さようなら」の一語にも それが 集約されていたとは。
時間も自己もあらかじめあって そのうえで「さようなら」
と言うのではない。
「さようなら」の発語が 自覚的な時間と自己をつくりだすのだろう。

別れる相手や風景などと一緒にあったことが 過去になり
今 ここに 私は一人立たなければならない。

多くの歌も文芸も そこに生まれているんだった。

冒頭で 阿久悠さんの
「人間はたぶん、さよなら史どれくらい ぶ厚いかによって

そうなのだろうな。

 別れとは 主体的にはどうにもならない事態である。
それは、「この世の定め」「無常」「運命」などで
あるが、、それらを総じて「おのずから」そうなったこととして
「さようならば」と


 如意の「みずから」と不如意の「おのずから」とは、両方からせめぎ合いな
がら、その「あわい」で人生のさまざまな出来事が起きている。「さようであ
るならば」の確認とは、そのふたつながらの確認・総括だという。

 先に繋がる事柄の何たるかは問わないままに、ともあれ「こちら」を生き切
ることによって、「向こう」の何かしらと繋がっていく、といった発想を日本
人が持っていたともいう。

さようなら、によって わかれつつ つながっていくものたち。

今年も いろんな人たちが旅立たれたけど
特に 加藤和彦さん さようなら。





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Last updated  2009.12.14 21:54:59
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