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2008年08月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
恒例行事のようになった岡田山詣で。

昨日のゲストは養老孟司氏。
いや、さすがでありました。
もっと聞きたいと、おそらくは多くの聴衆が思った(と思う)。
養老氏の著書は、唯脳論のころから愛読してきたけれど、最近は少しご無沙汰。
あまりの人気、おまけに最近は口述筆記らしいじゃないか、とあまのじゃくが働いた。
しかし、どうしてどうして。
編集者が口述筆記してでも本を出したがるのが納得できた。

過去の遺産を食いつぶして生きている人の本も講演も、全くおもしろくない。
養老先生は、今も「考え」続けておられる。だから面白い。
「考える考えない」ということについて最近考えている、といったことをぼそぼそ話されたような気がする。教育とは、考えていいことだけ考えなさいという場。社会構造と関係があるとも。
そりゃそうだ。為政者は国民が自分を批判するような知性は育ててほしくないもんだ。オウムに行ってしまうような理系だけ賢い人々を育てて戦争に行こう、なんてのは、私はゴメンだね。理系尊重は、どうも臭い。
ああ、話が飛ぶ飛ぶ。

私が生の講演、ライブが好きな理由は、ただ一つ。
活字にするに至らない、まだサナギ状態の情報が聞けるからである。
活字にならない情報とは、とるに足らない情報とは限らない。
当然編集者のチェックが入っていない情報である。
ご本人のチェックも入っていない。ゲラ校正なし。
つまり、本人の抑制もはずれた情報などが聞けるのである。

この脳味噌が人を人たらしめている。
のだけれど、それが行き過ぎているみたい、という話であった。ざっと言えばね。
先生の言葉を使わせていただくと、秩序や意識の規制を逃れた情報が、ライブでは聞ける。言い間違ったり、言いよどんだり、忘れちゃったり。
もっと言えば、眠っているときの主役であるところの「身体」が発するメッセージもあわせて聞けるのである。
ああ、これが楽しい。

というか、この時代に生きる多数の人々は私と同じような、要は欲張りなんではないか。
つまり、茶飲み話の相手に、かなり高度な知性を有する人を欲しているのである。
お酒を飲みながら、こういう人と話をしたい、と思うのである。
(ま、図々しい。こんな厚かましいのはやっぱり、私だけかしら)

例えばね、言葉は止まっている、なんて話が出る。
脳の中で、波と波がぶつかって止まっている、なんてイメージを披露される。
ありの巣はかなり騒々しい音に満ちているのではないか、とかの話もね。
音でコミュニケーションしているのではないか、と言われるわけである。
科学的に実証されたものではないけれど、話として面白い。
(こういう仮説って一般の人はたくさん持っているものだけど、単なる思いつきではないだろうと思わせるところがカリスマだよね)
フェロモンでコミュニケーションしてたら、アリの巣は凄い臭いだろうとも。
このコミュニケーションについては、もっと話を広げてほしかったな、内田先生。昨日は内田先生、なんだか無理矢理教育と結びつけようとされていたみたい。二人の対談の方がもっと話を引き出せた。

ともあれ現代は、いろんな感覚を麻痺させないと生きていけない状況のようだ。
これが教育のせいなのかどうなのかは知らない。
人は生き延びるために、無駄な情報をシャットアウトしている。
そのために、脆弱な人間がぐんぐん増える。
多様な場面に対応できない人間が増える。
養老先生が子どもたちを引率して虫取りに行ったときの話は面白かった。
子どもたちの誰一人として道を外れなかったというのである。
外れるのは先生だけ。(泣)
質疑応答のときの質問は、自分なんかよりずっと達者なのにと嘆かれる。
脳ばかりが大きくなって、身体が脳に従属してしまっているのね、きっと。
甲野先生は、「おかしくなっているのは子どもばかりではない、年寄りもだ」と喝破された。
思わず拍手したい気持ちになった。その通りだから。
生きのいい年寄り(私?)が、少ないもの。
舞踊の島崎先生の話も楽しかった。
サルサをやっていて、感ずるところあり。
ダンスなんて身体が音楽に反応して勝手に動き出すもんだ(私の場合ね)。
私のサルサ仲間のお年寄りたちも、全体に真面目すぎ。ステップを教わりたがる。そんなの関係ない、なのにね。

話はあちこちに飛ぶ。
私が夫の怒りに対して過敏であることは、以前にも書いた。
不愉快である。夫が沈黙の軍艦のように押し黙って怒りを放出しているのは。
不愉快だということは、彼の怒りの波動をキャッチしているということ。
そんなの無視すれば?
と友人は言う。
いや、ずっと同じ部屋にいてそれをやられるとね…。
私がより文明化された現代人だったら、そんなの無視するように感覚を遮断しているのだろう。
ところがどっこい。
私の感受性は人一倍。(感覚を遮断できない、あるいは選択出来ない人が心を病む。現代社会に適応できないからね。私、ぎりぎりセーフね、たぶん)
憎たらしい怒りの波動も受け取ってしまう。
「ね。周波数のせいで人間には聞こえない怒りの声が、あなたから出ているの。私は原始的だから聞こえるのよ」と夫に嫌味を言った。
夫は素直にうなずいた(ように見えた)。
昨日の夫は、いい感じ。時々眠っていたけど、養老先生の話は面白かったそうだ。
神戸の花火大会を見ながらバスで帰ったけど、ビールがおいしかったので、私も夫に大サービス。
「やっぱりあなたと結婚してよかったわあ」
ついでに「でもどうしてあなたは私を好きなのかしらねえ」
かなり夫が私に惚れている、と感じた夜であった。
また、話が脱線した。

知的なライブを楽しむ中高年。
専門外の情報にもいたって貪欲な聴衆にとって、こんな有り難いサービスはない。しかも、宗教の勧誘でもないのに無料である。
養老先生からは、人々の知的好奇心をわくわくさせるような話が次々に飛び出した。
原理主義的な自然保護派の方々への苦言もぴしゃり。
難しい話をちょびっとずつしのばせて、アッという間の1時間半だった。
そうそう、昨日の話でエントロピーという言葉が、なぜかすとんと腑に落ちた。
そんなの分かってどーすんのさ、と聞かれそうだな。
不思議なもので、こういうところでびびっとハートにきた情報は、長い時間脳の片隅に追いやられていても、ある日あるとき「!」と表に登場することがある。
それがまたたまらない。
だから、知ってどうする!的な事だろうと何だろうと、自分が面白いと感じるものに素直な私である。
だっておもしろいんだもーん、である。






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最終更新日  2008年08月03日 11時39分35秒
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