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2004年10月19日
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テーマ: タイ(3480)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 国境を通過できないのだと言うことは、2人の人から忠告されていた。カンチャナブリーの観光案内所の人と、昨日泊ったPゲストハウスのフロントの人からだ。そこら辺にたむろしているタクシーの運チャンなどの情報と比べると、この情報筋はとても確かなものだ。なんでも少し前まではミャンマー領内の市場のエリアまでは日帰りを条件として許可していたのだが、ミャンマー側が一方的に国境を閉じてしまって今ではタイ人かミャンマー人しかこの国境を通過することはできないのだそうである。

 けれども、僕は国境に行くことを目的としており、ラッキーだったらミャンマーにも行きたいけど、それは無理っぽいからあきらめようと思っていたので、それほどショックではなかった。国境はこの街から小型バンの後ろを改造して座席を付けた乗合バスで40分程の距離なのだそうだ。

 目的はスリー・パゴダ・パスというところだ。40分ほどで終点につき、運転手があっちが国境だよと指差してくれた方に歩いていくと、5分ほどで唐突に国境に出た。突き当たりがロータリーになっており、ロータリーの真ん中にはパゴダが3つある。なるほど「三つのパゴダがある峠」というそのまんまの地名である。突き当たりには大きなタイ国旗がはためいていて、国境ぽさを醸し出している。なんだか板門店でみた巨大な北朝鮮と韓国の国旗を思い出した。けれども周りを見渡すがミャンマーの国旗は見つからなかった。

 ロータリーの左手にはお土産物屋があり、右側には国境のゲートがある。国境のゲートのほうにてくてくと歩いていくと、イミグレーションの係員に「おまえは何人だ?」と聞かれた。「日本人だよ」と答えると「残念だけど外国人はここを通れなくなっちゃったんだ」と予想通りのことを言ってきた。他にちらほらと西洋人がいたのだが、彼らも国境線の写真をとってそそくさと引き上げていっている。国境のミャンマー側には英語ででかでかと「Welcome Myanmer」と書いてあるのだが、実際は歓迎してくれないのだ。それから日本軍が作った鉄道の一部も国境には残っていて、そこにも英語で解説がある用意周到さであった。けれどもいずれもミャンマー国内に位置するので、それを近くに行って読むことはできない。残念だ。

 することも無いので、暇そうなイミグレーションの若者と他愛も無い会話をする。そうするうちにだんだんと打ち解けてきて、記念に写真を撮ってやるよ。とシャッターを押してくれた。彼の名前はチャウと言うらしい。チャウとはそこで別れて僕はロータリーの反対側のお土産物屋を冷やかす。ここのお土産物屋の特徴は木製の家具が沢山ならべられていることだ。多分これがミャンマーの名産品で、だから国境でこんなに派手に売っているのだろう。それからミャンマーのお札というのも売られていた。これはミャンマーに入れない外国人の為のお土産の意味があるのだそうで、両替のレートとはかけ離れた高い値段で売っているようだ。

 さて、写真も撮ったし、一通り国境も見たし、ついでにさっき写真を撮る時にどさくさに紛れて一歩だけミャンマーに足を踏み入れたし、これで満足だ。もう帰ろうと思い、最後にチャウに別れを告げに行った。そうすると彼は思わせぶりなことを言う。「お前はミャンマーに行きたいのか?」僕は軽くうなずく。「そうか、実は僕はこれから2~3時間ほど外出しなくちゃいけないんだけど、その後で良ければ僕がちょっとだけミャンマー国内を案内しようか?」と願ってもない申し出。それなりの袖の下を両国境のイミグレーションのオフィサーに支払わなければならないのだそうだけど、でもイミグレを味方につければ天下無敵だ。僕は大きくうなずいて、2時間後にもう一度ここに戻ってくることを約束した。こりゃあラッキーだ。

 ところで2時間、市場があったのを思い出してとりあえずそこを冷やかすことにする。でも5分もあれば一周できてしまうほどの小さな市場で、とても2時間も時間はつぶせない。と、インド人のような顔をした雑貨屋のおじさんに突然声をかけられ、「ここに座れ」と言われた。何がなんだかわからずに座ると「どこから来た」だの「タイにはいつ来た」だのありきたりのことを聞かれる。喉が渇いていたし、ちょうどいいやとコーラを注文ししばらく親父と話をした。彼は英語がとても流暢だ。ちなみにコーラは小瓶で6バーツだった。いままでタイで買ったどのコーラよりも安かった。

 そこへちょっと目つきの悪い兄ちゃんが登場して僕らの会話に加わる。といっても彼は英語が全くだめなのでこの雑貨屋おやじが全部通訳してくれた。彼はミャンマーの警察なのだそうだ。つまりミャンマー人なのだ。ここはタイ領だしミャンマー人がなんでここにいるんだろうと不思議に思った。しかも警察官である。そして、僕が日本人だと分かると、「ミャンマーを案内してやろうか?」と言ってきた。もちろん僕が幾ばくかのお金を払えばだそうだ。こういう最初からお金がかかるよといってガイドの申し出をしてくれるというのはとても気持ちが良い。よく観光地では勝手にやってきて頼みもしないのにガイドをして最後にお金を請求するという輩がとても多いからだ。

 僕は一瞬いろいろと考えた。つまりタイのイミグレーションとミャンマーの警察のどちらを味方につければよいかということだ。そして、やっぱりミャンマーの警察官の彼の申し出は断ることした。というのは、タイのイミグレの彼とは最初に約束したんだしという、妙に義理堅い理由とともに、タイのイミグレは本物のイミグレの係員であるということをこの目で確認しているが、ミャンマーの警察官の方は自称であり本当かどうか確かめるすべはない。そしてもし偽者だった場合あとあと面倒なことが起きる可能性もある。それからイミグレのほうは英語が分かるのだが警察の方は英語が分からずコミュニケーションを取るのが大変難しいというのが最大の理由だ。



 市場にはタイ側のお土産物屋と同じように木製の家具が沢山売っていた。国境でこの家具に対しては税金を取られるのだそうである。いくつか値段を聞いてみたがどれも結構高い。日本人だから高く言われたというわけではなさそうだ。もちろん僕はそんな家具を買う予定も無く、市場をさまよう。市場の女達はみな色白で、大きな目でこちらを見つめられると、少しドキドキしてしまう。みなタナカとよばれる白いクリームの様なものを顔に塗っている。日焼け止めなのだそうだ。なんだか化粧の途中のようで、僕としてはあまり見た目が良いとは思えないのだが、価値観はその国その国によって違うのだろう。タイではこのタナカを付けている人を見ることはなかった。そんなことからも、ここがミャンマーであることを実感する。

 市場では二つのものを買った。一つはこの地方の民族衣装のようなもので、巻スカートだ男も女もこの巻スカートを身につけている。これはサンクラブリーでも多く見かけていたのだが、この辺はほとんどの人がこの巻スカートを身につけている。あまり高いものでもないし僕も一つ買うことにした。といっても何の細工もしていないただのキレである。青と白の細かいチェックのガラのもので、40バーツだった。この市場ではほとんどがバーツで取り引きされているのだ。それからもう一つはチーズおかきだ。そう日本製のあのお菓子である。突然ミャンマーの市場でそんなものに出会ってしまって少し面食らったが、意外だっただけに思わず購入してしまった。ところが、このチーズおかき。とてもしけっていてあまりうまくない。ミャンマーの人々がこの味を本来の味だと思って、「日本のお菓子ってなんか変な味だなあ」などと勘違いされていないことを望む。

 そういえば市場で飯も食った。ミャンマー料理が食いたいとイミグレ・ガイドに言うと、彼は嫌そうな顔で、「えっ、ミャンマー料理?あんまりうまくないよ」と言ったが、こちらは何がなんでも試してみたい。そこで市場の人に場所を聞いて、汚い食堂に案内される。4つならんんだ鍋のなかに料理が入っていて、それを確認して注文した。これは安全だ。ちなみに4つの鍋は左から順に、魚のカレー煮込み、豚肉のカレー煮込み、牛肉のカレー煮込み、鳥肉のカレー煮込みととにかく何がなんでもカレー煮込みだった。なかでも牛肉のがうまそうだったので、それを頼む。ボサボサしたミャンマー米を、この大ぶりの牛肉をおかずに平らげる。程よい辛さでなかなかいける。

 飯を食いおわると、最初に僕を案内してくれると言っていたチャウ君がやってきた。イミグレ・ガイド君がトランシーバーで連絡をしてくれていたのだ。ここでガイド交代。今度はチャウ君が案内してくれる。最初に市場から少し離れたところにある寺に連れていってくれた。大きな立派なお寺で、黄色い袈裟を纏ったお坊さんが何人かいた。ただ広い本堂はガランとしていて少し寂しい。本尊は白をベースにした線の細いお釈迦様だった。タイの物とは明らかに様式が違う。僕らがお祈りをしていると本尊の後ろの方からこのお寺を建立した住職が出てくる。チャウ君が事情を説明すると彼はどこでも好きな写真をとっていいよ。と言ってくれた。

 その寺の後は少し小高い丘の上に立ったストゥーバに行く。バイクで頂上まで乗せていってくれるので、こりゃ楽チン。ストゥーバはまだ工事中でそれ自体はそれ程見るべきものはなかったのだが、そこからの景色はすばらしかった。緑の山と田園がどこまでも続く。ここは国境地帯なのだが、だからといってそこに線がひかれれているわけでも、フェンスがあるわけでもない。いままで見た国境の中では一番あっけらかんとした国境線だった。だからミャンマーの男達が何人もタイ側の市場をぶらぶらしているのである。きちんとした道はあの国境のチェックポイントを通るので、車で移動した場合にはチェックポイントを通過せざるを得ないのだが、徒歩の場合は全くのフリーパスなのである。チャウによるとここはタイの領土が細く突き出たような形になっており、この辺はその細く突き出た部分以外はみんなミャンマーなのだそうだ。

 24歳のチャウ自身もタイ領土で生まれたが、ミャンマーの学校にしばらく通っていたのだそうだ。それに彼の妻は国籍的にはタイ人だが、いつもミャンマー側の市場に通い、そこで働いているのだといった。この辺の人々にとっては人為的に引かれた国境線なんて全く関係無いのだ。この地域に住んでいる人はこの二つの国を行き来するのにパスポートなんて必要ない。国境ってなんだろうと考えてしまった。

 チャウ達に別れを行って、また乗合バスに乗る。国境で渡した「袖の下」はUS20ドルだった。それまでミャンマー側が国境を開いていた時は入域料が5ドルだった。けれども非合法なところを入れてくれた上、バイクでいろいろな所に連れていってくれガイドもしてくれたことを考えると、20ドルは妥当な線だろうなと思う。ガイドには「おまえはスペシャルだ」と言われた。確かにミャンマー域内には外人は誰もいなかった。僕が国境に帰ってきた時も西洋人のグループが国境で写真だけをとって引き上げていた。僕はとてもラッキーだった。





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最終更新日  2004年10月27日 21時28分03秒
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