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2004年10月21日
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テーマ: タイ(3480)
カテゴリ: タイ・入院編
 昨日の夜次郎から電話があった。彼も昨晩ミャンマーから帰ってきたのだそうである。そして、今日は豪勢にこの辺で飲みましょうか(といっても僕は酒は飲めない)ということになり、夜彼が来るのを待った。日中は相変わらずその辺をふらふらしたりしていた。

 さて、次郎がホテルに迎えに来る。車が込んでるから途中で降りて歩いてきたよ。と言っていた。確かに目の前のシーロムロードは車の洪水で全く車が動いていない。次郎に何か食べたいものはあるかと聞かれたので、僕は前からどうしても食べたかったものをリクエストする。それは「しゃぶしゃぶ」だ。チベットに居る時から、日本人仲間の間で「しゃぶしゃぶ」のはなしで盛り上がっていた。特に僕は木曽路のしゃぶしゃぶを愛していおり、なにかにつけて木曽路のしゃぶしゃぶが食べたいとわめいていた。

 ネパールに着いた時に日本食が豊富なのを見つけて、目を皿のようにして「しゃぶしゃぶ屋」を探した。けれども「すきやき」までならなんとかあるのだが、どうしてもしゃぶしゃぶを出している店が見つからない。僕は本当に落胆して、相変わらずしゃぶしゃぶの店を夢見ていたのだ。そしてバンコク。当然のようにそこら中に日本食屋があり、ところどころで「しゃぶしゃぶ」の字が躍っている。こりゃあ食うっきゃないと思っていたのだが、いかんせん一人ではなかなか食べられないのである。だから、次郎が何を食いたい?と言った時僕は条件反射のように「しゃぶしゃぶ」と答えていたのだ。

 ところで次郎によると今日はタニヤ通りを案内してくれるのだそうだ。ここは以前にも書いたがパッポンのすぐ裏手にある日本人街。しかもこちらに在住している駐在員が接待や憂さ晴らしに訪れる場所で、当然値段もそれに見合った価格設定。だから普段の僕ならこんな所に足を踏み入れることはまずないだろう。それに看板からどんな店かを察知するのはなかなか難しく(といってもどこも大差ない)一見では店一つ選ぶのにも苦労する。中にはぼったくりバーも在るということだし。で、僕らは歩いてパッポンを越え、タニヤにやってきた。

 タニヤは長さ300~400メートルくらいのこの辺にしては太い道で、この道から更に細い小路が何本か出ている。その小路の周りもびっしりと日本語の看板で覆い尽くされており、ここだけ切り取ると、すすきのか、銀座かという感じだ。(といっても銀座ほど品は良くない)実は次郎もこの中で数軒しか行ったことが無く、いずれも上司に紹介された場所だといっていた。

何はさて置きしゃぶしゃぶである。タニヤプラザというショッピングセンターの2階に日本語で「しゃぶしゃぶ」と書いてある。うきうき気分でその店に入り、さあ注文とおもいメニューを開く。が、しかしなんだか様子が違う。でっかく「シーフード」などと書かれていて、それにつづいて「えび」とか「いか」とかしか書いていないのだ。「しゃぶしゃぶでシーフードか?」と最初目が点になったが、すぐに僕はこの店が「日本のしゃぶしゃぶ」ではなくて「タイ式のしゃぶしゃぶ」を出す店なのだと気が付いた。「タイ式のしゃぶしゃぶ」とは、いろんな海産物やいろんな肉を節操なくどんどん入れて、それを辛いスープに付けて食べる料理だ。「タイすき」とも呼ばれているが実態はどちらかというとしゃぶしゃぶに近い。この店の造りも、メニューに乗っている他の料理も純粋な日本食屋なのに、しゃぶしゃぶだけはタイ式らしい。わがままな僕は次郎に「夢を夢で終わらせないでくれ」と泣き付き、お絞りで手と顔をふいた上お茶なんかもいっぱい飲んだのにも関わらずやっぱりやめますとその店を出てきた。

 タニヤ通りを端まで歩く。この辺はバー・クラブばかりで、食事できる店はあまり多くない。それでも居酒屋のようなところをすう軒回って、手当たり次第「日本のしゃぶしゃぶはありますか?」と聞きまわるが、皆首を横に振るばかり。最後に絶対にしゃぶしゃぶなんて出てきそうに無い雰囲気のお店で聞いたところ、予想外なことに首を縦に振る。メニューには乗っていないのだが作ってくれるのだそうだ。それが何度も日本の本当のしゃぶしゃぶであることを確認して、ようやく落ち着くことにした。

 出てきたものは、本物のしゃぶしゃぶであった。感動だ。タレもぽん酢醤油である。紅葉おろしがなかったのは残念だが、そこまで贅沢は言えない。ついでにごまだれも出てこなかったが、僕は断然ぽん酢醤油派なので、そんな事はどうも良い。肉は柔らかく、あっさりとして、ほっぺたがとろけ落ちるというのはこういう感覚なのかということを実感した。物も言わずにがっついている僕を見て、次郎は半分呆れ顔で「肉が足りなかったら追加しようよ」と言ってくれた。当然僕は肉をほおばりながら笑顔でうなずいた。

 食事が終わると今度はカラオケクラブに連れていってもらう。次郎はここには何度も来たことが在るらしく、しっかりボトルも入っていた。男一人に女の子一人がつくシステムで、なかなか密度の濃いサービスをしてくれる。タニヤのクラブには二つのタイプがあって、一つは「連れ出しOK」でもう一つは「連れ出し不可」の店である。ずいぶん前からタイのこの手のはなしは大きく批判されているが、需要があれば供給もあるということだ。「連れ出す」場合は店に幾ばくかの「連れ出し料」を払って、連れ出した後は女の子と何をしようと客の自由である。女の子が店からもらう給料はすずめの涙程度で、客からもらうチップが生活の糧になっている。だからどの女の子も自分を連れ出してもらおうと必死なのだそうだ。



 東京に居た時、僕はカラオケが大好きで学生時代は週に2回はBOXに通っていた。就職してからも週に1回程度は行っていたと思う。次郎とも良く近くのカラオケボックスに出かけて行ったものだ。男二人で延々2時間も3時間もわき目もふらず歌っていた。端からみたら地獄のような光景だが、やっている方はもう自己満足の世界に突入しているものだからさほど気にならない。会社のアジアミーティングでタイのプーケットに行った時も夜は若手連中でカラオケで盛り上がった。10ヶ国くらいの国籍が入り交じった、大カラオケ大会で、サザンの真夏の果実を香港オフィスのやつらと日本語と中国語で張り合って歌ったりしてとても楽しかった。そしてその後僕が顔を覚えていないのにもかかわらず、他のオフィスの人から「あのカラオケの人だよねえ」などと声をかけられてられていたものだ。

 そして、ここしばらくカラオケに行っていなくて、ほとんど禁断症状に陥っていたのだ。前に行ったのはいつだっただろう。貴陽で女の子に騙された時だったかな。

 そんな訳で、今日は「歌い」に来たのだ。女の子を「連れ出す」つもりはあまりない。(全く無いといわないところが、弱いね)で早速歌う。次郎はいきなりSPEEDの「Go Go Heaven」でかましてくれる。彼の場合、受けをとろうとかそういうことではなくて、純粋にそれを歌いたいのだ。もっとも僕を相手に受けを取ったところで、どうしようもないのだが。それで僕は「名も無き詩」で対抗する。そして他の客が歌っている客待ちの時間に女の子とはなしをするという、彼女らにとってみれば本末転倒な客だ。

 周りを見渡すと結構面白い。すぐ隣のテーブルでは、上司と部下という感じの40代半ばと30代半ばのサラリーマンが飲んでいたのだが、それぞれ女の子とは間隔が5ミリあるかないかと言うほど密着しているのに比べて、その二人の間は3メートルくらい離れているのだ。お互い女の子との二人の世界に浸っているのだがたまに思い出したように大声で会話する。日本ではあまりみられない光景だけに、見ていて面白かった。僕らが歌に狂っているあいだに彼らは勘定を済ましていなくなった。特に「連れ出した」形跡はなかった。

 女の子は日本語も英語もしゃべれない。だから会話をしようにもとても苦労する。だから、彼女たちはさっきの中年サラリーマン軍団にやっていたように、密着作戦でコミュニケーションをとっているのだろう。僕らはほどほどに密着し、歌いまくり踊りまくった。けれども順番が回って来るのに時間がかかり、結局2曲しか歌えなかった。女の子にチップ(100バーツ)を渡して、そこを出る。

 次に次郎はタニヤで一番高級な、アメリカの有名なゴルフクラブの名前を冠したクラブに行く。ここは「連れ出し不可」なのだそうで、そのせいかたまにチュラロコーン大学というタイの東大みたいなところの学生が働いていることがあるのだそうだ。中はまさに高級クラブという感じで、広くゆったりした空間に高そうなソファーがおいて在り、ピアノの生演奏が耳に心地よく響いてきた。混んでいて女の子の選択の余地は無いのだが、日本語か英語のしゃべれる人と注文を出して、彼女との会話を楽しむ。ちなみに彼女は英語が結構達者であった。いろいろとはなしを聞いていて、彼女たちの大変さがよくわかる。

 彼女は休みが月1回しかないのだそうだ。年は26歳。僕の入院していた病院の近くに一人暮らししており、毎日8時から2時まで6時間労働。家に帰るのはいつも3時を回っており、起きるのはいつもお昼を回っているのだといっていた。「どうしてそんなに英語がうまいの?」と聞くと、「家は貧乏で学校にはいけなかったの。けれども、私、勉強が大好きで、英語は独学で学んだの。こういう店で働いているからヒヤリングはとても上達してあなたが言っていることは全部理解できるけれど、はなしをするのはまだ苦手なのよ。今は日本語もおぼえなくちゃいけないし。」と流暢な英語で教えてくれた。それから休日は何をしているかと聞くと「これといって何もしていないけれど、たまにはサイヤムスクエアに映画を見に行ったりしているわ。それから勉強するためにたくさん本を読んでいるわね。そうだ、あなたもしばらくバンコクに居るのだったら是非ともサイヤムスクエアにいってみるといいわよ」と言った。彼女の屈託の無い明るさと、向上心、それに彼女がいままで背負ってきたものを考えて僕は複雑な心境であいまいに笑った。きっと彼女は稼いだ金を田舎に仕送りしているのだろう。それはタイ、特にこのエリアで働く女性では普通のことだ。

 次郎によるとタニヤには更に野球拳などの企画物で人気のある店やそれこそ「連れ出し」を前提とした店などさまざまなタイプの店がひしめき合っているのだそうだ。遠い日本の地を離れて最前線で働く日本の企業戦士の癒しの場がこのタニヤ通なのだなと思った。





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最終更新日  2012年04月18日 02時51分10秒
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