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正月からいささかマジな話ばかりでしたので、ここでややオバカなお話。以前お話した「イケじぃ」と同じ洗濯工場にいた「アラじぃ」!「イケじぃ」とキャラは真逆ですが、針仕事は甲乙つけがたい名手でした。針仕事の他にも、物干し 衣服のたたみ、かたづけ 周りの掃除・・etc女性陣!恥ずかしくないですか?・・なんて言いたくなる腕前です!実はアラじぃ、元旅周りの役者さん、女形だったそうなのです(ホンマかいな?)かつて女性の所作 心情を徹底的に研究したそうです。ただしけして「組合の方」ではありません(笑)・・他にたくさんいらっしゃいましたが・・!ちなみに「彼ら?彼女ら?」は、夜は独房暮らしです(爆笑)とにかくアラじぃは男気のある・・いえ正確にいえば「超女好き」のオトボケジジィです。土座周りの厳しさ 寂しさから「お薬」に手を出してココへ来たそうです。・・いろいろあったのでしょうが、そんなことは一切表にだしません。みんなで干し物をしているとき、干し場の班長だった私のそばにきて「レイゴちゃーん!干し方下手!」なんて言いながらオシリ半分をガッと鷲づかみされ、「あーあ これが女子大生やったらなぁ!」(ええかげんにせい!!)けど アラじぃ! 「男と女 恋は 舞台とおんなじ!100対100!やないとあかん!」「そやから わしは 突っ込み(女性の犯罪)はゆるさん!」なんて言ってました!!(カッコイイ!!)「女」を知り尽くした彼ならではのセリフです。私がインフルエンザで倒れ 病舎入りの手続きがすむまで裁縫場で横になっていると、「ここにシャブがあったら、熱なんか一発やのにぃぃ!」冗談言って気を紛らわせてくれて・・ありがとな!(けど シャブはあかんやろ!!)・・・でも・・「踊りとクスリはやめられそうにないわ・・」とも・・。あかんで!!アラじぃ!!・・・どうしているんでしょう?ひょうきんさと、せつなさを教えてくれた「名優」でした。
2008年01月26日
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今を去ること40年以上前 私はキリスト教系の幼稚園に通っていました。 そこで神父様のお話の時間に聞いた事が忘れられません。 わずか4、5才の時の記憶が何故こんなに鮮明なのか不思議でなりません……。 とある王国のおかかえの絵師が「民を喜ばせるために天使を描いて欲しい」と頼まれ 彼はモデルを求めて国中を奔走します。 思いついたのが幼稚園で子供達を描くことでした。 その中にひときわ可愛らしい輝くような幼児を見つけてその子を手本に「天使の絵」を描き上げ王様からたいそう誉められたくさんの褒美をもらいます。 たくさんの月日が流れ「天使の絵」で身も心も豊かになった国民を見た王様は「今度は戒めの気持ちを忘れないように地獄の悪魔の絵描いて欲しい」とその絵師に頼みました。 また彼は国中を歩いて 監獄で 一番悪事を働いた終身刑の男を見つけます。 とんでもなく怖い顔をした男を目の前にして それはそれは恐ろしい「悪魔の絵」を完成させました。 描き終えて監獄の役人や男に絵を見せると 男はポロポロと泣きながら言いました。 「あなたに絵を描いてもらうのは二度目です。たいそう昔 子供の時 私を見て天使を描いてもらいました…その後の私の行ないがどんどんどんどん間違った方に向かい、こんな人間になってしまいました。」 なんとあの時の子供だったのです。それを聞き、絵師は「今からでも遅くないから あの時の「天使の絵」を思い出して悔い改めれば必ず神様は天国へお導きくださるよ!」そう言って微笑みました。 全ての話を絵師から聞いた王様は 改めて戒めの心を強くして、国を長く穏やかに治められたそうです。 以前の小松左京さんのショートショートの「若い頃の自分と喧嘩になる老紳士」の話はあくまで前向きな一人の二つの人格の様子です。 「天使」のような子供達が、「悪魔」のような大人達に命を奪われるニュースが渦巻く今 考えてしまいます。大人もかつては「天使」だったろうし、子供も「悪魔」になってしまう可能性を秘めている・・・。 ひとりの人間が ずっとそのままであり続けることは難しいことですし、その必要はないと思いますが、 この話を聞いた幼稚園の時 私は「天使の顔」をしていたのか?そしてレイゴマンになってしまった時 「悪魔の顔」だったのか? この話を頭の中で反芻するたび答えに窮します。………でも、せめて死ぬ時は「仏の顔」をしていたいものです・・。
2008年01月23日
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「ただいまから、仮出獄認定書授与式を行います。」 その言葉のあと、金線のオヤジやエライさんのお話を三年ぶりに着る防虫剤の臭いがプンプンする私服姿で神妙(?)に聞きます。 ひとりづつ名前を呼ばれ、薄っぺらい紙切れを受け取ります。 後ろには迎えの家族が・・・なんだか中学の卒業式と変わりません(笑) 迎えが来ない者は、まとめてワゴン車に乗せられてJRの駅までオヤジが付き添います。交通費はほぼ全額支給され、切符も予約済みです。贅沢なようですが、「何時何分に乗りました」ということを、帰着する保護観察所に知らせておかないといけませんから・・ オヤジが改札の職員さんにキップを渡しながら、「あ!またお世話になります。」レイゴマンって丸わかり(笑)「ほな がんばれよ!」最後のゲンコツをもらって列車に乗ります。・・・ 「先生! いろいろお世話になりました」 ・・・・松山から京都まで約四時間の小旅行です。 母の体力や経済事情も考えて「迎えなし」の申請を出し、許可されたのも「模範囚」のおかげですかねぇ? 三年前 手錠がはまっていたこの両手に、今は雑誌と缶コーヒー。瀬戸大橋も全く別の橋に見えています。どこから見てもただの旅行者(?) 岡山から新幹線で京都へ、学生時代さんざん乗った地下鉄で母校の向かいにある保護観察所へ・・・。 手続きを終えて、母と再会、狭いアパートで三年間苦労をかけました・・。 銭湯で好きなだけお湯を使って久しぶりのビール! うまかった!!・・・けど こんなビールの味わい方は一回で結構! これが2004年1月21日 四年前の今日の風景でした。
2008年01月21日
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阪神淡路大震災から13年経ちました。 京都は揺れが大きかっただけですが、元嫁の実家が西宮で、大阪・兵庫に友人達もいましたからやはりあの時は「当事者」と申し上げてもよい状況でした。 昨日のことのように鮮明に覚えていること、夢まぼろしに感じることが交錯して私の頭をよぎります。 関西では今も、毎年この日は追悼式典 イベントが行われ、マスコミも特集をくみ、記憶を風化させないようにしています。 確かに東京の友人とこの話題になると なんとも言えない「温度差」を感じます。 刑務所でも、関西のレイゴマン達とは、「地震の時どないしてた?」なんて話題がすぐでますが、関東の連中は「もう大丈夫なんでしょ?」なんて気楽な反応でした。本当に考えておかないとあかんのは関東やのに… しかし 私的には震災に別の側面の思いがあります。 バブル崩壊で冷え込んでいた関西経済に追討ちをかけたのがあの地震でした。中小零細企業はほぼ「死に体」となり私も両親が残してくれた店の経営が急激に悪化し焦りが極まって、お金の犯罪に走ってしまいました。 ですから震災のニュースなど見聞きすると、あの時の荒んだ精神状態が甦ってイヤなもんです(苦笑)…… 自分のしでかしたことを 震災や社会環境のせいにする気など毛頭ありませんが、全く無縁だとも思っていません。ただ災害や戦争は必ず「不幸の種」をまき散らすことは間違いありません。 今も神戸では「老人の孤独死」のニュースがなくなりません。「老人」と言っても震災当時は今の私とそう変わらない年齢の方々ばかりで、言葉を失ってしまいます。 戦争は人の力でなくせます(そう信じたいです)し、災害もより小さくできます。むしろ「荒んだ気持ち」を忘れず逆に「人の力」を育てる糧にしていけたらと思っています。
2008年01月20日
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今年はオリンピックイヤーですね!井上康生ちゃん!おめでとう!! 年末年始・冬は 夏とはまた一味違うスポーツシーズンです。12月まで野球が盛り上がり、サッカー・ラグビー・アメフト・フィギィアースケート・格闘技・・etc・・・そうこうするうちキャンプインです!スポーツ好きの私は、1年中不自由しません(笑)四国 松山は野球王国ですから、レイゴマンのとき野球を中心にいろいろなスポーツ好き、アスリートとも出会いました。そんな中 かなり共感してもらった話があります。・・以前から私は、文武両道という言葉が、あまり好きではありません。「文武」 今風にいいますと、勉強とスポーツでしょうか。それを「両方」とも身につけることがすばらしい・・。しかし、私には日本人がいつからか共通して持っている「スポーツは勉強(机上の学問)より一段下」という観念を現しているようでイヤでた。 事実 学生、特に大学時代 今も名をとどろかすトップアスリート達を目の当たりにして、羨望の眼差しの反面 一応偏差値上位校でしたから、 「あいつ どうせスポーツ推薦入学やんか!ろくに受験勉強もしてへんくせに!」なんて陰口を聞きましたし、恥ずかしながら私も何度も口にしました。でも 自分自身スポーツに親しみ、歳を重ねるうち、「彼ら 彼女らがスポーツに注いだ心血 そこから得た苦楽は まさに『東大級』ではないか!?」と思えるようになりました。最近「スポーツ特待生」が問題になっています。これは「学校というのは、勉強で入るもの」という差別意識が根元にあると思います。義務教育の小中が終われば、 「好きなこと」「やってみたいこと」を学究するのが 高校から大学の道筋です。 ですから 芸能 芸術が入試として また単科大学として存在するように スポーツも列記とした一学問として 入試科目とする体制づくりが考えられても良いのではないでしょうか? 野球を愛する少年に 「変化球が何故曲るのか?」を入口に物理を学んでもらったり、大リーグの理論書を読んで英語を身につけたり・・・ 興味と好奇心から勉学にはいれば良いのではないでしょうか? そういう環境を創り上げれば 「スポーツ特待生」の問題も柔軟で良い方向に向かうと思えるのですが… 色即是空 空即是色 文即是武 武即是文です(愛笑) 文武両道より 「剣禅一如」「力愛不二」という言葉が 私は好きです。
2008年01月16日
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福岡の飲酒殺人事件 まだ腹の虫がおさまらないので もう少しお話してみます。 何が許せないかと言えば、判決は7年6月で もし刑がこのまま確定すれば、ヤツはものの4年で出てきます! つまり…いささか不謹慎なたとえですが…次のロンドン五輪はシャバで見れる…ということです。 三人もの健気な命を、これから何十年あったであろう素晴らしい人生を、飲酒などというチンケな快楽のはてに奪っておいて!(激怒) あの虫ケラは三十才を迎えるはるか前に人生を再開できるのです。 何故そんなことになるかといいますと、少し御存じな方なら簡単な話なのですが、まずヤツの刑期に 未決通算日数が差引かれます。 起訴から判決まで留置所・拘置所にいた間は「刑務所にいた」と見なされ その全日数の最低でも半分は算入されます。 もっとも、厳しい裁判官なら「全く認めない」と判断する場合もありますが、少例です。 事件は約二年前ですから、「一年~一年半」は貰うでしょう。判決の際に言い渡されているはずです。 ですから「実刑期」は六年ということになります。 さらに しばしばお話する仮釈放が 考えられます。以前お話した「被害者感情の強弱」を考え合わせても、20~25%の割合が換算され6×0.8~0.75で約四年になります。こんなつまらない計算をしなくても、とにかくたった!たった!7年で日の光を浴びることができるのです!……とここまででも 一般の方でも、あの子供達の笑顔を思い出すと はらわた煮えかえるはずですが、レイゴマン経験からしますと、まだまだ許せないのが、ヤツの今と今までの心境が推察できますので…… おそらくヤツは自分のしでかした事の恐ろしさを実感していません。 ただ 周りの環境が大変なことになっているので 今までのノーテンキな暮らしとのギャップに心身がついて行けてないことと 「反省のフリ」をしないと判決が悪くなると 入れ知恵されているだけです。敢えて断言します。 「刑務所満杯」ですから「交通のレイゴマン」も数多く松山に来ました。 彼らは「シラフ」に戻っていますから、事故事件の時のことは夢のような感じになっていて、その後のレイゴマン生活に困惑しているのが反省しているように見えるだけなのです。その証拠に、「出たら 〇〇に遊びに行こう」とか「酒は少し控えて・・えへへ」とか「事故だって、こっちだけの責任やないからね」なんてセリフをはいていました。・・・あまり決め付けてはいけませんが・・(謝)ですからヤツの反省なんか求めず、ただただ御遺族の「復讐心の満足」(法律用語にあるそうです)を求めてあげたい。そのためには一生ブチ込むか 逆にそれこそ「早く」出して、シャバの生活の中で、あらゆる手段で「イジメ」抜いてやるしかないのです。レイゴマンはやはり、一般の方々と「全く同じ」生活をしてはならないと思います。その罪の重さに応じた「クサリとオモリ」を身に着けて生きるべきだと思っています!!
2008年01月12日
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福岡の飲酒殺人事件(敢えてそう言います)・・・懲役7年6月?危険運転致死傷罪が適用されず!・・安!!(ヤス・レイゴマンの言葉で軽すぎ!!)なめとんか?! ふざけるな!・・・お前がそれですむなら、俺や松山で出会ったレイゴマン達は全員「無罪」じゃ!ボケ!・・司法試験に受かったからといって、あいつらを手放しで敬うの、やめます! 私の素直な感想です。 一方 別のニュースで、政府は 「懲役」と「執行猶予」の他に「社会福祉やボランティア」に参加させる制度を刑罰に加える方針をかためた。とありました。 いろいろなレイゴマンと出会うなかで 確かに 「実刑はかわいそう」だけども「執行猶予で(事実上の)野放し」はないやろう!という者 また逆に「これは短くても実刑くらわすべきやで」という者もいましたし、警察の方 検察の方 刑務官のオヤジ 弁護士との話のなかでも「これだけ社会が複雑になると、懲役と執行猶予(ムショかシャバ)のふたつしか刑罰がないというのは不自然かもしれない。」 といった会話をしたこともありました。 そういう意味では 一歩前進 の感もなくはありません。 しかし 実際は 「現在刑務所は満杯状態」という側面があり、「もうこれ以上懲役が増えるのは、刑務所側としては不都合」というのが本当のところのようで、これの打開策の性格があるのです。もちろんニュースでも論じていました。 レイゴマンだった数年前 すでにこの話題はマスコミでもとりあげられ、何より私自身が「満杯状態」を実感していました。その情景は悲劇を通り越して喜劇でした。 そのお話は次回させてもらうとして……とにかく「罪の償い」「更生」の目的からやや違う観点からこういう制度ができるのはいかがなものでしょう? 刑罰にいろんな性格を持たせるのが本当の大義名文なら、この 飲酒殺人の大馬鹿者に見合った 死刑とも無期懲役とも違う 新しい「極刑」を創るべきではないでしょうか? もっとも 既存の法律(未秘の故意による殺人など)を駆使しきれていない現在の法曹にも問題はありますが…。 しかし どんな刑罰を創設しても、本人が 胸を切り裂かれるような辛さを感じなければ、刑務所生活も ただの合宿です。……いえ むしろシャバに戻った後に 罪さえ犯していなければ襲うはずのない 環境 人間関係 自身の心境…様々な変化に苦しむ事のほうが「罪の償い」ではあるのですが……。
2008年01月09日
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いつもより一時間遅く起床。七三の麦飯が銀シャリになり、コンビニ弁当に毛の生えたような折り詰めの「おせち料理」の支給。(2日の午前中までに喫食の規則つき・笑)・・・あとは一日テレビ三昧!・・・大晦日から二日ぶりの入浴が唯一 部屋から出られる機会。 膝が痛くなり、日ごろの粗食に反して、おせち菓子ぜめのためにお腹を壊すレイゴマンが続出。 そろそろ工場に出たほうが楽?・・とにかく退屈。 これがレイゴマンの正月風景。 正直 「罪の償い」と言うにはいささか気が引ける状況です。 ただ今思い出すと、こういう「お金はないけど、時間はある」という環境に置かれたとき、自分なりにこなせる人とそうでない人とでは、例えKム所の中でも、好感度というか、生活のハリというかが違うような気がしました。 簡単に言ってしまえば、「趣味」「楽しみ」を持っているかいないかの差でしょうか?つまり「生き甲斐」「やる気」の強弱です。 ない者はすぐ時間を持て余し、他人にチョッカイをだしてトラブルの種を蒔きます。・・KYってやつですか?(笑) テレビ観賞 読書 ノート書き・・どんなささやかなことでも、「好きなこと」を持っている者は、それを楽しむことに心が前向きになっていますから、適度に会話に参加して、他人の嫌がることはほとんどしません。・・あまり度がすぎると「オタク」になりますが(笑) これはシャバに出てからの大きな差になると思うのです。 「お金を出して」「他に求めて」得る「楽しみ」がほとんどのシャバですが、「自分の心が内側から」求める「楽しみ」があれば、最小限のお金を足がかりに退屈することはないと思います。 つまり自分の人生に「前向きな要素」が生まれます。 どうやら私は「文字」「書くこと」が「楽しみ」のようです! Kム所で得た、いや気づかされた収穫です(笑) こうして「下手の横好きブログ」のネタを整理していると、あとはテレビのお笑いをBGMに三が日が過ぎていきます。気が付けば 紅白 格闘技 クイズ バラエティのメモが溜まってしまいました(笑) これからの人生「上質な暇つぶし」を探していきたいですねぇ!
2008年01月03日
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あけましておめでとうございます!少し?な天気ですが、すがすがしい寒さです!やっぱりシャバの正月はエエですねぇ!(笑)さて 近所の神社行って参ります!三が日は少しほろ酔いなブログになるかもわかりませんが、お許しくだい。でわ みなさんにとって素晴らしい2008年でありますよう!
2008年01月01日
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