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源義経黄金伝説■第46回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★1ヶ月後、西行と十蔵は、何事もなかったように、奈良東大寺にある総勧進職、重源(ちょうげん)の前に立っていた。海上の道を進み、荷駄隊が黄金を届けていた。吉次の配下が行った。秀衡は安全な海上の道をすすめたのだ。大物浦(兵庫県尼崎市)についた黄金は淀川、山崎、奈良山の川道を通じて東大寺に届けられている。重源(ちょうげん)は西行を労い、感謝をあらわしている。重源は、西行が伊勢草庵に返った後、東大寺闇法師である十蔵を別室に呼んでいる。「何か変わったことはなかったか、十蔵どの」「はい、先ほどの西行様のご報告の通りです」 「ふう」 重源は、じっと十蔵の顔をのぞき込む。「十蔵殿、お主、ひとあたりしたな」重源は、西行という人間に影響されたと言っているのだ。「ひとあたりですと、何を言われます、重源上人様」「私は、のう、結縁衆の方々の報せも、聞いておりますぞ」重源は言葉を止めて、目の前にある茶碗をゆるゆるなぜている。「よいか、十蔵殿、お主の体は、すでにお主のものではないのだ。よいか、お主の体と心は、闇法師になった瞬間から、東大寺がものですぞ。それを忘れていだいては困りますのう」「は…」重蔵は青ざめている。小刻みに体にふるえがきた。「ふふ」重源は、ねずみをいたぶる猫のつもりか、十蔵の顔を覗き込んだ。「まあ、よろしかろう。お疲れでございましょうな。さぞかし。ふふ、ではお下がりなさい。西行殿の動きは、これからも逐一報告くだされよ。よろしいですかな。十蔵殿よ、ふふ」「わ、わかりもうした」 ほうほうの体で、十蔵はあわてて重源の前から消えた。 内心の動揺は、重源に見透かされている。「あれでよろしいのですかな、はたして、、」 勧進を手助けする若き僧、栄西が障子のうしろから茶碗を手に、重源の前にあらわれている。重源はゆっくりと、それに答えず茶を飲む。「ふふう、相変わらずうまい茶だな。のう、栄西殿、良薬、良薬、いや、人が人にあてられるという事は、ご存じかな」「重源様、はて、面妖な。人にあてられる事ですと。一体、それは」「十蔵がことですよ。あやつ、西行殿という劇薬にあてられたかもしれませんな」「西行殿が劇薬。ははっ、重源様は、面白いことを言われる。西行殿を、我々が結社に取り入れておいた方が、よかったですか」 重源は少し考えていた。「ふむ、いや、少し、それは遅すぎたかもしれませんのう、西行殿は、みづからの結社(けっしゃ)をおもちだわ。ふふ」重源はにこりと微笑んでいる。「いずれ、私が鎌倉にて、我らが結社の分派を、作り上げましょう」栄西が上機嫌で、決意を新たにした。「ほほ、それはよき考え。私も、宋の陳和景を鎌倉へいかしましょうぞ。それに掘り師たち、運慶殿、快慶殿らも、この東大寺が仕事が終われば、鎌倉まで取りよこします」「ふふう、板東の要塞都市、鎌倉を我らが支配する。面白く楽しい、身震いいたしますな」「いずれ、西行殿は、奥州平泉をそのようにしようとしていたらしいが、西行殿は少しあの平泉王国、いあや、奥州藤原家に入れ込み過ぎましたな。やはり、西行殿はのう、桜の花が、、好きだからのう。ふふ、、」「西行殿は、やはり、散り際の見事さをお考えでございますな」「さようよのう、西行殿は、所詮は、残念ながら、北面の武士あがりですのう。我々のように、武士上がりでも、比叡の山や宋に留学にいき、選ばれた学僧になった者ではありませんからのう」「それも道理でございますな。それでは、重源様、私はまた宋へ行って参りますぞ」「おお、今度お帰りになる時は、大仏殿は完成していましょう」「それに、」栄西は少し考えて、「重源様。頼朝殿からも、金を出させねば仕方ありますまい」「そうですな。頼朝殿も、我々の前で、砂金を差し出すという大見えを、切ってもらわくてはなりませんからのう」重源、元の名は紀重定(きしげさげ)。東大寺、仕度一番。紀家は、古代貴族大伴家の血をひく技術の家。家の歴史が違うのである。東大寺の二人の勧進僧は、お茶釜を前にゆっくりとほほえみを絶やさず、前にある湯気のたち込めるお茶を飲み干している。■鎌倉には、西行襲撃失敗の報告が早馬で届いている。「西行を追った我が手の者、かえって参りませぬ。どうやら、返り討ちにあったようでございます」大江広元は、策の失敗を頼朝に告げた。黒田悪党、次郎左達は大江の支配下に動いていた。「むむう、役に立たぬやつらじゃ。して、西行は。そして沙金は」 頼朝は、顔を朱に染めて尋ねる。「どうやら、西行は、いまだ平泉から動かぬ模様です。沙金については、行方しれずとのうわさ」「待てよ広元、我が手配の者ども失敗したといいうたな」「左様です」「では、砂金の行方は、おかしいではないか」「あるいは、他の賊がが奪いにきたか、あるいは秀衡に対して西行が嘘をつおいているか」その時は、雑色が入って来る。「藤原秀衡様の沙金が、鎌倉に届きました」「して、その荷駄隊に、西行なる法師おったか」 広元は尋ねた。「いえ、多賀城の商人吉次の荷駄隊と聞き及びます」「吉次の……」「西行の沙金いかがいたしたか」「いずこかに。今日の荷駄は、恐らく平泉の別動隊。秀衡もやるものです。一杯食いました」「ならば、西行の荷駄隊は目くらましか」 「いつくかの荷駄隊を送り出した可能性もございます」 二人は策につまり急に黙る。「のう広元、一体、後白河法皇はどのような話を、西行に伝えたのか」頼朝が別の考えをしめいしゃ。「あるいは秀衡殿と、義経殿が手を結び、この鎌倉を攻めよとか」「秀衡殿、動くかどうか」「今、あの平泉は義経殿が戻ったことにより、秀衡の和子たちが命令にしたがいますまい。秀衡の子供のうち、特に泰衡は、腑抜け。とても秀衡の後を継げる器ではないと聞いております。泰衡を一押しするのです。義経を渡さねば、鎌倉の軍勢が平泉を攻めると」 広元は一番恐るべき、そして考えられる策を述べる。「その一押しも、この鎌倉ではなく、京の法皇から出させた方が面白いかもしれぬ」「まこと、さようでございます。平泉王国、内部から崩壊させるのが得策」 広元は、頼朝の案に賛意を示した。「広元。わざわざ義経を見逃し、平泉に入れたのも正解かも知れぬのう」 意外な言葉であった。頼朝は、わざと、義経を逃がし、どうしても奥州へ逃げて行かざるを得ないようにしたというのだ。「まこと、これは頼朝様にとって、義経殿、秀衡殿、大天狗殿(後白河法皇)の三者を一度に追い詰めて行くのに好都合でございましたな」 この時期に、三者を纏めて滅ぼそうという案だった。「では、もう一手打つか」「はて、その手は、平泉の内紛を起こすための……」「そうだ。泰衡の舅殿、藤原基成殿を動かすのよ」「おお、それはよい手でございます」広元、手を打った。「秀衡殿亡き後、基成殿は泰衡殿の政治顧問、義経殿のことよく思っておりますまい」■ 京都でも、後白河法王と関白の九条兼実が策を練っている。「さあ、どうだ、兼実。お前なら、どちらを取るかだが。秀衡か、頼朝か」 かすれ声で、後白河は言った。「法皇様、そのお声いかがなされました」「いや、また、ちと今様(いまよう)をうたいすぎてのう。声が嗄れたわ」今様好きのの法王は、こんな折りでも今様はかかさぬ。生活の一部である。「秀衡、頼朝の事、法皇様のことでございますから。両天秤をかけた上、各々方策を取っておいででしょう。どちらにころんでも安全なように」 疑い深く兼実は答える。貴族の長らしい安全策をのべる。 後白河は、ふうと溜め息をついたようだった。「よう、わかったのう」「それはそれは、麿はいつもお側にお仕えしている身でございます。そのくらいのこと読めずにいかがいたしましょう」「ともかく、兼実、朕は、あの武士どもが嫌いだ。なにか策を考えよ」 心の底から、後白河法皇は武士を嫌っているのである。続く2010改訂作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★
2010.04.06
源義経黄金伝説■第46回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★1ヶ月後、西行と十蔵は、何事もなかったように、奈良東大寺にある総勧進職、重源(ちょうげん)の前に立っていた。海上の道を進み、荷駄隊が黄金を届けていた。吉次の配下が行った。秀衡は安全な海上の道をすすめたのだ。大物浦(兵庫県尼崎市)についた黄金は淀川、山崎、奈良山の川道を通じて東大寺に届けられている。重源(ちょうげん)は西行を労い、感謝をあらわしている。重源は、西行が伊勢草庵に返った後、東大寺闇法師である十蔵を別室に呼んでいる。「何か変わったことはなかったか、十蔵どの」「はい、先ほどの西行様のご報告の通りです」 「ふう」 重源は、じっと十蔵の顔をのぞき込む。「十蔵殿、お主、ひとあたりしたな」重源は、西行という人間に影響されたと言っているのだ。「ひとあたりですと、何を言われます、重源上人様」「私は、のう、結縁衆の方々の報せも、聞いておりますぞ」重源は言葉を止めて、目の前にある茶碗をゆるゆるなぜている。「よいか、十蔵殿、お主の体は、すでにお主のものではないのだ。よいか、お主の体と心は、闇法師になった瞬間から、東大寺がものですぞ。それを忘れていだいては困りますのう」「は…」重蔵は青ざめている。小刻みに体にふるえがきた。「ふふ」重源は、ねずみをいたぶる猫のつもりか、十蔵の顔を覗き込んだ。「まあ、よろしかろう。お疲れでございましょうな。さぞかし。ふふ、ではお下がりなさい。西行殿の動きは、これからも逐一報告くだされよ。よろしいですかな。十蔵殿よ、ふふ」「わ、わかりもうした」 ほうほうの体で、十蔵はあわてて重源の前から消えた。 内心の動揺は、重源に見透かされている。「あれでよろしいのですかな、はたして、、」 勧進を手助けする若き僧、栄西が障子のうしろから茶碗を手に、重源の前にあらわれている。重源はゆっくりと、それに答えず茶を飲む。「ふふう、相変わらずうまい茶だな。のう、栄西殿、良薬、良薬、いや、人が人にあてられるという事は、ご存じかな」「重源様、はて、面妖な。人にあてられる事ですと。一体、それは」「十蔵がことですよ。あやつ、西行殿という劇薬にあてられたかもしれませんな」「西行殿が劇薬。ははっ、重源様は、面白いことを言われる。西行殿を、我々が結社に取り入れておいた方が、よかったですか」 重源は少し考えていた。「ふむ、いや、少し、それは遅すぎたかもしれませんのう、西行殿は、みづからの結社(けっしゃ)をおもちだわ。ふふ」重源はにこりと微笑んでいる。「いずれ、私が鎌倉にて、我らが結社の分派を、作り上げましょう」栄西が上機嫌で、決意を新たにした。「ほほ、それはよき考え。私も、宋の陳和景を鎌倉へいかしましょうぞ。それに掘り師たち、運慶殿、快慶殿らも、この東大寺が仕事が終われば、鎌倉まで取りよこします」「ふふう、板東の要塞都市、鎌倉を我らが支配する。面白く楽しい、身震いいたしますな」「いずれ、西行殿は、奥州平泉をそのようにしようとしていたらしいが、西行殿は少しあの平泉王国、いあや、奥州藤原家に入れ込み過ぎましたな。やはり、西行殿はのう、桜の花が、、好きだからのう。ふふ、、」「西行殿は、やはり、散り際の見事さをお考えでございますな」「さようよのう、西行殿は、所詮は、残念ながら、北面の武士あがりですのう。我々のように、武士上がりでも、比叡の山や宋に留学にいき、選ばれた学僧になった者ではありませんからのう」「それも道理でございますな。それでは、重源様、私はまた宋へ行って参りますぞ」「おお、今度お帰りになる時は、大仏殿は完成していましょう」「それに、」栄西は少し考えて、「重源様。頼朝殿からも、金を出させねば仕方ありますまい」「そうですな。頼朝殿も、我々の前で、砂金を差し出すという大見えを、切ってもらわくてはなりませんからのう」重源、元の名は紀重定(きしげさげ)。東大寺、仕度一番。紀家は、古代貴族大伴家の血をひく技術の家。家の歴史が違うのである。東大寺の二人の勧進僧は、お茶釜を前にゆっくりとほほえみを絶やさず、前にある湯気のたち込めるお茶を飲み干している。■鎌倉には、西行襲撃失敗の報告が早馬で届いている。「西行を追った我が手の者、かえって参りませぬ。どうやら、返り討ちにあったようでございます」大江広元は、策の失敗を頼朝に告げた。黒田悪党、次郎左達は大江の支配下に動いていた。「むむう、役に立たぬやつらじゃ。して、西行は。そして沙金は」 頼朝は、顔を朱に染めて尋ねる。「どうやら、西行は、いまだ平泉から動かぬ模様です。沙金については、行方しれずとのうわさ」「待てよ広元、我が手配の者ども失敗したといいうたな」「左様です」「では、砂金の行方は、おかしいではないか」「あるいは、他の賊がが奪いにきたか、あるいは秀衡に対して西行が嘘をつおいているか」その時は、雑色が入って来る。「藤原秀衡様の沙金が、鎌倉に届きました」「して、その荷駄隊に、西行なる法師おったか」 広元は尋ねた。「いえ、多賀城の商人吉次の荷駄隊と聞き及びます」「吉次の……」「西行の沙金いかがいたしたか」「いずこかに。今日の荷駄は、恐らく平泉の別動隊。秀衡もやるものです。一杯食いました」「ならば、西行の荷駄隊は目くらましか」 「いつくかの荷駄隊を送り出した可能性もございます」 二人は策につまり急に黙る。「のう広元、一体、後白河法皇はどのような話を、西行に伝えたのか」頼朝が別の考えをしめいしゃ。「あるいは秀衡殿と、義経殿が手を結び、この鎌倉を攻めよとか」「秀衡殿、動くかどうか」「今、あの平泉は義経殿が戻ったことにより、秀衡の和子たちが命令にしたがいますまい。秀衡の子供のうち、特に泰衡は、腑抜け。とても秀衡の後を継げる器ではないと聞いております。泰衡を一押しするのです。義経を渡さねば、鎌倉の軍勢が平泉を攻めると」 広元は一番恐るべき、そして考えられる策を述べる。「その一押しも、この鎌倉ではなく、京の法皇から出させた方が面白いかもしれぬ」「まこと、さようでございます。平泉王国、内部から崩壊させるのが得策」 広元は、頼朝の案に賛意を示した。「広元。わざわざ義経を見逃し、平泉に入れたのも正解かも知れぬのう」 意外な言葉であった。頼朝は、わざと、義経を逃がし、どうしても奥州へ逃げて行かざるを得ないようにしたというのだ。「まこと、これは頼朝様にとって、義経殿、秀衡殿、大天狗殿(後白河法皇)の三者を一度に追い詰めて行くのに好都合でございましたな」 この時期に、三者を纏めて滅ぼそうという案だった。「では、もう一手打つか」「はて、その手は、平泉の内紛を起こすための……」「そうだ。泰衡の舅殿、藤原基成殿を動かすのよ」「おお、それはよい手でございます」広元、手を打った。「秀衡殿亡き後、基成殿は泰衡殿の政治顧問、義経殿のことよく思っておりますまい」■ 京都でも、後白河法王と関白の九条兼実が策を練っている。「さあ、どうだ、兼実。お前なら、どちらを取るかだが。秀衡か、頼朝か」 かすれ声で、後白河は言った。「法皇様、そのお声いかがなされました」「いや、また、ちと今様(いまよう)をうたいすぎてのう。声が嗄れたわ」今様好きのの法王は、こんな折りでも今様はかかさぬ。生活の一部である。「秀衡、頼朝の事、法皇様のことでございますから。両天秤をかけた上、各々方策を取っておいででしょう。どちらにころんでも安全なように」 疑い深く兼実は答える。貴族の長らしい安全策をのべる。 後白河は、ふうと溜め息をついたようだった。「よう、わかったのう」「それはそれは、麿はいつもお側にお仕えしている身でございます。そのくらいのこと読めずにいかがいたしましょう」「ともかく、兼実、朕は、あの武士どもが嫌いだ。なにか策を考えよ」 心の底から、後白河法皇は武士を嫌っているのである。続く2010改訂作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★
2010.04.06
源義経黄金伝説■第45回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★後白河法皇(ごしらかわほうおう)は望みもせず、運命のいたずらで帝位にあがってしまった天皇であり、上皇であった。 若い頃より今様に打ち込み、政治のことなどはまったく知らぬ政治を治める天皇の器には程遠い、ほうけもの、不良少年、不適格者であると見なされていた。 このあやまって天皇になってしまった男が、日本最大級の政治家になろうとは、京に住む公家の誰もが思わなかったに相違ない。「あの、ほうけものが…」というのが、貴族の一般的な反応であった。 遠くに見える比叡山を背景に人々のざわめきや歌声が響いていた。 後白河の宮殿である。この時期、法皇はよく宮殿を移動している。部下の貴族の邸宅をそれにした。法皇はもの想いにふけっている。法皇にとっては、頼朝は、単なる地方の反乱軍のひとつにすぎす。平家六波羅政権を打ち倒す方策にすぎなかった。それが坂東平家・北条にとりこまれ、このような大勢力になるとは、思いもよらなかったのである。法王が仕掛けた手紙による爆弾は次々に効果を産み、日本全土を混乱のちまた。京都王朝始まっていらいの動乱へと導いていた。朕が悪いか?いやいや、そうではあるまい。崇徳(すとく)だ。あの兄の怨霊が、戦乱・地震・飢餓を次々と呼び起こしているのだ。保元元年(1156年)兄崇徳を讃岐に流し、8年後亡くなっている。世に言う保元の乱である。京都鴨川の河岸には、鳥べ野で処理できない死体の山がはみだし、川が氾濫する度に、腐乱した人間であったもの腐乱した肉片が陸地におしもどされて腐臭を放ち、犬や烏が群れをなしてがそれをついばんでいる。混乱の京都から、何人かの貴族流れものが行った。大江家がこれほどになるとは、、法皇はため息をつく。それに比べて、朕の傍には、、、よほど才能というものが、この京あたりには枯渇しておるらしい。いつも考えているのは坂東・奥州の位置づけの問題なのである。征服王朝である京都王権にとっては、この両地方のバランスが大切なのである。源頼朝はこの両地方を手にいれようとしている。それは許しがたい。何らかの方策が、、ひとつは西行。もう一つは義経。どう転ぶか。予断を許さない。ましてや、西行の計画は法王自身の精神問題にもつながっている。怨霊である。近頃崇徳ののろいが、、苦しめている。憂さ晴らしとして、今様を歌ざるを得ない。騒がざるを得ない。しかし、時代は代わってしまったものよ。法皇は京都政権を守らねばならなかった。武士はとは、殺人をないわいとする職業集団。いみ嫌うその集団を、北面の武士といういわば、親衛隊をつくり自分を守らねばならない。その矛盾はある。後白河は、26年前、頼朝の事は覚えている。頼朝の父を、この平安京始まって以来。殺人刑に処した。あの折の頼朝の表情は覚えている。たぶん、朕をうらんでいるであろう。文覚もあの折には、、、 今、後白河は、白拍子たちを集め、宴を開らこうとしているのである。白拍子は流行歌手であり、今様は流行歌であった。「殿下、もっと見目形のよい白拍子を呼ばれた方が…」 関白、九条兼実が、その甲高い声で言った。「乙前のことか。兼実は不思議に思うであろうな。あの八十才にも手が届く白拍子を俺が呼ぶのを。が、兼実よ、人の値打ちは見目形や身分や年ではない」「で、何でお決めになると」「才だよ」「はっ」「才能だ。あの乙前は、今様を数多く謡えることにかけては、当代並ぶものもあるまい。この才においては、兼実、お前ですら、及ばないであろう。それに…」 後白河は、思わず言い捨ててしまいそうになる。氏が何になろう。人間の世は才能よ。それも天賦の才に加えて、才を磨くことに長けたものが生き残ることができる。現に朕がそうだ。 その才能という武器に、お前は気付かぬのか。兼実、所詮、お前は藤原の貴族よのう。「それに、何でございましょう」 やや、惚けた顔で、兼実が尋ねた。「よいか、今様は、民の心の現れだ。民の心知らずして、何ゆえにこの俺は頼朝や秀衡と比べても、民の心がわかっておるだろうて。ましてや、この民の心の歌を書物に纏めて後の世に残して置こうと思うのだ」「ご立派なお心でございます」 民のことを考えるだと、恐ろしいことを言う方だ。この法皇は、今までの院の方々とは少しばかり違う。考え方が桁外れだ。私も考え方を変えねばのう。いままでの院や天皇のように扱うことはできぬ。「よいか兼実、殿上人は申しているであろう。法皇は下々のこともとてもお好きじゃとな。が、この世の中は殿上人や武家だけのものではあるまい。世の中は民で成り立っておるのじゃ。後の世に名が残るのは果たして朕か、頼朝か秀衡か」「それは法皇様でございましょう」 兼実は追従を打った。が、後白河はにやりと笑い、その大きな目を向け、大きな声で言った。「いや、むしろ兼実、お前かもしれんのう」 法皇は笑みを兼実に返した。が兼実は心の奥底にこの冷たいものを感じた。しかし、法皇はもう兼実を見てはいなかった。西行は、奥州に旅立つ前に、法皇を訪れて何かを相談していたのだ。 その西行が出て行った後、京都公家政治の代表的人物である後白河法皇とその寵臣の関白、藤原兼実は、西行に頼んだ企みを毎日のように話し合っている。「どう思う。兼実、あのはかりごとの可能性は」「あくまで平泉の秀衡殿の心次第でございましょう。秀衡殿の黄金と東北十七万騎、加えて義経殿のあの武勇、三つ揃いましたなら、鎌倉の頼朝殿も危うございましょう」「そちは義経びいきじゃからのう。が、安心はできまい」「と申しされますと」「鎌倉の頼朝には、大江広元という知恵袋がついているからのう。まあ、よい、いずれに転んでも、朕に腰を屈せねば、この日の本の政権は維持できまい」「誠にその通りでございます、法皇様」「ふふう。さよう、頼朝ごときは俺を大天狗とか呼んでおるようじゃが、俺は天狗どころではないぞ」「法王様、天狗といえば、あの弁慶はどうしておりましょう」「さよう、弁慶もくせ者じゃ。何しろ、あやつの背後には、全国の山伏の群れがついておる」「あの弁慶はたしか、法皇さまの闇法師だったのでは……」「そうだ。昔はのう」「あの弁慶は、どちらの味方をするか、決めかねておるのでございますね」「さよう、あやつら山伏も、古くは持統帝の頃より情報網を、この日本中張り巡らしておるから恐ろしい奴らだ」「彼らの唐より伝わる武術書『六闘』(りくとう)からあみだした武闘術恐れねばなりますまい」「そうだ。今はともかくは西行の報告をまとう」 法皇は院御所に植わっている桜の木を見て言う。「ところで、兼実、桜がなかなかきれいだのう。一節歌うてみるか」「はっ、これ、誰か白拍子をこれへ。ほんに法皇様は今様がお好きじゃ」 白拍子の一団が、庭に入ってきた。「兼実、これも我が書物、梁塵秘抄のためだ、書物のためだ。皆歌え」 梁塵秘抄は法皇がまとめている今様の歌集である。 白拍子も、法皇も歌い始める。「おお、これは乙前、朕が師匠殿、一節たのむぞ」 白拍子の乙前が目の前にいたのである。「乙前、今日はどんな歌だ。はよう謡ってくれ」 乙前はろうろうと歌い上げた。年を感じさせない。「おお、それはどんな者が謡っておのるだ。詳しく聞かせてくれぬか」 法皇は今までの兼実に見せていた顔と、違う面を見せている。それが、兼実には恐ろしくもあった。この法皇は底知れぬ。「ほほ、ほんに法皇様は歌がお好きですこと」「乙前、この世の中で、今様が一番好きなのはこの朕だ」「ほほう、殿下はおもしろいことをいわれますなあ」 乙前は、ほとんど歯の残っていない口をみせた。 突然、乙前は歌を急にやめる。「法皇さま、西行さまは、、、」怪訝な顔つきである。「そういえば、乙前と西行とは知り合いじゃったのう」「さようでございます。西行殿の外祖父様、源清経殿は我が母を囲っておりました」「そうじゃった。源清経もわしの今様の師匠じゃ。悪ういうではない」 源清経は目井とその養女乙前を囲っていたのだ。続く2010改訂作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所Manga Agency山田企画事務所 ★you tube「マンガ家になる塾ー漫画の描き方 ★「マンガ家になる塾」★
2010.04.05
源義経黄金伝説■第44回作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所●山田企画事務所 ナレッジサーブ「マンガ家になる塾」山田企画事務所のビジネスブログ第4章 一一八六年 足利の荘・御矢山(みさやま) 階段丘ちかくの草陰から、戦いの様子を見る武士たちがいる。頼朝の探索第である。広元から,後に残り西行たちの行方を見張り報告するように指令を受けていた。『よいか。西行の遺骸より、必ず銀の猫をとりだせと。それが西行を殺した証明となる』と。一人がつぶやく。「いかがいたそう」「あやつらは、どうやら、京都あたりから西行をつけてきた悪党の群らしいのう。我らより先に手を出したか。あるいは大江広元さまの手ずるか」「加えて、武蔵坊弁慶もおる」「かえって好都合ではないか。西行らも、先の賊をやっつけて気も緩んでいよう」「それはそうだ、好機ぞ」武者たちは、西行たちを倒そうと、飛びだそうとした。 その時、武者の背後に人影があらわれる。「おぬしら、飛び出すのはぬ、わしを倒してからにせい」 僧服をまとった西行と同じ年くらいの老人である。驚く武者たち。「主らのもくろみとうり、そう、うまくいかぬのが面白いところでのう」「な、何奴、貴様は西行が手のものか」「ほほう、坂東には俺の名、まだ通ってはおらぬか」「貴様は何者だ」「覚えておけ。といっても、お主らはすでに冥府への道を走っておるのでな」「何を抜かす。この乞食坊主め」「乞食坊主とはよく抜かしたわ。冥府への土産によく覚えておけ。俺は義経殿が武道の師匠、鬼一法眼(おにいちほうがん)よ」鬼一方眼は、杓丈をゆるりと探題たちに向けている。京都の陰陽師、鬼一方眼は、結縁衆、道々の輩も引きいている、先日の競技場へ結縁衆、道々の輩の大いなる示威行動を仕切っていたのは、当然、鬼一である。「げっ…」武士たちはたじろぐ。「ふふつ、板東でも少しは名が通っておるか。うれしいのう」鬼一にこりと笑う、それが武士たちにはかえって恐ろしげに見える。「何、義経の師匠だと。それでは、師匠相手に鎌倉武士の力を見せる。相手せねばならないな」切りつける馬上の武者。が、鬼一法眼は攻撃をスルリと交わし、見る間に彼らを倒した。まるで舞台の上で舞いの練習をするようにである。ただ、舞台と違うのは血しぶきが、あたりに舞い降りている。 彼らの馬は逃げ去っていた。「ふっ、たわいもない奴らだ。いずれも鎌倉殿が手のものか」 鬼一法眼は、倒れている武者たちの衣装を調べた。 そこへ西行たちが、この騒ぎを聞き付け、何事かと賭散じてきた。競技場祭事中央の悪党の太郎佐たちの死体は、十蔵が、背後にいる結縁衆を呼び寄せ片付けている。「おおう、これは鬼一法眼殿か。後詰めありがとうござる。この者たちは、何者か」「どうやら、鎌倉殿が手の者らしい。どうも、まだ、奥州藤原の沙金を狙っておったらしいのう」「頼朝殿も、まだまだ、やるものじゃ。あきらめきれぬか」「で、これから、どうなさる」「ちょうどよい、潮時かもしれぬ。のう、鬼一殿、俺は盗賊に襲われ、命からがら逃げ出したのだ」「それでは、秀衡どのよりの沙金は……」「盗まれて行方しれずだ」「それでは、この沙金は行方しらずにせねばなりませんな」鬼一は西行の言葉を受けた。「鬼一殿、十蔵殿、お願いできるか。弁慶殿は、静殿を平泉の高殿までおつれくだされい」「さあ早く、この板東を一時離れ、再び奥州に逃げ帰るましょうぞ」「ふふつ、逃げ帰るといたしましょうか」皆が、この西行の言葉に和していた。下野の国足利の荘・御矢山の突風は吹き止みそうにない。(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所●山田企画事務所 ナレッジサーブ「マンガ家になる塾」山田企画事務所のビジネスブログ
2010.04.04
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