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文字の大きい大活字本やページの白黒が反転した本が人気を集めている。従来は視覚障害者の需要が中心だったが、高齢化社会の到来を迎え、読み手の底辺が広がっている。出版社なども連携し、作品のタイトル数も一気に増加。現代作家の話題の小説やミステリー、ビジネス書など、幅広い作品を楽しむことができるように。読書の”バリアフリー化”が進んでいる。大活字や白黒反転本続々今年1月にオープンした「誰でも図書館」(東京都千代田区)には、『鬼平犯科帳』(池波正太郎)や『沈まぬ太陽』(山崎豊子)など、人気小説の大活字本が並んでいる。「年をとり、目が疲れやすくなった」という高齢者の来館が多いという。弱視や視力が低下した場合、明朝体では横線が見えにくい傾向にあり、文字はすべてゴシック体。文字の大きさは3種類あり、人気の22フォントは約7.5ミリで新聞文字の約2.5倍となる。ページの「背景が黒、文字が白抜き」という白黒反転の本もあり、こちらも驚くほど読みやすい。図書館を運営するのはNPO法人「大活字文化普及協会」(理事長・大橋信夫東京堂書店社長)。大活字や小学館、新潮社、筑摩書房、文理閣といった出版社のほか、書店や眼科、視覚障害者団体などが普及のために連携している。従来の大活字本は文字が大きくなる分、作品が3冊程度に分冊化され、価格も3冊分に。個人購入は難しい”高価な読み物”だった。読み手も視覚障害者に限定され、図書館などへの販売が中心だった。普及協会での販売方法は基本的にオンデマンドで、注文を受けてから本を作る。1200円の会員登録で、1冊1890円で購入できるようになった。作品は出版社の協力で、ビジネス書からミステリー小説、児童書など、約1100タイトルと充実した。普及協会以外でも大活字本の出版は広がっている。リブリオ出版では以前から大活字本を出版していたが、昨年『瀬戸内寂聴随筆選全6巻』を刊行。くもん出版の『脳を鍛える大人の名作読本』シリーズもルビのついた大きな文字で読める本となっている。講談社の児童書・青い鳥文庫も昨年、オンデマンドで大活字本の販売を開始。児童局児童図書第二出版部の高島恒雄部長は「目の良しあしや加齢のため、本を手にとることができなくなるのは残念」と話す。まずは19タイトルだが、新作や名作など幅広いジャンルの作品を増やしていく。文庫にはアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』など、大人でも読み応えのある作品も多い。普及協会理事でもある筑摩書房の菊池明郎社長は「価値や著作権など取り組むべき問題は多い。出版社や作家、書店など社会全体が連携し、すべての人が読書を楽しめる環境作りを考えてみる機会になればいい。多くの人に大活字本や白黒反転本を読んでみてほしい」と呼びかけている。
2010/06/30
お得な旅 組み立て自在「青春18きっぷ」がこの夏も7月1日から2カ月間、JR6社から発売される。全国のJR全線で乗車できる1日分の乗車券5回分が1枚の切符になっている。1人で5日間の旅行を楽しむこともできれば、5人のグループで日帰り旅行に利用することも可能。2人で2日間の旅行をし、残りを1人の日帰り旅にも利用できる。さまざまな旅行の可能性が広がる切符で、夏休みを楽しんでみては…。蒸気機関車も満喫「青春18」というものの、若者限定ではなく子供から大人まで利用できる。春・夏・冬に発売され、1枚1万1500円。1回分は2300円で、1日何度でも乗り降りできる。列車の乗り継ぎを工夫すれば、東京から九州上陸も可能だ。また、大阪から長崎、あるいは大分を越える旅を組むこともできるのが魅力だ。夏の利用期間は7月20日から9月10日まで。ただし利用できる列車は快速を含む普通列車の自由席だけで、新幹線や特急列車は利用できない。東海道本線や高崎線などの普通列車に連結された自由席のグリーン車はグリーン券を購入すれば乗車できる。普通列車の指定席にも乗車できる。高崎~水上間を走る「SLみなかみ」や新潟~会津若松間の「SLばんえつ物語号」、新山口~津和野間の「SLやまぐち号」など、期間中に各地を走る蒸気機関車も指定券を購入すれば乗車可能だ。このほか、釧路~塘路間をのんびり走る「釧路湿原ノロッコ号」、日本海の車窓が人気の秋田~弘前・青森間を走る「リゾートしらかみ」など、人気の観光列車もルートに組み込んで鉄道旅行を存分に満喫できる。ただし、座席指定券は1カ月前から発売が開始されるので、人気列車に乗るためには指定券購入のタイミングが大切だ。気になる駅で下車1日乗車券は1回分についてその日付の間は乗り降りが自由だが、夜行列車など翌日にまたがる列車を利用した場合は、午前0時を過ぎて最初に停車する駅まで有効。例外として、東京・大阪地区の電車特定区間内では最終電車まで有効となる。また、グループで利用する場合、同じ行程での利用が条件となるため、別の駅からの出発となる人は全員が集合する駅までの乗車券が必要となる。普通の乗車券では100キロまでの区間や大都市近郊区間内は途中下車できないが、青春18きっぷは何度でも乗り降り自由。この点でも大きなメリットがある。JR東日本では「気になる駅で途中下車して、特急列車では味わえないその土地の人情や空気の違いを感じ取ってほしい。夏は各所で夏祭りや花火大会が開かれるので、それらを巡る旅にも使ってもらえれば」と話している。【青春18きっぷ】国鉄時代の昭和57年に発売開始。発売期間中に全国の主なJRの駅や旅行会社などで販売するほか、JR東日本や西日本の一部自動販売機でも購入できる。5回分のうち1回でも使用すると払い戻しはできないので注意が必要。悪天候などで列車が不通になっても原則として払い戻しはしない。また、事前に連絡しておけば、青春18きっぷの使用日にJRホテルグループ加盟のホテルを利用すると宿泊料金割引などの特典がある。【連波の知恵袋】複数で使用する場合、車掌から「青春18きっぷ」を持っていたことを証明する補助券を発行して頂ければ、それぞれの最終下車駅が違っていても大丈夫です。自分の経験では、順番に下車していった友人達に発行して頂き、18きっぷの持ち主よりも先の駅で下車する友人にも発行して頂きました。
2010/06/29
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月見や花見、桃や端午の節句、そしてお祭り…。日本人が大切にしてきた伝統行事が核家族化や地域の崩壊によって急速に失われつつある。言葉も同様だ。「いただきます」は今や本来の意味を知らない人の方が多い。こうした現状を憂いた京都・恵美須神社37代宮司、中川久公さん(44)が伝統行事や日本人の心を分かりやすく解説した本を出版した。「日本人は命の尊厳、精神の豊かさを求めた。伝統行事を知れば、それが理解できる」と話す。(産経新聞・文化・喜多由浩)伝統行事やことば 若手宮司が解説本『宮司が語る京都の魅力 日本人の心の源流を探る』(PHP研究所)。神社社家の長男に生まれた中川さんが、幼いころから体験したり、祖父母や両親から教えられてきた日本の伝統行事や日本人の心のあり方、言葉の由来についてまとめたものだ。日本人の心の源流探る『花見』の桜(サクラ)は、「サ」という田づくりの神が降りてくるところ「クラ」という意味。古くは桜の開花が田植えの合図となっていたという。日本人が桜に特別な思いを感じるのもこんな理由があったからではないか。『いただきます』の言葉の本来の意味は、食べ物になった動物や植物の生命を「いただく」ことだ。すべての生命の尊厳に敬意を表し、感謝を表現する言葉である。中川さんは、「古来、日本人は『物質』よりも『精神』の豊かさを求めて生活してきた。自然は人間が支配するのではなく、『花鳥風月』という概念の中で神々とともにすべての生命が平等に存在している…。伝統行事にはこうした日本人の思考や生活が反映されている」という。ところが戦後、日本人の心や伝統行事は急速に失われてゆく。家庭や地域の崩壊に加えて、欧米風の”悪しき部分”の個人主義や「経済(お金)」ですべてを測ろうとする考え方が蔓延していったことが大きい。最近は学校給食のときに「『いただきます』と子供に言わせるな」とクレームをつけてくる保護者がいるという。「給食費をちゃんと払っているのだから誰に感謝する必要もない」というのだからなげかわしい。地域の結束が目的のひとつだった各地のお祭りも形骸化、観光化が目立つ。住民の減少で鉾や山の維持が年々困難になっている京都の祇園祭はその典型だ。「祇園祭は神事でも仏事でもない。元来、町衆の結束を高めるために盛り上げていったものです。それができなくなってボランティアに頼っているようでは意味がない。”生きた文化”でなくなったのならやめたほうがいい」と手厳しい。中川さんは今、大学の講義で学生に日本人の心や伝統を説き、神社の氏子に呼びかけて、地域の祭りの再活性化に取り組んでいる。「最初は『この人、何を訳の分からないことを言っているの?』というような反応でも、だんだんと理解してくれる。特に小学生は素直ですよ」。あきらめるのはまだ早い。
2010/06/28
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ミステリーや幻想小説、時代小説など、幅広いジャンルでの活躍を続ける皆川博子さんの新刊『少女外道』(文芸春秋)が刊行された。作家生活35年を超え、熟練の筆はさえわたり、洗練された言葉の数々が美しい情景を紡ぎ出す。描かれるのは、人の世の”境界”。読み手を異世界に誘う7つの物語を収録した傑作短編集となっている。表題作の『少女外道』というタイトルは衝撃的である。「外道というのは極めて強い言葉。主人公は、傍目には、外道と呼ばれる悪事はしていない。しかし、他人に明かせない感覚を持つことが、倫理をはずれている。読んだ方の感覚で感じとってほしい」と話す。物語では、戦前から戦後にかけ、ひっそりと生きた久緒の半生が描かれる。久緒は少女時代、人には言えない”感覚”があることを知る。あるとき、同じ感覚を持つ阿星と出会う。2人とも”異常さ”を自覚している。飼い慣らさねば、社会に順応して生きていけない。その葛藤に疲れたとき、阿星は死を選ぶ…。「セミが飛び立つのと、抜け殻にたまる夕日、という2つの情景が浮かび、物語が広がっていった。ゆがみ、という発想に肉付けするのではなく、<浄化>への過程が念頭にあった。だが、(久緒の)妄執は残り、浄化はなされないで終わるのですが」ほかにも、彼岸と此岸の境を一瞬にして越える「巻鶴トサカの一週間」など6編が収められている。皆川さんは昭和5年、京城(ソウル)市生まれ。児童小説など書き始め、61年に「恋紅」で直木賞、平成10年に「死の泉」で吉川英治文学賞を受賞した。作品のジャンルは幅広いが、作品にメッセージを託す意図はあまりない。「現代に通じる人の負を描いたギリシャ悲劇、ドストエフスキーらにひかれた。しいていえば、人が内部に持つ”負”の部分がごまかさずに書く、ということ。負を見つめるところから、真の光を希求せずにはいられなくなる」80歳になった。作家生活も35年を超えたが、書き続ける。「サメは泳ぎ続けていないと死んでしまう、という話を聞いたことがある。ならば、私もサメ、なのかもしれません」【内容情報】この感覚は、決して悟られてはならない。人には言えない歪みを抱きながら戦前~戦後の日本をひとり生きた女性を描く表題作のほか、ラスト一頁で彼岸と此岸の境を鮮やかに越える「巻鶴トサカの一週間」など、名手・皆川博子の傑作短篇七篇を収録。【目次】少女外道巻鶴トサカの一週間隠り沼の有翼日輪標本箱アンティゴネ祝祭【著者情報】皆川博子(ミナガワヒロコ)1930年京城生まれ。東京女子大学外国語科中退。児童小説でデビューし、73年「アルカディアの夏」で第20回小説現代新人賞、85年「壁─旅芝居殺人事件」で第38回日本推理作家協会賞長編賞、86年「恋紅」で第95回直木賞、90年「薔薇忌」で第3回柴田錬三郎賞、98年「死の泉」で第32回吉川英治文学賞を受賞。ミステリーから幻想小説、時代小説など幅広いジャンルにわたり活躍を続ける。
2010/06/27
人を憂へる、ひとの淋しさ侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れてゐる事じゃないかしら、さうして、そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞であります。私は含羞で、われとわが身を食つてゐます。
2010/06/23
施設の管理職として、み~さんに来て頂きたい…(熱望?)
2010/06/22
最近、重要なところに「赤線」が印刷された参考書や、劇場で上映される日本語吹き替え版の洋画が出てきている。重要なところに赤線が引かれている参考書は、私には信じられないものだ。自分で赤線を引くことが勉強だと思ってきたからだ。もちろん、赤線付き参考書は確かに手間がなく便利かもしれない。そこだけをきちんと覚えれば高い点数を取ることができる。だが、そうして手軽に勉強することが脳の発達に良いことだろうか。本来の勉強は、自分で重要と思われる部分を探し出し、そこに自分で赤線を引くことで目的が果たされるのではないだろうか。「赤線」が印刷された参考書私は、大学で行う講義の1回目に、教員の話すことの中から重要そうなことを見つけてノートを取りなさいと言う。ノートを取ることは、あとで見直すためにやるのではなく、自分の脳の中に記憶を固定するためにやるのだと説明する。なぜなら、人間は行動することで記憶がきちんと脳の中に定着することが分かっているからだ。鉄道の信号確認よ設備制御盤のメーター確認などでは、単に目で見て静かに確認するのではなく、指で対象をさし、声を出して確認する動作である。”指さし確認”を行うのが基本だ。これは、指さし動作や発声動作という筋肉動作が確認すべき情報を確実に脳に取り込み、正確に判断することを助けているのだ。人の話の中から重要と思われることを必死で探すことで脳は活性化し、探索能力が鍛えられる。そして、それをノートに書くという筋肉動作が、その重要事項を脳に確実な記憶として定着させる。赤線を引いた参考書は、この一連の重要な作業を無くしてしまう。その結果、重要なことを見つけ出す探索能力がなくなり、そのうえ、それを記憶することもできなくなる。大学の講義で高度な学問を教える前に、小中学校で鍛えられてくるはずの初歩的な訓練が入らなければならないのは、社会全体に厳しさが足りないからだろう。本当に困っている人々に優しく手をさしのべることと、できるはずのことを厳しく要求するのは矛盾しない。字幕を読むことさえ嫌う一方、日本語吹き替え洋画の普及はどうだろう。テレビでは画面が小さく、また子どももいるため、吹き替え洋画は仕方ない。でも映画館で上映する大人向きの映画に吹き替えがあること自体に私は驚いた。大人で吹き替え映画を見る人がいるのだろうか。私は大学3年生向けの自分の講義の受講生に映画館での吹き替え洋画を好むかどうか尋ねてみた。驚くべきことに、半数近くの学生が吹き替えを好んだ。若者はなぜ吹き替えを好むようになってしまったのだろう。吹き替えの技術が進歩し、原作の音楽や環境音はそのままにして、登場人物の声だけをできるかぎり忠実に吹き替える技術は本当に素晴らしい。だが、もとの俳優の声が聞けなくなること、外国人が日本語をしゃべる不自然さに加え、そもそも英語やフランス語の醸し出すサスペンスやラブストーリーの、日本語には代え難い雰囲気を楽しむことができなくなる。今の若者にはそうした思い入れはないのだろうか。私は吹き替えを好む学生に、字幕を好まない理由を尋ねた。すると、多くの学生が「字幕を読むと映像を見逃す」や「読むのが面倒」と答えた。これは私にとって衝撃だった。そんなことを思ったことがなかったからだ。現代の若者はとうとう洋画の字幕を読むことさえ面倒と感じるようになってしまったのか。思考の半径が小さくなってインターネットをのぞくと、吹き替え派と字幕派が互いにそれぞれの良さを講論し合っていた。字幕は字数に制限があるので忠実な和訳にはならないが、吹き替えなら正しく意味を伝えられるという吹き替え派の言い分を読むと、なるほどと思う部分もある。しかし、その国の言語が持つ独特の雰囲気が無くなることは致命的な欠点だと私は思っている。外国の言語を日本語化することは、大げさに言えば異なる文化へのあこがれを無くし、文化の相違を見えないようにしてしまう危険性がある。若い人たちの外国語能力が低く、海外旅行にもあまり興味を示さない現実のひとつの表れが劇場映画の吹き替えだとすると、日本人はますます思考の半径が小さくなりつつあると思われる。他人に赤線を引いてもらった参考書で勉強し、吹き替え映画を見て育った子どもたちは、自分で行動することを忘れ、外国人が日本語で話さないことに驚くだろう。教育とは、面倒なことの先に本当の喜びが存在することを体得させる場でなければならず、目の前の面倒なことから逃げれば、行き先は人生の転落であることを教師は言い続けなければならない。
2010/06/21
み~さんに頂いたパジャマを、今年も着きます。上着は半袖と長袖、2枚なので色褪せは少ないです。しかし、ズボンは1本なので色褪せしました。不思議と他のパジャマよりも、着心地が良いんです。そうそう、タンクトップも併せて着ています。み~さん、今、幸せですよね。
2010/06/19

封筒やレターヘッドに自分のイニシャルやマークを刻印するエンボッサーは、海外では署名などと併せて親しまれるアイテム。格式の高い雰囲気をさりげなく演出できるので手紙好きにはぜひとも欲しい一品だが、従来の品は値段が高めなのが難点。そこへ、安価でしかもデザインや機能性にもすぐれたエンボッサーを見つけた。刻印部分はカートリッジ式なので詰め替えは自由自在なのが楽しい。飾り文字のアルファベットに加えて、花や動物、ハートなどをモチーフにした絵柄もそろっている。全30種類あるというイニシャルや絵柄のカートリッジから、気分や用途に合わせて使い分けができる。使い方は簡単。本体のエンボッサーにカートリッジをセットして紙をはさみ軽く押すだけ。カートリッジの印面は90度ずつ回転できるので絵柄の向きを自由に変えられるという点も非常にすぐれている。名刺やミニカードにイニシャルを刻印してサンキューカードを手軽に作製。また、ウエディングの招待状に二人のイニシャルを刻印するのもかわいい。ラッピングやプレゼントのワンポイントにオリジナルのエンボスを施すのもおすすめ。一つ持っているだけでさまざままシーンに活用できる。ミドリのエンボッサーは簡単で使いやすくシンプルなデザインなので、男女を問わず使用できる。ギフトにもうれしいアイテムだ。
2010/06/18

「この映画は歴史の証人」”幻の映画”と呼ばれる「樺太1945年夏 氷雪の門」(脚本・国弘威雄、監督・村山三男)が、36年の年月を経て、全国で順次公開される。太平洋戦争末期に、ソ連が日本領だった南樺太(サハリン)に侵攻し、自決を強いられた真岡郵便局の女性電話交換手9人の悲劇を描いた物語。昭和49年の公開直前、ソ連側の抗議によって公開中止になった。助監督を務めた映画監督の新城卓さんは「この映画は歴史の証人」と訴える。同作は、北海道で新聞記者をしていた金子俊男さんの『樺太一九四五年夏・樺太終戦記録』(講談社)が原作。南田洋子さんや丹波哲郎さんらが出演し、戦闘場面の撮影では陸上自衛隊が協力した。制作実行予算が5億円を超えた超大作映画として話題を呼んだ。だが、公開直前に配給元の東宝が上映中止を決定。「反ソ映画は困る」という駐日ソ連大使館の抗議や、東宝が進めていたソ連との合作映画「モスクワわが愛」への配慮があったとされる。結局、北海道と九州で2週間だけ上映された。1945年夏、太平洋戦争は終末を迎えようとしていた。樺太には緊張の中にも平和な時間が流れていた。ところが8月9日、ソ連軍は日ソ中立条約を一方的に破棄し、南樺太に侵攻。終戦後も戦闘は拡大していった。そして8月20日、真岡の沿岸にソ連艦隊が現れ、艦砲射撃を開始。電話交換手の女性たちは職務への使命感や故郷への思いから、職場を離れることはなかった。ソ連兵がいよいよ郵便局に近づいた。路上の親子が銃火を浴びた。「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」。この通信を最後に、9人は服毒死を選ぶ。配給会社「太秦」の小林三四郎社長は「同作は日の目をみないまま月日が流れ、多くの関係者が亡くなった。樺太の街のセットを作り上げた美術監督の木村威夫さんと上映を目指したが、木村さんも3月に亡くなった。さまざまな思いが詰まった作品」と話す。新城さんも「表現の自由が約束された社会であるはずなのに、この映画には自由がなかった。日本というのはどういう国なんだろう、と悔しかった。政治的意図はなく、史実を伝えたいだけ。ザ・コーヴの上映中止や普天間問題などを考えるきっかけにもなるのでは」と話している。7月17日からシアターN渋谷で。全国各地の劇場でも順次公開する。映画『樺太1945年夏 氷雪の門』予告編あの時のことは、何故忘れ去られたのか?1/13 2/13 3/13 4/13 5/13 6/13 7/13 8/13 9/13 10/13 11/13 12/13 13/13
2010/06/15
「私も虐待を受けた経験があります」。社会部には毎日のように、こういった投書(電子メールを含む)が寄せられている。社会面で連載した「なぜわが子を傷つけるのか」(4月13日付~同17日付)と「虐待はどんな傷を残すのか」(5月23日付~同27日付)についての体験、意見を募ったところ、6月初旬までに300通を超える反応があった。そのうちの6割以上が、虐待された自分の体験をつづっている。児童虐待防止法が施行されて今年で10年になるにもかかわらず、「虐待」の認知件数は増え続けている。年間4万件超。身体的虐待や性的虐待だけでなく、言葉による精神的虐待や育児放棄(ネグレクト)など陰湿で耳をふさぎたくなるような事件も目立つ。こうした現象に歯止めをかけるため、本題発起をしたかった。そんな思いで社会部記者らが始めた連載だ。寄せられた投書で虐待の経験を話してくれた読者は30代以上40代が多い。30年以上前から、虐待は、世間が感じる以上にあったということだ。なぜ、虐待は止まらないのか。被害者である子供たちは、虐待を受けていることを話すことができない。誰に話していいかも分からない。瀕死の状態になるまで、あるいは命が失われるまで、誰かが手をさしのべにくい状況に置かれている。投書の中にこんな内容があった。虐げられている子供は親に嫌われないよう、親の機嫌を損ねないよう振る舞う。ほめられたくて、抱きしめてもらいたくて、必死にがんばる。周りにいってしまったらもっと親に嫌われる。もっとひどい仕打ちを受ける。こんな恐怖感に捕らわれているという。こうした投書の最後には決まって、「読んでくれてありがとうございます」といった趣旨の言葉が添えられている。虐待の体験を泣きながら3時間語った人は、取材した記者に「聞いてくれて、ありがとう」と話し、また泣いた。思い出したくないが、誰かに聞いてほしい気持ちもある。心の傷が癒されることはないのだ。虐待を疑うケースは周囲はどう対応すればいいのか。ほかの家庭で起きている問題にどこまで入っていくことができるのか。学校や児童相談所、教育委員会、警察はそのとき…。連載は続く。課題ばかりが浮かび、処方箋はなかなかみつからないが、この瞬間も悲劇に巻き込まれている子供がいることが胸を締め付けている。
2010/06/14
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廃線となった「くりはら田園鉄道」の保存活動で宮城県を訪れた際、岩手・宮城内陸地震(平成20年)に遭い死亡した鉄道博物館(さいたま市)の学芸員、岸田一郎さん=当時(35)=をしのぶ本が静かな話題を呼んでいる。本は「あの電車を救え!親友・岸田一郎とともに」。岸さんが一鉄道ファンとして、経営に苦しむ十和田観光電鉄(青森)や蒲原鉄道線(新潟)などに足を運び、貴重な車両の保存などに奔走する姿が描かれている。昨年8月の発行以降、手に入りにくい状態が続いており、中古本は新刊以上の価格に。執筆者で医師の笹田昌宏さん(38)は「周りの人をいつの間にか巻き込む岸君の魅力が、本を手に取らせるものかも」。【内容情報】ボロボロで解体寸前だった車両たちそれを救おうと全国を走りまわった日々…彼の後ろには「誇り」を取り戻した車両たちがあった。鉄道を愛し、鉄道とともに生きた岸由一郎氏を偲び、彼の活動や著作、保存復元してきた車両の写真や資料を掲載、その思い出の地を訪ねる。すべての鉄道愛好家に捧げる回顧録。【目次】第1章 ボロ建屋の中で「誇り」と出会う第2章 ユニークさと頑固さこそが身上第3章 念願かなってプロの道第4章 救ったボロ電、守った「誇り」第5章 「誇り」を守り続けた軌跡第6章 岸君の想いを受け継いで【著者情報】笹田昌宏(ササダマサヒロ)昭和46年(1971)大阪に生まれる。福井医科大学(現・福井大学医学部)卒業、皮膚科専門医、作家。平成18年(2006)『中国、師匠と出会ったあの列車旅』により第10回旅のノンフィクション大賞(読売新聞社)受賞
2010/06/13
延命のためにと思ってしたことが必ずしも本人のためにはならないことは、経管栄養に限ったことではありません。点滴(経静脈的補液)に関しても同じようなことがあるのです。誤嚥性肺炎を起こすと病院に入院して肺炎の治療をします。点滴で抗生物質と補液の投与が行われます。入れられる水分の量は一応計算されているのですが、老衰の末期の方の体の状況は医者にも十分につかみ切れていません。多すぎるとその負担で心臓がもちません。肺水腫を起こし、肺は水浸しになります。深夜看護師が巡視した時に呼吸が停止しているのを発見するのです。ホームでは誤嚥性肺炎のため病院に入院された方の約二割はホームに戻って来ません。肺炎が重症な場合もあるでしょう。心臓がもたなかったのかもしれません。しかしいずれにしてもかなりの高率で残念な結果になるのです。生理学にはホメオスターシス(恒常性)という概念があります。生体には、条件に合わせて自らの生理的状況を維持しようとする自働性があるとする考えです。生体の最期の過程も、生理的にある規則に沿って行われているように思えます。静かに化学反応が行われ、次第にポンプの力が弱まり、抹消までは血液が届かなくなり、意識が薄れ、最後は呼吸中枢に酸素が行かなくなり、呼吸が止まります。これに対して外部から過剰な乱れを負荷することは、この生体の自然な状態を混乱させることになります。穏やかな最期であるべきものが、苦しい最期になる恐れがあります。ある面の測定結果だけに基づいて画一的に対症的処置をすることについては、その方針自体を考え直す時に来ているのではないでしょうか。
2010/06/12
我々はとかく、栄養補給や水分補給は、人間として最低限必要な処置だと反射的に考えますが、それはまだ体の細胞が生きていくための分裂を続ける場合の話です。老衰の終末期を迎えた体は、水分や栄養をもはや必要としません。無理に与えることは負担をかけるだけです。苦しめるだけです。高僧が最期を迎えるときは、傍らには水が置いてあるそうです。三宅島では老人の最期には水だけが与えられるそうです。このようにできるだけ自然に沿って対応した方が、本人が楽に最期を過ごせると言われています。このことを証明した欧米の文献は少なくありません。また長年老年医学を研鑽している植村和正氏は、老衰で死ぬ場合は、栄養や水分の補給がない方が楽に逝けるという立場をとっています。入所者が食べられなくなってからの最後の数日間の様子を見ていると、喉の渇きや空腹を訴える方に出会ったことがありません。何も体に入っていないのにおしっこが出ます。自分の体の中を整理しているかのようです。ある人はこれを氷が溶けて水になっていくのと同じで、体が死になじんでいく過程だと言います。このような状態では体から自然に麻薬様物質であるエンドルフィンが出ると言われています。だから苦痛がないのだと言います。私にはその感じがよく判ります。せっかく楽に自然に逝けるものを、点滴や経管栄養や酸素吸入で無理矢理叱咤激励して頑張らせる。顔や手足は水脹れです。我々は医療に依存し過ぎたあまり、自然の摂理を忘れているのではないでしょうか。我々にとって、家族にとって、何もしないことは心理的負担を伴います。口から食べられなくなった人に、胃瘻という方法があるのに、それを付けないことは餓死させることになる、見殺しだと考えます。栄養補給や水分補給は人間として最低限必要な処置だ、それを差し控えるのは非人道的だと思ってしまうのです。しかしよく考えてみて下さい。自然死なのです。死なせる決断はすでに自然界がしているのです。少なくとも神様は責めるはずはありません。医師も家族も「自分が引導を渡した」ことになりたくないなどと思うのは錯覚に過ぎません。
2010/06/11
「精神分裂病」とは、過去から現代に至る病である。自分の回りでも、去年と今年で計二人が亡くなった。田舎への移住には、少なからずストレスがかかる。そのストレスが、一気に発病へと導いたのか…。自分的には、田舎暮らしは耐えられない。一週間、お試しで暮らしてみたが駄目だった。二人とも優しい性格だったに違いないと思う。ひとり都会に残って暮らしたかったのかもしれない。音、光、情報のない生活には、心してかからないと…。
2010/06/07
専門誌「モーストリー・クラシック」の編集長を3年8カ月担当しても、クラシックへの苦手意識が抜けなかった人間が言うのも何だが、クラシックの新しい楽しみ方を紹介したいと思う。ヒントは、10月1日から3日間、仙台市内で開かれる「仙台クラシックフェスティバル(通称せんくら)」にある。個人的には、日本のクラシック音楽シーンを変えるきっかけになるイベントだと思っているからだ。今年で5回目。延べ約14万人が来場している。先ごろ発表された概要によると、一言で言えば「安い、短い、気軽」。1公演が45分か60分、料金は1千~2千円。3歳児以上が可能な公演を中心に、0歳児OKの公演もある。地下鉄沿線の4施設10ホールで計101公演開催されるから、「はしご」も可能。出演者もトップクラスが多い。クラシックといえば「高い(料金)、長い(時間)」。業務で向き合うと偏見や誤解があることは分かった。ただ、演奏を静かに聴きたい人にとって、せき払いをする人は迷惑。自分も前の席の客からにらまれたことがある。雑誌で巻頭言を担当してもらった評論家の黒田恭一氏は、せきが出るときは絶対に会場には行かなかったという。心して行かないといけないという雰囲気はどうしてもある。乳幼児もお断りが常識だ。「クラシックはキャパシティー(受け入れる人の数)が決まっている」といわれる。そうだろうか。「のだめ」や「千の風」は関心が薄い人たちに刺激を与えた。のだめはその俳優が好きだっただけかもしれない。単なる「月9ドラマ」のファンだった人もいる。千の風は紅白歌合戦で火が付いた。きっかけは何でもいい。だからこそ、主催者と出演者、マスコミが楽しみ方の選択肢を提供していかなければならない。少なくとも、せんくらには「好きな人なら、料金も時間も惜しまない」という意識はない。仙台市には昭和48年に発足した仙台フィルハーモニー管弦楽団がある。若手演奏家の育成をめざした仙台国際音楽コンクールなど、音楽イベントが盛んだ。せんくらはそんな土地柄に誕生した。決してこれまでの楽しみ方を否定はしない。今後も主流であることに変わりはないが、こうした音楽祭が新しい息吹を与えることも事実。一地方都市の挑戦がうねりとなり、全国で同様の試みが増えてほしい。そう願っている。
2010/06/06
普段、何げなく目にする手すりは階段やスロープで体を支える重要な役割を持つ。高齢者だけでなく、子供や病気などで体力が弱っている人には大切な補助道具。バランスを崩した際にはまさに”命綱”にもなる。その手すりが最近、クネクネと波を打ったような形に変化している。全国の駅や公園、街路、公共施設などに増殖中の波形手すりの秘密を探った。楽に上り下り、おしゃれ演出 波形手すり 全国で増加波形手すりを実際に使って階段を上り下りしてみると、上る際は縦に立ち上がった部分を取っ手のように握り、体を引っ張り上げる形になる。逆に下りるときは水平になった部分を握って杖のように体を支える形になる。どちらの場合も手が滑ってしまうこともなく、しっかりと体を支えることができるのが特徴だ。デザイン的にも目につきやすく、手すりとしての機能性にも優れている。恐怖心なく安心製作・販売するクネット・ジャパンによると、同社が本社を置く長崎県佐世保市は地形的に坂が多く、階段の上り下りに苦労するお年寄りたちの姿を見て10年ほど前に開発した。古賀勝彦副社長は「握力のない高齢者は傾斜が急な階段を下りるとき、直線の手すりだと『手が滑るんじゃないか』という恐怖感を覚える。これなら楽に上り下りができる、と高い評価をいただいている」と話す。九州や関西地域で普及し始め、現在は関東や北海道などでも公共の場で目にする機会が増えている。使用されているのは、JRや私鉄の各駅、空港などの交通機関をはじめ、公園や街路の階段部分など。都内では新宿区や品川区などの区役所、六本木ヒルズなどの商業施設周辺、東京国際フォーラムなどの展示場などにも設置。箱根彫刻の森美術館(神奈川県箱根町)やグラバー園(長崎市)といった観光文化施設などにも設けられ、清水寺(京都市)など参道に階段が多い寺社からの発注も目立つという。足の負担を軽減同社が滋賀県立大と行った共同研究では、階段を利用するときに水平部分に手のひらを付いて体を支えることで、足にかかる負担を最大で3分の1に減少させる効果があった。九州大が横浜市内の私鉄駅で行った聞き取り調査で、駅利用者359人の約8割から波形手すりの方が直線の手すりより使いやすいという評価を得た。直線の手すりでは児童が滑って遊んで危険なことから小学校への設置事例も急速に増加。こうした安全面が支持され、福祉施設や病院、個人の自宅などへの設置も増え、既に4万数千件の設置実績を持つ。階段やトイレ、風呂に波形手すりを設置している「デイホームここらっく」(東京都世田谷区)代表、鈴木知子さんは「利用者のお年寄りたちもつかみやすく、何より体が預けやすいと言います。機能性はもちろんですが、色もカラフルで施設にアクセントを与えてくれる。利用する際に目を引きやすい」と、その効果を話している。バリアフリー新法きっかけクネット・ジャパンによると、波形手すりが駅など公共施設で急速に設置が進んだのは、平成18年施行のバリアフリー新法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)に合わせて策定されたガイドラインによるところが大きいという。従来のガイドラインは、駅など旅客施設の階段などに設置される手すりは大人と子供など身長差を配慮し、上下に平行する「2段手すり」を推奨。しかし、新しいガイドラインでは「2段手すり等」との表現となり、波形手すりも適合することから鉄道事業者などが積極的に導入を開始した。
2010/06/05
「黄砂アレルギーになったよ」「?」。久しぶりに会った知人が切り出した。知人によると、血圧が高く薬を常用しており、普段は、そのおかげでほとんど自覚症状はなかった。ところが4月になって頭が重い状態が続いたため、病院で検査してもらったところ、下されたのが「黄砂アレルギー」という診断だった。医者はこの診断を受ける人が最近は増えていると続けたという。それだけ黄砂が増えているということなのか。黄砂は珍しい現象ではない。中国奥地のゴビ砂漠や黄土高原の土砂が春の低気圧に巻き上げられ、偏西風に乗って韓国や日本にやってくる。春霞も黄砂だといわれ、一般的には春の自然現象として知られている。中学生のころ、3学期の期末試験(考査)と黄砂をひっかけて「考査(黄砂)、考査(黄砂)で夜も眠れず」という川柳を作ったことがある。確かに黄砂は春にやってきていた。それが最近では春だけのものではなくなっている。日本では昨年10月と12月に黄砂が観測された。黄砂が増えている原因については、過度の放牧や耕作によって土地の荒廃が進んだことや、地球温暖化による砂漠化や乾燥化など、諸説が考えられるというが、問題は、単に土砂が舞い、時には空を覆うことにとどまらないことだ。中国各地の工業地帯を黄砂が通過する際、有害物質が黄砂に付着する。さらにアレルギー反応を活発化させる死亡微生物も大量に付くという。「黄砂アレルギー」と診断された知人は花粉症でもあったため、よりアレルギーを悪化させてようだ。米軍普天間飛行場移設問題で鳩山由紀夫首相が沖縄を再訪問した5月23日、北海道こま苫小牧市で注目すべき会議が開かれていた。日本、中国、韓国3カ国の環境相会合で、今年から5年間で優先的に取り組む課題を決めた。採択された10分野での協力を明記した「共同行動計画」には、地球温暖化対策などとともに、大陸から飛来する黄砂の発生源対策に着手することが盛り込まれた。さらに作業部会を年内に開くことでも合意した。国レベルで黄砂対策の重要性が認識されている証しだろう。環境に関する記事は、政治や経済、社会に比べて地味な扱いとなることが多い。しかし、黄砂ひとつとってみても人体への影響など深刻な問題を内包しており、紙面で確実に取り上げていかねばならない。「夜も眠れず」とならないために。
2010/06/04
今年も「蛍」の季節がやってきた。我家では、毎年”蛍”を観に行く。夕方、何の気なしに車を走らせた。山中に入り、車を走らせること1時間。駐車場で、一匹の蛍が出迎えてくれた。その蛍を追いかけるように、奥に進む。道を曲がると、光で暗闇が明るくなっていた。近づくにつれて、それが蛍の光だと分かった。自分は、蛍は飛ぶものだと思っていた。しかし、そこにいた蛍は「舞って」いた。先人によると「150匹は数えた」と言う。言葉では言い表せないような「蛍の舞」。気づくと、母と1時間も眺めていた。このような「蛍の舞」は、滅多に観ない。しばし、夢のような時間を過した。
2010/06/03
「顔写真持ってきて」今日も、紙面のどこかに載っている顔写真。紙面では決して大きなスペースを取るものではないけれど、「この人、どんな顔してるんだろう」という疑問に答えてくれる貴重な情報だ。政治家、企業の経営トップ、芸能人、スポーツ選手。事件・事故の一報とともに出てくる一般の人もいる。ちょっと注意して見ていただくとわかるが、形は四角、背景は「ブルー」だ。べつに青ざめているわけではない。産経新聞に限っていえば、周囲の景色を消して、ブルーに”塗る”。顔を引き立たせるための統一ルールだ。「えっ、バックがグレー?」それまではブルーだったのに、ある日、背景の色が変わってしまう人がいる。「容疑者」の呼称がついた場合がそうだ。紙面上の色が、人生そのものを表すかのように「グレー」に塗り変わってしまう。なんとかならなかったのか、そう思う瞬間である。「顔写真、置いときまーす」きたきた。表情は原則、「まじめ」である。口元はキリッと引き締まり、目元パッチリで正面向き、Vサインなどはもちろんしていない。どれどれ、届いた写真をのぞきこむと…。にっこりほほ笑みかけてくる人。完全にそっぽを向いてしまっている人。歯が見えていてもいいのかなあ、などとこちらが心配になるものもある。カッコいいサングラスをかけた人に出会うと、「うーん」とうなって、持ってきた人にいう。「悪いけど差し替えてくれない?」それでも、二度と差し替えられない場合もある。亡くなった方の写真だ。こういう顔写真は、何年この仕事をやっていても、つらいものだ。「こっちの記事に『顔』入れて」「顔、間違ってないな」「大丈夫だよね」覚えきれないほどの顔写真が毎日、整理部の机の上を通り過ぎていき、何度も何度も、この言葉が行き交う。顔写真が誤って掲載されることは許されない。小さな写真に詰め込まれた人生の重さを考えると、私たちには何度もチェックすることぐらいしか、できそうもない。そして、確認作業をするたびに、機械的に消された背景の中で、息づいていたはずの人間模様に思いをはせる。「バックはブルー」これから何人と出会うのだろうか。
2010/06/02
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【商品説明】 ◇レビュー1,000記念特別企画◇数珠専門店がプロデュースする『本格天然石ブレスレット』使用している天然石の輝き・品質・透明感が違います!まだ、パワーストーンの真の力を体感していないお客様、是非この機会に専門店がプロデュースする本物をお買い求め下さい。通常では、この価格は実現出来ませんが、京都の職人をはじめ、皆様の協力と、数珠業界の未来を見据えての特別企画です!次回は実現未定です!早期完売が予想される為、お早めにどうぞ。 【素材】本水晶 丸珠(8ミリ)青虎目石 丸珠(8ミリ) 【中糸】シリコンゴム4重従来の1重のゴムに比べ数倍の耐久性が御座います。しかも、4重通しですので非常に丈夫です。シリコン製のゴムですので水仕事もブレスをはめたままご利用頂けます。 【サイズ】内径15センチから18センチまで4種類準備させて頂きました。プルダウンよりご指定下さい!※プルダウンにご希望のサイズがない場合、必ずご注文前にお問合せお願い致します。サイズを更に大きくする場合、追加天然石分の代金がかかります。 【石の効力】◆青虎目石邪悪なものから身を守る石。誘惑に負けない力を与えてくれると言われています。もちろん、仕事運・勝負運・金運を高める力があるとも言われています。◆本水晶あらゆる場面、あらゆる場所、あらゆる事象に対応する万能のパワーストーンです。潜在的な能力やパワーを呼び覚まし、目覚めさせるだけではなく、気づかせ、癒し、人格や霊格を高めるというすべてのヒーリングにパワーアップを行ってくれるそうです。そして、さまざまな雑念を振り払い集中力を高める作用もあるそうです。 【付属品】オリジナル保存袋 【備考欄】※コチラの商品は送料200円にて「速達メール便発送」が可能な商品です。速達メール便ご希望のお客様は必ずチェックボックにチェックを入れてください。チェックがない場合、宅急便送料(500円)が加算されます。※「速達メール便希望」の場合、日時・時間指定不可 代金引換不可ご不明な点等、御座いましたら、必ずご注文前にお問合せにてご確認お願い致します。
2010/06/01
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