全75件 (75件中 1-50件目)
あけましておめでとうございます。東京は穏やかな日和で、よいお正月でした。今年は1日(31日深夜)に初詣も済ませたので、一仕事終えた気持ちで、ゆっくり過ごしていました。初詣に行くまでは、仕事をし残したような気持ちで落ち着かないというのは、不思議ですね。習慣として沁みついているのかもしれません。さて、今日は、年末に読んだメルマガから、おもしろいお話があったのでご紹介します。それは、元ホステスさんを積極的に採用しているハイヤー会社のお話。不況でホステスさんたちがリストラされていることを知ったハイヤー会社が、「元ホステスさん歓迎」と添えてドライバーを募集しているのだそうです。ホステスさんがハイヤーのドライバー?普通なら結びつけて考えることのない職業ですが、実は、「経験スキル(接客)+未経験・未活用のスキル(運転)」を活かしたキャリアチェンジの見事な例ですよね。接客のプロであるホステスさんなら、究極のサービスを提供できるのではないかと考えたハイヤー会社の副社長さんの発想がすばらしい。実際に、お客様の評判も上々のようです。詳しい記事は、excite.ニュースで。http://bit.ly/gM5OpKこれまでの経験を活かし、スキルはあるけれど未経験の仕事に思い切ってチャレンジしてみると、新しい活躍の場が待っているかもしれませんよ!
2011年01月04日
コメント(0)
メルマガ「ビジネス交換日記2010」連動━━━━━━━━━━━━━━━━━◇インタビュー 経営コンサルタント 須藤 峻 さん(27歳) ~自走する力が鍵になる。新たな時代をいかにして創り上げていくのか、そこにどうやって自身の力を投じていけるのか━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━最近仕事を通じて知り合った須藤さんとは、ご挨拶だけでゆっくりお話ししたことすらありませんでした。哲学に造詣が深い方と伺っていましたが、今回はその造詣の深さやこれまでの波乱の社会人生活についてお話を伺いました。【山】 独立して経営コンサルタントをしていらっしゃるんですね。【須】 現在は、3名体制でコンサルティングの会社を経営しており、ミッション経営導入やブランディング等を行っています。独立に至る過程をお話しようと思うのですが、そこには僕が生まれ育った背景が大きく影響していると思いますので、そこからお話させて頂きます。僕は、祖父母、母が画家という家に生まれました。絵描きという人種は、社会制度の内部に組み込まれていない、アウトサイダー的存在です。彼らは、社会や文明を外部から観察するという視座に立ち続けており、生まれた時からそのような環境の中で育った僕が、大学で文化人類学や社会学、哲学を学んだのは自然の流れでした。在学中の就職活動では、デザイン事務所やコピーライターを目指すものの上手くいかず、1年間の就職浪人を経験します。今思えば、親、そして芸術家という生き方を肯定するあまり、一般的な職業を少なからず軽んじていたのでしょう。その想いが、チャンスつぶしていたように思います。揺れる気持ちの中で開始した2年目の就職活動はどうにか成功に終わります。その要因は、まずは「働く」ということに気持ちが向いたこと、社会人が夢中になっているビジネスという“ゲーム”がどんなものか知りたいという気持ちが芽生えたこと、そして、まだ道が残されていた、良い大学を出て、一流の企業に勤め、人生の成功者になるという成功物語にすがったという側面もあったと思います。幸い、売り手市場の時期でもありコンサルティングファームに就職することができました。ところが、最初に携わった仕事で、もう会社がいけてない、こういう仕事は全然向いていないと感じてしまったんです。【山】 それは、クライアントですか? それとも、自分の会社ですか?【須】両方ですね。ゲンナリしたものの、お給料をもらっているのだから、その責務を果たそうという意識は強かったので、毎日一生懸命に仕事をしました。結果、その仕事ぶりが評価されて、重要プロジェクトに抜擢されたのです。その時点で入社して3ヶ月しか経っていなかったのですが、3年目の社員としての客先常駐生活が始まりました。コンサルタントとしての専門知識も客先の業界知識もほとんどない状態でしたから、お客さんに「○○できる?」と聞かれたらとりあえず全て「はい!」と答えてゼロから調べる。上司は、忙しくて、僕の仕事の管理はほとんどできない状況だったので、毎日がつま先立ちして綱渡りするような日々でした。【山】 3年目の社員として派遣する会社も会社ですが、そのような環境で仕事をしていた須藤さんがすごいですね。普通の新入社員なら、退職しているところですよ。【須】知識も経験もないので、「自力」で切り抜けるしかないんですよ。自分のコミュニケーションスキル、キャラクター、思考力、知識、洞察力・・・なりふり構わず全ての力を総動員して一日一日をこなしていく。本当に必死でした。そんな状況にもかかわらず、仕事を続けられた理由の3割は、「自力」がどこまで通用するか試してみたいと言う気持ちでした。残りの7割は、お客さんが自分を信頼してくれて、また、感謝してくれることがうれしく、その期待に沿いたいと切に感じたことです。その様な状況だったので、プロジェクトを無事終えた時は、本当にほっとしました。得たものはたくさんありましたが、未経験の事柄を進めていく方法論が感覚としてわかったのは大きかったです。どうしたら“全くわからないものがわかるようになる”のか、つまり「わかる仕方」が理解できたということです。その後、長短のプロジェクトを経験したのですが、そんなある日、某会社からヘッドハンティングを受けます。元々会社の方針と自身の方向性の違いを感じていたこと、より必要とされる場所で働きたいと考えたことなどから、転職する方向性で動いていたのですが、その話がもつれてしまい、結局声をかけて頂いた会社への転職は諦めざるをえませんでした。自社に残るわけにもいきませんでしたし、転職先が決まらぬまま退職を決めます。それから、半年くらいは仕事もなく、だれからも必要とされず、どこにも所属していないという時期を過ごしました。宙ぶらりんの日々の中で、自分の存在意義や将来の方向性について毎日考えていました。悩んだ挙句、友人と3名で会社の設立に動きます。設立後、ある老舗食品メーカーのブランド構築の仕事を頂き、また、並行して他にもいくつか仕事を行っています。振り返れば、本当に多くを学んだ1年でした。僕の生涯でも大きな意味を持つ日々だったと思います。今改めて、コンサルティングという仕事の意義や面白み、やりがいを感じていますし、案件の内容が、まさに“ビジネスとは何か”、“企業とは何か”と言った内容を考える仕事だったのも縁を感じています。仕事のために哲学書を読む日が来るとは思ってもいませんでした。この1年はまた、内面における成長を実感する1年でもありました。例えば、虚栄心の克服はその一つと言えると思います。【山】 それまでは虚栄心があったのですか?【須】「人がうらやむ人生設計、かっこいい生き方」、という選択肢がまだ残っている状況の中にいたので、 やはり、そういった自己像への未練があったと思います。ひとつの転機は、6月ごろからHさん(注.私たちの共通の知人)の会社の朝礼に参加させていただくようになったことです。Hさんに「君は本当に薄っぺらだね」と言われたことを良く覚えています。「作為を捨てろ」、「自分自身を裏切るな」、「シンプルになれ」と叱咤される日々の中で、少なからずあった自信は解体していきました。その中で虚栄心もゆっくりとほどけていったのです。正直なところ、自分の弱さや汚さと向き合うのは苦しかった。しかし、Hさんの発言が正しいという確信が僕にはあった。なぜなら、それは僕が“知っていて実現できていないこと”だったからです。それからの数カ月は、ありのままの自分を肯定するという在り方を徹底し、自分自身と向き合う日々でした。あの時、声をかけていただかなかったら今の僕はないと思います。Hさんには本当に感謝しています。【山】 普通なら長い時間をかけて経験したり、気づいたりすることを、須藤さんは短期間に凝縮して体験されたわけですが、今、何かを突き抜けたところから、突き抜けられずに悩んでいる若者にアドバイスいただけませんか?【須】そうですね。“自分を変えていく力”を涵養することだと思います。それは自走する力とも言い換えられるかもしれません。“自分を変える”というのは、新しい情報や考え方を論理の体系である精神に取り込み自分の思想全体を変えていくという作業です。僕は、人の精神は樹木の様なものだと思っています。根っこから枝葉まで一貫し、矛盾のない一つの哲学でできている木立です。桜は根も葉も桜、椿はどこを切っても椿です。桜から松が芽吹いたり、木蓮が咲いたりするのはおかしい。それは“不自然”です。知識や理論におきかえて表現すれば、それは血肉化されていない“借り物”の知識だということです。単に、新しい知識を“とっかえひっかえ”しているだけでは、生き方は変わらない。それは、枯木に切り花を飾って、咲いているように見せかけているようなものです。樹木とのつながりがなければ、すぐに花は枯れてしまいます。一貫した理論体系としての自己の精神、すなわち樹木を育めば、根が吸い込んだ新たな情報や考え方という栄養を枝葉にまでいきわたらせることができる。新しい栄養によって、価値観、現実認識、行動パターンを含む樹木全体を変化させることができるのです。しかし、この一貫した論理体系の構築という作業は簡単ではありません。それは、徹底的な自己との対話を必要とします。自身の欲望や行動、考え方や信念、信仰心や感情、理論や知識、その全てを意識化し、一貫した自分へと構築するのは時間のかかる、忍耐のいる作業ですし、きっとゴールはない。それでも“自分を変える”、“突き抜ける”ためには、この作業を地道に続けていくしかないのだと思います。【山】 少し話は変わりますが、今の若い人たちは、何に悩んでいるんでしょうね。【須】僕の年齢をはさんで前後5年くらいの世代は、自己実現が最大善であると教育されてきた世代なんです。自己実現をありのままの自分でいられる状態、自分のわがままが100%認められることと誤って理解しているため、自己実現ができない場所にいると、ここは自分の居場所じゃないと感じてしまう。居場所じゃないどころか、そこから脱出することが義務なのだとさえ考えてしまう。だから、転職を考えるし、世界放浪に出てしまうし、アーティスト(100%の自己表現者)になってしまう。一方で、企業側は、労働力をコストと考え、人を使い捨てにする傾向が強まってきました。この内外からの圧力のなかで、若者は苦しんでいるわけです。また、思想史的な視点で若者の苦しみを語るのであれば、苦しみの根源は、正しさの喪失だと思います。我々の親の世代、もう少し上の世代までは、少なくとも信じられる正義がありました。それは、男らしさや女らしさ、家族や親族の血縁関係、伝統行事に始まり、正しい人生プラン、正しい日本人像、そして経済成長という物語です。しかし、ここ10年ほどで、それらはほとんど消滅してしまいました。このように、常識や正義、汎用的な社会的な価値観が消えてしまった状況を、哲学では“大きな物語の喪失”と呼んでいます。現代日本は、生き方のロールモデルがなくなり、何を目指し、誰を目指し、何のために生きるのかといった問いの答えがなくなってしまった時代です。労働という環境においても、労働する理由がわからなくなってしまったので、悶々とせざるを得ない。何故、こんなところで働かなくてはならないのだろう、と。【山】 社会制度や価値観は、人間が作ったものですから、間尺に合わなくなることはあっても、命ある人間という点からの正義や倫理は変わらずにあると思うのですが。【須】正義や倫理とは異なるかもしれませんが、“正しさ”や“信じられるもの”の対象としてクローズアップされてきているのが“身体”です。身体性への回帰は今後ますます高まっていくでしょう。ヨガや古武術、ダンスやオーガニック、デトックス、代替医療等の流行は、その表れでしょう。現代という時代は社会的な価値観の転換期、過渡期であり、最も混乱が表面化する時代だと感じています。故に、ポジティブな現象もネガティブな現象も極大化する。しかし、僕はある種楽観的です。自分自身もその渦中にあるひとりとして、自分も含め若い世代がこれからの新しい時代のライフモデルを見つけていけると信じています。僕は、新たな時代をいかにして創り上げていくのか、そこにどうやって自身の力を投じていけるのかを今まさに探しているところです。【山】 興味深いお話をありがとうございました。
2010年12月24日
コメント(0)
今年度、高野山大学の「いのちのセミナー」を受講しています。6回シリーズで、5回目の12月19日は、こころに深い傷を負っている若者の支援をしている今城良瑞(りょうずい)先生と森崎雅好先生のお話でした。今城先生のお話は、いじめや虐待など過酷な環境のなかでリストカットや自殺未遂、薬物の過剰摂取、暴力などによって心のバランスを維持しようとしている非常につらい内容でした。その中で、改めて生きることについて考えさせられた印象的なフレーズをご紹介します。▼退屈だと感じられる幸せ家族からの虐待によってPTSDと診断された若者が、回復していく過程で、ふと自分が退屈していることに気づき、その幸せをかみしめたというエピソード。こころ休まる時間が持てなかったそれまでの生活がしのばれます。▼死にたい、死にたいと言ってきたが、死ぬ前に生きてこなかったことに気づいた自殺念慮のある人が、生と死を考えるワークショップに参加したときの感想。「余命3カ月と診断されたとき、残された時間をどう過ごしますか?」という問いに、多くの方は、家族や友人と静かに暮らす、思い出の場所を訪れるなどと考えるといいますが、その方は、何も思い浮かばず頭が真っ白になったのだそうです。平凡であることの幸せを改めて感じ、死ぬ前に自分の命を充分生ききろうと思いました。
2010年12月19日
コメント(0)
NHK「スタジオパークからこんにちは」、今日のゲストは、作家の林真理子さんだったんですね。作家としての仕事に、講演やインタビューの仕事、母親業、さらに余暇時間の活動。アウトプットから想像すると、相当いそがしいことが想像できる林真理子さんに、住吉美紀さんが質問しました。「そんなにやって疲れませんか? なにが活動の原動力なんですか?」林真理子さん答えて曰く、「あまりほめられたことがなかったので、人からほめられたいのかもしれませんね。そこに山があると知って、一度崖を登り始めてしまったら、平地で楽しそうにしている人たちが見えても、降りられない。登り続けるしかないんです。だから、あなたもがんばんなさい。あら、わたしもおばさんぽいこと言うわね。」ランチをしながら、見るともなく見ていたので、記憶が少々あいまいですが、だいたいそんなお話でした。確確かに、崖は登り始めたら、途中で嫌になっても、降りるより登る続ける方が、まだ簡単かもしれません。林真理子さんは、平地で楽しそうにしている人たちは山があることを知らないと言っていましたが、私はそうとも限らないと思いました。知らない人もいるでしょう。知っていて登らない人も、意外と多いかもしれません。苦労するより、楽しんだ方がよいという考え方も、悪くはありません。崖を登る人生もあり(崖の上では登った人にしか見えない景色が見えることでしょう!)、平地で楽しく遊ぶ人生もあり(崖にチャレンジした人には見えない景色が見えることでしょう!)。トライアスロンにチャレンジするもよし、マラソンもよし、ウォーキングもよし。山があっても谷があっても直進するもよし、山や谷を迂回していくもよし。目的地までの速さを競うもよし、仲間と道中を楽しむもよし。体力に合わせて、価値観に合わせて、進み方は選べばいいんじゃないでしょうか。少なくとも、前に進もうとしてさえいれば、と思いました。
2010年12月01日
コメント(0)
メルマガ「ビジネス交換日記2010」連動記事大学時代の友人、大和田瑞穂さんへのインタビュー記事です。親しい友人と改まって、働くとは、生きるとは、などという話をする機会はほとんどありませんので、メルマガの取材にかこつけて、深いお話を伺うことができ、こんなに素敵な方だったのかとあらためて感じ入っています。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇ インタビュー コピーライター・プランナー 大和田 瑞穂さん ~ 職業 大和田瑞穂。生きることが働くこと。 ~━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━---- 先日お会いしたとき、75までは仕事をして、100まで生きようと 思うっておっしゃっていましたね? 20代のころは、容色衰えて長生きするより、50歳くらいで死んでもいいかなと思っていたんです。生意気でしたね。今、50になってみると、まだまだやりたいことがあるので、100まで生きようと(笑)日野原重明先生(99歳)のように自分を活かしきる生き方が素敵だと思います。75歳まで働くと言ったのは、だいたい周りを見ても、75歳までは体が元気で働けるのではないかと思ったからで、100まで元気で働き続けることが目標です。 自営業には、雇用されている人のような定年退職はないから、現役と現役じゃない違いが、私にはわからない。職業が、大和田瑞穂という感じです。生きていることが、すなわち働いていること、仕事をしていることという意識ですね。うちがサラリーマンの家庭ではなかったので、家族が働く姿を見て、自然とこういう考えが培われたかもしれませんね。 ---- 生きていることが、働いていること、ですか。わたしなんかは、 生きている中には、そうとうグータラしている時間が含まれて いますが(笑)、具体的にはどういうことですか? コピーライター、プランナーとして広告をつくる他、iPhone/iPadアプリの開発やWEBサイトの編集、ライターとしての仕事もやっています。それらは、収入をえるための仕事でもあって、発注者の存在が前提にありますね。これから高齢者向けのビジネスが増えれば、60、70になっても私にできる「伝える仕事」はずっとあるでしょうし、発注してもらえる自分でいたい。 それとは別に、収入を得ないけれどライフワークとしての活動にもずっと取り組んでいきたいと考えています。心身が健康で幸せに生きるための活動として、これまでにダンスセラピー、カラーセラピー、そのほかにもワークショップなどをお手伝いしてきましたが、それらを統合した形でやっていければと思っています。そもそも、大学で心理学を専攻したもの、メンタルケアをやりたかったからなんですよ。身の回りに不眠やうつで苦しんでいる人がいたので、自分に何ができるのか、何かできる人になりたいと思いました。会社勤めなら仕事が時間で区切られているかもしれませんが、私は人生全部が自分の時間であり、社会に接し、その中で生きている自分は、仕事をしている自分です。そして、ささやかでも人の役に立てることは、すべて仕事だと思っています。 ---- 若者の中には、やりたいことがみつからないという人もいますが、 どうしたらやりたいことが見つかりますか? 私の場合は、やりたいことが先にあるという感じです。見聞きする中でおもしろそうだと思うことに出会ったら、自分で調べて、できそうならトライしてみる。あるいは、自分が何かここで役に立てるかもしれないと思えば、その活動や仕事に参加したいと思う。おもしろそうだと思うことを実際にやってみると、本当に楽しいし、充実しています。やりたいことが見つからないというのは、どういう状態なんでしょうね。 ---- 周囲から認められそうなことや自分ができそうなことという 枠の中には、やりたいことがない、ということかもしれません。 私もOLを辞めて、コピーライターになろうとした時、家族から反対されましたよ。自分でもその才能があるかどうか不安でした。でも、何とかなる、何とかする、と思いました。失敗しても死ぬわけじゃないし(笑)、健康でありさえすれば、何をやっても生きていけますから。なにか新しいことにチャレンジするときには「根拠のない確信が大切」とよく言われますが、根拠のない確信には、それまで生きてきたなにか、言葉では説明できない裏付けがあるはずです。たとえば、体が喜んだら自分にとってよいこと、進むべき道だったり、逆に、ざわざわしたらよくないことだったり。ひとつの判断材料にはなるかしら。 それから、枠の中にいる人を外にだすには、枠の外の人が、おもしろいことをささやいてあげることも有効かもしれませんね。自分でも、多様な生き方、働き方を体験してみたらよいと思います。いきなり本格的に関わることは難しいので、まず人に会って話を聞いたり、現場を体験したりして世界を広げていけば、無理なく新しいことに取り組めるようになるのではないでしょうか。ひとつの物差しだけにこだわらず、物差しを換えるといろいろ見えてくると思います。どこかで読んだフレーズですが、「世界は予めそこにあるのではない。自分が目を向けたほうに世界は開ける」と……。本当にその通りだと実感しています。 ---- 最後にメッセージをいただけますか? 「人は幸せになるために生まれてきた」とはダライ・ラマ猊下の言葉ですが、ブータンが、国民総生産(GNP)ではなく国民総幸福度(GHP)を基準にしているように、私は、人は幸せになるために働いていると考えています。幸せの定義や実感が多様化している今だからこそ、物やお金と同様に、幸せも交換できるのだと思います。 たとえば、仕事のない若者が農家を手伝って、そのお礼においしいご飯をふるまってもらえば、若者と農家が幸せの交換をしていると考えられるでしょう。 やりたいことがみつからない、仕事がつまらないと思っている方は、今ご自分がとらわれている枠を思い切って飛び出して、自分の世界を開いて、幸せに生き、働けるようになっていただきたいと願っています。
2010年11月25日
コメント(0)
11月15日(月)、ソーシャルエナジーカフェ主催の映画「懐かしい未来」の鑑賞会に行ってきました。簡単にまとめてしまうと、ラダックというヒマラヤ西部の美しく豊かな地域が、近代的な貨幣経済が導入されるにつれて、汚染や犯罪が増え、伝統社会が壊れていく様子を描いた映画です。自然と調和した暮らしの美しさと汚れた町への移行は、映像だからこそ、際立った対比を見せつけています。伝統社会がいかに豊かだったかは、春から秋にかけて、人々が助け合いながら農作業し収穫した後、冬は労働から解放され、祭りや祝い事に興じる様として描かれています。一方、貨幣経済に動かされる人々については、都会にあこがれ、自分たちの貧しさを意識し、貧富の格差も広がっている様子が描かれています。中でも印象的だったのが、学校教育によって、子供たちが伝統的な生きる知恵・文化から引き離され、近代的な貨幣経済に適応するように教育されながら、就職するときに選ばれるのはその中の1割であること。選ばれなかった残りの9割は、地域社会に戻ることもできず、行き場を失ってしまうという現実です。今の日本も同じ状況ではないかと思いました。しかし、日本では、大卒就職率が、史上最低とはいいながら、57.6%。それが1割とは、いかにラダックにおける社会的な変化が急激なのかを示す数字の1つではないかと思います。非常に胸が痛む現実ですが、私は社会的進化の過程としてラダックは現状を甘受しするしかないと考えています。それには2つの理由があって、まず、ラダックは近代経済社会に対抗しうる政治力、財政力、軍事力を持たないだろうこと(したがって、貨幣経済の影響を自力では排除できない)。そして、生物的な進化と同様に、社会的進化も不可逆的であり、先に進むためには特定のプロセスを飛ばすことはできないだろうと考えるからです。「懐かしい」未来とは、私たちにとってはいつか来た道だからですね。日本を含む先進諸国は、発展途上国のモデルともなる人々の幸せを実現できる進化した新しい社会制度をつくり上げる産みの苦しみを今も続けていると思っています。また、ラダック自身が、自ら経験した痛みを踏まえて次の新しい形を考えていくしかないだろうと思うのです。ブータンが志向する国民総幸福度という価値観がもしかしたら新しい答えのヒントになるのかもしれません。今、ここに生きる、私たち一人一人が、選択していくものの先にしか未来は形作られない。苦痛を経験してこそ考えられる未来もあると思うのです。
2010年11月24日
コメント(0)
メルマガ「ビジネス交換日記」読者の方から、感想をいただきましたので、紹介します。メルマガでは、私が、以前はおもしろいと思っていた講演会が、なぜ最近はつまらなくなったんだろうか、ということについて、自分なりに考えてご紹介しています。http://bit.ly/9JdNCP<読者の方からのメール(抜粋)> 知識と行動のバランスでは、自分は就職活動の際は行動過多で、知識を整理する時間が足りなかった気がします。またインプットとアウトプットのバランスでは日常生活では確実にアウトプットが少ない気がします。自分は言葉にしたり説明したりするのが苦手な方ですから、アウトプットの機会をもっと設けることで知識が整理されていき、より効果的な行動に結びつけられる気がします。良いと思っていたものがそうでなくなる変化、それを実感する時は不思議な感じがしますが、その理由を考えることで、自分の視点や、求めているもの、価値観などに気付く事が出来る機会になるのかなと思いました!<ここまでです>良いと思っていたものがそうでなくなる変化によって、自分の価値観などの変化に気付く事が出来るというのは、なるほど、そうだなと思いました。おそらく、私も「その」講演会のシリーズを卒業して、新しい学びの場へ進む時期にきているのかもしれません。ご感想、ありがとうございました!
2010年11月22日
コメント(0)
きのう、3人のアシスタント・ディレクターさん(現役、経験者)のお話を聞いて、あるいは、以前、ADさんの転職相談にのったときのことも思いだして、考えたことがあります。それは、同じことをやっていても、意味づけが違えば、仕事のやりがいや魅力もまったく違ってくるということです。たとえば、理不尽なことを言われて寝る時間もないような仕事、なのか、自分の頭の中にあることを形にする仕事、なのか、情報収集と整理の仕事、なのか、人と人を結びつける仕事、なのか、あらゆる矛盾を解決する仕事、なのか?おそらく、上の説明を聞いた人は、まさか同じ仕事の説明だとは思わないでしょう。仕事の精神性について説明する古典的なお話。泥をこねているのか、レンガをつくっているのか、教会をつくっているのか、人々の心のよりどころをつくっているのか、という話を、改めて思いだしました。若い人たちに仕事の喜び、働く喜びを伝えるには、まず、大人が仕事にどのような意味を見出し、どのような姿勢で仕事に取り組んでいるのか、ということが問われているように思います。
2010年11月09日
コメント(0)
「映像制作アシスタント養成科」という職業訓練コースの中の求職活動に関する講座を仲間とふたりで担当させていただくことになり、講座の企画に先立って、ADという仕事のやりがいについて、お話をうかがってきました。以前インタリストのお客様にもADさんがいらしたので、具体的な仕事内容をまったく知らないわけではありませんでした。でも、転職しようとしている方のお話と、ADとしての仕事にやりがいを感じている方のお話では違いがあるだろうと予想してでかけていきました。お話をうかがって、予想以上!若くて体力さえあれば、私もADやってみたい、と本当に思ったのでした。熱く語ってくださった3人の現役または経験者の方々が共通しておっしゃったのは、ADができれば、他のどんな仕事でもできる、ということ。(それだけ、タフでハードな仕事ということですよね。)求められるスキルは、人間関係力やコミュニケーション力、問題解決力、先を読んで動く力(気働き)。印象的だったのは、「(ディレクターから要求される)あらゆる矛盾を解決する仕事。絶対にこびない(という自負と誇りを持って仕事をしている)。生き残ったやつらは、自分の夢に純粋だったんだ。」「(ディレクターと取材先という人と人を丁寧に)つなげてあげる仕事。しかも、間に入ったことによって(番組の)価値を高める存在。」というお話。かっこ内は、やまかわ補足です。おお、カッコイイ!ディレクターが良い作品を作るためにADがしなければいけない事前準備、情報収集、現場での臨機応変な働きなど、ご苦労は半端ないという感じでしたが、それを真剣にやりとげるからこそ、ドキュメンタリー作品に力がやどるのだとか。ちなみに、ADの仕事の楽しみは、様々な人とあっていろいろな話を聞けること、普通では行かないところへ行けること。海外を見て世界観が変わり、当たり前だと思っていた日本の良さを見直したというADさんもいらっしゃいました。どんな人が向いているかといえば、労働時間の不規則さや多さに耐えられる体力と、上昇志向や悔しさをばねにした強烈な精神力と、矛盾や理不尽な要求を解決できる柔軟性があり、制作の現場が好きな人、ということが、伺ったお話を総合するとわかりました。ADを極めた時のキャリアパスとしては、ディレクターになる、優秀なADになる、という2つの道があるそうです。オリジナリティの有無が道をわけるそうです。そのいずれにもなれずに(ならずに)、キャリアチェンジをする人も多いわけですが、ADとして大きな仕事を経験して、海外で活躍しているも多いとか。大変な仕事だと思っていましたが、大変さの向こうに、とてつもないやりがいがある魅力的な仕事だとわかりました。ちなみに、求職中の方で、「映像制作アシスタント養成科」コースにご関心のある方は、アジアヴォックス(tel 03-5292-2342)へお問い合わせください。募集 11月15日まで選考日 11月17日(水)選考方法 面接訓練期間 2010年12月13日~2011年3月11日実施場所 東京都新宿区高田馬場
2010年11月08日
コメント(0)
茂木健一郎さんの『脳が変わる生き方』を読みました。その中で、ガウスという数学者が数学を志したきっかけとなったエピソードが紹介されています。だいたい、以下のような話なんですが、小学校1年生の時、先生が楽をしようとして「1から100までを足しておけ」と生徒に課題をだしました。ガウスは、「1+100」「2+99」・・・「50+51」と考え、101×50=5050と即答した、というのです。そして、先生にほめられたことが、数学をもっと勉強したいという動機付けになったとさ、というお話。茂木さんは、先生がもし授業をさぼろうとしてそういう課題を出さなければ、ガウスが数学に目覚めることはなかったのだから、才能は生まれつきというよりも、誰でもが能力(脳力)を発揮する機会を得て、それを伸ばす努力さえすれば、才能を伸ばせるといいたいようなのです。才能は環境の中で育まれることには賛成ですが、同じ課題を出された他の生徒は、ガウスのような解法を思い付かなかったという点にも注目する必要はあると思います。すでに生まれもった才能の差がでていると思うんですよね。才能は生まれつきだけど、残念ながら、開花させることができない場合もある、ということはできるでしょう。だれでもが、ガウスになれるわけではありませんが、自分の中にある才能に早く気づいて、伸ばしていくことは大切ですよね。子供なら、周囲の大人が気づいて伸ばしていけるような働きかけを、大人なら、自分で気づいて、伸ばす努力をしたいですね!
2010年11月01日
コメント(0)
◇ インタビュー ◇ 宮沢丈夫さん(ITコンサルタント・プロデューサー)宮沢さんは、大学のクラスメートで、すでに30年来の友人です。今回は、メルマガにインタビュー記事を掲載するために、改めてこれまでの仕事について話を聞き、また若者へのメッセージをもらいました。学生時代から、なにやら経営コンサルみたいなことをやっていて、その後は、一度も就職せず、会社を経営したり、技術者集団を率いて仕事をしたり、画像処理技術の最先端を行く技術者として、グローバルに活動しています。宮沢さんのインタビュー記事は、明日10月29日に配信予定です。→ ビジネス交換日記若者へのインタビュー記事などもおもしろいので、よかったらみてください。では、宮沢さんへのインタビューです!★---- いろいろな国の若者と仕事をしてきたんですよね。24歳から5人の仲間と仕事をしてたけど、初めてちゃんとした会社を興したのは29歳のとき。MITで人工知能を研究している教授と組んで画像処理の技術を形にするんだけど、教授の論文を理解してプログラムを組める人材が日本ではみつからないから、シンガポールで求人した。前にアスキーというIT専門誌の取材でシンガポールへ行ったことがあって、技術者のレベルが高くて、きれいな英語を話すことを知っていたから。当時のシンガポールにとって、日本は目標としている国で、日本で働けることに憧れている若者は多かったので、小さなベンチャーでもいい人材を採用できたんだよね。その後、インドやフランスでも人材を採用し、イスラエルに会社を作ったり、ヘブライ大学のコンピュータサイエンスの教授に参加してもらったり、国籍は関係なく、技術力のある人たちと一緒に仕事をしてきた。当時の仲間は、その後世界にちらばって活躍していて、日本で起業した人もいるよ。今のチーム宮沢は、インド人と日本人が中心。---- 日本の若者はどうですか?日本は、機械、化学、物理など、世界の中で強さを発揮している分野もあるけど、正直、コンピュータサイエンスは、メチャ弱い。たとえば、画像処理や数学などの学会に出席すると、中国人、インド人、アングロサクソン系、ユダヤ人が、それぞれ発表者の4分の1ずつという比率。すごいのはユダヤ人で、人口が600万人であることを考えると驚くべき数字だよ。日本人の研究は、全体の3%くらいかな。それは、日本の教育が、伝統的に天才を見つけて育てるしくみになっていないからじゃないかと思う。インド工科大学は、国の人口10億人に対して、大学の定員4千人。昔は2500人だったから、今よりもさらに厳しい少数精鋭で、天才を集めて徹底的に鍛える教育をしている。フランスのポリテクニケに至っては、定員250名で、入試に陸上の10種競技がある! さすが、狩猟民族の国、ひ弱なエリートはいらないということなんだろうね。他にも欧米にはエリート教育をしている国は多いよ。とにかく、心身ともにタフ!最終的に自分の考えていることを実現できるかどうか、どこまでも限界はないから、タフさは計り知れない結果の差になる。技術の国際競争は、知能と知能のぶつかりあい。日本の将来は心配だな。技術系の人材に国籍は全く関係ないってことは、グーグル、ヤフー、アップル、インテルなどの創業者の国籍を考えるとよくわかるでしょ。最近はインターネットによって、情報の発信や入手がどこからでも一瞬にしてできるようになったので、地域によるハンディはますますなくなっている。世界は猛烈な競争世界なので、新しい富を生み出す力と収奪されないしくみが必要だと思う。幸せになるために別の軸があってもいいけど、国を背負うエリートはそうもいかない。精神力と頭脳と体力が必要だよ。---- 日本の若者へのメッセージをお願いします。普通の人でも、国というボーダーはなくなって世界の中で、同一職種、同一賃金という競争に個人がさらされるようになっていくと思う。就活とか婚活とか、流行っていて、日本では役に立つマニュアルかもしれないけど、世界では通用しないと思うよ。マニュアルを忠実に守るより、変化に対応できるように自分の能力を磨こうって言いたい。国や企業は、個人を守ってくれない時代になっていくと思うから。ぼく自身は、アイディアもいろいろあるんだけど、どのタイミングで、どういう形で世の中に出していくかを悩んでいる。実は、一度マーケティングで大きな失敗をしていて、その時に技術先行じゃだめだと学んだんだ。今のツイッターとユーチューブとピカサ(WEBアルバム)を一緒にしたようなサービスを始めたんだけど、10年早すぎたね。それまで、順調だったから、初めての失敗が大きな失敗で、失敗したときの修正法がわからなくて、それから随分苦労した。若いころに小さい失敗を経験しておけばよかったな。マニュアルからではなく、経験から学んだことが結局、自分の身を助けると思う。★インタビューを終えて―――――宮沢さんの話を聞き終えて、世界の中の日本、世界の人材との競争にさらされている日本の若者を意識したときに、危機感が募りました。小手先のノウハウに右往左往せず、まずは、視野を広く持ち、自分で考えることから始める必要がありそうですね。(最後に。実は、今でも宮沢くんと呼び、いわゆるため口で話しているので、文章の中とはいえ、丁寧語で質問したり、さん付けで呼んだりするのは、改まった感じで妙なものでした。。)
2010年10月28日
コメント(0)
品川図書館で元NHKアナウンサーの加賀美幸子さんの講演があり、聞いてきました。つい最近までNHKでご活躍なさっていたと思いましたが、すでに定年して10年もたっていると伺い驚きました。定年後も、アナウンサーとしてのお仕事をNHKでもされているので、いつお辞めになったかすら、私は知りませんでした。講演のテーマは、「言葉の心 言葉の力」でしたが、なにか個人的なお話が伺えるのではないかと期待しつつ出かけて行きました。加賀美さんが出会った方、朗読している古典などから、語った方の心がこもり、人の心に伝わる力をもった言葉をいくつもご紹介いただきました。それらも素敵なお話だったのですが、やはり、さりげなく語られた加賀美さんご自身のことが、心に残りました。忙しくご活躍だったときに上司が変わられて、「今どき、あんたははやらないんだよ」と言われて、仕事が激減したときのこと。「地味で目立たない番組をだれよりも徹底的にやろう」と決心され、そのときに古典や福祉の番組をずいぶん勉強されたそうです。「だれひとり評価してくれる人がいなくても、謙虚に、でも堂々と胸を張っていよう」と、おそらく傷つきながらも気丈にふるまっていた加賀美さんにその上司は「武士はくわねど高楊枝」と仕事もないのに鷹揚としていると皮肉ったそうなんですね。私が加賀美さんなら、皮肉の直撃を受けて、めちゃめちゃ落ち込んで、会社を辞めてしまったかも。なのに、そのことばを、加賀美さんはほめ言葉だと考えたというのです。「全ては捉え方次第」「言葉はどんなにたくさんもっていても、負担にならない。使わなければいいだけですから」私は、自分で自分を慰める言葉はたくさんもっていますよ。」とおっしゃる加賀美さん。また、「どんなときにもゆとりの心をもつことが大切」と何度もおっしゃっていました。☆枕草子のおもしろいところを選んで朗読して下さり、会場は、爆笑、苦笑、でゆれました。また、情景の描写では、私の頭の中にフルカラーの映像が浮かび、枕草子はこんなに美しいエッセイだったかと知りました。「本を読む息遣いによって、同じ文章を読んでも、伝わり方が全然違います」という加賀美さんの言葉に納得し、プロの技にひたりました。☆人間が動物と違うのは、子供を産み育てた後の人生が長く、ミーム(文化)をのちの世代に伝えていくこと。「人間が人間たるゆえんは老年にある」と、加賀美さんはこれからも文化の担い手として役割を果たしていきたいお気持ちを静かに語っていらっしゃいました。お話をうかがって、私も70歳になっても、世の中や人の役に立てるよう、自分を磨き続けよう、一生勉強だなと思った次第です。もっと、古典を読んでみたくなり、加賀美さんの朗読会にも足を運んでみたくなりました★加賀美さんがご紹介くださった言葉(一部です)山本富士子さん(女優) 「仕事は非凡にし、普段は平凡でありたい。」井上靖さん(作家) 「難しいことは易しく、易しいことは深く、 深いことは愉快に、愉快なことは真面目に書きたい。」 ジェームズ三木さん(脚本家) 「ドラマの主人公の条件は、どれだけ深く劣等感を持ち、 それを乗り越える努力をしているか。乗り越えられなかったとしても 乗り越えようとする努力が見る人の共感を呼ぶ。劣等感がない人、 あってもあきらめている人は、通行人にしかならない。」井上和夫先生(遺伝子研究) 「良い遺伝子はオンに、悪い遺伝子はオフにしておけばよい。 良い目的や志をもつと、良い遺伝子がオンになって、 体や能力が活性化する。」加賀美さんご自身が調べてわかった言葉の意味 人が憂うと書いて優しいになる。 優しいの語源は、恥ずかしいと同じ。
2010年10月23日
コメント(1)
大変ご無沙汰しています。久しぶりの投稿です。さて、「ビジネス交換日記」というメルマガを3人で執筆しているのですが、先日、執筆者のひとり竹下さんから、「ワークライフバランスに悩んでいる」という相談がありました。そのときのメルマガはこちら ↓【近況】ワークライフバランスに悩みますそれに対して、読者のNPO法人ワークライフ・コラボの堀田さんから貴重なアドバイスをいただきました。竹下さんと同じようにワークライフバランスに悩む方も多いのではと思いましたので、ご本人のご了解を得て、アドバイスの全文をこちらでご紹介させていただきます。★<堀田さんからのメール>ビジネス交換日記 山川様(竹下様)こんにちは、愛読者の堀田真奈です^^いつも、お三方の仕事や生活に対する意識の高さに刺激をいただいており、大変勉強になっております。さて昨日の、【近況】ワークライフバランスに悩みます を拝見してちょうど、これらの悩みを支援(共有)していることもありご連絡させていただきました。「ワークライフバランス」を普及させる団体を立ち上げておきながらですが私はこの言葉が実はあまり好きではありません(苦笑)「仕事と生活とどちらを優先させるか」「仕事と生活をどうバランスをとるか」という、天秤にかけるような印象をもってしまいますし、実際、そういう誤解も生じているからです。もちろん、優先順位をつけなければならないケースもありますが。愛さんも、ご実家の事情から、ちょくちょく帰省してあげたい、しなければならない、 という現状がおありのようです。でも、仕事やイベントと重なってしまう。家族をがっかりさせたり、学生に迷惑をかけてしまう。私たちのNPOの会員には、ワーキングマザーといわれる方が多いです。私を含め、似たような例としてこのような悩みがあります。子どもを保育園や学童保育に預けているが、18時にはお迎えに行かないといけない、行ってあげたい。でも、急な仕事が入ったり会議が長引いたりで、17時や定時に仕事を終えることができない。途中でぬけると、同僚に迷惑をかけてしまう。保育園にも迷惑をかけてしまう。これをどうするか?ということでワーキングマザーはそれぞれの環境や価値観でさまざまな工夫や知恵をだして解決しています。例えば(1)「私は18時のお迎えがあるので残業できないんです」と 普段から周辺に宣言をし、平日の仕事は効率をあげて終えるようにし、 それでも終わらなければ 朝早めに出社して「朝残業」する人。(2) どうしても行けないときのお迎えを、公共のサービスを利用して 第3者にお迎えに行ってもらう人。(3) 旦那さんと相談し、週5日のうちの3日は自分がお迎え、 2日はダンナさん、と決めて お迎えでない日に残業をこなす人。などなどどれが正解、ではなくその時々の解決を導くべく、知恵と工夫をだすことを「ワークライフバランス」と呼んでいます。この解決策は、結果として、仕事にも生活にも相乗効果をもたらします。(仕事のダンドリ力がつく、家族とのチームワークができるなど)>先日も「土曜しか空いてないんです!でも早く話したい」>という学生からの連絡があったのですが、>その日は帰省する予定にしていたんです。という、愛さんの場合も例えば、学生さんと取り急ぎメールやツイッターでやり取りをして、フォローして帰省するとか帰省先の家族とは普段からメールや無料通信ソフト(スカイプ)等を使って連絡できるようにしておき、急に帰れないときに、がっかりさせる度合いを低くする(NTTのCMでもありますよね) とか自分自身の呪縛に気づくために問いかける、「家族の事情で帰省の頻度が増えることは、仕事相手に迷惑をどれだけかけるのか? どれだけ嫌な思いをさせるのか?」いまの状況を少しでもよくするための方法は考えられると思います。東レ経営研究所の佐々木社長(http://sasakitsuneo.jp/index.html)は、「ワークライフバランスではなく、ワークライフマネジメントだ」とおっしゃり、P&Gさんでは「ベターワーク、ベターライフ」と位置づけて企業で取り組んでいます。長文申し訳ありません;何かの一助になれば幸いです。これからも、ビジネス交換日記を楽しみにしております♪□■□■・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・~結婚後のキャリア形成・働き方の変革を支援~特定非営利活動法人 ワークライフ・コラボ代表理事 堀田 真奈(hotta mana) HP:http://www.worcolla.com/ *個人ブログ http://ameblo.jp/work-life-b/ *ワークライフバランス向上委員会 http://worklifebalance.blog118.fc2.com/ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■□■□ ★実は、わたしも「ワークライフバランス」という言葉は、限られた時間をどう配分するのか、二者択一の決断を迫られているようであまり好きになれずにいました。ワークライフマネジメントは、主体性が感じられる言葉ですし、ベターワーク、ベターライフは、もっと楽しく仕事して、もっと生活を楽しみましょう というわくわくした感じが伝わってきて、素敵な言葉だなと思いました。もっと、こういう言葉が広がってほしいですね。堀田さん、貴重なアドバイスありがとうございました!
2010年10月05日
コメント(0)
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。今年は、更新回数を増やしたいものです。さて、1月2日、3日と東京箱根駅伝をテレビで観戦しました。朝7時から午後2時までなので、ずっとテレビに張り付いていたわけではありませんが、5区では、思わず家事を放り出して柏原くん(東洋大学)の走りに、見入ってしまいました。2年連続区間新記録を達成し、「新・山の神」の面目躍如でした。しかし、スターが独りいたところで、勝てないのが、駅伝のおもしろさですね。番組では、運営スタッフや過去の選手、現役選手の1年間の成長なども取材して、紹介していました。明治大学主将の石川卓哉選手は、実業団へ進むことが決まっているようなのですが、試合後のインタビューに答えて、「箱根を走るという夢・目標が、ひとつのターニングポイントや通過点として考えられるようになったことに、自分の成長を感じる。」と話していました。「夢を実現したこと、苦しさを乗り越えたことが、今後の自信になると思う。」という選手もいました。夢を実現し、さらに高みを目指すもの、別の道へ進むもの、ひとつのことをやり遂げたからこそ、見えてくる未来があり、学生時代のひと時を共有した選手たちは、それぞれの道へと分かれていくのですね。
2010年01月03日
コメント(0)
キャリア教育研究(日本キャリア教育学会の会報誌)の中に、人はどうやって進路を選択するのかということについて、興味深いレポートが載っていました。その中で、自分で決めているかどうかの度合(自律性の段階)があるという考え方が紹介されていました。1)無力状態:まったく自己決定されない段階2)外的調整:親や先生に言われて進路を選択するような段階3)取り入れ的調整:不安を減らしたりするために、自分で行動を調整できる段階4)同一化的調整:社会的地位や経済的安定などのために、 自分の価値として同一視している段階5)統合的調整:自己調整は自己概念と一致し、苦もなく他の選択より 優先させるような段階6)内発的動機づけ:「楽しいから」などの理由で進路を選択し、 もっとも自己決定的で自律性の高い段階進路を選択するときに、全く人任せの段階から、楽しいから選ぶ段階まであるという考え方ですが、5や6の段階に至っている人は、実際にはかなり少ないのではないかと思います。転職相談にいらっしゃるのは、2や3の選択をしてしまい、後で自分のやりたいこととの不一致に葛藤したり、4の選択をしたものの自分では気づいていない本当の希望と食い違っていて適応に苦しんだり、という方々です。5の段階にいたれば、自分が望む進路を迷いなく選べるということですから、相談にはいらっしゃいませんよね。もっとも、成り行き任せで5や6の段階にいたるのは、難しそうです。楽しいと思うことを仕事にするには、スキルを身につける必要もありますし、戦略的にキャリア形成をしたり、努力を積み重ねたり、それなりに長い時間がかかりそうです。楽しくて選んだ職業で生活が成り立つことほど幸せなことはありませんね。今すぐには無理でも、好きな仕事に就くということを目標(夢・希望)にして、がんばってみてはいかがでしょうか。★参考資料キャリア教育研究 第28巻 第1号 2009年9月「青年のジェンダー・アイデンティティーとライフコース展望における自律性の関連性の検討-大学生の調査データ分析-」藤原善美
2009年10月21日
コメント(0)
今は亡き俳優、川谷拓三さんのことば。「どんな仕事にも、おもしろいとこ、楽しいとこが必ずありますから、それを早く見つけた方が勝ちですね。」うろ覚えですが。NHKの「あの人に会いたい」で紹介されていました。どこかに面白い仕事があるんじゃないかと思って、いつまでもさまよい続ける人がいますね。早くどこかに根っこをおろして(覚悟を決めて)、その仕事のおもしろさを味わった方が、人生楽しくなるっていうことでしょうか。苦労をしてこそのおもしろさ、楽しさを、川谷さんは俳優という仕事の中に見出していたのかもしれません。
2009年10月20日
コメント(0)
精神科医の香山リカさんが、「<勝間和代>を目指さない生き方」などと著書の中で経済評論家の勝間和代さんを名指ししていたので、どうなることかと興味深く動向を見守っていたところ、10月12日のAERAでおふたりの対談が実現しました。さっそく、買いましたよ。おふたりとも多産なので、全ての著書を拝読しているわけではありませんが、それぞれに共感しますし、好きなタイプです。香山さんの講演を聴きに行ったとき、「先生ですか?」と、なぜか香山さんと間違えられたこともあります(余談です)。(笑)おふたりとも、自分らしい生き方をしようと言う点では、基本的に同じことを主張していると思いますが、勝間さんはビジネスパーソン、香山さんは精神科医という立ち位置の違いが、意見の違いになっていると考えられます。ちなみにキャリアカウンセラーは、両方の間に立っていると言いますか、なんとか両者の立場を融合したところでの理想の働き方が実現できないかを模索している職業です。おふたりの違いに戻りますが、勝間さんはバリバリ、ガシガシ、元気に働ける人に対して、自分の能力を磨いて人の役に立つ喜びや充実感とそれを実現するためのノウハウを語り、香山さんは、人がどう思うかよりも、自分自身が心地よいと感じる生き方をしましょうよと励ましてくれています。何に「快」を感じるかの違い、と言ってもよいでしょうか?勝間さんも「自分にとって心地よいレベル」と言っていますが、頑張りすぎる人がたくさんいるために、香山さんがブレーキをかけてバランスを取るということになっているのでしょう。それにしても、香山さん自身は、勝間さんが浪費や空費と呼ぶ時間が、生活の70%を占めると、まるでアンチ勝間の象徴であるかのような発言をされていますが、実働30%で、精神科医としての仕事以外に多くの執筆活動と講演活動などをこなしているのは、勝間さんに勝るとも劣らないスーパーウーマンですよね。ゆ~るく、マイペースで、多くの成果を出せるのであれば、それが私にとっては理想ですが、凡人にとってはなかなか難しいことです・・・。そうそう、おふたりの違いは、対談後に香山さんがコメントされていましたが、格差解消に対する考え方の違いにも表れていますね。勝間さんの「機会均等」と「教育」か、香山さんの「セーフティネット」か。勝間さんはあくまでも、個人の能力を伸ばし生かす方向を、香山さんは、能力がない人でも一定の水準を維持できる方向を模索していると言えるでしょう。やはり、ビジネスパーソンか精神科医か、日ごろどのような人たちに接しているかの差が意見の違いに表れているようですね。社会的にはどちらの考え方も必要であり、個人としては、おふたりの意見やノウハウを参考にしながら、自分自身が試行錯誤しながら、自分の生き方を作っていくということなのではないかしらと思います。おふたりは、異なる生き方の2つの成功例であり、おふたりほどには才能に恵まれていない普通の人の生き方は、お二人の主張の間にあるのではないでしょうか。
2009年10月14日
コメント(2)
発達心理学の理論では、子ども(児童期)と大人(成人期)の間にあるのが青年期。ところが、江戸時代には、青年期がなかったと聞いて驚きました。元服などの儀式があり、子どもの次はすぐ大人というわけです。その理由を聞いて納得しました。職業が世襲されている時代には、自分探しの期間として「青年期」が不要だったのです。自分探しとは専門用語でいうと「自我同一性を獲得する」ということ。自我同一性には、職業的自我同一性や社会的自我同一性があり、職業選択の自由やどのような仲間に属するかの自由が大きくなった現代では、迷いや悩みも多くなるというものです。従って、1950年代にこの学説がエリクソンによって提唱されたころに比べて、現代ではさらに青年期が伸びる傾向があるそうです。自我同一性を獲得すると、1)環境を受け入れた自分になる2)自分は自分のままでよいと肯定できる3)この自分でやっていけると自信がもてる4)自分の存在は周囲に受け入れられていると感じる5)自分は社会にとって意味ある存在であると思える「自分は自分」であり、「自分のことは自分で決める」という感覚が重要なのだそうです。それが大人になるということなのですね。どのような仕事を選ぶか、学校を卒業するまでに充分考えて決められればよいですが、今では社会に出た後でも、自分探しを続ける人が増えてきているように思います。悩むときにしっかり悩んで、納得できる答えをだすことが、社会で活躍する前提として必要なことなのですね。立正大学心理学部 楡木先生からの受け売りでした。
2008年10月13日
コメント(0)
今日は、ブライダル産業フェア・ホテル&旅館フェア2008に東京ビッグサイトまで行ってきました。セミナーを3つ聴講したのですが、その1つがホテルやレストラン、ウェディングのコンサルティングで有名な株式会社プラン・ドゥ・シーでの人材育成のお話でした。新人でも成約率50%を3ヶ月で達成できるようになるというお話をあべまりこさんがして下さいました。すごく元気の良い女性でした。ですから、今ではセミナーの講師も勤めるあべさんが、披露宴式場を捜しに来た新規のお客様の成約率が悪くて、入社2年目には減給されてしまったと聞いてびっくりでした。減給された上に、新規のお客様への接客には出してもらえなくなったのだそうです。減給というのは、かなりショックなできごとです。こういう状況になってしまったら、自分にはこの仕事は向いていないんだと辞めてしまう人が多いのではないでしょうか。あべさんも当然落ち込みましたが、そこで終わらなかったところがさすがです。あべさんは、成約率の高い先輩に同行して、成約に結びつく接客の秘密を見つけ出したのですね。それから、また新規のお客様の接客をさせてもらえるよう会社に頼んだそうです。発見したノウハウを実践することで成約率が上がり、今では下がることがなくなったそうです。ノウハウを教えれば、新人でも3ヶ月で5割の成約率を達成できるようになるというのです。(セミナーでは、成約できる接客の秘密と人材育成の秘密を教えていただきました。)センスのある人は、自然に成約していくのですが、センスがなくてもロジックを身につければ誰でもできるようになると言います。うまくいかなかったとき、どうしたらそれができるようになるのか、上手にできている人を観察して「ロジック」を見つけ出すこと。それを個人の知恵としてだけではなく、チームとしても生かしていくことを教えていただきました。
2008年07月30日
コメント(0)
先日、日本デザイン会議30回記念のイベントで、哲学者 梅原猛先生のお話を伺う機会がありました。83歳の先生曰く「年寄りはポンコツだ。ポンコツなんだがまだまだ元気なんだ。最近、いろいろな人物が乗り移ってきて、自分について書けと言う。」のだそうです。だから、あと10年は生きて仕事をしたいとおっしゃいます。本当のところは20年生きたいが、それはさすがに無理だろうと。庶民の悲しみを表現した世阿弥について研究して著書に著すのに2~3年。80歳を過ぎてから本を書いた親鸞について4~5年。さらに哲学そのものについて研究したい。だから10年は最低でも必要なのだそうです。まだまだ若いものには負けないどころか、若いもの以上の仕事に励んでいらっしゃるようにお見受けしました。梅原先生といえば、『隠された十字架 法隆寺論』を読んで以来ご著書を手にしておらず、今回直接お話を伺い、改めていろいろと読んでみようと思いました。芸術家が「何かが乗り移った」状態で創造活動をしたという話は聞きますが、研究者も同じなんですね。そういえば、ビジネスで成功した人も、たとえば御木本幸吉などは真珠に取り付かれたとしか思えませんでしたし、目を見張るような仕事を成し遂げた方には、何かが憑依しているのかもしれません(笑)。
2008年07月22日
コメント(0)
「ダーウィン展」に行ってきました。昆虫好き、動物好きだった少年が、科学的な手法と出会い、世界航海のチャンスを得、恩師、友人、家族に支えられながら、思索を深め、ひらめきにも助けられ、ついに『種の起源』を世に出したのでした。ビーグル号での航海がなければ、ダーウィンがダーウィン足り得なかったと思いますが、全うな仕事に就くことを希望していた父親の反対を叔父さんが説得してくれたおかげで、ダーウィンはビーグル号に乗ることができたのですね。ダーウィンがいなければ、科学の進歩がどれくらい遅れていたかわかりません。スリリングなエピソードです。新説が世に受け入れられることが難しいことをよく知っていたダーウィンは、自分の考えを発表するまでに、20年もの長い間、慎重に検証を重ねます。1つのものの見方ができあがると身近で当たり前の出来事も、それを実証する出来事として目に入ってくるようになるものですね。ダーウィンは、動物や植物の交配から個体差が種の違いとして定着するプロセスを研究したり、当時発表された人口の増加や抑制に関する論文からも、進化論につながる着想を得たりします。直筆ノートや友人とやりとりした手紙が展示され、人間ダーウィンを身近に感じられる展覧会です。好きな研究に没頭できて、幸せな人生だったに違いないと感じられました。会場を出てからも、ダーウィンの充実した一生に思いをはせ、いつまでも余韻にひたっていました。■ダーウィン展6月22日まで国立科学博物館(上野)。7月19日から9月21日まで、大阪市立自然史博物館。
2008年06月08日
コメント(0)
昔ならりっぱな職業と尊敬された立場の人の情けないニュースがたくさん耳に入ってくるようになりました。ストーカー警察官やら、ひき逃げ&万引き女性巡査などなどのニュースが前にもありましたが、今日も警察官ネタ連発でした。巡査部長が痴漢。同僚のカードを不正使用。もう1つなんだったかな・・・。(あきれてしまって、忘れました。)りっぱな会社や官庁にお勤めの方々も、悪いニュースで取り上げられることが増えたのは、倫理観が薄くなっているのか、それともリークする人が増えたからなのでしょうか。その職業についている使命感、その会社に勤めている誇り。昔はもっとあったのではないかしらと、少しさびしい思いです。働きがいが減っているのでしょうか・・・。
2008年06月06日
コメント(0)
5月28日(水)NHKの「その時歴史が動いた」は、「養殖真珠 宝石界に革命を起こす ~女性を輝かせた男・御木本幸吉」でした。真珠というエレガントなものを生み出す過程は、壮絶な戦いの過程でもあったことを知り、驚きました。真珠の養殖を思い立ってから、半円真珠の養殖に成功したのは、4年半後。しかし、真円真珠の量産に成功するには、30年以上の年月がかかったのでした。資金難や妻の死を乗り越え、戦時中には真珠工場を軍需工場に転換することを拒み続け、パリでは養殖真珠は偽モノだという風評を裁判で覆し、強い意志を持って闘い続ける姿が浮かんできます。うどん屋の5代目だった幸吉が、畑違いの真珠養殖で成功した裏には、先見性と優れたビジネスセンスがあったからだろうと思います。それにしても、30年という長い年月を諦めずに努力し続けることができたのは、なぜなのか。番組では、「世界中の女性を真珠で飾りたい」という思いがその根底にあったという構成になっています。本当のところをご本人に聞いてみたいものです。
2008年05月29日
コメント(0)
鵜飼いで有名なのは長良川。ここの鵜匠は、「宮内庁式部職」を与えられた世襲制になっていて、他の地域とは別格なのだそうです(日経新聞からの受け売りです)。私は鵜飼いを愛媛県大洲で見ましたが、なにやら悲しいようなさびしいような気持ちになったことを思い出します。しかし、新聞に紹介されていた鵜匠、山下さんは21羽の鵜と共同生活して、深い絆を築いていることを知り、ほっとしました。鵜は仕事仲間であり、いつも一緒なのだそうです。ひとりひとり(一鵜一鵜?)の習性や体調、鵜同士の相性を見極めたり、新しく入ってきた鵜を3年かけて一人前に育てたり、企業の人材管理と同じなんですね(笑)。飛鳥時代の戸籍に「鵜養(うかい)部」との記述があったり、鵜匠の名は織田信長が与えたとの伝承があったり、今でも宮内庁にアユを届けるための漁をしていたり、長い時を受け継がれてきた職業であり文化でもあることの一端を担う責任の重さを感じます。すごいです。
2008年05月26日
コメント(0)

今日は、人物紹介ではなく、書籍の紹介です。『大学ノムコウ』。なにやら歌のタイトルのようでもありますが、「自分と仕事を考えるヒント」シリーズの1冊。ストーリーも楽しめるノウハウ本です。キャリア系の本といえば、ノウハウ本か大人の薀蓄本か調査分析本かと相場は決まっていて(もちろんそれもすごく役に立つのですが)、まじめに読む本ではあっても、おもしろく読める本は少ないと思います。これもそんな類の本かと思って読んでみたところ、みごとに予想がはずれました。大学生のキャンパスライフの一こまを切り取って、短編小説を読んでいるように面白い。いろいろな学生が登場するので、自分はこういう学生だったなとか、あいつはこのタイプだなとか、リアルに感じながら読めます。ただ、面白いだけではないところが、「キャリアデザインのテキスト」と銘打たれている所以です。登場人物に対してどう思うか、自分ならどうするか、ストーリーに従って考えることが、実はキャリア形成に必要なポイントを押さえることになるところが、この本のさりげなくすごいところです。就職活動中に考えておくと良い視点、ヒントをきちんと提示してくれています。ヒントを元にして自分で考えることが、よりよい就職活動、キャリア形成に役立つしかけです。就活中の学生さんはもちろんのこと、新入生、新社会人の方にもぜひ読んでほしい一冊です。日本経済評論社から発行されました。1800円はちょっと高いと思う方もいらっしゃるかもしれませんね。この一冊がこの先の生き方を左右するかもしれないと思えば、安い買い物だと思いますが、まずは書店で手に取って見てください。アマゾンでも5つ星!
2008年05月19日
コメント(0)
今日(4月24日)の日経新聞夕刊に、「最西端の孤島与那国に住んでみる」として援農隊の取り組みと、そこに参加している人々が紹介されていました。援農隊は、サトウキビを刈り取る労働力が不足した与那国島へ、本土から季節労働者を受け入れるという取り組みで、33年前の1976年に始まりました。最初の頃は、学生や北海道の農民が中心、今ではフリーターが多いのだそうです。新しく出直す場所として与那国島を選び、温かい人間関係に自分らしさを取り戻し、自信をつけて卒業していく若者、中には島の男性と結婚して町役場で活躍している人も。今の世の中、人が心地よく生活するには、忙しすぎ、早すぎるのかもしれません。与那国には人が心を充分に通わせることのできるの暮らしがあるのでしょうか。
2008年04月24日
コメント(0)
9日の日経新聞夕刊に、「マスターズ水泳“世界新”連発 74歳 夢の頂点へ力泳」という記事が掲載されていました。さいたま市の関川さんという方で、オリンピックを目指したものの、大学の水泳部では同期の中で一番遅く、一度は夢を諦めていたのだそうです。51歳で水泳を再開、その後なんと学生時代の記録も更新し、マスターズ水泳背泳ぎで、世界新記録を出し続けています。ただただ、すごいですねー。身近でも重いものを運んだりするときに、20台の若者よりシニアの方(男性)の方が体力あるのではないかと思う場面があります。また、たまにスポーツクラブに行けば、仕事でなまった体は、日ごろから鍛えているシニア世代の奥様方に全く付いていけません。体のつくりが違うのかと錯覚しそうなくらいですが、若い頃からの生活習慣や日ごろの鍛錬の賜物だろうと思います。若者もがんばらなくちゃ、ですね。(あー、わたしはミドルですが。)
2008年04月15日
コメント(0)
NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」を見ていて、最近気づいたことがあります。それは、番組の流れがあるパターンに従っているということ。うまくいかない状況が映し出され、それをどうやって乗り越えたか、そこにプロとしての成長や真骨頂があるという流れですね。成功の前に必ず、苦難や辛抱、失敗があるのです。キャリアのたな卸しをするときに、以前は失敗や苦労をいかに乗り越えたかを聞いていましたが、最近は繊細な方の心を乱さないように、うまくいったこと、楽しかったことを中心に話を伺うようにしています。そのため、番組で失敗や苦労をクローズアップしていることが、ことさら意識に上ったのかもしれません。山あり谷ありだから、ドラマが生まれます。見ていておもしろいですね。しかし、自分のこととしてなら、平凡で穏やかな人生のほうがよいと思う方も大勢いらっしゃるだろうと思います。私もその一人です。それでも、ある程度の苦労や失敗は人生を彩り、自分を成長させてくれる味なものだと、この年になって改めて思います。若さが失敗を恐れない無鉄砲さのことであるならば、まだまだ若くあり、成長していきたいものです。
2008年04月11日
コメント(0)
メルマガを発行します。オカヤンとこうきという実在の新社会人2人の疑問や悩みにライフキャリアアドバイザーのやまじゅん(私です)が、答えていくという趣向になっています。新社会人のみなさん、就活中の学生さん、若者の気持ちを知りたいベテランのみなさんに読んでいただけるとうれしいです。創刊準備号が、配信スタンド(まぐまぐ)のサイトにアップされました。おもしろいと思ったら、ご登録お願いしますね!創刊準備号は → こちら実際の発行もお楽しみに14日(月)に配信スタンドのメルマガ「ウィークリーまぐまぐ」新作マガジン情報コーナーで紹介される予定です。ブログ読者のみなさんには、一足先にご紹介します。
2008年04月09日
コメント(0)
徳島の上勝町といえば、地域おこしの成功事例として、日本中で注目されている場所です。料理のツマものとして葉っぱなどを売る「株式会社いろどり」以外にも、最近ではゴミゼロ運動への取り組みも紹介されています。お年寄りが元気な町として有名ですが、最近は、町の活動に共感した若者が、全国から集まってきているのだそうです。地域起こしや環境問題を現場で実践的に学ぶのなら、上勝町というわけでしょうか。そんな若者のお一人の話をあるイベントで聞く機会がありました。彼女は、ゴミゼロ運動を推進するNPOの求人広告を、海外留学中にインターネットで発見して、応募したのだそうです。4年間、上勝町で働き、この4月からは、大学院に進学して環境問題について研究するという話です。現場での経験を整理して、さらに活動の幅を広げたいと考えているようでした。その話を聞きながら、自分のやりたいことに素直に、軽やかに生きている様子が印象的でした。相談にいらっしゃる若い方には、やりたいことがあっても、自分にはできないことと決めて最初からあきらめている人や、やりたいことがわからないという方も多いので、何が違うのだろうかとも考えました。まず、どのような生き方をすべきか、とらわれがない。したがって、自分の興味や関心を素直に表現して、追求することにためらいがない。話を聞いた方からは、そのような特徴を感じました。若いうちは、生活を維持したり、家族を養ったりという点からも、しがらみやリスクが少ないと思います。やりたいことや興味を持てることがあるのなら、まず一歩を踏み出してみることが、自分の可能性を開いていくことにつながるかもしれません。
2008年03月31日
コメント(0)
インタリストのお客様で、今までの経験を活かしてステップアップしたいというお客様がいらっしゃいました。お持ちになった職務経歴書を拝見すると、せっかくの専門スキルが充分に表現できていなくて、とてももったいないと思いました。職務経歴書は、応募職種に対して、充分能力があることを証明する書類です。事実を曲げて書くことは反則ですが、事実を詳細にありのまま書く必要もないのです。情報を取捨選択して、新しい仕事に必要な情報は充分に、それ以外はあっさりと、メリハリをつけて書きましょう。経験を長くつんだ方なら、最初のころのことは、もうあまり触れなくてもよかったり、経験の幅が広い方は、応募職種に関係のあるところを強調したり、OKです。忙しい採用担当者に方にとっても、関係のない情報が省かれているほうが、親切です。魅力的な人材であることが、採用担当者の方に、伝わるように表現を工夫してくださいね。
2008年03月14日
コメント(0)
今までのおさらいです。常識にとらわれず、チャンスを掴むためには、▼ まず、自分で自分の枠を決めてしまわないこと▼ 条件にあっていなくても、やりたい仕事、できそうな仕事には、だめもとで応募してみること です。さらに、お勧めなのは、応募し続けることです。たとえば、自分で1週間に5社応募しようと決めて、機械的に応募していきます。(応募数は、自分で決めてください。)これは、落ち込まないでいられるためにとても有効な方法です。えー、そんなの無理だよと言わずに、続きを読んでくださいね。普通の場合は、応募した会社からの返事で、お断りのほうが多いはずです。となると、面接に呼ばれなかった、面接で内定をもらえなかったといって、一々落ち込んでいては、身が持ちません。実際、「残念ながら・・・」なんて書いてある薄っぺらな「お断り状」をポストに見つけるとがっかりしてしまうものですね。。。そのときに、まだ返事待ちの会社がある、別の会社の面接に呼ばれているという可能性を自分が持っていれば、落ち込み方が少なくて済みます。それから、5社と決めたら、何とか希望に合った応募先を見つけようと、就職活動にはずみがつきます。漫然といいところないかなーと探しているよりは、ずっと就職活動に張り合いが出ますし、生活のリズムを維持できます。そして、もっといいことは、無理にでも5社応募しようと求人を探していると、掘り出し物の会社が見つかったり、妥協して応募したところが、面接に行ってみたら意外と良い会社だったりするというラッキーなことも起こりうるのです。● ポイントは、自分で決めた数は応募すること、そのときに、条件に合わなかったり、希望に合わなかったりしても、とにかく応募してみること、です。そうすると、きっと良い仕事にめぐり合えますよ!よい結果を信じて、常識にとらわれない転職活動にトライしてみてください。
2008年03月10日
コメント(0)
まず、自分で自分の可能性を狭めないことが、大切だというのが、転職活動のコツその1でした。次に、制限のある求人でも、関心があり、自分でできそうに思ったら、だめもとで応募してみましょう。理由は、2つあります。1つめの理由。制限されている理由は別のところにあるかもしれないということです。たとえば、男性のみという制限があっても、その理由は体力のある人が必要だ、力持ちが必要だということかもしれません。女性でも、体力、腕力(?)で、男性に引けをとらなければ、採用される可能性があります。制限の理由を確認してみるとよいでしょう。私自身、35歳までという求人に応募して、40歳で採用されたということがあります。2つめの理由。求人募集を出していないけれど、人材不足を感じている企業は、思った以上に多いものです。それを潜在求人と言います。条件違いのところへ応募すると、求人募集されていたポストや職種以外にマッチするということがあります。先ほどの私の例は、実は、応募職種以外での採用でした。私の例でのおさらいです。1.興味のある求人を発見。ただし、年齢制限オーバー。2.あきらめきれずに、理由を確認。3.自分でも大丈夫だと思えたので、「面接だけでも受けさせてください。」と売り込み。4.応募書類を持って、面接へ。5.会社側は、応募職種への採用ではなく、別の職種への採用ということで、私に関心を示した。私も、自分の経験が活かせる仕事だったので、よいと思った。6.その後、数度の面接で、内定。ではまた、続きは、次回へ。。。
2008年03月06日
コメント(0)
4日の日経新聞「ザ仕事人」に、「官能評価員」という職業が紹介されていました。ん? 色っぽさを評価する人? と思ってしまった私って・・・。舌触り、味わい、香り、食感など、食品の開発や品質管理のために、味を分析するのが「官能評価員」の仕事だそうです。利き酒師やワインのソムリエと同様の仕事なのですね。面白い仕事があるものです。酢飯の味の違いで、すし屋を判別できる人もいらっしゃるとか。ある種のクイズで、優勝できそうですね!ISO(国際標準化機構)の試験マニュアルがあるそうですが、資格は、企業ごとの社内試験になっているようです。舌に自信のある方は、食品会社で、官能評価員として能力を発揮できるかもしれませんよ。
2008年03月05日
コメント(0)
以前は、20~30代のお客様の方が多かったのですが、最近、40代のお客様が増えてきました。皆さん決まって、「40代じゃ、転職は難しいでしょうね。」とおっしゃいます。まず、転職活動が楽か大変かといえば、年齢に関わらず大変だと思っている方の方が、圧倒的に多いと思います。それは、たとえば、10社応募して、3社から面接に呼ばれたときに、「3社に呼ばれてラッキー」と思えるか、「7社に断られて、俺って、私って、だめだな。」と思うかの違いです。40代だから難しいわけではないのです。ただ、40代以上の求人をあまり多く持っていない人材紹介会社からは、冷たくされることがあるかもしれません。次に、人というのは、自分の考えに一致している情報を集め勝ちなものです。「40代じゃ、難しい。」と思っていると、仮に10社中7社に断られたとすると、その理由を40代だからだと、自分の思い込みを強化してしまうのですね。年齢以外の理由で断られたのであっても。そして、どんどん気持ちが落ち込んでいきます。思い込みで自分の可能性を狭める理由になるのは、年齢だけではありません。バイト経験しかないから、未経験だから、女性だから、母子家庭の母親だから、障害者だから、学歴がないから・・・。ハンディに関わらず、自分に合った仕事や職場は必ず見つかると信じて、前向きに集中的に転職活動をすることが、可能性を開きます。よい仕事と出会うコツです。続きは、次回へ。。。
2008年03月04日
コメント(0)
3月2日のサンデーニッケイ「私の航海図」は片岡鶴太郎さんでした。肩書きが「俳優・画家」となっていることに目を留めました。タレントではなく、俳優だったのだなと、改めて思いました。お笑いタレントのイメージを払拭するために、ボクシングのライセンスを取られたことや、現在では画家としてもご活躍中ということは知っていましたが、その背景にどのようなできごとがあったのか、この記事を通して知りました。本格俳優になりたいと思って努力していたら、大林宣彦監督がチャンスを作ってくれた。絵を描き始めたら、百貨店の美術部長が、個展の話を持ちかけてくれた。そのつど、ご本人はしり込みするのですが、背中を押してもらって、結局はやりとげてしまいます。鶴太郎さんならやりとげると信じさせるものをお持ちなのでしょう。実際、真正面から取り組んで、周囲の期待を裏切らず、信頼を1つずつ積み重ねていらしたのですね。今では、自分自身で目標設定されています。次の挑戦は、「一年後に茶会の亭主を務める」と決めて、昨年末から茶道を始められたのだそうです。「やりたいことは、絶対できると信じてやる。すると背中を押してくれる人が現れます。」経験を通じて発せられる言葉には、強い意志や信念を感じます。
2008年03月02日
コメント(0)
愛媛で仕事をしたご縁で、3月8日に東京で開かれるイベント「ビジネスフォーラム~世界につながる四国の企業~」の案内をいただきました。企画・運営しているのが、「Home Island Project(HIP)」。一翼を担うSANUKIプロジェクトのメンバーは、20~30歳代の若者で、最近、さぬきうどんをニューヨークでブレイクさせたそうです。すごいですね! 何をどうしかけたのでしょう。興味津々です。イベント自体は、若者にUターン、Iターンすることを促すために四国企業の魅力を伝えることが目的で、四国のグローバル企業の方の話を聞けるようです。こちらも興味津々。さっそく申し込んでみました。四国の躍動感を感じて、若返ってこようかと思っています。働きがいのある会社は、まだまだたくさんありますね。転職先、就職先を探していらっしゃる方も、情報収集のためにご参加をお勧めします。「ビジネスフォーラム~世界につながる四国の企業~」
2008年03月01日
コメント(0)
宇宙航空研究開発機構が、国際宇宙ステーションに長期滞在する日本人宇宙飛行士を募集するというニュースがありました。10年ぶりなのだそうです。ロマンだなー。最大で3人採用予定とか。倍率はどれくらいになるのでしょう。どんな方々が応募されるのでしょうか。宇宙飛行士になりたい夢を持ち続けていた方、ニュースを聞いて、「よし、挑戦してみよう」と気持ちがかきたてられた方。もしかしたら、宝くじを買うように、採用されればラッキーくらいの気持ちで応募される方もいらっしゃるかもしれませんね。ドラマがいろいろ生まれそうです。応募受付:4月1日~6月20日業務内容:2013年以降に宇宙ステーションや日本の実験棟「きぼう」に5~6名の日本人宇宙飛行士が滞在し、科学実験、宇宙ステーションの維持・修理、船外活動などを9日間にわたり行う。応募条件:自然科学系の大学卒業者が望ましい
2008年02月29日
コメント(0)
2月16日の日経新聞夕刊「芸文余話 70年代映画青年の夢実る」というコラムで、精神科医 和田秀樹さんが映画「受験シンデレラ」を完成させたことが、紹介されていました。和田さんは、高校2年生のときに映画監督になりたいと思い、映画製作の費用を稼ぐために収入のよい職業として医者を目指したということです。医者になろうと思ってなられるあたりから、只者ではありませんが、結局、30年越しで夢をかなえられたのですね! 和田さんになぜ長い間夢をあきらめずにいられたのか、伺ってみたいところです。ところで、転職や就職の相談にいらっしゃる若い方には、今すぐ結論を出したい、今すぐできない自分が情けないという方が、多くいらっしゃいます。自分のことや夢の実現についてもう少し長い目で考えられたら、楽になれるし、現実的にも考えられるのにと思うことがしばしばあります。大きい仕事をできるようになるには、時間がかかりますしね。和田さんのような長期プランは難しくても、1年後、3年後くらいの時間的な余裕を持つと、可能性が広がりますよ。
2008年02月26日
コメント(0)
今日のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、中小企業経営者として片山象三さんが出演していました。兵庫県西脇市の繊維機械メーカーの社長さんです。3年かけて、縦糸を結ぶ機械を開発して注目されています。これは、色の違う布を織るときに、縦糸をかけかえる手間が省ける便利な機械です。繊維産業は中国などとのコスト競争にさらされ、西脇でも廃業が相次いでいるのだそうですが、地元の産業を未来につないでいきたい、再び誇りの持てる産業にしたいという強い思いで、難しい機械の開発にも粘り強く取り組んでいらっしゃる様子が、番組で紹介されていました。司会の茂木さんや住吉アナが、例によってプロの流儀に迫るべく問を投げかけていきます。「どうして厳しい状況でも前向きでいられるのですか。」片山さん「自分が信じていないと回りの人は誰も信じてくれないでしょう。崖っぷちの厳しい状況ですが、一番厳しいのは希望がないという状況だと思う。みんなの希望をなくしたくなかった。」というようなお答え。でも、なぜ前向きでいられるのかという直接の答えにはなっていません。地元のために奔走していた先輩経営者が亡くなったことを聞かれて、片山さんは、ご自分が地域の産業のために頑張ることが、その方への供養であり感謝の気持ちを表すことにもなると、言葉を選びながら話されました。迷いのない目が、命を見つめていたのだなーと思いました。
2008年02月19日
コメント(0)
ときどき、ふっとある考えが唐突に頭に浮かぶことがあります。最近、「みんなが主役なんだなー。」としみじみ思いました。それには、伏線があるのですが、日経新聞に新しく社長に就任された方を紹介する欄があります。時間があるときには、なんとなく目がいきます。どんなご経歴の方でおいくつくらいなのか、私より若い方が社長になられることも増えました。私自身が年を取ったからですが(笑)。正直に言えば、名前も知らない会社の名前も知らない社長さんたちです。でも、今日の紙面で、新社長として紹介されるまでに、積み重ねてきた日々があって、社長になられたんだなーと思うのです。私が知らない大勢の人たちが、毎日一生懸命仕事をして、生活しています。逆に、私自身、数少ない知り合い以外の方々にとっては無名の人間ですが、いい仕事をしようと、日々まじめに(笑)暮らしています。そうして、世の中が成り立っているのですね。なんだか当たり前のことなのですが、改めて気づき、「ああ、ひとりひとりが、人生の主役なんだなー。」と、心から思えました。
2008年02月15日
コメント(0)
同じ業界でも、会社によって社風が随分違います。ということは、働き甲斐も違っているということ。自分に合った会社を入社前に見分けて選んだほうが、入社後楽しく働けますよね。会社が自分に合うかどうか、アンテナを高くしておくと、意外なところで察知することができます。小さな求人広告1つとっても、同じ職種の求人を比較してみると、わかること、感じることがたくさんあります。ところで、私は、銀行での女性の活用について、CD機のイラストを見るたびに思うのです。数年前に、女性が活躍できるA銀行と、女性は主にアシスタントとして業務に就いているB銀行が合併したことがありました。その後、A銀行の女性が大勢退職したことが話題になりました。合併後のAB銀行のCD機では、操作の待ち時間に、制服を来た女子行員が両手を体の前で重ねて丁寧にお辞儀をしているイラストが表示されます。他には、大きなリボンを頭につけた女子行員が、小首をかしげながらお辞儀をしているイラストや、男女2人の行員がそろってお辞儀をしているイラストの銀行などがあります。男女2人のイラストを使っている銀行では、女性だけの銀行よりは、男女差なく活躍してもらいたいという「意識」があるのだろうと想像しています。実際にどうなのかは、わかりません。男女差なく働ける職場を希望している方は、さらに情報収集を重ねてみるとよいでしょう。自由に働きたい、先輩や上司から仕事をきちんと教えてほしい、アットホームな職場がいい、ビジネスライクな雰囲気が好き、・・・。自分の希望に合った会社を見つけるために、五感をフル活用して、情報収集しましょう。
2008年01月17日
コメント(0)
●あしたをつかめスペシャルNHKの教育番組「あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑」。等身大の若者が、一生懸命働く姿を紹介していて、楽しく見ていたのですが、そのスペシャル番組「ボクらの夢はこうなった!」があの人はその後どうなったの?という問い合わせに答えて成人の日14日(月)朝8:15から放送されました。努力が実り、一流の仕事人になっている人もいれば、退職したり転職したり異なる環境に身を置いている人もいました。みんな、仕事や生きることを真剣に考えていて、自分の若いころを思い出したり、感心したり。見逃した方は、再放送があります。1月26日(土)15:00~15:45【教育】それから、もうひとつ。●スーパー職人大集合! ~技能五輪に望んだ若者たち~やっぱり感動しました。ものづくりに真剣に向き合う若者たち!昨年11月に日本で開かれた「技能五輪国際大会」に参加した若者たちをスタジオに招いてのトーク番組ですが、出場までの姿を取材したビデオも紹介されます。技能五輪といえば、製造業に関連のある板金、旋盤、鋳造などのイメージが強いのですが、料理、貴金属装身具、ビューティセラピー、造園、石工、左官など、幅広い種目があるのですね。師匠の厳しい指導、親との葛藤、友達の応援など、周囲の人たちに支えられてここまでこられたと、異口同音に話していました。世界を見て、もっと上を目指したくなったので、恋人と別れたとか、技術は無限だとか、仕事の奥深い魅力にはまってしまった若者たち。ひとつの道を究めようと腹をくくった若者たちは、大人びて見え、技を研ぎ澄ませていく妥協のない姿に感動しました。今回、日本は、世界最多の5つの金メダルを取っています。産業界、教育界における国際社会での日本の地盤沈下がいろいろと報道されていますが、まだまだ日本もすごいですよ!
2008年01月15日
コメント(0)
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年は新年早々、今まで、日雇い派遣でまじめに働いてきた方々にとっては、大きなチャンスがめぐってきました。グッドウィルの事業停止に伴い、物流各社が人材確保に奔走しているという報道がありました。ヤマト運輸グループの引越し会社やサカイ引越センターは、日雇い派遣からアルバイトへ切り替え、アート引越しセンター(アートコーポレーション)は、正社員採用を強化するそうです。すでに、派遣先から、アルバイトで働いてもらえないか、正社員にならないかという誘いを受けている方もいらっしゃるのではないかと思います。しかし、連絡がないからといって、落ち込む必要はありません。派遣スタッフに連絡を取りたくても、連絡先を知らない派遣先もあるでしょう。ここは、自分を積極的に売り込むところですね。「あー、仕事がなくなって困った・・・。」と言っている場合ではありません。各社、求人広告の量を増やしているようですから、求人誌、フリーペーパーをチェックしたり、派遣先の連絡先をインターネットや電話帳で調べたりして、積極的に応募しましょう。ためらったり、不必要に謙遜したりして、チャンスを逃してはいけません。がんばってください!
2008年01月12日
コメント(0)
きのう、天下統一!三武将スペシャル「信長VS.秀吉VS.家康・・・真のリーダーは誰か」というテレビ番組がありました。その中でライフキャリアアドバイザーとしておもしろいと思ったのは、秀吉が商人の出身だったということです。商人だったからこそ、人脈や情報の重要性を肌身にしみてわかっていたのだろうということでした。秀吉には人たらしで如才ないイメージがありましたが、なるほど納得です。プロパーの武士には思いつかないような戦術や機略を実行できたのも、畑違いの経験が大いに役立っていたわけですね。ここのところ、若い人たちがすぐに会社を辞めたり、職を転々としたりすることが、社会的な問題として取りざたされています。私も、もったいないなぁと思っている一人です。思っていたような仕事ではなかったからということも、会社を辞める理由のひとつとして挙げられています。思っていたような仕事ではなかったとしても、そこから得られることは、強みとして、自分がやりたい仕事に就いたとき、畑違いのところにキャリアチェンジしたときに生きてくるということを、年配の方々は実感しています。思った仕事じゃなくても、苦手なことでも、経験する価値はとても大きいのです。頭でっかちにならず、急ぎすぎず、縁あって就いた仕事から、得られるものを得てからでも、転職は遅くありません。それに、表面的な知識だけで渡っていけるほど、職業生活は簡単なものでもありませんしね。「すぐ」に辞めてしまうことはもったいない。秀吉が、大きなキャリアチェンジをしていたことを知って、改めて考えたことでした。
2008年01月05日
コメント(0)
新年明けましておめでとうございます。一年の計は元旦にあり。今年は、どんな年にしようと思っていらっしゃいますか?12月29日の日経プラス1の「何でもランキング」は、「来年こそ改めたいこと」というテーマでした。1.整理整頓や部屋の片づけができない2.ダイエットや運動など、飽きっぽくて長続きしない3.やるべきことを先送りする4.一日の時間の使い方が下手5.物が捨てられない6.自分に甘く、まあいいやと思ってしまう6.過ぎたことをくよくよと気にし続ける8.短気ですぐにかっとしてしまう・怒鳴る9.心配性、小心者10.衝動買いや浪費壁11.感情が顔に出てしまう12.ネット検索などでつい夜更かししてしまう13.字がきたないまま14.人付き合いを避けてしまう15.思ったことをそのまま口にしてしまう1030人の方からの複数回答で、1番の整理整頓は、702人の方が来年こそは(いまや今年こそはですね)改めたいと思っていらっしゃるそうです。いくつ思い当たりましたか?これらをひっくり返すと、社会人として望ましい行動になりますね。まずは、私生活の習慣を改めることから、できる社会人に変身!まだ一年の計を立てていらっしゃらない方には、「来年こそ改めたいこと」ランキングを参考に考えてみるのも良いかもしれません。穏やかで充実した一年になりますようお祈りしています。
2008年01月01日
コメント(0)
丸の内は、三菱ビルで、毎週木曜日の19時から「ものづくり寄席」が行われています。これは、東京大学21世紀COE ものづくり経営研究センターが主催して、製造業に関する第一線の研究成果や現場の最先端の話題を提供しようというもの。なかなか予定があわず、新宅純二郎先生の「ものづくりベースのブランド戦略」に初めて参加。寄席ということで、講師はそれらしきハッピを着ていました。今日書きたいのは、その内容ではなく、そこでばったり会った知人のことです。知人といっても、つい先日「プロジェクト・マネジメント」の研修で知り合ったばかりで、まだ親しい間柄というわけではありません。聞けば、自主的に「ものづくり寄席」に参加して、レポートを会社に提出しているのだそうです。「この歳になって、事務っていうのもね。」とおっしゃいます。そう言いながらも「この歳といっても、まだ3○才ですけど。」とおっしゃるとおり、まだまだこれからですよね。ところで、レポートを出し続けていたら、部長から特命業務が降りてきたらしいのです。部長がずっと問題意識を持っていた内容にレポートがヒットしたのでしょうか。ある課題について、調べてほしいと依頼されたそうです。お話を聞きながら、私自身がワクワクしてきました。事務の仕事だけじゃもの足りないと思いながら、セミナーを受講したり、会社にレポートを出したりしていたことをきちんと受け止めてくれる上司の方がいる良い会社だなと思いました。チャンスを掴みかけているその方に、心の中でエールをお送りしました。
2007年11月29日
コメント(0)
今日は、某銀行に行ってきました。そこでは、いつも担当の窓口の方を指名します。最初は、たまたまその方に当たっただけなのですが、2回目以降は、必ず指名しています。何行か取引銀行はありますが、銀行窓口で指名するのは、その方だけです。何が他の人と違うのか考えてみました。まず、得する情報を教えてもらえて、いい気持ちになる。それから、無理に勧められないので、安心・信頼できる。こちらの意向にそった情報提供をしていただいているうちに、自然と新しいサービスに申し込んでいたりします。結局、お客にも銀行にもプラスの結果になっているようです。たとえば、円安になったので、ドル預金を解約しようと思って行った時のことです。行員の態度としては、(1) 客の言うとおりに事務的に解約する。(2) 意図や目的に合わせて情報提供する。の2通りあると思います。私の担当の方は、全く自然に(2)の対応をしてくれます。その時は、確かに為替差益は出るけれど、円に比べてドル預金の利回りがいいということを情報提供してくれました。その視点は私にはなく、情報をいただいて、解約を止めました。今日もとても気持ちの良い対応をしていただきました。全く別の目的で出かけていったのですが、オンラインバンクに申し込んできました。毎回、何か得するよい情報を教えてもらえるので、銀行にでかけることが楽しみにすらなってくるくらいです。同じ仕事をしている人の中から、選ばれる一人になるというのは難しいですね。私もその方のように、自然とお客様に喜ばれながら、会社にも貢献できる仕事をしたいものだと、改めて思いました。
2007年11月19日
コメント(0)
少し古い話になりますが、10月7日にメディア・アーティストとして世界的に活躍されている岩井俊雄さんのお話を聞く機会がありました。「JAPAN国際コンテンツフェスティバル」の一環として「10人のコンテンツプロフェッショナルが語る 劇的3時間SHOW」が開催されたのですが、岩井さんは10人の中のお一人でした。お話は生い立ちから始まって、最新の活動であるYAMAHAとのコラボで開発したTENORI-ONという電子楽器の紹介、演奏という流れでした。生い立ちを伺うと、少しばかり研究熱心な、でも普通の理科好きな少年が、髣髴(ほうふつ)としてきました。教科書の隅っこにぱらぱら漫画を描いたり、おもしろいものを発明して図をノートに書いたりしていたそうです。おもしろいものといっても、傘を差したとき手を使わずに済むよう背負うためのベルトとか、大人から見たらたわいもない、子供が考えそうなおもしろいものです。そのぱらぱら漫画が、どのような変遷を経て、メディア・アーティストという仕事につながっていったか、お話を伺って非常におもしろかったです。岩井さんとは同世代ですが、私もぱらぱら漫画を教科書やノートの隅に書いていました。授業がつまらないと、いたずら書きをしていた人は多いと思います。(今時は、携帯で暇つぶしをするのでしょうか?)ぱらぱら漫画を描いていたという点では、同じような子供だった岩井さんと、他の私たちを分けたものは何だったのだろうと考えました。1つ考えられるのは、岩井さんの性格です。岩井さんは、興味がわいたことは、自分で実践してとことん楽しんでみるというタイプのようです。ぱらぱら漫画のしくみが映画につながっていったりするわけですが、岩井さんは、原始的な映画の基になったような機械を自分で作ることまでしてみるんですね。作ってみると、さらに次の物へとつながり、それが、メディア・アーティストとしての作品作りにつながっていきました。ついにはTENORI-ONという電子楽器にまでつながります。これは、YAMAHAの若い社員の方との出会いという偶然がきっかけですが、その偶然を呼び込んだのも、岩井さんのメディア・アーティストとしての活動でした。キャリアを積み重ねていくときに大切だといわれている「計画された偶然」を呼び込んだのですね。もう1つは、環境。普通の親なら、ぱらぱら漫画を書いたり、機械の図面を書いたりしていると、「そんなくだらない事してないで、ちゃんと勉強しなさい。」と言うのではないでしょうか。岩井さんちは、そうではなかったそうです。岩井さんは、今までのことも、今やっていることも、本当に楽しそうにお話してくださいました。興味のあることを楽しく追いかけていくことが、すなわち仕事が大成していくことに通じるという見本のような方だと思いました。途中で、これが自分のやりたかったことだろうかと悩んだこともあるそうですが、それも、自分がやりたいことを突き詰めてきた中で出てきた悩みであり、それを乗り越えて新しい領域に活動を広げることで、本当に自分がやりたかったことが見えてきたそうです。それは、「頭だけじゃなく、手や身体を動かして体験する楽しさを伝えたい。アートにとどまらず、新しいプロダクトを生み出したい。」ということ。自分が本当にやりたかったことがわかって、ますます楽しそうな岩井さんでした。岩井さんほどの方でも、20年以上仕事に打ち込んできて、ようやく自分が本当にやりたかったことがわかったのですね。若いときには、自分がやりたいことがわからなくても、好きなこと、興味があることに、一途に無心に取り組んでいるうちに、いつか「これが、やりたかったことだ!」とひらめく時がくるのかもしれません。
2007年10月30日
コメント(0)
アート・ディレクター 佐藤可士和さんが次々と新しいことを生み出していける秘密は、超整理術にありました。佐藤さんが、長年の仕事の中から編み出した術のようですが、職務経歴書の作成や転職活動にも通じます。実は、『佐藤可士和の超整理術』、立ち読みで済ませていたのですが、劇的3時間SHOWで、直接、佐藤可士和さんのお話を伺って、改めて興味を引かれ、買ってみました。きちんと読んでみると、参考になる話が盛りだくさん。ごく簡単に行ってしまうと、本質を整理して、形にするということなんですが、その時のポイントが、問診と整理。問診によって、クライアントの混沌とした思いや考えを引き出していきます。まずは、言葉で表現できる状態、目に見える形にするのです。そこで、出てきた物を、大切なものは何か、優先順位をつけて整理していきます。優先順位をつけるには、何らかの判断基準が必要ですが、ここがプロの技の見せ所ですね。どんな視点を持ち込んで物事の本質に迫るか。実は、インタリストでも同じことをしています。インタリストのお客様に多いのは、転職回数が多い、違う職種をいくつも経験している、自分の強みがわからないという相談です。お話を伺って、その方の軸を探ります。軸というのは、超整理術でいう視点やキーワードのことです。転職回数が多かったり、異なる職種を経験していても、何かその方らしい働き方や仕事への取り組み方があるはずです。軸が見えれば、あとは簡単。その軸を際立たせるようなエピソードや実績を選んで、職務経歴書を組み立てていきます。軸が見えると、ご本人も自分の強みがわかって、自信がわいてきます。しょんぼり、不安な様子でいらっしゃった方が、元気に笑顔でお帰りになるときには、うれしくなります。ある方は、「やりたいことがはっきりしたので、手段(仕事内容)は何でも良いということがわかった。」とおっしゃいました。働き方にこだわっていらっしゃったのですが、無用なこだわりがなくなって、楽になられたのですね。自問自答することは意外と難しいので、インタリストがお手伝いしているわけですが、自分でできないわけではありません。頭の中を書き出して、整理してみましょう。ネタ出しワークシートもご利用くださいね。軸を見つけるのが一番難しいかもしれませんが、他人の目で見る、応募先企業の採用担当者になったつもりで見るということで、何かひらめくかもしれません。
2007年10月10日
コメント(0)
全75件 (75件中 1-50件目)