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「なにやってんだよー。そんなもんで鼻かむやつがあるか!バカ!」、「あらあら、また始まったの!怒っちゃ駄目っていったでしょ」看護記録を途中にして談話室に行って声を掛けた。彼女はつい最近97歳になったというのにしっかりしている。
トイ面の彼女は86歳、前掛けで口や鼻の辺りをなぜているだけで鼻をかんでいる訳ではないのだけれど。「わかんねえのかよーバカ!」とまたきつく言う。入浴日の後で気分は良さそうなものなのに、どうも機嫌が悪いらしい。「しょうがないわね、場所を変えましょうね」車椅子ごと交換して別のテーブルの方へ移動する。怒られた彼女はいっこうに平気、ぼんやりと相手を見ているだけ。
他の患者さん達は笑うでもびっくりするでも無くテレビを見て(?)いたり、じっとしていたり、スプーンをいじっていたり。やがて配膳になるとみんな食べるのに夢中。黙々と自分のことだけ、きちんと食べられる人から、目を離せば半分も食べこぼしてしまう人まで、いろいろ。そうこうしている内に「ダメ!」別のデーブルから大きな声がする。目を移すと、自分の分が食べ終わった患者さんが隣のお膳へ手を伸ばしヨーグルトを引っ張っていく。「あらら、自分の食べたでしょ」と戻す。
何の悪気もなく眼の前の分が終わって、手が届けば食べるものだと思っているだけなんだけれど…。「ごちそうさまね。もうお部屋へかえりましょ」手分けして各病室へ戻すのだが、食後必ずきちんと食器が片付いているお膳がデーブルに一つだけある。
97歳の彼女は女手一つで長いこと八百屋さんをやっていたという。人も使っていたようだ。子供を育て、仕事をし、曲がったことが嫌いでしっかりと生きてきたのであろうか。夜中に毛布のカバーの紐を飽きること無く締め直し、シーツの皺を伸ばしている。歳を重ねてこんなにしっかりしているなんて、すごいと思う。認知症になると本当の性格が出るっていうけど、やっぱり本当かも。
朝顔の青がもっとも聞き上手 山根延子(ザ・俳句歳時記)所収
