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いかりや長介氏がガンで亡くなった。仕事帰りの親父から「おぉ、いかりや長介亡くなったぞ。」といきなり聞かされ、全く信じることができず、「…マジかよ!!!」と大声で叫んでしばらく絶句…。6秒くらい放心状態。頭の中では、「オイーッス!」「だみだこりゃ」「バァン!(巨大ハリセン)」「な~んてな」「ボボンボンボン(ウッドベース)」「えらくなれ」「8時だよぉ!…」「渋いはにかみ笑顔」などたくさんのものがぐるぐる回って、その後にそのすべてが自分の生きている世界から失われてメディアの中だけにしか存在しない影のようなものになってしまったんだと感じて、普段感じることのない不安感?(すーっと落ちる感じ?)のようなものに襲われた。そうか、これが喪失感とか胸に穴がポッカリ穴があく感じって言われるやつかと気づくまでに少し時間がかかった。長さん(あえてこう呼ばせてください)にはもうどこに訪ねても会うことはできない。その手を握ることや空気をふるわす声を聞くことも、できない。自分と過去に関わりの会った人や、影響を受けた人なんかが亡くなったとき初めてひとは“死”というもの身近に意識するんじゃないだろうか。陳腐な、使い古された表現だけれども、生きている人間達は皆目の前のことで精一杯だから、関係ない他人の死にいちいち思いを巡らすのは哲学者やマスコミ関係者や葬儀屋くらいだ。僕は死後の世界や生まれ変わりを一切信じない。というか信じないことが大切だとすら思っている。死ぬことは絶対的な終わりで“無”になることだと本気で思っている。ひと一人の人生は一度きりでやり直しもきかず、リセットもできない、意味も、無意味も、幸も不幸も無い、ただただそこにあるだけ。でも、だからこそ、そうだからこそ、勇気ある一歩を踏み出したり、本気で自分にとっての一番を考えられるのではないのか。時間とともに移ろいゆくなにげない景色、ひとを思う心、何かを作り出すこと、自分がやるべきこと、自分だけのものじゃない自分、自分だけのなにか、見てないところで育つもの、崩れ落ちそうなくらいに悲しいこと、やさしいまなざし、きたないもの、くやしいこと……すべては流れていて一度しかない。でも、それで良いんだ。「オイーッス!」と言われたら、大きな声で拳を強く突き上げて、「オイィーーッス!」って応えるんだ。「もいっちょ言ってみよぉぅ、オイイーッス!」「…ウイィーッス!…オイィーッス!…」…年をとるほどかっこよくなっていく、そんな長さんみたいな年寄りに僕はなりたいです。もう悲しまない…、けど僕は長さんのことを絶対に忘れません。「…生きている人間が死んだ人間にできる唯一のことは、死んだもののことを忘れずに生きていくことだけだ。」次行ってみよぉ~ぅ!!…(ウサギ目)
2004年03月22日
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「心が折れなきゃ、負けじゃない。」「心が折れてしまうのが、本当の敗北。」いろんなひとが言っていることだけど、結果の出ていない自分にとっては、すがるような気持ちにさせる言葉。大切。
2004年03月19日
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今年度卒業されたかた、おめでとうございます。最近電車に乗っていると、卒業式を迎えるのであろう着物姿の女性を良く見かけます。…良いですね~。僕の卒業と言えば、高校のときのこと。伸び伸びと?やりたい放題やっていたおかげで最後の最後まで単位が足らず、結局、卒業式前の最後の追試でもダメで公式の卒業式には出れませんでした。(しかしなぜか家の親は息子の出ない卒業式に出席…笑)公式の卒業式の後で受けた追試、これがまた結構やりたい放題で、何とはあえて言いませんが(笑)先生もかなり目をつむって多めに見てくれていたようです。(卒業させてしまいたかったのもあると思います。)そんな先生の暖かい御配慮?によってその追試はなんとか次第点をとり、落ちこぼれ連中ばかりで、小さな卒業式をしてもらいました。校長先生が、「卒業おめでとうと言ってやりたいところだが、喜んでいいのかわからんなぁ。」というようなことを言いながら、ひとりづつに卒業証書を手渡していったのをおぼろに覚えています。人生は入学と卒業の繰り返し…でありたいと僕は思っています。そしてその繰り返しの数と過ごした時間の密度がそのひとの魅力や能力につながっていくんだよなぁ…なんて、この文章を書きながら思ったのでした。自らの意思で、その数を増やして密度を濃くしていかないといけないですんよね。よしっ、やるぞ!。
2004年03月16日
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「わるい考えが浮かんでしまうのはね、おなかが減ってるからだよ。ご飯たべなぁ。」僕の歴史に残る名言。凄い名言だと思う。おばあちゃん、いつまでも元気でいてね。会いに行けるように。
2004年03月14日
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『自分の弱い部分なんかを他人に対してすべてさらけ出してしまえる人間が実は一番強いんだよ。』 堀之内九一郎 (株式会社 生活倉庫 社長/ マネーの虎)私には痛いお言葉でした…
2004年03月12日
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今日“漫画”は日本人の読み物としては最も一般的なメディアになったと思う。そんな中表現として非常に高いレベルのものも少なくない。ところで皆さん本当にぼろぼろ涙を流すような漫画と出合ったことがありますか?。僕はあります。それは読んだタイミングが当時の精神状態にばっちりはまったのももちろんだったけど、今でもその感動は色あせてないです。いまでもその※問題のラストを思い浮かべるとぐぐっときてしまう。(そういう自分は、結構涙もろいひとですが…)そしてこの漫画はドラマ性だけでなくて、表現形式としても抜きん出ていて未だに超えるものが無い。(と僕は勝手に思っている。)…というか僕はもはやこれをきちんと(*下記参照)読んで感動しなかったひとと友達になれる気がしない。「ええ゛っ…あれ読んで何も感じんかったのか…(サーッ…)→引く音」…ながらくお待たせいたしました、発表します…『自虐の詩』上・下刊 業田良家著 竹書房です!。僕はここから人生の一つの真実を教えてもらいました。間違いなく。内容にはここでは触れません。この漫画が表現として本当に優れている所以は、この漫画が最後まで4コマ漫画という体裁を取り、なおかつギャグ漫画として始められているというところにあります。ゆえにぱらぱらっと読むと間違った先入観を持ってしまうという欠点があります。ぱらぱらっと見ると単なるオジサン週刊誌のマンネリ化した4コマ漫画かと思ってしまうんですね。(実際この漫画は某週刊誌に連載されていた。)ここまで読んでこの漫画を読んだことが無くて、これから読んでみたいと思った方、以下の約束守ってもらえれば感動三割増(当社比)を保証します!。(…いいのだろうかこんなこと言って…)・上・下刊を必ず両方買い揃え、余裕を持って時間を取り、一気に最初から最後まで連続して読むべし!。ちなみに外で読むのはやめた方が良いかと思われます。(恥ずかしいことになる可能性あり。)要バスタオル?。この漫画の面白さの度合いは下巻の中盤からラストページへ向かって急激にピークまで伸びていきます。じゃあ上巻は要らないのではとお思いでしょうが、上巻のゆるさがラストの感動の為の伏線になっているんですね。そしてラストページ……ものすごい感動のラスト!。(涙涙涙)…読んだひと、ぜひ感想を聞かせてください!。(あまり他人の生の感想を聞いたことがないので。)よろしくお願いします。
2004年03月10日
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自分は煙草を吸わないひとだ。だけど人が近くで煙草を吸っているときにいつも感じることがある。健康やマナー云々の話ではなくて(もちろんそれも気になるんだけれど)煙草の煙の臭いがある“色”をいつもイメージさせるのだ。その色とは“紫”。なぜだかはわからない。“紫煙”と言う言葉があることもだいぶ後から知ってそのときは関心したというか変な感動があった。(そうそうやっぱそうだよな俺だけじゃないんだ、みたいな。)香りがイメージさせる“色”って他にあまり思い浮かばない。何かあるかなぁ。〈終了〉
2004年03月06日
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