2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
全4件 (4件中 1-4件目)
1
僕は男だ。全裸ならブラブラである。が、生活がラブラブで無い場合、(まぁほとんどそうじゃないかと思うのだが)このブラブラがもとで色んなことが起きる。そう、まさに“起”きる。俗に言う「性欲」ってヤツだ。世の女性も見て分かるかもしれないが、男のそれは結構強力だ。その人が健康でエネルギッシュあるほど、そのパワーに比例して増加する。で、スーパー健康でエネルギッシュな僕は時に困る。「自家発電(爆)でなんとかしろ…」もちろんそれはわかる。だがよくよく考えるとこれもどうも無駄が多くて困る。体が生産したナニが無駄とかそういう話ではもちろんない。時間とエネルギーである。あーんな個人活動にかかる時間を冷静に考えると…「お前どんだけかかってんねん!」と自分の中の“こまわりくん”(わからんか)が激しく突っ込みを入れる。ぱおーん。しかも最近ゴールまでたどり着く時間がすこしづつ長くなっていっている気が……それも当然か。人間には「慣れる」という素晴らしくも恐ろしい能力が備わっている。しかも鑑賞眼?も日々磨かれていく。これはいいことなのか?・・・という話ではなかったはずなのでもどす。とにかく時間とかけるエネルギー、思考能力がもったいないと思うのだが、しなければしないで、今度は精神状態に影響を及ぼしてくる。集中力がかなり妨げられるのと、思考の優先順位がおかしくなってくるのだ。そういうときは、はっきりいって“うっとうしい”と感じる。こんなことを考えるのは俺だけなんだろうか。俺がおかしいのか。世の男性方々、どうなんでしょう?。目標がはっきりしていてしかも複数もっている人間からみるとどうにも気になってしまうのだ。無くても良い?…う~む…そう思うときは少なくない。終わった直後とか、アホな妄想からはっと我に返ったときとか。性欲がなくなった自分を想像してみると、なんか目標とかすぐ達成できそうな気がする(笑)。まあそれは単に精神力の弱い自分の都合の良い妄想なのはわかっていて、実際のところは個人差こそあれ皆同じ条件なのだが。(でもその個人差は比較/数値化できないな…)実際のところ闘争心やエネルギーもなくなってしまうんだろうが、もし“性欲”そのものだけをそっくり無くすことが出来たとしたら……もし遠くない未来に人口増加対策として政府が“性欲”の“買取”を始めたとしたら…人間のありかた、男女の関係もまったく変わったものになるだろなぁ…なんて。女性は困るのだろうか?どんな社会になるんだろう?とか妄想は尽きない。男性の性欲は女性の月のものと同じだと僕は思っているんだがどうなんだろうか。僕がウソをつくことが得意だったらこんなことは考えなかっただろうなと思いつつ、とりあえす僕は今日も困り、考える。カミングアウトか?これ?--------------------------------------------------------------このテーマならいくらでもカけそう。永遠のテーマですな。でもアップするのにはためらった。恥ずいし。(結局こんなにカいたんだしもったいないと思いアップを決意…軽い…)ちなみに毎月一ヶ月のうち一週間くらい性欲がグワっと上がる期間がある気がするんですが気のせいでしょうか。(本文の“月のもの”発言はここから来ている)
2004年04月19日
コメント(2)
ようやくわかった子供のころには分からなかったんですオトナとして人生を生きるかっこよさが今痛いほどわかります自分がどんなに馬鹿にされても、人の笑顔が見たいとオトナの価値観で見れば「馬鹿馬鹿しい」「俗悪」と言われるようなことを決して表に見えないようにしながら、徹底的に考え、準備に時間を費やしリーダーとしてメンバー込みでのグループの良さが最大限に発揮できるように自分の個性も踏まえたうえで、一歩下がって引き立て目的の為には自分が憎まれ役になることもいとわない歴史に残るような圧倒的な結果を出しても「自分は全てにおいて四流で何も極めていない」と新しいことに挑戦し、何歳になっても違う自分を発見することに喜びを感じることができ、それでいて表向きに何をやっていても音楽を愛し続け、子供にはシンプルで大切なことを伝えきり、「大好きな親父」と言われる。軽く、クールに、幼稚になっているように見える世の中で、不器用に、地道に、まっすぐに、オトナとしての人生を体現するいかつい顔のオヤジ。誰が何と言おうとも、僕だけでも、“カッコイイ”と言いますから時に憎まれた仲間にも、いなくなった時には熱い涙を流させるそんな人間に僕はなりたいです多くのものを、本当にありがとうございました!
2004年04月13日
コメント(1)
さくらが満開だ。何度も見ているけれど、毎年感じることが違ってきている気がする。自分のこころが変化していっているんだ。今思うことは、多分今が自分の人生で一番桜を見ることが好きになっているということ。桜の木の下で頭上を見上げ、薄桃色の海に視線を泳がせる。肌を刺す風に身をすくめつつ、とりとめのない思いをめぐらせる。普段意識しないこころが喜んでいるかんじ。意識がすーっと下がって落ち着くんだけれども、なんか静かな力が湧いてくるような。そんな心地よい感覚。帰るころには頭が軽くなったような気がして、すっきりした。なんかやる気が出た。もうあと何回のさくら。花は散る。とても短い時間。暑い夏、実りの秋、厳しい冬を経て、また出会う。あのなにか奇跡のようだった一日。分からないことだらけで、どうしたらよいかわからなくて。あの重なり合う音も、静かにしなってながれる空気も、舞い散る桜も、木漏れ日が池にきらめくのも、とても良く覚えている。夢に見たこともある。あの人は今元気だろうか?。いつかまた会えるだろうか。あったとき何と声を掛けようか。いつ会っても大丈夫な自分でいたいね。来年桜を見て僕は何を思うのだろう。来年こそは…ってまだ早いな。-------------------------------------なんかメロウテイストですが、ニポンジン馬鹿騒ぎ桜見若気の至りもオフィスのストレスも無礼講も喧嘩もありーの泥酔暴れ場所取飲み会(当然数グループ巻き込み)もスキデス。先日はこっちの方でした。(でも迷惑掛けない程度)あ、でもゴミ捨てて帰るやつは大嫌いです。お前がゴミやぁ。…ジャンベの思い出。自分が思い出す為に。
2004年04月05日
コメント(0)
TBSの追悼番組を見た。たまんなかったね。オレンジのはっぴを着た長さんが、ビシっと指を突き出して気合をこめて 「八時だよぉ!」 と叫んだのを見てしまったら…体が自然に動いて、拳を突き出し「全員集合!」応えていた…っていうのは少しおおげさなんだけど、そのとき見ていた僕はそうしたくて、実家の和室でテレビに向かって叫んでた。そのあとはもちろん、「オイイーッス!」…。20代後半にもなる男が部屋で一人で叫んでいるってのは、傍目から見ればヘンなひとに見えるだろななんて冷静に思いながらも、突き出した腕を下げるころには悲しさがこみ上げてきて目から涙があふれてた……長さーん…涙涙。ほんっと、やっぱり、ドリフは最高だったんだ。僕は赤い目のままで笑い転げていた。久しぶりに腹から笑わせてもらった。実は前の楽天日記をアップした直後に、ネット上で“いかりや長介追悼FLASH”なるものがたくさん(でもないか)作られているのを見つけて、それを見てはうるうるしていたのだが(なかでもその一つ…たしか“土曜の夜は”というような題名のFLASHには号泣させられた…)それをきっかけにFLASHというソフトとそれをとりまく文化?のようなものに魅せられて夜な夜なFLASH検索→鑑賞をしていた。いやFLASH…すごいですね。(遅いか)特に「Quino(キノ)」byポエヤマにはびっくり。音楽・SE・シナリオすべておひとりでやられているとのことで、その完成度の高さとセンス、それを可能にするFLASHの奥深さに興奮しました。そしてその興奮が自分が高校生のころに感じたあの興奮と同じだと気づきました。打ち込みなら楽器が弾けなくても音楽が作れるんだと知ってぞくぞくしたアノカンジ。俺にもできるかも…と可能性を感じることができることにわくわくしたあの興奮…。人生のなかでやってみたいこと、できるようになりたいことがまた増えた。わくわくが一つ増えて、うれしい。それはそうあることじゃない。思えばこれも長さんのおかげだね。“もういちど あなたにあえるなら、 たったひとこと、つたえたい あ り が と う ” Song by KOKIA (殿堂入り確定。泣ける!)いかりや長介様、ありがとうございました。…“昭和”が確実に過去のものになったんだと感じた。さびしいってこんなかんじなんだなぁ。-------------------------------------------------------------------------思春期に入った僕にドリフの価値を思い出させてくれた漫画「4年1組起立!」「のりおだちょん」 by浜岡賢治(現在週間チャンピオンで「浦安鉄筋家族」を連載。こちらもドリフテイスト満載で愛を感じます。面白いです。…浜岡さんもきっと泣いたに違いない。)
2004年04月01日
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


![]()