2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
おいらのパソコンが、やっぱ調子よくないので、相棒が初期化してしまい、今日と言うか、昨日は、パソコンに触れない状態です。今もこっそり相棒のから打ち込んでいるっす。直ったら、明日と言うか、今日いっぱい書くからね-。ふうっ、なんか悲しい。
2003.05.31
コメント(6)
昨日、日記を後から書こうとしたらもう眠くって眠くって・・・久しぶりに早く寝てしまった。でも、今朝起きたのはいつもと同じ時間。何故?さて、昨日はコーラスのことを書くつもりだったので、そのことを・・・コーラスに新しい課題曲が出たのだ。「亜麻色の髪の乙女」だ。歌はとても歌いやすそうなのだが、コーラス用の編曲がとても難しくて、主旋律を歌っていたかと思うと、副になったり、ブレス(息継ぎ)が殆ど出来ないまま次のフレーズになったりと、とにかく忙しくて未だ初心者のおいらは音を取るのがやっとなのだ。来月は一ヶ月間コーラスをお休みしなくてはならないので、焦ってしまう。九月、十月と発表会が続き、多分この歌は十月用になると思う。今後は、この他に平井謙バージョンの「大きな古時計」や、SMAPの「世界に一つだけの花」だったかな。これらを練習する予定なのでちょっと楽しみ。メンバーに録音テープを借りて、家で練習するぞー。♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪本日のお仕事日記今日はとっても楽しい半日だった。午後のおやつの後、お部屋で遊び始めた二歳児たち。段ボール箱をたくさん借りてきて部屋の中に入れると、子供達は早速一人ずつ箱の中に入って電車ごっこをはじめた。おませな女の子が、絵本をみんなのほうに広げて先生の真似事をしたり、実際に、おいらが色々な絵本を読むと、みんな箱に入って熱心に絵本を見ていた。そのうち一人の子が箱をひっくり返して、その上に風呂敷をテーブルクロスのようにかけて座ったり、頭をもたれかけさせたりしたので、おいらは箱をたたいて、太鼓遊びをはじめた。♪おおきなたいこ♪かたつむり♪しゃぼんだま♪おもちゃのチャチャチャなどなど全部で十曲以上は歌ったとおもう。はじめのうちは一人二人だったのが、結局一人を除いてほぼ全員参加しての大合奏となった。特にみんなが気に入ったのが♪しゃぼんだま♪で♪チッチッチ、チュンチュン、鳥さんが、シャボン玉をふくらーませたー・・・という歌なのだが、何番も歌詞があり、パンダや、象や蛙が出てくるので、みんなはじめてのこの歌に興味津々。かなり長いこと、この大合奏を楽しむことが出来た。とっても楽しいお仕事だったよ。
2003.05.30
コメント(7)
昨日、ちょっと、反省多き日記を書いたら、皆さんのあたたかい書き込みがあり、大変元気を頂きました。どうもありがとうございました。昨日の反省と、皆さんの言葉を胸に、同じような失敗を繰り返さないようにに頑張ります。今日の日記を書く前に、相棒の都合により、ちょっとだけパソコンを閉じるので、後から続きを書きまーす。ごめんなさ-い。
2003.05.29
コメント(4)
今日は、久しぶりに平日がお休みになり、実家の母と妹、甥っ子二人の五人で、愛知森林公園に遊びに行ってきたよ。 天気はカンカン照りでもなく、木陰に入ると涼しい風が吹く散歩日和だった。 森林公園は、とっても広くて、子供達の遊ぶ遊具がたくさんあり、緑の多い素敵な公園で無料なのだ。実家から車で約五十分程度でいける。目的地では、2~3の保育園遠足で、たくさんの子供達が遊んでいた。それでもとっても広いので十分遊べる。 お昼近くについたので、コンビニで買ってきたおにぎり等をみんなでほおばった。(昨日、お弁当のことで、あんなに偉そうなことを書いたのに、何てことだ。でもね、本当はお弁当を作りたかったんだけど、こっちの母たちの手前、作れなかったんだ。絶対嫌味を言われるもん。なーんて言い訳ですね。) それでも、おにぎりやら、サンドイッチを食べると一目散に固定遊具(滑り台や、ブランコなどのことです。)、アスレチック式の総合遊具目指して走り出すりょんりょん。 遊具は、りょんりょんにとって、少し大きめなので、危ないものは、後ろや前に回って、フォローをしていた。りょんりょんも、家の近くの公園でよく遊んでいるので、太鼓橋や、つり橋、滑り台などをちょっと危なげながら、難なくこなしていた。 土手を利用して作られたすごく長くて、高いところにある滑り台は、必ず後ろでおいらが抱えて滑って遊んだ。転げ落ちると危険なので・・・ 散々遊びまわって、もうすぐ帰ろうとした時に事件は起きたのだ。今日一番気に入っていた総合遊具で、半円状になった梯子を登って、滑り台に行こうとしたとき、りょんりょんの足が滑って、梯子と滑り台の頂上の台の間から、滑り落ちてしまったのだ。隙間が頭より、少し狭かったので、まぶたの上と後頭部でつっかえる形になって宙ぶらりんに・・・すぐにおいらは、りょんりょんの真下に行き、下から体を持ち上げ、妹が、上から引っ張り出した。 りょんりょんは、大泣きに泣いたが、幸いにも、まぶたを擦りむいただけで、眼球にも異常はなく、頭を打つこともなかった。 妹も、「おおっ、勲章が一つ増えたねー。」と笑って、手早く、傷口を冷やしたり、消毒していた。りょんりょんも、傷口がしみて、めそめそする程度に落ち着き、家につく頃にはすっかり機嫌も直って、傷のことは忘れてしまったようなので少しホッとした。妹が笑いながら対応したのは、子供やおいら達に要らない不安を与えないためだ。怪我ぐらい大丈夫と思っていることもあると思うが、一番はそれだろう。りょんりょんの事故は、おいらの目の前で起きたからだ。これは、本当はおいらの責任なのだ。 何故か・・・おいらは、りょんりょんの真後ろについて登り、いつでも助けれるようにと思っていたが、それまで何事もなく登っていたので、そこに油断と過信が生じたのだ。「もう後一歩で登りきる」と思って、ホッとした瞬間に落ちたのだ。手を伸ばし、服をつかんだが間に合わずズルッ上から引っ張りあげれる体制ではなかったので、飛び降りて下からからだを持ち上げたのだ。これがおいらの責任といわなくてなんとしよう。りょんりょんと妹に申し訳なくて何度も謝った。妹は、気にしなくてもいいよと言っていたが、心の中では、申し訳ない気持ちで一杯だった。しかし、ここでもう一つの気持ちに気づいた。おいらは、りょんりょんと妹に申し訳なくて心から謝っている気持ちが殆どだったが、後で冷静に考えてみると、そうでない気持ちも混じっていたのではないか。それは、保育士なのに、こんな事故を起こし、怪我をさせてしまった。その変なプライドのために謝っているのではないかということだ。自分の家に戻ってから、その考えが頭にこびりついて離れない。こんな考えをもって、謝ったこと自体が、りょんりょんと妹に対する無責任で許しがたい行いだと思う。本当にごめんね、りょんりょん。
2003.05.28
コメント(12)
今日は、自分自身のことについてはあまり書くことがなかったので、お仕事のお話。うちの園は、今日は近場の公園にお散歩だった。乳児さんと、三歳児さんは道一つ向こうの公園。四歳児、五歳児さんは少し遠くの公園に、巡回バスを利用して遠足。おいらの出勤した午後一時は、四歳児、五歳児が丁度戻ってきたところで、おやつを食べていた。このごろ五歳児クラスに入ることが多くなり、今日も一時間五歳児クラスへ行った。すっかり顔なじみになった子供達が、「先生、今日ねー、遠足だったよ。楽しかったよー。」と嬉しそうな声をあげて近寄ってきた。彼等が行った所はおいらも全く知らないところなので、おいらも興味津々。「どんな公園なのかな?」ときくと、みんな競って話し始める。「バラが綺麗だったよ。」「すごい広いの」「秋にも行くんだよ。」「楽しかったよー。」どの子の顔も輝いていたよ。良かったね、楽しい遠足で。ここでちょっと裏話。遠足自体は、保育士も楽しいのだが、実はめちゃくちゃ疲れてしまう。とくに、年度始めの遠足は、ドキドキもの。遠足の目的は、楽しく遊んだりすることなのだが、そうする中で、子供達は開放的になり、とんでもない行動を起こす場合があるので、事前に誰がそうなりやすいかをきちんと把握しておく。子供達にも危険なところには行かないように注意を促しておくが、常に子供の数を把握し、広い視野を持っておく。お弁当一つ一つには、親や、子供の色々な思いがこめられているので、どんなものなのか良く見るようにする。お弁当一つで、親の人となりが結構出るしね。子供の好き嫌いを把握しているか、食べやすい工夫はされているか、遠足ということを覚えていたか・・・過去に、当日まですっかり忘れていて、コンビに弁当を持たせ、悲しい思いをさせた親がいたのだ。あと、乳児さんなのに、水筒代わりに350mlのお茶缶を持たせた人など・・・良い悪いは別として、その親子の生活がどんなものか、垣間見えてしまうんですねー。なので、お弁当チェックは欠かせません。でも、そんなに厳しい目で見ているわけではないです。子供との話のネタにのぞいたりして、自分の心に軽くとどめておくということです。あと、困るのが、持ち物に記名がないこと。以前勤めていたところでは、おやつ一個一個にも、名前を書いてもらいました。友達のと混ざって、わからなくなるということもですが、おやつのゴミを持ち帰るのにも必要だったからです。自分達のゴミは、自分達で持ち帰る。こういうマナーを知らせていきたいためでもありました。でも一番気を使ったのは、やはり事故がおきないようにすること。みんな揃っているか、怪我はないか何度も確認し、誰かがいないとなると、別の先生にその場をお願いして、探し回る。保育士なのだから、子供のために動くのは当たり前のことなんだけど、遠足が終わったあと、思いっきり脱力してしまう。楽しいけど大変なのだ。今日引率していった先生方、ご苦労様でした。子供達に楽しい経験をさせてくださってありがとうございます。
2003.05.27
コメント(8)
一昨日、鼻炎が酷かったため、今日は耳鼻科に行くことにした。通っているのは、総合病院。色んな科が入っているので便利なのだが・・・さて、おいらは、10時に受付をした。遅すぎるとは思っていたのだが、頭が痛くてなかなか病院に行く気が起きなかったのだ。予約無しなので、予約患者が次々と呼ばれる間、延々一時間半待った。その間に病院の中のコンビニに行き、サンドイッチとコーヒーを買って、ブランチ。それからまた元の受付に戻って、本を読みながら待ったのだ。十一時半を過ぎた頃、仕事の都合もあるためやめて帰ろうかと思ったら名前が呼ばれた。それから診察室手前の待合室で十五分ほど待ってから診察をうけた。「rintojinさーん、この間の痰はどうですか?なに、未だ直らない。薬が弱かったのかなー、ええっ、鼻炎も出てきた?そらこまったなー。」先生はしゃべりながら、おいらの鼻の穴に管をとおして薬を注入したり、腫れ具合を見た。管をとおされると痛いのなんの。感覚としては、夏場にプールの水が誤って鼻に入ってしまい、ツンツンしていると思えばいい。思わず涙ぐんでしまう。「もう少し強めの薬出すからね、ちょっと眠くなるけど、めちゃくちゃ眠くはならないからね。」この間十分もない。診察はあっという間に終わった。しかし、この後会計を済ませ、薬を貰うのに一時間かかり、後十五分で仕事始まりの時間になってしまった。駐車場まで、駆け足ダッシュ。仕事先までは、信号の少ない道を選びながら、時計と睨めっこ。幸い仕事場は割りと近くだったのでよかったが、心臓がばくばくしてしまった。総合病院は何かと便利なのだが、もう少しあの待ち時間は何とかならないかなー・・・◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆なかなか、五月晴れにならずに、梅雨に移行しそうなので、ちょっと壁紙を変えてみたよ。モデルは、おいらが仕事場の壁面用に作ったものをペイントで描いてみたんだけど、うーん、やっぱりマウスで描くのって難しいよー。
2003.05.26
コメント(11)
昨日はもう、花粉症が酷くて、大変だったけど、今日はさほど酷くもなく、無事に過ごせました。ご心配をおかけしましてすみませんでした。たぶん花粉症だと思うんだけど、以前病院に行ったときは、「アレルギー性鼻炎ですね。」といわれただけで、酷くなると薬を貰いに行く状態でした。鼻も酷いけど、目が痒いんだよう。なのでこの時期は、目薬も毎日もち歩き。イネ科の花粉に反応しているのではといわれました。日によって、酷さが違うんだけど、ほんと昨日は最悪で、多分ティッシュ一箱は使ったな。点鼻薬と鎮痛剤のせいで、一日中ものすごい眠気が襲い、眠いのと、くしゃみ鼻水の連発で酸素不足のせいで、頭痛も酷くて日記を書いてさっさと寝てしまった。それが良かったのか、今日は時々目薬を差す程度で、点鼻薬も使わずに、せっせと庭の草取りにいそしんだ。あーもう、先月綺麗に草取りしたのにもう生えている。明日も元気に草取りするぞー。
2003.05.25
コメント(8)
ありがとうございます。無事11000ヒットに至りました。でも、実は、自爆してしまったので、ニアピン賞として、まゆら将軍に送りたいとおもいます。さて、本当は、他の皆様のところに色々お伺いしたいのですが、今日は、くしゃみ鼻水がとまらず、1日中ティッシュを抱えているという有様で、鼻は痛いわ、頭は痛いわ、目は痒いわと言う最悪の日になってしまいましたので、書きこみは、あした以降お伺いします。ごめんなさい。
2003.05.24
コメント(8)

今回の11000ヒットのカウプレは下の写真だよ。もうあと少し。よろしくね。
2003.05.23
コメント(6)
今日は、合唱だったがそこでの休憩時間中での会話より・・・ 某地元スーパーが二十四時間営業になると言う話題が持ち上がった。一緒に歌っている方の一人が、そこに勤務していて、昨日は10時まで仕事だったとぼやいていた。そこは、未だ午後九時までの営業なのだが、片付けなどで10時までかかってしまったと・・・将来的には二十四時間営業にするんだと。 うちの団は、かなり年配の方々のコーラスグループなので、その話を聞くと殆どの人が、否定的な言葉を交わしていた。二十四時間になって、そんなにいいのだろうかと。 おいらもちょっと考えさせられた。確かに、二十四時間になれば、夜遅くまで仕事をしている人や、緊急に物入りになった時はいいだろう。お店が開いていると便利だし、買い忘れても困らない。それでいいんだろうか? 以前おいらは日記の中で、携帯電話について、便利さに慣れすぎて、不便というゆとりが失われているのではないか・・・というようなことを書いたのだが、このスーパーの件も、当てはまらないだろうか。 メンバーと話題にしたのは、夜の治安と、勤務体制、就労にかかわる時の育児についてだ。まず、夜の治安は今まで以上に悪化するのではないだろうか。不良や、自由業人たちが増えるという意味ではない。誰もが夜遅くまで起きている生活に変わり、外に繰り出すことが多くなれば、必然的に犯罪が起こる回数も多くなるのだ。 そして、その手の二十四時間スーパーに勤務する人たちは、夜間勤務をしないとお金に困る人とか、家庭などに縛られない若い人たちとか、通勤手段が、自動車やバイクを使うか、近場の人となるだろう。 そうなると、ガス光熱費を多く使うようになるし、交通事故も増えるのではないか。 また、夜間勤務には、今は女性もつくことが出来る。そうなれば、未だ子供が小さい人でもその手の仕事についたりする。すると、子供を夜間でも預かってくれるような施設が必要になってきて、夜間保育の需要も増えてくる。 小さい頃から、夜更かしの習慣が出来てしまい、子供達の生活サイクルも大きく変わってしまう。 お日様の元で元気いっぱい遊び、夜はぐっすり眠って、明日の元気を蓄える。これが子供本来の姿だと思っている。でも、現実はちょっと違う。保育所に預けられている乳児の多くは、就寝時間がかなり遅い。真夜中に寝ている子が多い。それでもって、朝は保育園に預けなくてはならないから、寝不足の状態で起こされて、朝食を食べなかったり、ぐずついてしまうことが多くなる。 子供がぐずつけば、親もいらいらしてくる。もちろん、こんな親ばかりではないのだが、おいらの結構長い保育士生活の中では、段々とそういう親が増えていっている。現においらの甥っ子も、親の生活サイクルに合わせているため、体内時計のサイクルとかなり違ってきている。体内時計が狂い、生活サイクルも大人に合わせたものになるということは、子供にとってかなりの負担になる。そうすると、精神にまで害を及ぼしてしまう。がまんできない、切れやすい、集中力がない、物忘れが激しい・・・などの症状が多く出ている状態の障害もあるが、環境によって、そういう症状が作られていくこともままある。 そういう子供達がどんどん増え、大人になり、社会を作っていくと考えたらちょっと怖くなってしまった。 これって、三段論法過ぎる?スーパーの話に戻すと、もちろん二十四時間営業をすべて否定したいわけではない。おいら自身、よるにコンビにを利用することはたまにあるのだ。雇用の促進にもなるだろう。また、夜間保育に預けている子供だけが、将来において不安要素を抱えていたり、親としての自覚が足りないということを言いたいわけではない。親業をしっかりやっていても、未来において不幸が訪れてしまったり。逆に、周りからはあまり良い環境とは言えない状態でも、人間の本質を忘れない、人を思いやることの出来る子供がたくさんいる。いや、殆どの子供はそうだと思う。では、おいらは何がいいたいのか?便利さに慣れてしまって、心のゆとりをなくしてはいないか?人間の本質がどこにあるのか見失ってはいないか?不便なら不便なりに、頭を使って、体をつかって、不便さライフを楽しむ心も大事なのではないかと思うのだ。あくせく生きるばかりが人生ではないよと・・・ 会話のくくりはこうだった。「いいわよ、一杯電気やらガスやらを消費してしまえば。そうすれば、いつかは、エネルギーもなくなって、夜は夜のままに暗くなって寝るだけの生活に戻るんだから。」
2003.05.22
コメント(6)

昨日は、焦った日記を書いて皆様に心配をかけてしまいましたが、パソコンも無事復活しました。パソコン自体が故障したわけではなく、画像全体が、グラデーション化してしまって、相棒が延々三時間もかけて元通りにしてくれました。が、おいらのパソコンに入っていたゲーム「ファイナルファンタジーⅧ」を泣く泣くアインストールすることになった。おいらは、ロールプレイング系のゲームが好きなのだが、相棒は、任天堂64もプレステもだめというのだ。で、唯一許してもらえたのが、PC版のFFⅧなのだ。そのうち相棒のパソコンにインストールするぞー。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆昨日日記に実家でランチを食べたことを書こうと思ったのだが、あの騒ぎだったため、ちょこっとだけ紹介。去年、新装開店した実家では、今ランチがお勧め。おばちゃんや、ご近所の某役場の方々のランチ場となりつつある。店長兼和食一般が弟で、オーナー兼寿司職人は父、さしずめおいらは筆頭株主といったところか?(大うそつき)そこの1番の人気ランチが、下の写真にある、松すしランチだ。ミニ天ぷら、出汁まき卵と魚、揚げ物、ミニちらし寿司、味噌汁(赤味噌だよ勿論)季節のフルーツと付いて840円(税込み金額) ボリュームが多いので、年配の方は時々ご飯を残してしまうが、これが結構人気なのだ。おいらも大好きなので、時々食べている。でも、こういう場合は大抵、お金は払っているよ。しばらく実家にも行っていなかったので、楽しいランチタイムだったよ。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆お仕事日記今日は、午後から三歳児の部屋に行った。三歳の子達もお昼寝中だったので、その間は静かで良かったが、起きてからがもう大変。部屋を飛び出していく子がいて、しょっちゅうその子を連れ戻しに・・・おかげで、久しぶりに転んでしまった。ああっびっくり。たった四時間の仕事なんだけど、いつもの倍以上疲れた気がする。来月一ヶ月間は、一日出勤なのだ。今から疲れが出てきそうだよ。一年間のブランクがきついよー。夕飯の後、もう一度甘夏のマーマレードを作った。昨日実家で取られてしまったからだ。今回は、このマーマレードに名古屋名物のきしめんを付けてプレゼントするからね。
2003.05.21
コメント(11)
パソコンの調子がおかしくて、ただいま相棒によるメンテ中。相棒のパソコから日記だけ書き込んでいる状態なので、明日以降に皆さんのところにお邪魔しマース。ああっ、本当は書きたいことがいろいろあったのにねー。フーーーッ
2003.05.20
コメント(6)
今日明日と、母が旅行でいないので、久しぶりにおばあさんを誘って隣の市のうどんやさんまで出かけた。 母が、パートを定年退職して以来、おばあさんと二人でランチを食べに出かけることがなかったので、本当に久しぶりだ。なんせ、相棒の母は、外食を滅多にしない人なので、家族揃ってどこかで食事をするなんて、年に1~2度・・・しかもいつも決まった某チェーン店のうどんや。もしくは歩いて三分の焼肉屋。 たまには、もっと違うところに行きたいと思うのだが、おいら以外はみんな異論無し。はーーあ。 そんな風だから、お昼を母達と食べに行ったことなんて、一緒に暮らし始めてX年だが、二回しかないのだ。でもおばあさんとは時々出かけていたけどね。で、久しぶりに出かけたうどん屋さんは、初めてのところ。おいらはきしめん定食、おばあさんは五目うどん。名古屋といえば麺はきしめんっしょ。魚のチーズカツフライと、漬物、冷奴、佃煮豆、ゆで卵四分の一。はーっ食べた食べた。結構美味しかったよ。 またいつかランチ食べに行こうね、おばあさん。
2003.05.19
コメント(12)
きょうは、久しぶりに手作りおやつに挑戦だー。以前から作りたくて用意していた柏餅の葉っぱ。作ろうと思ったときは、家には柏餅がたくさん溢れていた・・・ で、端午の節句は終わってしまったのだが、今日の午後思い切って柏餅と、甘夏のマーマレードを作ることにした。 まずは甘夏。これは、家でたくさん収穫できるのでそれを使うことにした。なぜマーマレードを作ろうと思ったかというと、先日楽天で知り合った方から美味しいお茶が届き、何か御礼できるものはないかなーと思っていたが、適当なものはなく、それなら家で採れた甘夏をマーマレードにしてしまえー・・・と考えたのだ。結局、大きいジャムの瓶二つ分作ったので、残りの一つは、 「11000番」のカウプレにしまーす。もちろん、マーマレード以外に、ちょこっとだけ色を添えてプレゼント。誰がカウントを踏むか楽しみです。あっ、肝心の味のほうは、少し苦味はあるものの、まあまあだと思っております・・・エラソーさて、柏餅・・・これは、全部買ってきたものを使って作りました。柏の葉っぱは普段は売っていないんだけど、節句前に、スーパーに行ったら、パックで売っていたのですかさず購入し、冷蔵庫に寝かしてあったのだ。もちの部分は、団子の粉。餡子はこしあんの粉末を使って作ったよ。 では、簡単な作り方を書きまーす。◆用意するもの(柏餅約二十個分)☆あんここしあんの粉末・・・100g上白糖・・・150g水・・・300g塩・・・少々①鍋にこしあんの粉末と水300gをいれて、木杓子でかき回せながらしばらく置く(2~3分)②上白糖を加えながら、中火で焦げ付かないようにかき混ぜながら煮る。③適当な固さになったら、塩を加え、冷ましてから等分に丸める☆もち柏の葉・・・二十枚(時期になるとスーパーなどで売っているよ)団子の粉・・・300g上白糖・・・40g水・・・300g片栗粉・・・適宜柏の葉は、水洗いして水気をふき取っておく①蒸し器より小さめのボウルに、団子の粉と水(300g)を入れて、よく練る。②ボウルのまま蒸し器に入れて、20~25分ぐらい蒸す。時間が来たら、蒸せているかどうか、箸でつついて調べる。③手に濡れ布巾をまいて、もちを練り上げる。④手に片栗粉をまぶして餅がつかないようにし、等分にちぎって丸めておく。⑤餃子の丸皮ぐらいの大きさに伸ばし、餡こ玉をはさむように包む。⑥柏の葉の内側にも片栗粉をまぶして、餅を包む。⑦柏の葉っぱごと、蒸し器で五分間蒸す。(中火だよ)蒸しあがったら出来上がりー。柏餅を作るだけなら、一時間もあれば出来てしまうよ。蒸したての熱々を、おばあさんと一緒に、お茶を淹れて食べたけど、美味しかったー・・・おいらは、餅はあわせと言って、半月状に餡子をはさんだものを作ったけど、地方によっては、包み方が違うみたいだから、面白いよね。「ぶきような/甘い思いを/しっとり包み/そっと差し出す/かしわ餅」 おそまつ
2003.05.18
コメント(8)
昨日の日記に、中学時代に書き留めていた話を土台にして、創作童話を書いた。 それをいつも遊びに来ている色々な人が読んでくれて、色々な感想を書き込み、また、自分の日記で紹介してくれて、そこからも見に来てくれる人がたくさんいて、嬉しかった。 実は、昨日は、童話を書くのに思った以上に時間がかかり、書き上げてからすぐに寝てしまったので、再びパソコンを開いたのは今日のお昼近くだったのだ。そしたら、常連の方だけでなく、「まゆら将軍」さんのところで紹介してくださっていたので、そこからもたくさんの人が書き込んでくれて、とてもびっくりし、嬉しかった。 ああっ、こんな風にネットで繋がっているのっていいなー。相手の顔は見えなくても、ちゃんとコミュニケーションがとれていて、励まされたり支えあったり出来て嬉しいなー。と実感してしまった。童話について、ちょっと補足しておくと、バラは中学生時代のおいらの姿を反映しているのだと思う。書き始めたその頃は、そんな風に思ってはいなかったけど、実際、昨日書き足して仕上げてみるとそんな気がした。中学のときには、もっと短い文章で、神さまの昔話もなく、ラストは、子供二人が友達になったところで終わっていたのだ。その頃はそれでいいと思っていたけど、今回ああいうラストにしてみた。大学ノートに書きとめておいたものはもうなく、心の中に仕舞っておいた話なのだが、こんな形で日の目をみるとは思わなかったし、嬉しい感想がかえってくるとは思わなかった。文章も未熟、バラの本当の手入れの仕方も知らないおいらだけど、読んでくれた皆さんの心に、なにかしらの形で心に残るものがあったのならこんなに嬉しいことはない。調子に乗って、昔から心に溜めてきた、詩や童話を書いて載せてみようかなー・・・なーんて、図々しく思ってしまったよー。でも、ほんと、昨日感想を書いてくださった方々、嬉しかったです。ありがとう。
2003.05.17
コメント(9)

◆◇◆一人ぼっちのバラ◆◇◆人里から離れた森の中ほどに、花と虫にとって天国のような小さな野原がありました。虫も花たちも仲良く楽しく暮らしていました。その楽園に、いつの頃か小さな白い花が一つ咲きました。 虫も、他の花たちもその花を見たのは初めてでした。「あなたは、なんと言う名前なの?」と、蜜蜂がききました。「ごめんなさい、私もわからないの」と、白い花は応えました。「その、チクチクしたものをどけてくれないと花の蜜で団子が作れないわ。何とかして頂戴。」蜜蜂にそういわれても、白い花は自分では何も出来ませんでした。白い花には小さなたくさんの棘があったのです。そのうち、蜜蜂は「これでは蜜も採れないわ。」と、ぷりぷり怒ってどこかへ行ってしまいました。 その次にやってきたのは、華やかな蝶たちです。「まあまあ、かわいらしい花があるわ、ここで一休みしましょう。」「あらあら、本当そうしましょう。」と、白い花に止まろうとした時、「ああっ痛い!羽に棘が刺さったわ」と、一匹の蝶が羽を傷めてしまいました。「まあ、大変、こんな変な花にはもう用事はないわ、行きましょう。」蝶たちも口々に叫んでどこかへ飛んでいってしまいました。「私は、一体誰なの?どうして体にはこんな棘があるの?」白い花は、悲しくて悲しくて、静かに涙をこぼしてしまいました。 それからというもの、蜂や蝶のうわさを聞いた虫達は、白い花を避けて通るようになり、近寄ってきても「あんたなんか、そうやって棘の鞭を振るって、すましているがお似合いさ」なんて、意地悪を言う蟷螂や、スズメバチたちぐらいです。野の花たちも、誰も自分達の仲間に入れようとしませんでした。白い花は、悲しさと寂しさのあまり、ますます自分の姿を棘の中に隠してしまいました。 それから、どれくらいの季節が流れたでしょう。白い花が再び目覚めたときも、その一輪以外仲間は目覚めませんでした。それどころか、棘のつるばかりが大きく育ち、もはや蟷螂達も近寄れなくなっていました。「これでいいんだわ、もう誰も私のことを気にしなくなる・・・」寂しさは募るが、意地悪をされないだけましになったと、思うようにしたのだ。 ある晴れた春の日の午後、その野原は突然騒がしくなった。「わーっ、すごーい、森の中にこんな野原があるなんて。」「本当だ、僕の父さんでもきっと知らないと思うよ。」人間の少年と少女がやってきたのだ。「ねぇ、ここは、村の人たちもあまり来ないみたいだけど、お花がいっぱいで素敵ねー。私ここが好きになっちゃった。あら、あそこの奥にあるのは何かしら?」 少女は、棘で自分を隠してしまった、小さい白い花に気がついた。「あっ、父さんの花の本で見たことがあるよ。確か、『バラ』って言うんだよ。この辺ではめったに見ることがない珍しい花なんだって。」少年はちょっと得意そうに胸をそらせて話た。「ふふっ、あなたのお父さんは庭師さんだものね。そんな本もあるのね。そう、『バラ』さんなのね。こんにちは、よろしくね。」少年と少女は、この小さな野原でひとしきり遊んだ後、夕焼けの中帰っていった。「・・・私の名前は、『バラ』というのね。ここではとっても珍しいのね。ふふっ、名前があるなんて思わなかったわ。」白バラは、ちょっとだけ元気が出てきたようで、蔓の中から、夕日を眺めてつぶやいた。 その次の日から、少年と少女は毎日、白バラのもとに遊びにくるようになった。本で勉強したのか、余分な蔓を切り落としたり、根元に肥料をまいたり・・・「ああっ、痛い!もうどうしてこう棘が生えているのかしら。」少女の小さな腕は引っかき傷だらけになった。「仕方ないよ、だって、バラも自分のみを守るためなんだもん。動物達に踏み荒らされたり、鳥達に花の芽が食べられないようにしているんだって。」「へー、どうして?」「バラの花って、この辺では見たことないような綺麗な花だろ?昔々は神様のお庭にしか咲いていない花だったんだって・・・」 ー神様の庭で咲いている頃は、誰にも苛められることがなかったので、バラの花には棘がなく、たくさんの仲間とともに暮らしていました。ある日、神様のバラを盗んでいったものが居りました。それは悪い悪魔でした。悪魔は、美しいバラの花がどうしても欲しかったのです。でも、悪魔のすむ世界は、意地悪な獣や、魔物たちがたくさんいて、みんな美しいバラの花が欲しいと狙っていました。バラたちは、触れないようにと、いつのまにか棘を体につけていったのです。そこで悪魔は、誰にもこのバラを盗られないようにと、触るとバラのことが嫌いになってしまう魔法をその棘にかけたのです。 その作戦は大成功しました。魔物や獣達が触れると、痛いのと、魔法のせいですっかりバラのことが嫌いになってしまいました。そして、魔法をかけた悪魔もうっかり触ってしまい、バラのことに見向きもしなくなってしまいました。バラたちは、悪魔の世界ですっかり少なくなって元気もなくなってしまいました。その様子を知った神様は、バラ達が可愛そうになり、何とか魔法を解いてあげました。でも、どうしても棘だけはとることが出来ませんでした。バラたちはすっかり臆病になってしまったのです。『心と体に棘を持ってしまったお前達を、もうわしのもとにおいておくことは出来ん。せめて、人間の世界で美しく咲くように。』 ・・・こう言って神様が、僕達の世界にバラの花を植えられたんだって。」「なんだか可哀想ね。この子も一人ぼっちみたいだし・・・あのね白バラさん、私達あなたが大好きなの。きっと、お友達を増やしてあげるね。」少女の優しい言葉は、白バラの心の棘をそーっと、とかしていきました。「あの子達がお友達?私の?仲間も増やしてくれるの?」白バラは静かに泣きはじめました。でもそれは悲しい涙ではありませんでした。嬉しくて暖かい涙でした。白バラはもう一人ぼっちではありません。友達が出来たのです。 やがてまた、幾つもの季節が巡りました。あの小さな野原はどうなったのでしょう。森の奥の小さな野原には、小さな可愛らしい家が一軒建ってました。その家の可愛らしい庭には、色とりどりのバラの花達が咲いていました。その真ん中に、あの白バラが、ひと際嬉しそうな花を咲かせていました。 おしまい なんだか恥ずかしいような話を載せてみました。これは、中学のときに書いた話を加筆修正したものですが、今朝、庭のバラの木の下を草取りしていて、ふと思い出してしまったのです。もう、楽天日記では色々と恥ずかしげもなく書いているので、恥じかきついでにと、書いてみました。一応童話なのですが、長々と読んでくださった方、どうもありがとうございました。
2003.05.16
コメント(12)
今日は、おいら達の練習にお一人、男性の方が見にいらっしゃった。テノール歌手の日比野哲也先生と仰る方だ。合唱の世界では、結構有名な方らしく、今度うちの水谷先生たちと、オペラディナーを開くため、ちょっと挨拶がてら見学にきたそうだ。水谷先生は、普段どおりの練習を続けながらもちょっと緊張していたようで、いつもはもっと厳しく注意されるようなところも、心もち優しい言い回しだったのが可笑しかった。日比野先生はおいら達の練習に殆ど口を出されることはなかったが、ソプラノが何度も躓いた場所に対して、ご自身が歌って聞かせてくれた。初めて男性声楽家の声を間近で聞いたおいらは、その声の深さ、奥行き、包み込むような広さにびっくりした。えーっと、声質としては、「木枯らし紋次郎」の主題歌をうたっていた上条恒彦さんを思い浮かべていただくと丁度まっちすると思う。以前水谷先生が、「男性声楽家には負ける。」といっていた言葉が良くわかった。水谷先生もとても上手な方で、この間、声楽家のコンクールで、男性陣に混じって「五位入賞」を果たされたのだ。ピアノを弾いてくださっている竹内先生も、ピアノのコンクールでこの間賞を取ったということだから、おいら達の団は恵まれているようだ。 さて、日比野先生にアドバイスを頂いて、おいら達も普段以上の頑張りを見せたようだ。結構練習には熱が入って、割と良く歌えたように思う。たまには、男性陣が入るのも面白くていいな。九月には、熱田神宮前にある会館で歌うのだが、今から楽しみだよ。
2003.05.15
コメント(3)
雨です 一日中降ったり止んだりのやさしい雨模様。 沖縄では入梅宣言したそうで、 これは、例年よりも五、六日遅いのだそうな。 ここでちょっと疑問。 天気予報などでよく出てくる言葉「例年」 これは、ここ十年間ぐらいのものを統計して出したものだそうだ。 つまり、今の「例年」とは、平成に入ってからのものだ。 と、いうことは、昭和や大正の頃の日本の気象を知っている人間には、 「昔はもっと、寒かった、早かった、暑かった。」なーんてことになるのでは。 十年単位のスパンだと、今の世の中では短すぎるのではないかい? 地球の温暖化、自然環境の悪化など、 もっとグローバルスパン(三十年、五十年単位)でみると かなり、今と昔の差が目に見えて判るのではなかろうか。 と、この「例年」という言葉を聞くたびに思うのだ。 さて、そんな話は別として、 梅雨に入れば、子供達も外に出れなくて鬱積してくる。 小さな体にそのパワーが抑えきれずに溢れ出し、 時々はじけてしまって、怪我が起きやすくなってしまう。 ベテランも新人も保護者の方も、一年間の園生活で、ここが正念場の一つ。 雨降りならではの遊びを楽しみながら、生活したいものだ。 とりあえずは、保育室の壁面を初夏らしく変えようかな。
2003.05.14
コメント(3)
五月に入ってから、母は絵手紙を習い始めたらしい。おいらが仕事中に絵手紙教室に行っているので知らなかった。前々から、友達に誘われていたことは知っていたので、行ける様になってよかったなーと思う。昼ごはんを食べたあと、先生の絵手紙や、先日自分で描いたものを見せてもらった。 母の題材は柏餅だった。「柏餅とってもおいしいよ」と柏餅の絵に添えられていた。すると先生は、「柏餅がおいしそうなのは見れば判るから、違う言葉を」と仰ったそうだ。母としては、柏餅がおいしそうに感じた気持ちを伝えたかっただけなので、それ以外の文は思い浮かばなかったようだ。おいらも、絵手紙はやってみたいと思っているので、そのうち母から習おうかな。おおっと、その前におばあさんから生け花を習わなくては・・・
2003.05.13
コメント(5)
今日は遅番で、幼児の子達が相手だったせいか、いつもよりとっても疲れた。ふー、幼児相手は疲れるぜー。本当は、お仕事日記③で、トイレのことについて書こうと思ったんだけど、疲れちゃったのでまた今度だ。これを打っている間も目がとろとろ。頭がこっくりこっくりと船を漕いでいる。掲示板書き込みには、明日以降行くからねー。お休みなさーい。
2003.05.12
コメント(2)
今日は母の日。実家の母には、先日なでしこさんのところから買った、日傘をプレゼントした。家では、夕食に手巻き寿司のご馳走を食べた。マグロ、たこ、イカ、鯛等のネタを用意し、卵焼き、ちくわとしいたけの甘辛煮、キュウリの千切りが具だ。生もの系が苦手のおいらは、卵焼きや、キュウリばかりを巻いて食べた。母は、イクラが好きなので、イクラも用意する。でも、殆どイクラには手をつけていなかったが、おいしそうに食べてくれたので嬉しかった。夕食後、やっぱり、なでしこさんのところで、買った日傘をプレゼントする。「あら、あら、まあまあ」と、結構嬉しそうに受け取ってくれた。「これから、日傘を使うようにするわね。」おいらはとっても嬉しくなった。 母に送ったのは、抹茶色の柄が木で出来ていて、シックなものだ。実家の母とは色違いで、実家は、カカオブラウン。二人とも気に入ってくれて嬉しかったな。でも、毎年母の日等、記念日のプレゼントに、困るんだけど、今年からは、なでしこさんのところで色々選ぶことが出来るので、すっごくホッとしているよ。よかったら、なでしこさんの所も行って見てね。ギャラリーなでしこにジャンプ
2003.05.11
コメント(3)
とってもくだらない話。今日米つきに行って、コインが足りなかったため、自動販売機で缶コーヒーを買って両替した。ガラガラガラー、ガッシャン。落ちてきた缶コーヒーを取り出す時ふと思った。(自動販売機って、あみだくじみたい。)左端のほうにある商品を選択したのに、落ちてきたところは一番右端。中はどんな構造になっているんだろう。子供のとき、実家には自動販売機が置いてあった。知り合いに頼まれて置いていたのだ。売り切れランプがつくと、鍵を開けて商品を補充するのは、子供だったおいら達の仕事でもあった。古い単純なタイプのもので、機械の上のほうにそれぞれの商品を入れる口があり、横に寝かせてその口に缶ジュースなどを入れると、縦に蛇行している一番上に、ころころと転がり落ちていった。子供のおもちゃで高いところから、ボールや自動車のおもちゃを転がして、遊ぶものがあるが、まるでそれのようだった。お釣り用のコインを補充したり、コインの溜まったボックスを取り出して、父親に渡したりもした。道をはさんだお向かいの八百屋さんにも自販機はあり、やはり手伝ったりした。その頃とはまたずいぶん違うんだろうな。そんな思いが沸き起こった夕方だった。
2003.05.10
コメント(1)
今日も午後から、お仕事に・・・ 二歳児さん達は、グーグーお昼寝中。二クラスあるうちの一クラスは天気がいいので散歩に行ったんだって。でも、保育園があるのは市の中心部。散歩に行くにはとても気をつけなくてはいけない。この園では、慣れるまでは昔ながらの乳母車に乗せて目的地まで行ったらしい。 さて、子供達と散歩に行くには何に気をつけて、どうしたらいいのか、何を目的としていくのかをきちんと決めて出かけなくてはいけない。勿論「今日は天気がいいから」というだけではだめなのだ。そういう理由で出かけることもあるが、それだけでは行き当たりばったりの保育になってしまう。ちょっと、ここで、普段保育士さん達がどういう風に散歩を捉えているかを考えてみよう。◆散歩の目的①自然に触れ合うことが出来るようにする。 ・季節の移り変わりを肌で感じ、見たり、触れたり、匂いを感じたりすることで、身近な自然に興味を持ち、それらで十分楽しめるように働きかけていく。②自分達の足で歩いたり、体を動かして、運動機能を高めることが出来るようにする。③園以外の外に出ることによって、交通ルールや、生活の営みなど、社会の一部に触れ、自分達なりに、感じ取ることが出来るようにする。硬く書くと大体今あげたようなことが、大まかな筋であると思う。これに、年齢や、発達の段階、季節によって、もう少し細かくなってくる。勿論子供達にとって、①番の自然に触れることが一番大事だ。でも、悲しいかな、ここで少々問題が・・・今の世の中、自然が残された状態がとても少なく、あっても公園という風だ。それに、若い先生達の多くは、虫に触れない、雑草の名前を知らない、自然の遊び方を知らないという現象まで起きつつある。まあ、これは、子供達と一緒に覚えていけばいいのだが、出来ることなら色々な自然の遊びを見につけておいたほうが言いと思う。 もう一つ悲しいことが・・・それは、若いお母さん達は服の汚れを気にしたり、軽微な怪我にも目くじらを立てて、伸び伸びと遊ばせる事が出来ないということだ。全然気にされない方が多いのだが、中にはそういう方がいらっしゃるのだ。 勿論、大怪我をさせるなんてもってのほかだし、そうならないように、充分気をつけて散歩を楽しんでいるのだが、怪我を恐れて、子供達が自分の身で覚えるべきことをさせないと、将来において、本当の大怪我(心も含める)したり、その時に対処できない人間になってしまうと思う。 例えば、散歩で、土手のぼりをするとしよう。乳児さん、幼児さんでは、運動能力が違うので、その年齢にあった場所、今までの散歩の経験から出来ることを推し量って、色々な場所を選ぶ。土手のぼりで、子供達が楽しいと感じるのは何か?よいしょよいしょと登った先で眺める景色のよさや、そのあと走り下りたり、滑り降りたりする面白さなのだ。これは気持ちがいいだろう。しかし、保育士が狙っているのはそれだけではない。・土手を登るときに、どこに力をかけたら登りやすいのか、・落ちそうになったときに、どんな風にバランスをとればよいのか、・もし失敗したらどうなるのか、・怪我をしないためにはどうしたらよいのか、・他の子が出来るのに、自分が出来ない悔しさ、・頑張ろうとする気持ち、等など数え上げたらきりがない。ただし、その分保育士は、事故がおきないように最大限の注意を払わなくてはいけない。当然のことだ。大事な子供を預かっているのだから。 これをすべて、この土手のぼりから学んで欲しい、というわけではないが、色んなチャンスに触れることが出来るよい機会だと思う。 勿論散歩に行くだけで、挫折してもすぐ立ち直ることが出来るような人間になるわけではない。ただ、危険や失敗を恐れてばかりいる、小さな心の持ち主にはなって欲しくないのだ。そんな様々な気持ちをこめて、保育士は散歩に行ったり、日常の保育をしている。ここで書くまでもなく、家庭生活で当然普通に考えていることだろう。そんなの当たり前よと思っている方には、釈迦に説教だったと思う。ただ、お仕事日記では、少なくとも、おいらが携わった保育園では、このように考えて保育をしていますよ。と知らせていきたいと思っている。さて、二歳さんたちが、昼寝から覚めたぞ。オムツ替えやら、トイレトレーニング、おやつで忙しくなるぞー・・・といっている間に半日が終わったのだった。
2003.05.09
コメント(1)
今日は、木曜日でコーラスの練習だった。先週は、都合悪くて休んでしまったので久しぶりだ。 しかし、午前中に、どうしても保育園に行かなければならず、早めに出たのにもかかわらず、大雨で道路が混んでいて遅刻してしまった。うわー、三十分も損しちゃったよー。 曲は、相変わらず美空ひばりさんの歌集と「虹色の幻想」という合唱専門曲を練習している。虹色・・・のほうは、九月に発表するので欠かせないし、ひばりさんの歌も、歌っていて楽しくて気持ちいいのである。たぶんひばりさんの歌は、十二月の病院でのコンサートでも歌うのだろう。年配の方なら口ずさめるしね。 さて、コーラスに通い始めて十ヶ月近くたった。未だ全然うまくならないが、このごろ感じるのは、一つの歌を長い期間かけて歌い込むという事だ。今やっている二つの歌集はもう三ヶ月以上練習している。(だからといって、おいらは上達しているわけではない・・・)初めのうちは、音を拾って、それに合わせて何とか音を出しているという感じだったが、少しずつだが、歌詞のもつ言葉の深み、心象風景などが自分の体の中に浸透してきていることが判る。もちろん、おいらはまだすっごく下手くそで、一進一退の状態だが・・・それでも、「美しい」という言葉が、ただ単に「うつくしい」というだけでなく、その次にかかる言葉「月明かりを紡ぐ」をふまえたものとして歌うことによって、「美しい」が生きてくること。 また、サラッとうたうか、情感を込めて歌うか、ちょっと、野暮ったく歌うかによって、曲の持つイメージが変わってくることなど、やっとわかり始めてきて、練習がとても楽しい。先生が、一曲一曲きちんと段階を踏まえて教えてくれているからだと思う。 今日の練習曲 ♪「愛燦燦」美空ひばり歌曲集 ♪「川の流れのように」〃 ♪「ムーンライトイエローの輝き」・・・虹色の幻想より◆◆◆車と車がぶつかってしまい、肩をドアでちょっと打ってしまった。お互い軽い打ち身ですんでほっとしたが、事故には気をつけたい。☆☆☆昨日の日記に、結構反応があって嬉しかったです。みんなテレフォンセールスには困っているんだね。色々参考にさせていただきます。
2003.05.08
コメント(4)
日曜日に話そうと思っていて、ころっと忘れてしまった話を、今朝、庭の草取りをしているときに突然思い出した。丁度草取りをしているときに、電話が鳴って思い出したのだ。「あっ、電話の話だ。」いや、何かというと、テレフォンセールスについてだ。先日、一本のテレフォンセールスがかかってきた。おいら「はい、もしもし」名前を名乗らないで対応した。大抵夕飯を作っている時にかかってくるのは、セールスが多いからだ。「あっ、こちら○×センターのものですが、奥様いらっしゃいますか?」と女性の声だ。こうなると、おいらはちょっと意地悪する。奥様ですか?と、問われてもまずそうですといわないのだ。だって、自分のことを奥様だなんて思ってないし、我が家には、そういえる人が少なくとも二人はいるのだ。お「・・・いえ、違いますけど、どのようなご用件でしょうか?」女性「では、奥様でない方とはお話できません。」ガッチャンと電話を切られた。おいらも、「ああそうですか」と応えたが、聞こえたかどうか・・・おいらのこの電話の対応は、とっても失礼な対応なので、普段は絶対しないが、セールス電話は別だ。かなり悪い感じを相手に与えているだろう。しかし、相手によっては、態度を和らげた対応をしている。◆かかってきた時に、「○○ ××様のお宅ですか?」ときちんと苗字なり名前なりで問い掛けてきたときは、かなり丁寧に対応している。 ☆しかし、苗字で問われた場合は、近所にも同じ苗字が多いので、「○○ですが、○○は近所にたくさんいますが間違いありませんか?」なーんて言ってしまう。そこで、名前をきちんと言ってくれれば、セールスには乗らないものの一応丁寧に話を聞き、丁寧に断るようにしている。◆いきなり、「奥様、ないしはご主人は・・・」といわれると、ちょっと意地悪になる。 「奥様、ご主人様と言われるものは、何人かいて、一体誰のことでしょうか?」そうなると、「じゃあ、結構です。」と向こうから切ってくださる。ああっ、おいらって意地悪だなー・・・と思ってしまう。相手も仕事でかけているんだから、無碍に断っちゃ可哀想だよなー。そうは思うが、思うが、こっちだって、困るんだよー。だって、かかってくるのは大抵、夕飯時か、それを作っているとき。てんぷらを揚げていたり、野菜を切ったり忙しくしている時にかかってくることが多い。そして、電話は、おいらがいるときは、他の家族は殆どとろうとしない。普段から、一番早くおいらが電話を取るからだ。一番電話ら近い位置にいる父より一番遠いところから駆けつけるからだ。そんなわけで、料理をしていて忙しくても、おいらが取らなくてはいけない。火を止めて、電話を獲ったらセールス・・・なんてことは日常茶飯事だ。だからついつい意地悪をしてしまう。こんな意地悪していいのかなー?いや、本当はいけないよなー出来る限りセールス電話をかけてこないで欲しいなーなーんて、勝手なことを考えた日曜日だったのだ。くだらないお話につき合わせてごめんよー。でも、迷惑電話みんなはどうしているかな?
2003.05.07
コメント(8)
今、家の前にある畑の至る所で、ジャーマンアイリスとアイリス、湿地になったところではカキツ(杜若のこと・・・生け花をすると、カキツというのだ)、黄菖蒲が咲き誇っている。アヤメも顔をのぞかせている。おばあさんが長年世話をしてきている成果だ。 道端沿いにも結構咲いているので、通りがかりの人が眺めていくが、通り沿いからは見えない畑の中では、土地を貸している人しか見ることが出来ないので、いつももったいないと思っている。 だから、時々、一抱えするほど切ってきては、実家や、保育園に持っていって、いろんな人に観てもらっている。先日は、保育園に、カラー、アイリス数色、矢車菊二種類を持っていったが、今日は、ジャーマンアイリスと、黄菖蒲、カキツを持っていった。ジャーマンは、薄いピンク、薄い水色、えんじとピンクの混合、白、黄色、赤紫、白地に、ふちが青くなって縮れたものなどかなりのカラーがあるので、一色ずつとしても、かなりの量になった。持っていくと、先生たちも喜んでくれて、おいらも嬉しかった。おばあさんに、「みんな喜んでくれたよ。」と伝えると、おばあさんも喜んでいた。 ジャーマンは、一の花が終わっても、上手にすれば、花瓶の中で二の花、三の花まで咲かせることが出来るから大変お得だ。おばあさんも好んで生け花に使っている。 惜しむらくは、今はデジカメ画像がパソコンに撮り込めれないようにしてあるので、みんなに見てもらえないことだ。来年のこの時期もここで日記を書いていたら、必ず写真にとるからねー。 花を愛でることが出来る。そんな毎日を送っている。
2003.05.06
コメント(3)
今日やっとかめで、網戸を窓につけたぞー。 冬に網戸が破けてしまい、(網のしょうが抜けたんだな)ずーっと、網戸は、納屋の中に仕舞い込んであったのだ。 相棒に網の張替えを頼んでも知らん振り。仕方ない、自分で張るか。 密かにホームセンターで、網戸の補修キットを買い込んでいたおいら。でもなかなかやる時がなくて、ここ数日、暑くて、網戸のない窓を開放していたら、もう、蚊に狙われまくってしまった。 相棒はぜんぜん平気な顔。それもそのはず、相棒が一箇所喰われたとすると、その間においらは五六ヶ所は喰われてしまう。そう、相棒にとっておいらは、体のいい人間蚊取り線香の役目をしているのだ。で、今日は思い切って、網を張り替えることにした。 破けた網はとっくに取り払って、サッシを洗ってあったので、平らなところにサッシを寝かせ、クリップで、網を抑えながら、サッシより、少し大きめに網をカットする。そして、ふちの溝に、ゴムをローラーで抑えつつ入れ込んでいく。最後に、ゴム枠ぎりぎりのところで余分な網をカットして完成。たった三枚の網戸を修復しただけなのに、しっかり二時間もかかってしまったよ。まあ、初めてやったから仕方ないよね。 でも、自分で頑張った甲斐あって、今晩は、全然虫に悩まされずにすんでいる。うれしいぞー・・・・・・古い網は、小さく切って、プランターの底に敷いたり、苗ポットの底に入れて活用してるよ。♪♪♪♪はしらーのーきーずーは一昨年のー ごーがーついつかーのーせいくーらーべー ♪と、いうわけで、今日は端午の節句。今晩はこれから、畑で取ってきた菖蒲とヨモギの葉っぱを入れて、菖蒲湯です。無病息災を願って・・・ちなみに、おいらは、「屋根よーりーたかーいー」の歌の世代です。
2003.05.05
コメント(5)
実は、今日は、別のねたを考えていたのだが、ころっと忘れてしまい、たまたま、散歩に行ったので、その話を書くことにするよ。 今日は、久しぶりに王様と出かけたので、いつもの堤防まで足を伸ばした。でも、そこは普段と違う光景が・・・ なーんと、バーベキュウをしている家族やらグループやらが十数組あった。当たり一面肉の焼けるいいにおい。王様も鼻をヒクヒクさせている。堤防下の川岸でもちらほらと・・・あっ、そうかー今日は祝日だった。これからは休みごとに、バーベキュウの穴場となるんだよなー、この堤防。いいんだけどね、ゴミさえきちんと持っていってくれれば。自然を大切に扱ってくれていれば・・・ちょっとひがんでいる・・・なんとなく、今まで利用していたおいらたちのほうが、散歩しずらい雰囲気の中、ピーピー豆(からすのえんどう)を見つけ♪ピープープー♪ などと鳴らして、歩いて回った。途中で、シロツメクサが無残に散らされているのを見て少し悲しくなった。 堤防から離れて、昨日田植えがすんだ田んぼを見に行く。あめんぼうが泳ぎ、かえるの合唱も聞こえていた。「王様が食べているご飯も、ここで作っているんだよ。」と、しばらく眺めていた。ピーピー草(スズメのテッポウ)を見つけて今度は音高く♪ピーーーーイ、ピーーーーーーイ♪と鳴らすと、アオサギや、アジサシの種類の鳥たちがピーピー鳴いていた。ひさーしぶりに歩いた散歩道。秋、冬、春、初夏と様々な姿が見られてちょっと嬉しい夕方だった。◆◆◆一万回のカウプレやっていたけど、ニアピンもゲストさんだった。さて、せっかく作っているんだもんどうしようかな?作品が完成してから、写真アップして、希望者一名様に差し上げようかな。この日記を書きあげてから、「ごんたのママ」さんが、にアピン取りました。おめでとう。またまたママさんにプレゼントします。
2003.05.04
コメント(4)
今日は見事な五月晴れ。気温も高く、このところおいらはずーっと半袖で過ごしている。 おいらの住んでいる町では、田植えの主流はコシヒカリが多く、毎年このゴールデンウィークに田植えをするところが多い。うちも、それにもれることなく、ここ近年ずっと、5月3日に植えている。ちなみに、田植えといっても、いつもすることがないので、おいらは畑の草取りを三時間ばかり頑張った。 家の田んぼは休耕田を含めて全部で三枚。なので、父母のみで、午前中に植え終わった。 用事のある母は、一足先に戻ってきて、おいらが用意しておいた昼食を食べて出かけた。(暑かったので、今年最初の冷麦だ)おいらは父の様子を見に、自転車を駆り出して田んぼへ・・・ 近くの田んぼの半分ぐらいは苗が植わっていた。父ももう、植え終わり、隙間に手で植えていた。おいらは父が終わるまで、あぜに生えている白つめ草で、花冠を作ったり、のどかな田植えの風景を眺めて楽しんだ。あめんぼうが泳いでいたり、カルガモが虫などを獲っていたよ。 風ひかり、青苗の薫風がはなをくすぐる。もう少しすると、毎日のようにかえるの合唱が聞こえてくるだろう。 目に鮮やかな新緑が映る。さあ、初夏の到来だ。
2003.05.03
コメント(4)
おいらがいつもどおり、午後から保育園に出勤すると、ワンワンと大声で泣いているのが聞こえてきた。どうやら2歳児らしい。門をくぐると案の定、二歳児のマーちゃんが泣いていた。ほかの子達は、昼寝をしているので妨げにならないように、新人の先生がテラスに出て、抱きしめて必死に泣き止ませようと努力していた。 おいらは慌てて着替えて、マーちゃんのところに行き、先生と交代した。マーちゃんは他の子がお母さんに迎えにきてもらったのを見て、恋しくなったとのことだった。 火をつけたように泣くマーちゃんに、おいらは抱っこしながら素話をはじめた。「赤頭きんちゃん」だ。最初は聞く耳をもたなかったマーちゃんだが、声色を使ったり、立ち上がって、歩きながら話をしていくうちに少しづつ泣かなくなり、嗚咽しながら静かになってった。話が終わってしまうと、また泣き始めたが今度は童謡を歌って聞かせた。何曲も歌いながら、静かに体をトントンするとゆっくりまどろみはじめ、眠り込んでいった。 おいらはけして、子供の扱いが上手なほうではない。泣き止んで寝ていったのも、たまたまであり、子ども自身が疲れた所為もあると思う。でも、きっと新人の先生はかなり焦ったのだろう。「どうして泣き止んでくれないのかしら?早く静かにさせないと他の子が起きてしまう。他の先生たちの目も気になる」色んなことが頭の中で浮かび、先生自身もパニックになっているようだった。 肝心なのは、保育者が焦らないことだ。「そうね、ママが来なくて悲しいねー。」などと同意を表しても、時と場合によっては、余計につらい思いをすることになる。泣きたいだけ泣けばいいという気持ちを持ちながら、気分転換になることをやってみる。熟練の先生になるほど、あの手この手を心のポケットに隠し持っていて使っているのだ。おいらの場合は今回は素話だった。けして良い手だったとは思わないが、ちょっとはマーちゃんの気晴らしになったようだ。 おいらの素話は、レパートリーが少ないので、もう少したくさん仕入れなくてはと思っている。 新人の先生も、これから素敵なあの手この手を周囲の先生たちから、学んで心のポケットに蓄えていくことだろう。◆◆◆午後のおやつの時間から、初めて三歳児のクラスに入った。昼寝の後に、トイレに連れて行き、着替えを手伝い、手を洗っておやつにする。二歳児と同じようで、ちょっとずつやり方が違うため、担任の先生や、子供たちに聞きながら手伝った。自分が三歳児を受け持ったときを思い出して、ちょっと懐かしくもあり、細かい違いに戸惑いもしたが、新しいお友達が五人も増えて楽しかった。(ゴールデンウィーク中で、三歳の子は五人だけだった。)おやつを一緒に食べながらおしゃべりも楽しむ。おせんべいを半分に割って、ウサギやワニに見立てたり、沢山お代わりしたり。二歳の子達とはまた一味違う活気があったよ。 次に出勤するのは、ゴールデンウィーク明けの火曜日。子供たちも全員くるだろう。通常保育になる。どんなことをして遊ぼうか、楽しみだなー。
2003.05.02
コメント(5)
昨日の夜は、かねてから明言していたとおり、ビデオを三本見たよ。そのうちの二本は白黒の法廷推理ドラマ《情婦》《十二人の怒れる男》だ。これがとっても面白かった。白黒で字幕なので、見るのにとても神経を使ったが、最近のサスペンスものよりうーんと面白かった。この二本は、楽天仲間の「なでしこ3779」さんのところで以前紹介があり、とても見たいと思っていた二本なのだ。詳しい内容は、なでしこさんのところに書いてあるよ。おいらは感想のみ書くね。《情婦》・・・原作は、アガサクリスティーの短編「検察側の証人」なのだが、たかだか(と言っては失礼な言い方だが、)四十ページぐらいの作品を、良くあれだけ内容を膨らまし、ドラマティックに仕上げたもんだなーととても感心してしまった。話の筋を一部原作と変わっているところもあったが、原作の持つ面白みを十分と言うか、それ以上に引き出していたと思う。文章からは見えない部分を行間から読み取って、イメージすることがあると思うが、それが自分のイメージと違っていてもぜんぜん苦にならなかった。「あっ、こんな風にこの監督は感じたんだ、ふーん、この主人公の設定がちょっと違うけど、なるほどこの方が面白みがある・・・」など、映画のストーリーにもぐいぐいと引っ張られていったけど、物語の構成の仕方などを見てもとても楽しかった。物語のあらすじはこちら→なでしこさんの棲み家《十二人の怒れる男》こちらも、法廷ものなんだけど、一風変わっている。先にあげた「情婦」はイギリスが舞台なんだけど、こちらはアメリカの裁判所の一室のみが舞台となる。 物語は、父親殺しの少年が、有罪か無罪かを十二人の陪審員の討議の末確定する。殆どの陪審員が、彼は有罪と判断するが、たった一人だけ無罪の判断をする男がいた。ここから、長くて短いしかし、重大な判断を下すための話し合いが始まるのだが・・・この映画は、じつは、高校生のときに、授業中に先生が見せてくれたものだ。そのときは、タイトルを覚えていなくて、でも、話の大まかな内容だけが強烈に印象に残っていて、ずっとなんていう話だろうと気にかけていたのだが、偶然にもなでしこさんのところで紹介があり、やっと、タイトルがわかったと言う代物だ。感想・・・すっごく燃える、というか、一体どうやって、検察側があげていた証拠に対して、疑問を解明していくのか、たった一人無罪を唱えた人物が、ほかの十一人の陪審員全員を納得させていくのか、まさに手に汗握る作品だった。ずっと一室にこもり、派手なアクションもなく、特別ハンサムな人や、美女がいるわけでもないが、静かに激しく燃える話だと思う。 有罪、無罪について、陪審員が話し合いをしていく中で、それぞれの人物の背景像が浮かび上がってきて、ヒューマンドラマとしてもとても面白い。また、陪審員制度が何たるものか、これが本当の民主主義なんだというものを感じさせてくれる言葉が出てくるが、それがどうやら、おいらにとって、一番印象に残るものだったらしい。はっきりとした言葉を書くことは出来ないが、こんなような意味だったと思う。一度も面識のない他人同士が、陪審員として選ばれた。事件は陪審員にとって、損も得もない。そんな人たちが集まって、有罪か無罪かを決める。でも、簡単な多数決ではなくて、十二人全員が一致した意見でなければならない。少しでも、疑問を感じたり、確信できないのなら、納得いくまで話し合う。それがアメリカのいいところだと思う。真の民主主義だと思う。そんな感じにおいらは受け取った。 この映画を見て、陪審員制度って、大事なんだな、何で日本はその制度をとっていないんだろう。と思ったものだ。今は、陪審員制度について検討されてきてはいるがまだまだ難しいらしい。まあ、このことはあまり書くと、無知の部分をつつかれそうなので止めておくが・・・とにかく、この二本の白黒映画を見て思ったのは、白黒(モノトーン)の中にも、観る人によって異なる色がイメージできる楽しさがあると思った。儚さとか、人の微妙な表情の変化とかが、かえって、カラーよりもわかりやすかったと思う。なんというか、色に誤魔化されてしまって・・・十二人の怒れる男なんか、完全に白黒映画なんだけど、おいらの印象に残っていた部分は、おいらの勝手にイメージした色つきで覚えていたんだよ。しかも実際は映像になかったシーンもイメージ化していて・・・映画って見方によってずいぶん面白いんだなーと実感した昨日だった。
2003.05.01
コメント(4)
全31件 (31件中 1-31件目)
1