翔(はばた)く女性を応援する会社を目指します

翔(はばた)く女性を応援する会社を目指します

2026.07.04
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昭和57年3月、東海大学政治経済学部政治学科
地方行政課程を卒業しました。


大学3年生からは、荒木昭次郎先生のゼミに所属していました。

しかし、大学生活は決して順風満帆ではありませんでした。

大学在学中に父を病気で亡くし、精神的にも経済的にも大きな影響を受けました。授業料の支払いも苦しくなり、一時は滞納によって2週間の停学処分を受けたこともあります。

今振り返れば
人生最大級の試練の
一つでした。

それでも諦めずに学業を続けることができたのは、荒木先生をはじめ、多くの方々のお力添えがあったからです。



派手な成績ではありませんでしたが、無事に卒業証書を手にした時の喜びは今でも忘れることができません。


卒業を控えた頃、就職活動が始まりました。

私の第一希望は三陽商会名古屋支店でした。

当時は携帯電話もインターネットもない時代です。

連絡手段は固定電話や郵便、そして電報でした。

ところが、下宿先への連絡がうまく届かず、電報局から送られた合格通知を受け取ることができませんでした。

もし、その電報が予定通り届いていたら、私の人生は大きく変わっていたかもしれません。

結果として私は株式会社東京スタイルの採用試験を受け、入社することになりました。

まさに運命の
いたずらです。


一方、荒木昭次郎先生からは別の道も勧められました。

「アパレル業界は大変だぞ。」

そう言いながら、先生は静岡県の缶詰会社の社長をご存じで、その会社への就職も勧めてくださいました。

学生の将来を真剣に考えてくださっていたからこその助言だったと思います。

しかし私は、自分の意思で東京スタイルへの入社を選びました。

若かった私は流通の世界に魅力を感じて
いたのです。

その選択が正しかったのかどうかは
分かりません。

ただ一つ言えるのは、その決断がなければ現在の私は存在しないということです。

東京スタイルで百貨店営業や販売の基礎を学び、その後ご縁があって茨城県のロコレディへ転職しました。

さらに結婚を機に養子縁組をし、羽富都史彰となりました。

人生とは本当に不思議なものです。


もし父が元気だったら。

もし授業料を
滞納して,中退していたら?




もし三陽商会からの電報が届いていたら?



もし荒木先生の勧める会社へ入社していたら?




どれか一つでも
違っていたら、
今の私は存在して
いなかったでしょう。

人生を振り返ると、成功だけが人を育てるのではありません。

失敗も、遠回りも、苦労も、すべてが人生の教材になります。

大学時代に経験した父との別れ、停学処分、就職活動の苦労。

当時は辛かった出来事も、今では私の財産です。

そして今、ロコレディでの経営や、伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道の実践に
つながっています。

人生は偶然の連続に
見えます。

しかし振り返ると、
その偶然が一本の線となり、今の自分を
つくっているように
思います。

私はこれからも、
そのご縁に感謝しながら、一笑賢明に
歩み続けたいと
思います。

いかがでしょうか?
参考になれば幸いです。

羽富 都史彰





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最終更新日  2026.07.05 06:40:03
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