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2006.10.19
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カテゴリ: 人生ケセラセラ

母は戦争中にお金持ちだった父を亡くし、

その後大きな工場も火事で無くしてしまったのだそうだ。

まだその頃小学校に行くか行かない位の年だったそうだが、

田舎で食べ物には比較的恵まれていたとはいえ、

家族総出で働いて、母が家事をしなくてはならず、

小学校の教育さえまともに受けられなかったそうだ。

なので、その分子供に期待する教育ママゴンになってしまったのでした。

自分は頭が悪いのではなく、単に学校に通えなかっただけなのだ

と言う事を、子供で証明したかったんじゃないかと、

子供ながらにそんな気がしていたのでした。

ともかく押し付けがましい母で、私はずっと母が苦手でした。

楽になったなと感じたのは、大学で実家を離れた時。

生き返る気がしました~-♪(ノ^^)ノ*:・゚☆。.:゚★゚・:*:.。.:*:・゚☆

その後は割りと仲良し母子で来たと思う。

大人になってから、母は良い人と思ったのは、

近くの一人暮らしの、

ものスゴイ評判の悪いゴウツクばばぁ、(と呼ばれたおばあさん)

が自分の畑で取れたものを売りに来る時、必ず買ってあげていたこと。

時に「売れ残りなのに、全然負けないんだから」と言いながらも、

向こうが売りたいものを、望むままに購入していた。

そのおばあさんは定年まで学校の先生をしていたので、

年金も一杯もらって、土地も沢山持っているという話だったけど、

でも育てた養女にも見捨てられ

(その子も随分辛い思いをしたと聞く。

耐えられずに家を出たのだそうだ)

心細かろうと、

駅に行くと聞けば、気持ち良く車で送り迎えもする両親だった。

そういうところ、とっても尊敬できると思ってました。

おばあさんったら余りにもわがままなので、子供ながらにムッとして、

もう相手にしないほうが良いんじゃない!?と言ってしまう事も

あったのですが、両親は「ま、いいよ」と流してました。

今考えてもエライです。

ちょっとの事で人が少しでも幸せになるなら、お安いものだと

それを楽しく受け止めていたのかな、なんて思います。

そのおばあさんが亡くなったと聞いた時は、

意外や、私もとても寂しいと感じました。

人とのつながりは、好き嫌いではなく、そういうものなのかもしれません。






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最終更新日  2006.10.19 20:13:28 コメント(12) | コメントを書く
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