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全編"そのとおおおおおおりっです"と言う感じで、もはや私が語る余地など残ってないかもです。てなわけで、ほんの一部分だけ引用してしまいます(^^;必読書かと思います。いかがでしょうか。-------「1940年体制」と恋愛の統制男女がお互いに好きになれば結婚するものだという「恋愛結婚」が主流になったのは、実は1940年体制に端を発する。自由経済に対する国家による統制経済体制である「1940年体制」は、男女のあり方に対しても、社会統制を戦時中に強めていった。戦中期には、若い男女が一緒に街を歩く事も禁じられたが、それは家庭外での恋愛や性関係を国家によって統制し、家族の秩序や道徳を強調するためであった。言い換えれば、恋愛感情を家族の中に囲い込む「恋愛結婚イデオロギー」が国策として徹底利用されたのである。国家は大きな家族であり、天皇の下に無数の家族があり、家族の中には家長がいて、女子どもを統制する。家長の目の届かないところで娘が恋愛感情や性関係を持つ事は禁止され、すべてのエロスとセクシュアリティは家庭内でのみゆるされることになった。夜這いや農村での祭りの夜のフリーセックスは前近代的な悪習として管理された。家庭の中では、家長と家婦は「性愛」で結ばれており、親と子は愛情で結びつく。性愛感情は家長に対する家婦の従属を巧妙に隠蔽する。21世紀になっても、婚姻外でのセックスで妊娠が生じれば「できちゃった婚」によってやすやすと婚姻の中に男女が回収されていくのも「1940年体制」の影響が払拭されていないからである。
2004年02月29日
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★とんでもなく異様なコダワリ ☆エンドレスループ ★カテゴライズ これはアスペルガー症候群の登録商標みたいなもんですよね。しかもそのカテゴライズが徹底的に"二元論"。 さすがの私?も、根負け...着信拒否宣言してしまいました。私は「偶然」なんてありえない、と思っている派なんですが 彼は、あらゆる物事を「ぐうぅ~~~ぜんです!!!」と力説するんです。この両者に妥協の余地はアリマセンね(^^;ただ「偶然」というワクをでっちあげといて、なんでもソコに放り込んでしまえば、気づきや学びは得られないけど、それ以上「考える必要」も発生しないわけです。彼にはそれ以外の選択肢は無いのかも知れません。そう見ると、これは彼なりのサバイバルスキルなのでしょう。んじゃ一方の私は...と言うと「思考停止」が発生する状況が(大きくor微妙に?)異なるだけで、本質的には違わない、ってこと。
2004年02月25日
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長谷川きよし氏のコンサートに行くことができました。RyoooのOS的視点でもあるんですが例えば 健常者//障害者 みたいな境界線は要らない!!!(もちろん、自分にそういう境目発想が皆無だなどと言い切るほどのオメデタイ奴ではありません)アルバム ふるいみらい の中の「ANT」の歌詞とってもとっても すばらしいと思うんです。-------あんまりしっかり目を開けてあんまり見すぎて疲れたときにはカーテンを降ろしましょ目にカーテンを降ろしましょうしばらくは暗い慣れるまで怖いでもやがて君は小さなアリの目を開ける触覚をそっと振ってみるそしてきっとおどろくでしょう世界があんまり良く見えるからそうだったのかアリになった君が言う これだったのか
2004年02月22日
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全国出前NABA、行きました。考えました。泣きました。やはり当事者のお話しには迫力がありました。-"らしさ"の虚構に気づきながらも、-その強大な重力を振り切る事はできない。-そして自分の「内」と「外」の乖離は拡大するばかり。-その谷間は食物でふさがるものではないけれど...勇気もらえて 私も、ちょっと(本音を)吐けてラクになった気します。「~女たち症候群」買い物し過ぎる... 愛しすぎる... それでも「女と言うものは」という牢獄から出られないの?
2004年02月16日
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言うまでも無く、ゲルニカ=戦争についてのピカソのメッセージを込めた作品。なわけですが、その作品の製作中のエピソード。■彼は、鉢合わせしてしまった二人の愛人に■「ケンカして勝った方と付き合う」みたいなことを言った。へぇ~ 、へぇ~ 、へぇ~ 、へぇ~ 、へぇ~ 、ピカソ、ずるい!! なんちゅーやっちゃ!!! と思った人。そんなあなたは..."ワカってない人"かもしれません。 <私見ですよ~m(_"_)mそもそも、愛人たちは(正妻さんも含めて)ケンカなどする必要はどこにも無いのです。彼は、愛人たちがほんとにケンカするとは思わなかったのでは?だって ソレって戦争そのものじゃないですか。彼自身「みんな楽しく仲良く」と強く願って作品を描いてるその横で平気で"プチ戦争"をおっぱじめる愛人たち....Σ( ̄口 ̄lllピカソは 妻のものでもないし、愛人Aさんのものでも、もちろんBさんのものでもない。だから、とったorとられたみたいな、所有権(独占権)を獲得するための争いなんて根本的にナンセンスなのですよ。何人でも、曜日毎でも偶数日奇数日でも、午前と午後とか、はたまた まとまって同居でも.....。限られた資源(この場合ピカソは一人だけだから)は共有するかシェアすれば、争いは発生しませんよね。みんなで仲良くやってく方法なんていくらでもあるはず。ただ"独り占めする"ことに固執してしまうと、奪い合いになり,勝者と敗者を決定しなければならなくなるのではないでしょうか?
2004年02月13日
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ネタバレ有ります。客席一杯でした。さすがに一人で観に来ている人はいない...(かどうか確認はシテませんが^^;)さっそく内容。え~~っと全部で何組かな?片っ端からそりゃもう"ポンポン"デキ上がっていきます(^^;それぞれのエピソードは、特別へんなところがあるわけでもなく、ほのぼのしたり、ちょっとウルウルっとできたり、そこそこ楽しめました。しか~~し、全体を通してのこのリアリティの無さはどこから来るのか...?見た直後は、例によって"Onlyone Forever/Romantic LOVE症候群"のプロパガンダ映画かよそんなもん年功序列/終身雇用と同様、過去の遺物でしょ。みたいに思ってました。でも、一晩(きょうの仕事中も^^;)考えていたんです。で、はたと気が付いた事。この映画には「拒絶・競争」が無かったのです。告白したらした分だけ相手に受け入れられてしまうのです。断られることがありません。#実はまったく無いワケじゃないけど、多分意図的に軽視/無視されてます)例えば「他に好きな人がいるから」とか、告白した側には関係の無い理不尽な理由で却下されることがありません。もしかしてココがこの映画のポイント?たまたま相手が一人ならオンリーワンで何の不都合も無いけどそんな神業みたいな需供バランスはそう無いでしょう。1だけでも、2対3でも、3対5でも 8対1でも...いろんな組み合わせがあってイイのでは?"独占欲"は必然的に比較と競争をもたらし、勝者と敗者を生みます。"LOVE" とは 多様性を受容する事、それが、みんな平和でまぁるくおさまる唯一の方法。そんな視点で見ると、すばらしい映画に思えました。
2004年02月11日
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対照的な日。ハートエキスポで癒されたその帰り道たまたま会った知人と晩飯喰いにファミレスに行きました。実は彼、思いっきりアスペっぽいヤツです。(本人はそんな概念は知らないし、私も決め付ける気はありません<念のため)彼、いつも、手当たり次第にクレームつけまくっているのです。当然のように、本日も始まってしまいました。何度も、ウエイトレスさんを呼びつけます。もちろん私は、間を取り持つ役回り。ただ、本人は真剣に矛盾や理不尽さを感じ、どうにも看過できないからこそ徹底的にこだわるのでしょう。でもそれが(あくまで私の基準では^^;)余りにも些細なことだったりとんでもなく見当外れだったりしているのです。例をあげるのも面倒なぐらいなので省略させていただきますが(^^;一体、彼の目には何がどう映っているのか?ま、ココまでの人生、つらい事も納得できない事もいろいろあったでしょう。だから、いつも武装し戦闘準備体勢を保っているのかもしれません。まわりの人間は、想像できない彼の反応ゆえ、近寄れませんでも、そこに「アスペルガー」というパラメータを導入すると...「なーーるほど」 やっぱりそう来ましたね、とドンピシャリ、彼の反応が読めたりします。ADDの自分のことは棚に上げといて(^^;彼 生きにくいだろうなぁ それとなく(ってか実はかなり露骨に)発達障害の勉強をオススメしているんですが、当の本人が必要性を感じていないようだし、大きなお世話ですね。 " アスペルガー わかっていても 腹が立ち(-_-; "
2004年02月09日
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ハートエキスポ2004 in Japanに行きました。地元で開催されたのも何かの御縁に違いないですもん。子供たちの踊り、シンポジウム、コンサート...会場に行く(=時空を共有する)ことができて良かった~http://www.cealo-ngo.org/ "答えは間違いなく一人一人の中にある"その事を改めて確信させてくれました。自身の「答え」の部分にエネルギーが注がれた午後でした。
2004年02月08日
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以前からの発達障害MLの仲間が、小説を出版することになりました。4月ごろの予定です。先日、装丁が決まったみたいです。詳しくは『福岡発達障害案内所』をごらんくださいm(_"_)mhttp://ww6.enjoy.ne.jp/%7Ewashu-maru/ > Myフェアリー・ハート> ――わたし、アスペルガー症候群。> > 著者:成澤 達哉> 出版元:文芸社> 予価:1,500円> ISBN:4-8355-7277-7 "自閉症だった私へ" とか "ずっと「普通」になりたかった"などを読んでいると、想像を絶する認知の違い度合いに驚くばかりですが、実は障害者/健常者などという、絶対的な境界はどこにも無いということを思い出すと、フツーの人同士のコニュニケーションでも、個人差に伴う認知の歪みやズレは必ず生じていることにも気が付くことができます。「A」のつもりで送信したdataがいつのまにやら「∀」になるのは当たり前のこと。これらの本の実例は、ごくごく日常のすれ違い経験を、極端に強調し、わかりやす~いカタチで気づかせてくれているのだと思います。もし、歪みが無いなら「伝言ゲーム」は成立しませんよねぇ"ワカッテクレナイ"みたいな不満や不安は、あきらめる(=そもそもそういうもんなんダ)以外に対処法は無いでしょう。
2004年02月07日
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なんだかすごく便利なものに「一線」という道具があるように思います。ほんとは連続体で切れ目や境目がないものを、まぁいろんな都合や事情で"分離,分割"するということですね。例えば、連続した線路でも、JR各社の境界線があります。お酒とたばこは20歳から、パチンコは18からだっけ?中年ってのは何歳から? 幸せって?付き合っているって、そもそもどういう状態?友情と愛情(そもそも友情って?愛情って?)の切り替わる瞬間ってある?生と死の境界線は?どれもこれも、その時のだれかの何かの"都合"で線引きされたそれ以上でもそれ以下でもないですよね。とある女性が話してくれました。「私は"一線"を越えてないよ。男とラブホに入って泊まったけど、Kissまでしか許してないもん」ある人の一線は当人の座標空間以外では通用しないかも(orするかも)知れません。男女の友情が....というお話しでは、「成立する」と言える人の中での友情なり愛情なり性欲...その他もろもろの「一線」が、見事に都合良く(決して良い悪い論では無くって)かつ巧みに設定されているのではないでしょうか?例え「する」派同士でも、同じ言葉でしゃべっていても、実は思っていることが、まるっきり異なっているに違いありません(決め付け^^;)。「成立する」と思えたら、ラクだろうなぁ~と思ったりする今日この頃?です。
2004年02月06日
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なんて問題が古来語られつづけているワケですけど、お答えは実にカンタンですね。命題として成立しないから 答えもナシ。以上(^^;ま、成立すると思う者同士、または しないと思う人間同士が付き合っていれば無問題ってことで。それじゃお話しにならないので、ちょっとマジで考察いたします。その前提の作業として、次の概念を定義してみてください。愛、愛情、友情、恋愛、性欲、依存、倫理...きりが無いのでこのへんで(^^;私には、どれも渾然一体というか、連続体というか、明確な境界は見えません。二元論的な発想は何の役にも立ちません。例えて言うならばグラデーション。異性だろうと同性だろうと、友達と恋人の決定的な違いなんて、どこにも存在しないと思います。「恋愛感情」という感情は "恋愛"という言葉が発明された その瞬間に誕生し、歌や物語、映画にウワサ、それらが 幻想を支え強化し固定化し続けてきた、そう考えるのです。どこにも境界線のない地面、海面に、国境などという都合の良い(悪い?)スジを引っ張ったがゆえに、それまで、する必要も無かった心配や争いが発生した....ま、そんな感じのものでしょうかこのネタはちょっと続くかもです m(_"_)m
2004年02月03日
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