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突然ですが…一年前の悩みって覚えていますか?その悩みをすぐに言えますか? この質問、1000人に聞いても、ほとんどの人が答えられなかったそうです。実際、私もそうでした。つまり、今悩んでいることも、1年後にはなくなってしまう。悩みは勝手になくなるってことです。 当たり前のことですが… 自分ではどうにもならないことを悩みといいます。自分でどうにかなるなら、何とかしてるはずだから、悩みになりませんもんね(笑)でも、1年後にはその悩みは勝手に消えている。自分が何かをして、あれを解決して、これを解決して、なんとか悩みを解消した、というものではない。悩みは自然と消えた…。こういうことなんです。 今、時計の針が一秒、一秒と時を刻んでいますよね。時を刻むごとに、悩みは自然消滅し始めている…。みなさんがこの文章を読んでいる間にも、悩みは消滅の方向で進んでいるんです。1年後には、思い出すことすらできないくらいに。時間は味方だったんですね。
Jan 31, 2007
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ハードスケジュールを終えました。11:00勤務終了→シャワータイム→お化粧&着替え→13:00新幹線に乗って東京へ→他店舗での勤務→19:30仲間と合流→一次会スタート→23:00ダーツバーで二次会→25:00三次会のカラオケ→5:00ようやく終了ホテルでバタンキュ~→10:00新幹線に乗って地元へ→仕事→仕事→今に至ります。書いてるだけでも疲れました。あっという間に時間が過ぎていってこの短時間の間に東京⇔○○間を往復していたなんて未だに信じられません。久しぶりに朝まで騒いで結構体を痛めつけちゃいました。もうこの歳になると辛いです…。(…この歳ってどの歳…?…内緒です…)でも…と~っても楽しかった!!みんな全然変わってなくて(私も変わってなくて…)ほぼ全員同じ職業だし、仕事の話も盛り上がりました。結婚について、恋愛について、将来についても。とにかく話題が尽きなくて思いっきり飲んで、歌って、騒いできました。高校を卒業して、一人ぼっちで上京したとき、友達もいなくて、そんなとき私を助けてくれたメンバーなんです。満員電車の痴漢が怖くて、人の多さに酔ってしまったとき一緒に電車に乗って通学してくれました。欲しいものがあっても売っている場所が分からなくて、そんなときは家まで迎えに来てくれました。アパートの水道管が壊れてしまったときすぐに来てくれて、家に泊めてくれました。いっぱいいっぱいしてもらったんです。この仲間たちが…仲間を増やしてくれたんです。このつながりが今も続いているということに感謝!!正直…地元に帰ってきたくなかったです。このままここに住んでしまおうかなぁ~なんて思ってしまいました。新幹線のホームで半べそ状態でみんなにお別れを言って出発の合図と共にみんなで追いかけてきてくれました。うん…青春ドラマのような…そんな感じでした。淋しいけど…また次の約束もしたのでその日までがんばります!!それにしても…二日酔い…頭痛いなぁ~。早く家に帰って寝たいです。
Jan 30, 2007
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私事ではありますが…今日、東京へプチ出張です。あと数時間の勤務を終えた後そのまま新幹線に飛び乗り東京の店舗へお手伝いに行きます。ほとんど寝ていないのでメチャクチャハードではありますが…とってもとっても楽しみなのです。なぜ楽しみなのかって…?まずは…同じ仕事内容でも同じ忙しさでもやっぱり環境が違うと気分が晴れるのです。それに…たまには都会の空気を吸ってみたい。あ…でも…うまく乗り継ぎできるかなぁ~。恥ずかしながら…『Suica』初挑戦であります!!そしてそして…夜は学生時代の友達に逢いに行きます。何人か時間を作ってくれたらしくみんなで集まります。ぶっちゃけ…仕事はどうでもいいです。最後にみんなに逢ったのは4~5年前くらいかなぁ~。とにかくこんなに楽しみな仕事はありません。脱メガネ。コンタクトを入れて思いっきりオシャレをして出かけます。久しぶりの東京を満喫してこようと思います。ではでは…行ってまいります!!
Jan 29, 2007
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『愛する人が死ぬよりも悲しいことがある』重なり合って、関わり合って、大勢の人たちと繋がり合って、人は生き、生かされています。繋がりは永遠じゃない。突然途切れてしまうこともあります。重なりが消え、関わりがなくなってしまってできる穴。小さかったらすぐに埋まってしまう穴だけど、とりわけ強かった繋がりが途切れてできてしまった大きくて深い穴はすぐには埋められません。ぽっかりとあいてしまった穴。心のほとんどに広がってしまったその穴に落ち込んで、とらわれてしまったところから、どうやって立ち上がったらいいんだろう。大切だと信じている思い出を覆い隠そうと重なってくる関係を、どうやって受け入れたらいいんだろう。でもダイジョウブ。ひろがってしまった穴がいくら大きくても、いつかまた人は誰かと関わり合う。重なり合って繋がりを取り戻す。そんな再生と快復の様が、橋本紡さんの『流れ星が消えないうちに』に綴られています。 主人公は20歳の大学生、本山奈緒子と川嶋巧。ふたりは一年半ほど前に突然、事故で恋人と親友を失いました。奈緒子は父の仕事の都合で両親と妹と離れ、古い一軒家にひとり暮らしているのですが、恋人・加地君の気配が残る部屋で眠ることが出来なくなり、現在は玄関で寝起きしています。一方の巧は、親友・加地君がこの世を去って一年後に、奈緒子と付き合い始めたことを『親友の恋人を、僕は奪った。加地から盗んだ』と感じています。だからといって、奈緒子と巧の関係が上手くいってないわけじゃありません。ふたりの視点で交互に描かれる物語は、それぞれが加地君と過ごした月日の思い出を交えながら、ゆっくりと展開していきます。奈緒子は巧と付き合いながらも加地君を忘れることが出来ずにいる自分を充分自覚しているし、巧はそれを承知で、加地君を裏切り続けていると思いながらも奈緒子を愛しているのです。この奈緒子と巧が、加地君をどう思い『今』を生き『明日』を迎えようとしているのかが、この本の読みどころとなるのですが、その迷いや狡さ、痛みと、それでも手を離さずに歩き出そうとする強さがたまらなく胸に迫ります。大切な人が死に、悲しみのどん底に落ちても、残された人の人生はそこで終わるわけではありません。食べて、笑って、眠り、やがてまた誰かを愛し始める。忘れるのではなく、亡くした人と共に生きる『その後』は、こうありたいと願わずにはいられない物語です。 奈緒子のようにはあっさりと布団を出られない人も、無理に布団を片づける必要なんてありません。ゆっくりと立ち上がり、玄関に差し込む光をつかんで、ドアノブを回して外を見る。眩しさに決意がぐらつきそうになったら、布団へと戻ってそこからもう一度、頭を出し、薄目をあけて光を見よう。眩しさに目が慣れ、そして引っ張り出してくれる手も増えるその時を、『流れ星が消えないうちに』を読みながら待ち続けましょう。ところで…流れ星って見たことありますか?流れ星が消えないうちに、3回願い事を繰り返すと願いが叶うそうなんですが…。私も…心に穴があいても、また誰かを愛することができますように…。私の再生物語は、ハッピーエンドをむかえられますように…。そう願いたいですね。
Jan 28, 2007
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森の神様は、うさぎの姿になって地上に舞い降りたのでした。うさぎの『モモ』を覚えていますか?大切な人に裏切られた気持ちでいっぱいのモモ。毎日毎日せっせと働いていました。けれど…いくら働いても人参掘りの仕事は儲かりません。周りのうさぎたちは、モモの人参を欲しがるばかり。『私はみんなに人参を与えているのにどうして誰も私には何もくれないんだろう…。それどころか大切なものを奪っていく。私には何もない、何も残っていないんだ…。』そう思っていたモモの前に『ハク』と名乗るうさぎが現れました。 ハクは言いました。『何もないあなたにお金をあげましょう。いくら欲しいですか?』冗談だと思ったモモは『100万円ください。』そう言いました。ハク『いいですよ。その代わり、条件があります。100万円と引き換えに、あなたのその長い耳をください。』モモ『冗談じゃない!この耳がなかったら、誰の声も聞けやしないじゃない!!』ハク『じゃ~1000万円あげますので、あなたのその真っ赤な瞳をください。』モモ『瞳だって?!そんなことをしたら、このキレイな風景や愛する人の顔を見ることができないじゃない!!』ハク『それでは1億円あげます。その代わり、あなたのその腕をください。』モモ『そんなことできない!この腕がなかったら、仕事にならない。それに将来子供ができたらこの腕で抱き上げるんだから!!』ハク『あなたは何もないと言いました。でも…お金にはかえられないたくさんのものを持っています。しかも…それは与えられたものでしょう?』 モモはうつむき、真っ赤な瞳からは大粒の涙がポロポロとこぼれてきました。しばらくして顔を上げてみるとハクの姿はどこにもありませんでした。仕事にも、恋にも、疲れきったモモの心にあたたかい風が吹いたのでした。
Jan 27, 2007
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ファーストフードで散々注意されたことがあります。『えっと…○○バーガーセットピクルスとタマネギ抜きで…あと…ケチャップ多めで。』他のお店だったら『かしこまりましたぁ~!』なのにココは違う…『お姉ちゃん、好き嫌いはダメだよ。オバちゃんが、タマネギがやわらかくなるようによぉ~く焼いてあげるから…。』そう言って、一度もタマネギとピクルスを抜いてはくれませんでした。極めつけは…顔を覚えられてしまって…『こんなものばっかり食べてちゃ体に悪いから…』そう言うんです。もし店長さんが聞いていたらクビになってしまうでしょうね。上記のファーストフード店は、私が一番好きな、モスバーガーのお話。みなさまもご存知の通り、通称『モス』は、日本で生まれたファーストフード店であり、お客さんの注文を受けてから調理するため、いつもできたてホヤホヤのものが食べられます。だから…あたたかいんだけど、出てくるのは遅い。おまけに店員さんは、私みたいなお客にイチイチ口出しをする。ファーストフード店とは名前ばかりで、実にスローフードなお店なのです。おまけに店員さんは…あ…コレ言ったら怒られるかなぁ~。オジちゃんとオバちゃんばっかりです。学生さんのアルバイトなんていなくて、ちょっと異様な雰囲気でもあります。だけど…ココのモス、好きなんです。タマネギが入ったままでも、いつもやわらかく焼いてくれる人がいて、自分の体を心配してくれる人がいて、私…注意されても、全然嫌な気分にならなかったなぁ~。あぁ~きっと…コンピューターみたいに早口で対応している若いお姉ちゃんとかがお店にとっては正しい接客なんだろうなぁ~。それに比べてあのオバちゃん…。でも…相手が人間だと、何が正しくて何が間違っているのかなんてそのときになってみないと分からない…。試してみないと、言ってみないと、やってみないと、分からないや…。
Jan 26, 2007
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しゃがんでしか見えない景色があることをしゃがんでみて、はじめて知った。もしかしたら、まだ知らない景色がたくさんあるのかもしれない。 女の子だから、とか、もう歳だから、とか、優等生だから、とか、ブスだから、とか、決めつけて、無理したり、あきらめたり・・・。もちろん、たくさんの人と一緒に生活していくためには、ある程度、自分の役割を持つことは大切。だけど、その役割に縛られすぎると、自分の立っている場所がわからなくなったり、周りの変化に気がつかなくなったり、幸せに鈍感になってしまう。夢中になれるものを見つけたときや、夢中になれる人に出会えたときは、たくさんのことが知りたくて、いろんな角度から観察しようとするのに時間とともに、そういうはじめての気持ちは薄くなってしまう。近くのものしか見なくなったり、探さなくなったり・・・。なのに、欲だけはどんどん大きくなっていく。そして、心が満たされなくなると、ひどい時は、自分の役割や社会や他人のせいにしてしまう。 はじめての気持ちを忘れたときは、ジャンプしたり、しゃがんだりして、観察してみる。いつもと違う角度でみてみると、今まで、見たこともないような新しい発見があるかもしれないから。役割という衣を脱いでみると、ものすごい力が飛び出してくるかもしれないから。しゃがんでしか見えない景色があるように、一歩下がって見なければ、気がつかない思いもあるから。 目標を達成した後だって、可能性は続いている。大好きな人と別れた後だって、人生は続いている。 決めつけてしまって、なにも見ようとしないのは、もったいない。
Jan 25, 2007
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大きさでなく その花がたしかに咲いているという現実 人の心の中には、どこか大きな花に憧れる気持ちがあります。もちろん、大きな花を咲かせよう、と心に夢を持つことは素敵なことですが・・・。 誰の目にもとまらない場所で、ひっそりと咲いている小さな花。山深いところで、溢れるように咲いている、名前もわからない花。 花は大きさではなく、その場所でちゃんと咲いているという、ただそれだけで十分に尊く、いとおしい存在だと思うのです。 よく、人生で花が咲くとき、咲かないときという表現がありますが、それは、すこし違うような気がします。 花の咲いていない人生なんて、あるはずはなく。誰の人生にも、毎日、まいにち、小さな花はちゃんと咲いている。 ただ、私たちは花をさがす心の余裕を失っていたり、その存在に気づいていないだけなのかもしれません。 歩いてきた道をふりかえってみれば、大きさは違っても、それぞれの道にたくさんの花びらが落ちているはず。今、この足元で私の花が『咲いている』ことを忘れることなく、歩いてゆきたいものです。
Jan 24, 2007
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以前知り合いを通じて、別荘で暮らすご夫婦のところに遊びに行ったことがあります。そこはたくさんの自然に囲まれていて、野菜やハーブなどを育てながら、半自給自足の生活をしているご夫婦の姿がありました。奥様はとても料理が上手で、おやつの時間になると『アップルパイ』を焼いてくれて、夕食には自家製の『ラザニア』が出てきて、冷蔵庫を開けると、牛乳や、バターや、チーズ、どれを取ってみても、我が家では見たこともないオシャレなラベルのついたものばかりでした。その別荘はとっても素敵なログハウスのような感じで、暖炉や、ロッキングチェアーや、テラス、外国の映画に出てきそうな場所で、幸せそうなご夫婦も絵に描いたようでした。そんな風景が、この本からも想像できました。 『いつも、ふたりで』これは、『ばーさんがじーさんに作る食卓』というブログから生まれたものです。68歳のご夫婦の食卓日記で、健康上の理由で減塩・ローカロリーを言い渡されたじーさんのために、一生懸命美味しいものを作るばーさん。じーさんの写真とばーさんの文章の粋なコラボレーションが織り成す、心やさしくさせてくれるブログです。『ひとりではなく、ふたりで作っていく豊かな時間、理想の暮らし』にとっても心が惹かれました。ホントに68歳?!って思ってしまうほどの内容で、ブログもとっても勉強になりました。 大さじ○杯とか、材料は○○でとか、味の決め手は○○でとか、そんな感じの料理もいいけれど…健康になってもらいたい相手のために、少しでも美味しいものを…という奥様の愛情がたくさん詰まっていました。あたたかくて、やさしくて、心がまぁ~るくなりました。私もいつか、こんな生活がしたいなぁ~。
Jan 23, 2007
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『ガッシャ~ン!!』『あ…またやっちゃった…』割れた破片を一つ一つ素手で拾い集めていると誰かがほうきとちりとりを持ってきて『素手で触ったら危ないから!』…ってなんの躊躇いもなく破片を集めて捨てる。当たり前のことだけど…形あるものには終わりがあって…どんなに良い性能を持った機械だって、高価なプレゼントだって、思い出の詰まった品だって、やっぱりいつかは壊れるわけで…。だけど、その破片の一つにでもいいからしがみつきたいときがある。そこに刻まれたものを半永久的に持ち続けていたい気持ちがある。だって…新しいものには決してないものだから。携帯が…危険信号を発しています。前から薄々気付いてはいたんですがどうしても買い替えたくなかったんです。変な意地かもしれませんが新しい携帯にはもう二度と姿を現すことのない名前があります。その名前がない携帯なんていくら新しくても、機能が充実してても、意味がありません。『ない…!ない…!!』って名前を探し続ける自分が想像できます。未練がましいなぁ~私。でも…携帯変えたくないなぁ~。
Jan 22, 2007
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『ピンポ~ン♪』天使様よりお届け物でぇ~す♪生物ですので本日中にお召し上がりくださぁ~い♪ 『天使のババロア』 以前テレビで紹介されてその後は注文が殺到したそうなんですが…今はたぶん落ち着いたのかな…?我が家にも届きました。当然なんですが…とにかく真っ白です。雪のように白くて、プルプルしていて、口の中にいれると…ホントになめらかで、ス~っととろける感じ。贅沢なひとときを過ごすことができました。ところで…『天使』なんて名前がついているとどうして惹かれてしまうんだろう…。実際、私は天使を見たこともないし自分の想像だけで『天使』と名前をつけている始末です。でも、これを食べたとき『わぁ~!ホントに天使みたいだぁ~!』ってそう思ったんです。甘くて、プルプルしていて、美味しいって思ったとたんス~っと消えてしまった…。きっと本物の天使もすぐに消えちゃうんだろうなぁ~。だけど、その一瞬出逢えただけでも人を幸せにしてくれるんだろうなぁ~。いつか、逢いにきてね♪
Jan 21, 2007
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東野圭吾さんの作品『手紙』です。弟の学費ほしさに盗みに入った家で家人に見つかり、衝動的に強盗殺人を犯してしまった兄、剛志。 突然、犯罪者の弟という烙印を押されることになった弟、直貴。 剛志は刑務所から月1回、弟に向けて手紙を書く。 犯罪者の弟というレッテルを貼られることになった直貴は、 世間の差別に憤り、傷つき、あきらめ、そして…。 というお話です。 こういう類のお話では、主人公に感情移入し、そして世間の冷たさや理不尽な扱いに憤ったりするものだけど、この作品では、世間の直貴に対する態度もまた理解できてしまいます。 ここに書かれている『世間』には、確かに私も含まれていることが実感できます。 だから作者の考え方を代弁しているかのような社長の言葉にも、確かにそうだよねってうなずきたくなります。 決して世間が理不尽なのではなく、 犯罪者の家族に対して差別があるのは当然なんだ。 自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになるとすべての犯罪者に思い知らせるためにも、それは当たり前のことなんだ。 それだけ『人を殺す』という罪は重いのだと。 自分が刑務所に入れば済むというものではないのだと。 だからそこから始めなければいけない。 犯罪者の家族はそこから人とのつながりを築き上げていくことが大切なんだ。 うん、確かにそうですよね。 それぐらい、育んできた愛や友情を断ち切ってしまった罪は重いですよね。 だけど…。 『犯罪者の親』ならまだ分かります。犯罪者となってしまった彼や彼女の人格形成に大きく関与してきたはずなのだから。 その責任を社会に問われることもあるだろうと、私も納得する部分があります。 けれども兄弟やその家族まで不当な扱いを受けることはやっぱり理不尽だと、どう考えても理不尽だと思ってしまいます。 『兄貴、俺たちはどうして生まれてきたんだろうな。 兄貴、俺たちでも幸せになれる日は来るんだろうか』 そんな問いかけに、幸せになってほしいと切に願ってしまいます。 社会の安心と個人の幸せと。 『相反するベクトルが引き裂かれることなく豊かに調和する』(by 梨木香歩)ことの、なんと難しいこと。
Jan 20, 2007
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『ネットの森』の住人うさぎの『モモ』は、いつも一人ぼっちでした。大好きだった人参掘りの仕事も最近忙しすぎて、体はヘトヘト…親分うさぎにもガミガミとお尻を叩かれる毎日。おまけに、一番の理解者だったうさぎの『シロ』は、美味しい人参を求めて別の森へと旅立ってしまいました。誰にも相談できずに寂しい毎日を送っていたモモ。そんなある日、いつものように人参を掘っていると、なにやら光るものを発見しました。人参…?たくさんのボタンと、テレビのような画面が見えます。急いで土をはらって、恐る恐るボタンを押してみました。すると…鳥や、リスや、クマたち。いろいろな動物たちと話ができるではありませんか!!彼らはとてもあたたかく、モモの話をいつも聞いてくれました。モモも、彼らの話を聞きたいと思うようになりました。いつも、人参掘りの仕事が終わるとその不思議な機械と一緒にいることが日課になりました。一人ぼっちだったモモにとっては、その機械の中にいる彼らが家族であり、友達でもあったのです。その中で一際目を惹いたのが、同じうさぎの『クロ』でした。クロはいつもモモの話を親身なって聞いてくれました。楽しいときも、辛いときも、その機械を通じてではありますが、いつもそばで見守ってくれていました。やがて…モモはクロに恋をしました。この森を抜け出し、クロが住んでいる森へ行きたいと思うようになりました。クロもそのことを望んでいました。そんなある日。モモはその機械のボタンの操作を間違ってしまいました。いつもとは違うボタンを押すと、そこには今まで見たことのない動物たちの集まり。でも、見慣れた名前がありました。クロの名前でした。いつも優しかったクロ。モモを一番に思ってくれていたクロ。そのクロが、モモにしていたのと同じように他のうさぎにも接していました。そのことを知ってしまったモモの耳は、疲れたように折れ曲がってしまいました。赤く澄んだ瞳も、白く濁ってしまいました。そして…自分の小屋にこもってしまったのです。3日間、エサも食べず、水も飲まず、モモはずっと眠り続けていました。でも、その後、狂ったように人参を掘り続けていたんです。親分うさぎにも負けず、折れ曲がった耳も、白く濁った瞳も気にせずに、人参を掘り続けていたんです。モモが生きていくためには、人参を掘ることしかできなかったのです。シロも、クロも、失ってしまったモモ。でも、もう一人ではありません。この森には、モモを応援してくれるたくさんの住人がいます。その住人を『仲間』と言うのだそうです。後から分かったことなのですが…その機械は、『パソコン』という名のものだったそうです。
Jan 19, 2007
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どこまで歩いても、抜け出せない。 『迷い』や『困難』にぶつかったときは、まるで、ふかい森に迷い込んだような感覚になります。けれども人は、踏みしめて進むほど森には森だけがもつ独特の暗さと、独特のひかりがあることに気づきます。 ひかりのあつまる場所から、目線をあげれば木々のあいだに一片の空が見える。その空は、あかるい場所から見上げる空よりもはるかに透きとおって、ひろびろとして見える。 希望とは、森の中で見上げた空の色、なのだと思います。 森はわたしたちにこの世界に、ひかりがあることを教えてくれます。どんなときも。どんな場所にいても。 さぁ~!!森の中でウロウロしている迷える子羊たちよ!!迷える子羊たち…迷える子羊…迷える子羊…この言葉を3回繰り返したあと『毎夜、植えるドイツ人』って言ってみてね。さて…ドイツ人は何を植えているのか…?3回クイズでしたぁ~♪
Jan 18, 2007
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小学校の頃、大嫌いな先生と、大好きな先生がいました。大好きな先生は、大好きだったんだけど、一度だけ悪いことをして、頬を引っ叩かれたことがありました。いつもは優しい先生なのに、どうして私の顔を…?それは、当然私が悪いことをしたからなんですが…。でも、ショックと、あまりの痛さで、家に帰るなり母親にすぐに言いました。『今日学校で先生に引っ叩かれた!』すると、母親は理由も聞かずにこう言いました。『明日も引っ叩かれてきなさい。そしたらお母さんの手、もう痛くならないから。』今の時代じゃ考えられないかもしれないけどそこには、子供と、親と、先生と、目には見えない信頼関係のようなものがあったのだと思います。叩かれた人より、叩いた人の方が痛いんだ…。そのことを知ったのは、学校を卒業して、成人になって、社会へ出て働いて、それからしばらく経ってからのこと。どうしようもないヤツで、だけど、どうしようもなく大切な人を、一度だけ思いっきり引っ叩いたことがあります。そのとき、ものすごく手が痛くて、それと同時にいろんなところが痛くて、ボロボロ泣き出してしまいました。本当に泣きたいのは引っ叩かれた方なのに…だけど私は痛くて痛くて『これが叩く人の痛みなんだ』ってそのとき初めて知りました。『愛のムチ』のお話でした。
Jan 17, 2007
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iモードの生みの親として知られる松永真理さんの著書に『iモード以前』という本があります。この本では松永さんが社会人になられてから20年間、紆余曲折を経ながらキャリアを積まれていく奮闘ぶりが描かれています。その本の中で、故・淀川長治さんとのこんな興味深いエピソードが紹介されています。社内での学びを推進する事務局に入った松永さんは、会社の外から好きな講師を呼ぶことができるようになりました。そこで映画が趣味という松永さんが、じかに話を聞きたいと考えたのが淀川長治さん。講演の開始時間は18時半。ところが、その時間を過ぎても社内の人間がなかなか集まってきません。結局、10分遅れで講演スタート。開口一番、淀川さんは大きな声でこう言われます。『こんな失礼な会社は、ありませんね。人を呼んでおきながら、平気で遅れてくる。遅れて入るのに、悪びれる様子もない。みなさんは、私の時間を10分も殺したんですよ。私はもうすぐ死ぬんです。時間がない老人の時間を殺さないで下さい。』しんとなった会場。するといつもの淀川口調がはじまり、楽しい講演時間はアッというまに過ぎました。松永さんは、淀川さんの帰りのタクシーを手配します。その際に5分、10分とお待たせしてしまっては、また時間を殺すことになる…。幸い、すぐにタクシーはつかまり、会社の玄関まで見送りに。タクシーに乗られる淀川さんは、松永さんにお礼を告げたあと、こう言われました。 『本当は、こういうときは、時間も時間ですから軽くお食事でもどうですか? と誘うものですよ。今日はいいですがね。ではサヨナラ』凍り付いて頭を下げるしかなかった、と松永さんは書き記しています。大きな結果を出されている方は、えてして私たちの想像を絶するほど時間を大切にされているのだなぁ~と思いました。時間というものに対する価値観ほど人によって大きく差が出るものも他にないのかもしれません。時間の価値は、場合によってはお金で表せる。いちばん身近な例が、時給だと思います。一般的にパート・アルバイトの時給は700円から1,000円前後だと思いますが…。仮に年収1,000万以上ある方の場合、時給に換算すると1時間、3,000~5,000円にもなります。逆に時間を、お金で買う人もいる。海外のセレブたちは移動の為に自家用飛行機を持つ人も少なくありません。これは見栄や贅沢でするのではなく、移動時間を出来るだけ節約して時間を作り出す為のものと考えると時間を買っていると言ってもいいのではないでしょうか。この人たちにとっての時間は、それほど貴重な価値のあるものなんでしょうね。自分にとっては時間はそれほど価値あるものではないと思っていても、相手にとっては、このように掛け替えのない価値あるものである場合も少なくないのです。ただ、一つ言えることは時間は有限であり、平等であるということ。どんなに大金持ちだろうと、頭が良かろうと、力が強かろうと、社会的地位が高かろうと、一人の人間に与えられる時間は一日24時間。一年で365日。これは誰にも変えられない。使った時間は二度と戻らない。どんなに大金をつぎこんでも。世界の支配者になろうとも二度と返らない。時間は、ただ未来から過去へ流れているものじゃないんだって分かってはいたけど再認識させてくれた一冊でした。
Jan 16, 2007
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『言葉は神なりき』という言葉があります。 プラス(+)の言葉を口から出すと『叶う』という字になります。でも、マイナス(-)の言葉も一緒に出しちゃうと『吐く』という字になってしまいます。 思いは、消せるのだそうです。でも、一度発してしまった言葉は消せない。発してしまった言葉のバイヴレーションは宇宙に刻印されてしまうからのようです。 そして、自分が受け取るものは、自分が発信したものになります。 マイナスのことを思うのはしょうがない。でも、言葉にしてはいけない。 言葉というのは、私たちが考えている以上にはるかに、はるかに重要なのかもしれないのです。 『言葉は神なり』
Jan 15, 2007
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ちょうど0:00になったので締めの作業を始めようと思ったら…おいちゃんがトコトコやってきて、イスに座りました。自販機で買った日本酒と柿ピーを持って、タバコをプカプカさせながら、一杯やってました。『姉ちゃんも…??』って誘われたんですけど…『生憎仕事中なもので…』って…そう断るか、スリッパで歩いているおいちゃんを注意するか、しばらくの間迷いました。そんな…そんな一日でした。どうもみなさんこんばんわ。大好きな人と一緒にいるのに、ものすごく淋しくなったり。仲が良いはずなのに、時々イラっとしたり。そういう感情って、嫉妬からくるのかなぁ~ってふと思いました。恋人とか、配偶者とか、家族とか。殺めてしまってニュースで報道されたりするけれど…嫉妬心とか、恨みとか、そういうものが原因のような気がします。でも、本来は愛情を持って接するべき相手だから、そこには『愛』はあると思うんです。ただ、それが異常に深かったり、間違った方に行ったり。愛する相手が近くにいるのにうまく伝え合うことができないなんてとっても悲しいですよね。だけど、他人事とは思えないんですよね。イヤイヤ!人を殺めようと思ったことがあるわけではないです!!ただ、ほんのちょっとでも誰かと自分を比べてしまったとき少なからずそういった感情は出てくると思うんです。例えば、仕事に関して言うと…私と一緒に働いているスタッフが隣でどんどんノルマの件数を伸ばしていってると『私の方が絶対頑張ってるのに』とか『何でこっちには客がこないんだろう』とかそんなふうに思ってしまうし…。恋愛に関して言えば…相手が今どこで何をしているか知りたいし、『自分はこんなに好きなのに』とか『何でこの気持ちが分からないんだろう』とかそんなふうに思ってしまいます。それがエスカレートしていったら、…うん…やっぱり何をするか分からない。どこかで、一本線を引いて、諦めることが大事なのかなぁ~って思います。諦めるって嫌いだけど、良い意味での『諦め』。『今日の自分はこれが100%』そう思ってきたから、間違わずにすんだのかなぁ~ってそう思うんです。人によって、いろいろな愛情表現があるけれど、ストレートだったり、遠まわしだったり。でも、最終的には、目的地に辿り着いてほしいなぁ~って思います。今日はマジネタでした。長々と、最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます!!あ…!!おいちゃんがウトウトし始めました。起こさなくちゃ…。
Jan 14, 2007
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デートの待ち合わせのシチュエーション。よく『ごめんね。待った?』『(ホントは待ちくたびれたけど)ううん、いま来たところ』なんていうベタなやりとりがあるけど、実際のところ待っている時間の長さと愛情って比例するのかなぁ~。デートに遅刻しても今は携帯でやりとりができるから、すれ違うことはありません。仕事の待ち合わせには時間通りキッチリ向かっても、連絡していれば待っていてくれるはず、と恋人には甘えてしまう人もいるのでは?と思います。ちょっと前にテレビで見た心理テストがおもしろかったので、ご紹介しますね。『ショッピング目的で待ち合わせをしたとき、相手が時間になっても待ち合わせ場所に来なかったら、あなたはどうしますか?』A)待ち続けるB)買い物を始める A)の『待ち続ける』という回答を選んだ人は嫉妬深いタイプだそうです。そう、これは嫉妬深いかを診断するテストでした。待ち続けていられるタイプだということは、相手の顔を見るまで不安な心配性だったり、うまく気分転換できないということが考えられるらしいです。買い物を始める人というのは、自分の時間を有効に使いたい、相手に束縛されたくないというタイプらしいです。子供の頃は、『待つ』=『楽しみ』でしたが…大人になると、『待つ』ことは楽しいことばかりではありません。待っている時間が永遠のように長くてそれは辛く忍耐のような感じにさえなりました。だけど…いろんなシチュエーションで『待つ』ことってあるけど。『待つ』だけじゃなくてもしかしたら、『待たせる』ことも辛いんじゃないかなぁ~って思います。急に『走れメロス』を思い出しちゃって…。あれって…待たせているメロスの気持ちを考えると『何でこんなに待たせるの?!』なんて言えなくなっちゃいますもん。だけどね、あれは本人の実体験に基づいて作ったお話。太宰治が友人と豪遊をしすぎてお金がなくなったので別の友人にお金を借りに行ったんですって。それなのにお金が払えなくてその場に置き去りにされていた友人をほったらかしにして自分は他の場所で遊んでいた…。そんなオチがありました。そのとき、太宰治は『待つ身も待たせる身も辛い』的なことを言ったそうです。偉大な文学者の言うことはスゴイや…。
Jan 13, 2007
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『この人生は、重くもなく、軽くもなく、私がちょうどと思える重さ』 暮らしを重ねていくにつれ、人はみな、背負うものが増えてゆきます。けれど、運べないほどの重すぎる人生なんて、この世界にはなくて。それはまた、決して軽すぎる人生なんて一つもない、ということ。 たいていの人は、自分の人生を無理なく背負えるだけの、ちょうどな力を持っている、と思うのです。 荷物が重くなれば、その重みに耐えうるだけのたくましさが育って。重いバッグの中には、きっと、背負うことは苦しくないと思えるような幸せや希望の種なんかもぎゅっと詰まっている。 そんなふうに考えると、「よいしょ!」と力がわいてくるような気がしませんか?
Jan 12, 2007
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↑↑コレ、最近お世話になっています!!『クノール』のカップスープシリーズなんですけど。洋風だったり、中華風だったり。具沢山で、とっても美味しいです。仕事中、食事がとれないこともあるので重宝しています。お弁当みたいに箸を使う必要もないしカップラーメンみたいに伸びてしまうこともない。飲み物の感覚で栄養が取れるのでぶっちゃけ…立ったままでも食事ができてしまいます。それだけではなく外の作業で冷えた体を温めてくれたり夜中にお腹が空いたけど食べるのは胃がもたれる、太るから嫌だ、そんなときにもオススメです。以前まではこういった汁物系には全く興味がなかったのですが最近では大量に買いだめして職場のロッカーに押し込んであります。ココまで宣伝したのだから…クノール様、何か下さい!!さて…明日は元同僚が旅立つ日。数日前に退職して、明日引越しをするとのこと。午前中に職場に顔を出してくれるのでそれから出勤のスタッフ以外で食事をします。そして…駅まで行ってお見送り。大丈夫かなぁ~。泣かずに笑顔で送ってあげられるかなぁ~。
Jan 11, 2007
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『いとおしい』って言葉はどこか特別な感じがします。例えばふとした瞬間にそんなふうに感じることがあったとしても普段の会話の中ではめったに使わない言葉だったりします。というより照れてしまって使いにくい言葉だったりします。でもそんな、音にならない言葉を文字にしてみると大切な、心に刻んでおきたいものが見えてくる気がします。だからときどきどこかに書きとめておかなきゃ…と思います。いとおしい時間、いとおしい日々、いとおしいものたち、──についてのあれこれを。今、ここ、この場所に『いとおしい』ものは、こんなにもあふれているから。
Jan 10, 2007
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まったく…小学生みたいにギャ~ギャ~騒ぐ上司。その勢いに負けじと歯向かう部下。まるで…子供の喧嘩でした。あんなふうに誰かと言い合ったのは何年ぶりだろう…。そして…始末書だの、退職願だの、前日から握り締めていた書類をすべて机に叩きつけてやりました。すると…どうでしょう…。『言い過ぎました。ゴメンなさい。』って私よりも10歳年上の上司が謝ってきたではありませんか…!!まぁ~他のスタッフも一緒になって私を助けてくれたというのもありますが…。意外でした。部下に頭を下げるなんて、らしくないなぁ~。それに…喧嘩して、謝って、仲直り…。学校じゃないんだから…!!ホントに…バカらしくてやってられません。だけど…頭を下げる上司。私の行動に動揺して泣き出してしまう同僚。そんな姿を見て心が揺れ動いてしまいました。バカバカしいけどドラマチックで、かなりのエネルギーを使った一日。ものすごく疲れました。 そして…りょうパパは、昨日旅立ちました。定年を迎えて、また新たな仕事をスタートするということでインドネシアへ旅立って行きました。私も行きたい…どこか遠くの場所へ行きたいよぉ~。そう思ったのですがパスポートの期限がすでに切れていたりょうなのでした。
Jan 9, 2007
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この行動が大人としての行動なのかまだまだ子供だなって思われるのか私にはよく分からないけれど…。いつも、懐には『退職願い』があっていつか叩きつけてやろうと思っていました。そして今日も、懐に手が差し掛かりました。だって…あまりにも理不尽だから…。いろんな性格の人がいてハッキリ物事を言える人もいれば何でも『ハイハイ』って請け負っちゃう人もいる。どちらかというと後者の方が、上司に無理難題を押し付けられるしその分リスクの高い仕事をさせられる。それでミスをすれば当然始末書を書かされる。始末書って、減給になっちゃうんですよねぇ~。こんなんじゃ…いくら給料を貰っても足りないや…。まぁ~自分がミスしたときは仕方がないとしてもやっぱり今日のは納得がいきません。昨日の強風で、敷地内がメチャクチャになっていました。飛んできた廃材とか、折れた木材とか、片付けていました。重いし、雪が降っている中での作業は寒いし、こんなとき男性社員がいたら…そう思ったけど、やっぱり自分たちでやるしかないし…。そんなときにトラブル発生でした。思いっきり走って、何度も頭下げて、でもダメで…それで上司のカミナリが落ちました。電話がかかってきて怒鳴り声が周りに聞こえそうだったので話の途中で電話を切っちゃいました。ちっちゃいけど…せめてもの反抗です。その後も、何度も電話がかかってきたので電話線を抜いちゃいました。ちっちゃいけど…せめてもの反抗です。こんなことして…明日はもっと怒られるんだろうなぁ~。『始末書書きなさい!』って言われたけど『どうせ責任とるなら違うもの書きます!』なんて言い返しちゃったし…。ど~すんの?!私。ど~すんの?!
Jan 8, 2007
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『人間は37歳を過ぎて初めて大人になる』何かの本で読んだことがあります。確かにそうだ…その37歳っていう年齢の意味はよく分からないけど…。成人式を迎えると『大人の仲間入り』って言われるけど実際の成人式は逮捕者が出たり、ワーワー騒いだり、とても大人の行動とは思えないような若者達のニュースが毎年報道されています。実際に私もそうでした。さすがにあそこまで騒いだり、警察のお世話になったりはしませんでしたが…成人するってどんなことだか分からなかったし堂々とお酒が飲めるとかそんな程度のことでしかなかったように思います。大人の自覚とか、周囲への感謝とか、そんなことは、もっとず~っと後になってから気づいたことです。そんな今だって完全に大人になったとは思ってないしいざというときは自分では何もできない親や周りに頼ってばかりの自分がいます。自分の周りを見ても『もう大人なんだから…』ってそう思ってしまうような人もたくさんいます。じゃ~本当の大人ってどういう人なんだろう…。実際に憧れる大人は男性でも女性でも共通しているんですが…大人なのにどこか少年、少女の心を持っている人。そう考えると完璧な大人の人になんてならない方がいいのかなぁ~。せめて、人としてやっていはいけないことを弁えて最低限の責任とか、守るべきものとかそういうのがあったら大人って言ってもいいのかなぁ~なんてそんなことを考えた成人の日でした。さっき職場でチェキを使って写真を撮ろうとして覗き込んだレンズにメガネがぶつかりました。そうだった…メガネ女子だったんだ。忘れないでね、私。
Jan 7, 2007
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誰かに寄りかかったりせず、一人ですくっと立っている人はかっこいい。まだ若かった頃は特に、「一人でも平気」という生き方に憧れていました。誰かに頼らない、泣き言は言わない、颯爽と生きる。もちろん心意気は大切です。でも、現実は言葉ほど簡単ではなくて。人はみな、強い自分と弱い自分をごちゃ混ぜにしながら、暮らしているのだと思います。だから、一人よりも二人。嬉しいときに一緒に喜んでくれる人、困ったときに一緒に知恵を絞ってくれる人、荷物を半分持ってくれる人、同じ夢を見てくれる人。隣にいる人の存在は、いつだって、嬉しくて心強いものです。家族、仕事仲間、それからちょっとした愚痴を聞いてくれる友人も。私たちはみんな、それぞれの場面で、隣にいる誰かから「大丈夫」の力をもらっているのかもしれません。一人でできることはたくさんあるけれど─。二人ならもっと頑張って、もっと心たくましく、いろんなことができると思うのです。
Jan 6, 2007
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『最後に見たいものはなんですか?』この質問をふと思い出しました。以前公開された映画『解夏』やドラマ『愛し君へ』などでよく目にした言葉です。私が高校生の頃帰り道にある人と通った道。ほんの寄り道のつもりで歩いていたのだけれど落ち葉のじゅうたんと並木道風がとっても気持ち良くて会話も楽しくてもし自分の目が見えなくなったとしたら絶対にその風景とその人と一緒に過ごしたいそんなことを思ってしまいました。だけど…その人は、今どこで何をしているのかも分からないしもう二度と逢うことはないのかもしれない。それに…あのときの場所お店やビルが建ってしまってもうあの時のような風を感じることができないと思います。最後に見たいものはもう二度と見ることができないもの。結局一番心にやきつけておきたいものなのかもしれません。大切なものは目に見えないけれど心の中で一番綺麗な状態で残っているそれで満足なのかもしれません。そんなことを思ったのには訳がありまして…実は、左目を負傷しました。以前も一度同じ状態になったのですが…大きなしこりのようなものができ赤く充血しています。少しの間放っておいたのですが先日病院へ行ってきました。するとお医者様から『あと少し遅かったら大変なことになっていた!』『失明したらどうするんだ!』そうお叱りを受けてしまいました。目の裏側を少し切ってまぁ~何日かすれば元の状態に戻るということなのですが…それを言われたとき体の血が引いていくのが分かりました。変な汗が出て本気で『見えなくなったらどうしよう…』と考えてしまいました。怖いですね。私はコンタクトレンズをしているので最低でも三ヶ月に一回は定期健診を受けているんですが最近サボってしまっていたんです。皆さんも気をつけましょうね。今月はコンタクトを外しメガネ女子として生活していきます。
Jan 5, 2007
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運とかツキという言葉を使うことはほとんどありません。だいたい、「ツキを呼ぶ」だとか「みるみる運がよくなる」なんてタイトルの本は読む前からありえない、と思ってしまいます。だけど、運命というものは確かにあるような気がします。人はみな命題のようなものを抱えていて。それぞれの1本、を掴むために生きているのだと思います。そして、その「掴み」はいつも瞬間でおとずれる。一度ではなく、くりかえし、さまざまな色や形をともないながら。いつ、どこで、何を掴むのか。それはきっと、神様にしかわからない。ただ人生のなかでは、何かこう、ぐいっと自分の方に引っぱりこむ勢いのようなものが必要なときがあると思います。ただ待つのではなく、ただ迷うのではなく、シンプルにひっぱってみる。先にあるものは見えないけれど。たぶん、歩いているその最中でさえ、はっきりとわからないのだろうけど。どの道を辿っても、それぞれの、ちょうどの場所で花は咲く。人生はそういうふうにできている、という想像は心をかるくしてくれます。「ひっぱる」瞬間、希望と信念という言葉はどこかでしっかりとつながるのだと思います。
Jan 4, 2007
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ある朝、目が覚めると泣いていた。特に悲しいわけでもなく。辛く苦しいわけでもなく。怖くも、痛くもなかった。ただ、現実はこうだと分かっていても夢の世界の居心地が良くてなかなか戻って来れずにいる。不思議なことに夢の世界にいる私もここは現実の世界ではないと認識していながら一歩前に踏み出せずにいる。ようやく現実の世界に戻って来たときその距離と時間の長さに感情がついて来れず涙が流れてしまう。泣いたら誰かが助けに来てくれる。昔、私が泣くといつも母がそばに来てギュ~っと抱きしめてくれた。そうしてほしくて。泣いたり、叫んだりしたら優しい人が来てなんとかしてくれるんじゃないかって。そしていつもスーパーに行くとハムのコーナーで立ち止まる。同じ会社の、同じ商品を買う。いつも迷う。最後まで迷う。だけど、結局同じ商品を手にしてしまうのはどこかでつながっていたいから。そんなけなげに思っている自分を可愛いとも思えるし。歯がゆくもある。そんな感情に揺さぶられてまた涙が流れる。私はいったいどこの世界に生きているんだろう。わけが分かんないや。そんな夢でした。今年に入ってちゃんと寝たのは3日だからこれが初夢です。富士山も、鷹も、ナスも。全部出て来なかった。だけど、この夢からりょう☆412の一年が始まるんだね。
Jan 3, 2007
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のら猫は媚びない感じが素敵だし、いえ猫は甘え上手なところがいいな、と思います。 のら猫も、いえ猫も、猫は生きるのがとても上手そうに見えるから。自分らしさや、自分以外の人との関わり方という意味で、猫的なバランス感覚はお手本にしたいものの一つです。 私たちの心の中には、いつも正反対の自分がいます。誰にも甘えずに頑張りたい強い自分と、本当はもろくて、いつも誰かと寄り添っていたい自分。ふたつの心が葛藤したり、傾いたり、折り合いながら、その人なりの「生き方」のスタイルが生まれるのですが、どちらも同じように大切で、同じように必要なものです。 意地を張ったりしない。淋しいときは、強がらないでそばにいる人に甘えること。反対に、甘えたい人をちゃんと甘えさせてあげること。 淋しがらない。ひとりの自分に、しっかり向き合うこと。自分の道を揺るぎなく、すくっと進むこと。 猫は、す~っと擦り寄ってくるときも、それから、ぷいと離れていくときも、同じように「ニャ~」と啼くのですが。甘えたいときの「ニャ~」も、ほっといて、一人で大丈夫の「ニャ~」も。それはとても明確な、はっきりとした意思表示です。 今よりも少しだけ、自由に、のびやかに生きてみたくなったら─。ほんのちょっぴり、猫の空気を纏ってみる、というのも、いいかもしれないニャ~。
Jan 2, 2007
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新年のご挨拶が遅れました!!どうも…みなさま…あけましておめでとうございます。今年も…こんな私と、整理整頓されていないお部屋ですがどうぞよろしくお願いします。さて…大晦日から元旦と職場で過ごしてしまったためあまり新年を迎えたという感じがありません。ただ…日付が変わっただけ…そんな感じです。新年会やら旅行やら何だかんだでもう職場はメチャクチャです。早く家に帰ってお正月をしたいです。
Jan 1, 2007
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