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今日はすごく朝から風が強いリボンちゃんはパパのところに来て外を指差すのまた抱っこして散歩したいらしい。パパはまだ肩と腕が痛いようだけど明日から痛みの本番かもね~。昨日のことが懲りたのか、パパはリボンちゃんのママも一緒にデトロに行くことにしたGWにリボンちゃんが来たのでスペシャルサービスパパは何度もデトロには行ったことがあるが僕とリボンちゃんは始めてであるリボンちゃんのママも一緒なのでパパはホットしている。デトロは明治時代の建物の再現である僕たちはまず中国料理「あかしあ」で食事をしたこの「あかしあ」は1階はレストラン2階は北九州市立国際友好記念図書館になっている北九州市と中国大連市は友好都市の為この「あかしあ」大連市が当初経営していたが今は大連の人が個人経営している。デトロ内を見て周り遊覧船に乗ることにしたリボンちゃんはお船は始めてである海を指差しなにやらしゃべっているリボンちゃんの言葉でハッキリわかるのは「リュウ、リュウ」の言葉だけである遊覧船は関門大橋をくぐり源平合戦で有名な壇ノ浦を廻り関門海峡の巌流島を見てデトロまでの30分コースである。壇ノ浦は平家滅亡の場所である安徳天皇が乳母とともに海中に消えた所である船はその上を走っている僕たちは安徳天皇に黙祷をささげた間も無くして巌流島である、此処で巌流佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘した小島である。以前はただの小島に過ぎなかったがこの巌流島を公園にして観光のルートにする計画も在ると云われている。リボンちゃんはママに抱かれてすごくご機嫌であるパパは僅かな時間であるがコックリコックリである。パパ今からがGWの本番よ頑張ってね
2006.04.30
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今日は藤祭りの最終日なのでリボンちゃんがママと遊びに来た。ナミちゃんのママから僕の絵写真を送って貰ったので見せると「リュウ、リュウ」と指差して喜んでいた。ナミちゃんのお父さんは絵画の展覧会で入賞という画家である、だからナミちゃんのママも絵は描いたことが無いとはいえ、才能は素晴らしいと僕は感激した。リボンちゃんとパパと僕は藤祭りに行くことにした、昨日見たのであまり興味は無いがリボンちゃんのお散歩のつもりで行くことにした。可愛さのあまり藤祭りにリボンちゃんを連れて行くのは良いがリボンちゃんはまだ1歳と3ヶ月少しは歩くけど長くは歩けない。あんのじょう少し歩いてパパに抱っこをせがんだパパは良し良しといいながら抱っこして藤祭りに行く羽目になったのです。祭りの会場まで2キロはある、初めのうちはリボンちゃんリボンちゃんとあやしていたがその内何もしゃべらず、歩いている。リボンちゃんの体重は10キロであるキットパパは腕がしびれてきたと思われるまだ早いの見物客はあまりいないので僕は先に行って出店の前で待っていることにしたパパはリボンちゃんに縫ぐるみを買ってやった僕はたこ焼きが食べたくて店の前にいたがパパは買ってくれなかった。「パパのケチ・・・」藤棚に来たが昨日藤の写真を撮ったのでリボンちゃんばかりを写していた。昨日のお姉ちゃんは今日もお店に出ていたリボンちゃんを見て可愛いねと云ってくれた昨日はリュウチャンいいワン公ね~と云ってくれたが今日はリボンちゃんのせいで完全に無視である。一通り見たので帰ることにしたリボンちゃんはパパに抱かれてスヤスヤと寝息を立てている。お家まで2キロパパが頑張ってね・・・今日のパパ本当に災難ねご苦労様
2006.04.29
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昨日から始まった吉祥寺の藤祭りにパパは連れて行くといわれた。遅くなると大勢の人が藤祭りに来るので早く行くことにした。散歩から帰り朝ごはんを食べて行くことに・・車は祭りの期間は通行止めなのでパパと歩いていくことにしたまだ早いせいか、人もあまり多くなく僕はパパとはぐれずにすんだ。樹齢150年の紫野田藤は見ごたえがあった。僕はパパと一緒に藤を見に来たのは初めてですだからすごく感動しました。藤棚の所にお店が並んでいた、行く道々にも数多くの出店が立ち並んでいたがパパは何も買わなかった。だけどワイン売り場に来ると「ピタ」と足が止まった大好物のワインにはパパは目がないそれに綺麗なお嬢さんが売っている僕の買い物はそっちのけでワインを買った僕はお嬢さんと記念写真に納まった。僕は一人であたりを見て廻った、パパはベンチで一休み、早速ビールを飲んでいる藤棚の所には出店は無い僕の好きなものは売っていないので僕は水だけで我慢した白藤が咲いておりすごく可憐である今日はパパと一緒に藤祭りに来て本当に良かったGWにはどこかに行きたいと思う。パパまたどこかに連れてってね。
2006.04.28
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今日から僕の町で藤祭りが始まった吉祥寺の藤祭りは有名である境内は樹齢150年に及ぶ紫野田藤・白藤紅藤・ふち紅藤等10数本の木で構成された見事な藤棚で埋め尽くされその内3本は市の保存樹に指定されています毎年藤の見ごろとなる4月下旬には「藤祭り」が開催され、吉祥寺周辺には多くの出店で賑わい近隣からだけでなく市外からも多くの人が訪れます。僕は「藤祭り」に合わせてパパからリュウ藤の花を水墨で書いたらといわれ久ぶりに筆を取った。最近あまり水墨画を描いてないので巧く描けないが、何とか描くことが出来たパパに見せると、あまり書かない割には良くかけてるね~と誉められた。明日はパパと吉祥寺の藤祭りに行くことにしたお店で何か買ってもらおうと思う。パパは買ってくれるかな~。
2006.04.27
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今日はパパがお仕事が早いので散歩はなし僕は暇なので犬小屋に乗せてある毛布を出してあたり一面に敷いて遊んだ午後にパパがお仕事から帰ってきたので玄関の戸をガリガリ叩いた。僕としては朝からまだウンチをしてないので早く散歩に連れてってのサインである。パパは仕方なく戸を開けてくれたパパに僕のお腹が痛くなるのはストレスらしいとラッキーのママが云ってたよ散歩はチキンとしないとストレスが溜まるといわれたよ・・僕の話を聞いて「リュウ、ストレス解消に公園でボール投げをしょうと言ってくれたリュウ散歩に行くよ~、といわれたので僕はリードを咥えてパパの所に持ってきたパパが散歩に行くと云われたら僕はいつもリードを咥えてパパの所に持っていくの~是が毎日の日課になっている公園には誰もいなかった、パパが投げるボールを僕が咥えて持ってくるパパの足元にボールを置くとまた投げてくれる。30分近くボール投げで遊んだパパはすっかり首はよくなっているみたい僕も、もうお腹は痛くない元気ハツラツオロナミンCである。お家に帰りパパは僕に川柳を聞かしてくれた。同好会に出すらしい。誰も聞いてくれる人がいないので僕が頼りどうせたいしたものでは無いが仕方なく聞くことにした.日常編パパ帰宅迎えに出るのは犬のリュウご飯ですよ、行って見ればリュウの飯散歩時に大雨降ってはしゃぐパパ(リュウ雨で散歩できないね、残念ね~)駄目おやじ編躾するやがて犬に躾され犬の名に妻の名を付け躾する(花子駄目じゃないかしっかりしなけりゃ)可愛いね、いい犬ね、お世辞で喜ぶ馬鹿おやじパパもう良いよ、いい川柳無いじゃん頑張っていいのを出品してよね~なにをやっても駄目なんだからうちのパパは・・
2006.04.26
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今日朝僕は胸焼けで草を食べ、そして吐いた朝の散歩の時パパはそれを見つけ不安な顔をしてた。今日のパパはどこか様子が可笑しい首が廻らず身体ごと僕の方に向きを変えている僕が散歩をせがむので仕方なしに行くようであるすごく痛そうである、僕は散歩に出かけてすぐお腹が痛くなった。キャンキャンと云って地べたに這ったパパも首の痛みに耐えならが、「リュウお腹が痛いの」と云ってお腹をさすってくれた2度3度と僕はお腹が痛くなり座り込んだパパはすぐにも病院に行く気でいただけどパパは車の運転は首が廻らず出来ない事にきずいた。少し痛みも治まったので、ピコピコ投げで遊んでくれた、だがまたお腹が痛くなりキャンキャンと啼いた。ビオフェルミン1錠を飲ましてくれた、薬のせいか、痛みも止まりピコピコ投げでパパと遊んだ昨晩夜遅くまでパパはナミちゃんのママ僕に書いてくれた絵写真を自分で書いていたパパのことだから勿論完成はしないそのため肩を壊し首が廻らなくなったの~パパも散歩から帰り痛み止めと鎮痛消炎剤を貼ったみたい。パパも僕も時間の経過とともによくなっていったパパは午後からのお仕事なので久しぶりに遊んでくれたパパはこのところ来客が多くの飲みごとが続き蕁麻疹で一昨日は苦しんでいた。だか病院から貰った薬1回飲んだだけでよくなっていた。僕が元気になったのでパパが話してくれた「リュウはパパがくれる薬は必ずよくなると思ってのんでいるでしょう、だから治り早いの」もともとリュウには自然治癒力があるのパパの薬は必ずよくなる薬と思って飲めば自然治癒力増発してリュウ自身で治すことが出来るのパパも先生を信じ薬はすぐに効くと信じているから自然治癒力が増発して1日で治るの。蕁麻疹はストレスや体調不良から出るの痒いと意識すればあちこち痒くなるのおそらく蕁麻疹の薬には脳の働きを休める睡眠薬も入っていると思うよ。痛みはすべて脳細胞から発信されるの少しの痛みや痒みは寝てるときは感じないでしょう、脳が休んでいるから感じないの。反対にこの薬は本当に効くかしらとかあの先生はやぶだからと云って薬を飲む人は自然治癒力は機能せず治りも遅いの。だからたいした事の無い病気でも長引く人は自然治癒力は機能せず本当に病気を治そうと思はない人かも知れないね。パパも夕方には首の痛みもとれ僕もお腹の痛みも消えて晩御飯はいつものように沢山食べた。
2006.04.25
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今日は朝から五月晴れ、すごく爽やかで散歩も楽しい気分です。五月の空に鯉のぼりすごくいい風情です今は家庭の庭で泳ぎまわる鯉のぼりはあまり見かけない。僕の住んでる町でも数少ない鯉のぼりである。5月は男の子の節句、鯉のぼりは何歳までたなびくことが出来るのであろうか女のこの節句はお雛様どうみても女の子に分がある。千葉の補欠選挙も26歳の女性の勝ちいろいろ云われているが21世紀は女性の時代だと思う。デパートに行っても女性の売り場面積は男性の売り場面積の10倍はある。働いてお給料を持って帰るのは男性だけど如何して女性の物ばかりが目につくのだろうか。ワン公でも牛でも雌の方が高価である、散歩していても、秋田犬やブルドックシェパードや土佐犬など大型犬は見なくなった。チワワやダックスフンドにコーギーなど小型犬が主流である中型犬では柴犬がほとんどである。21世紀は社会の中で色々な分野で活躍するのは女性である、そう思ってしみじみ冴えないパパを見るとなんとなく惨めさだけが目についた。だけど僕がついているからパパ安心してねと僕はつぶやいた。バラの花も5月中旬には開花する種類の違った270本のバラが見事に咲き誇るであろう。まだバラの苗は蕾みである。バラ園一面に咲き誇る花は見ごたえがある僕は棘に刺されないように見て廻りたいと思う。僕がパパに如何してバラの花には棘があるの?と聞いてみた。パパが綺麗なものには皆な棘があるの、だからリュウも気をつけなさいといわれた。何のことなのパパ
2006.04.24
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僕の大好きなリボンちゃんが遊びに来た2ヶ月ぶりである、来ると「リュウ、リュウ」と呼んでくれる。まだリボンちゃんはカタコトでしかしゃべらない何を云っているのか理解に苦しむだけど「リュウ、リュウ」の言葉は良く解る僕がリボンちゃんに買って来たチャイナー服を着てもらった。リボンちゃんは嫌がらずに着てくれた僕はすごく嬉しかった、もしかして僕に気を使って黙って着てくれたかもね~。赤系と紫系の2種類である。どちらも2~3歳用である、リボンちゃんはまだ1歳と3ヶ月少し大きいので丁度体に合うみたい。僕はのあちゃんやりおちゃんのママの話をした今度ベルバラの衣装を作って貰うことも・・・。ボタンちゃんのママはPure spreedさのブログで紹介されている のあちゃんやりおちゃんの洋服をみて素晴らしいできばえにすごく感心していた。俳優の西村知美さんも赤ちゃんが小さい時ワン公の服を着せていたとテレビで云っていた。小さい時はワン公も人も同じ洋服でもいいのだと僕は思った。リボンちゃんは僕にチャイナー服を見せるために「リュウ、リュウ、」と云って僕の所に来たすごくお似合いである僕は良く似合っているので安堵したリボンちゃんは言葉ではまだいえないがおそらくリュウ有り難うとお礼に僕の所にチャイナー服姿を見せに来たと思った。僕もリボンちゃんありがとう、すごくいいよと着てくれたことの御礼を云った。リボンちゃんはすごく嬉しそうでご機嫌であった。
2006.04.23
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パパが学校に良くと云うので僕もついていった。パパは先生に色々お願いがあるというので先生とお話をしてる間キャンパスを散策した広い敷地に多くの建物がある、パパが何処に行ったのか、解らない。何人かの学生とすれ違ったが、僕が一度も聞いた事の無い言葉である男子学生女子学生にほぼ半数ずつ会っただが言葉が色々違っている。パパの言葉は日本語が少しなまっているが僕には理解できない言葉である。優しそうなおねえちゃんが通っていたので勇気を出して聞いてみた。この大学は国際大学、外国からの留学生が多くいるとのことである。だから僕には解らないはずである。この大学には中国人・韓国人・台湾人の東洋系の留学生からカナダやアメリカなど様々な国から留学生として学んでいる。服装は思い思いの服装で、今では角帽などは無い昔は慶応や早稲田の角帽は有名であったが今はその面影はない制服は中学生までである、学生帽も中学生まで高校ではまちまちである。大きく様変わりをしたもんだと、僕は思った1時間は過ぎたであろうか何処からかリュウ、リュウと呼ぶ声が聞こえた声のする方へ行くとパパが建物からで出てきているリュウ帰るよ、といわれ車に乗り込んだ大学は建物ばかりで僕の遊ぶ所は何も無い僕の近くの小学校は色々遊ぶものがあり遊ぶのにはいいところである今度パパが大学に行こうと誘っても僕は行くまいと思った今日は僕にとって退屈な一日であった。
2006.04.22
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昨日ナミちゃんのママから僕の絵写真を書いて貰った。すごくいい僕の絵写真である。ナミちゃんのママは何でも出来るみたい。パパはすごく喜んでいた、僕のパパは写真以外は何も出来ない。色々なお友達は素晴らしいことが出来る、それを見たパパは、いつも「リュウ今度はパパが作ってやるからな~」といってくれるだけど僕にしてくれたことは一度も無い今度もナミちゃんのママから教えてもらって描いてあげるといわれたが、うどんの釜である。あてにしたら腹が立つので、いつも聞き流している7月公演の準備は着実に進んでいるりおちゃんのママからナミちゃんが着るマリー・アントワネットの衣装が届いたすごく豪華な衣装である、早速ナミちゃんに連絡を取り衣装を着てもらった。すごく素敵な衣装でナミちゃんは感激していたりおちゃんのママには本当にご苦労をおかけします。感謝感謝です。それにパパはあつかましくリボンちゃんの服までお願いしてるみたい。パパのあつかましさに僕は穴に入りたい心境です。次はチョコpiの衣装、チクワ・クッキーちゃんチャミーとラブちゃんの衣装とりおちゃんのママは大忙しである。公演は僅か2時間であるがその準備にはすごく時間がかかることである。今回の公演はチョコpiのお兄ちゃん入学祝い公演である、僕はみんなで成功することを願う日々です。
2006.04.21
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いつも学校に行く時「リュウ、リュウ」と云って僕の頭をナデナデしてくれたおねえちゃん僕はお姉ちゃん達から2年間ナデナデしてもらい可愛がってもらったそのお姉ちゃんたちはピカピカの中学1年生小学生の時は僕を可愛がってくれたお姉ちゃんも中学生になると「リュウ、リュウ」と云ってくれなくなる。パパにどうして?と聞いてみたパパが云うには子供から大人の仲間入りしたからだと、聞かされた。リュウもちさい時は大きなワン公も可愛がってくれたでしょう大きくなつたリュウには今まで遊んでくれたワン公もリュウにほえるでしょう。それはリュウが大人になった証なのだから中学生になったお姉ちゃんは「リュウ、リュウ」と云わなくなったのは大人に成長していく証なのだけどお姉ちゃん達は決してリュウのことは忘れてないと思うよ今度は新しく小学生になったお兄ちゃんやお姉ちゃんが、「リュウ、リュウ」と呼んでくれると思うよ。だからみんな「リュウ、リュウ」とリュウを可愛がってくれて大人に成長していくのだから今まで沢山のお姉ちゃんから可愛がって貰ったお礼に此処を通って学校に行くお姉ちゃんをしっかり守ってあげることだよ。変な人がいたらリュウはお利巧だからワンワン吠えてご近所の人に知らせてあげてね。今日は中学生になったお姉ちゃんが「リュウ、リュウ」と呼んでくれた僕はすごく嬉しかった。パパが云うように3月までのお姉ちゃんと4月のお姉ちゃんは同じお姉ちゃんとは思えないくらい大きくなっていた。制服を着てるせいか、すごく大きく見えた僕は必ず学校に行くお姉ちゃん達を守っていく事を誓った。チワワ同盟のわんわんチャンが行方不明です心当たりの方は知らせてあげてくださいね
2006.04.20
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ヴェルサイユのバラ ワン公編 今回はフェルセン編 7月公演を決定している7月までにはまだ時間があるが衣装合わせをすることにした。一度に衣装は作れないのまずは4匹からすることにした。フェルセン編の衣装をりおちゃんのママにお願いすることにした。りおちゃんのママはワン公のドレスや洋服は最高のデザイナーとして活躍しています。第1回目の衣装合わせはフェルセン役・・・・・リュウ ♂ (2004.2.3 2年2ヶ月 23歳)マリー・アントワネット役・・・ナミ 雌 (2004.3.18 2年1ヶ月 23歳)オスカル役・・・・・りお 雌 (2005.7.7・・・9ヶ月 15歳)アンドレ役・・・・・チョコpi ♂ (2004.3.11 2年1ヶ月 23歳)「7月公演フェルセン編」は会場は九州のため、チョコpiとナミちゃんは飛行機で駆けつけてくれた。第2回目の衣装合わせはチワワ同盟総出演のためかなりの時間がかかると思われる。チクワ、クッキーちゃんやチャミー・ラブちゃんも衣装合わせが大変である。だって遠い九州だもんね~。衣装担当のりおちゃんのママが九州だもんでごめんなさいねチクワ&ラブちゃん。第1回目の衣装合わせとリハーサルは日ごろから散歩や遊びで体を鍛えているせいか、すごく順調に終わる事が出来たチョコpi・ナミちゃん遠いところから有り難う本番まで体に気をつけて練習に励んでね又会う日まで元気でね~さようなら・・・。衣装担当はりおちゃんのママですいつも素晴らしい作品を作っていますので紹介します。 (作品1・・・製作者 りおのママ Pure spreedさん) (作品2 モデル オスカル役のりおちゃん) (作品3 モデル りおちゃん)お気に入りのものがありましたらPure spreedさんにコメントください
2006.04.19
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散歩ではハナちゃん(ゴールデン・レトリーバー メス7歳)とはなかなか散歩では会わない。ハナちゃんの散歩は朝が早いので会わないのである、今日はパパが早起きしたのでハナちゃんに会うことが出来た。ハナちゃんはすごくおとなしいワン公で僕は大好きである。ハナちゃんは僕と会うと必ずパパの云うことをちゃんと聞いてるの・・と言われる。僕がハナちゃんに如何していつもママに甘えてるのと聞くと、ママがいたから今のハナがいると答えた。ハナちゃんがまだ4年32歳の時ハナちゃんの飼い主が何かの事情でハナちゃんを残したまま家を引き払ったのである。ハナちゃんのママがパパにハナちゃんの話をしてくれた。ご主人と朝いつも池の周りを散歩していた誰も住んでない家の周りをクンクンと泣きながら1匹のゴールデンが廻っていた次の日も同じように家の中を覗うようにしてクンクンと泣いていた。曇り空であり雨が心配である。3日目の朝、昨晩の雨がウソのように天気がいいゴールデンは家の前で座っていた。そしてじつと見ているママの方近ずき顔をママの体に擦り寄せてきた。見ると手入れもチキンとしてあり、かすかではあるがシャンプの臭いもしたのである。飼い主がきちんとゴールデンの手入れを日ごろからしていたようである。ご夫婦はご近所の方にゴールデンのことを聞いてみると、もう1週間近くも何も食べずに飼い主の帰ってくるのを待っているとのことである。ママがおいでと言うとおとなしくついてきた池からママの家までは10キロの道のりであるゴールデンはご夫婦に引き取られなかむつましく空き家を後にした。ママのお家にはロットワイラー犬がいるこのワン公は盲導犬や警察犬、災害救助犬として活躍している犬種である。それ以来ロットワイラーはパパが散歩にゴールデンはママが散歩に連れて行っているあれから3年が過ぎハナちゃんは7年44歳になった。何歳になってもママに甘えてるわけが解った。ハナちゃんは心からママに感謝してるに違いないそしてハナちゃんが僕と会うたびにパパの言いつけを良く聞きなさいと云うことも解った僕もパパに動物センターから里子としてパパの所に来たのである。里子に貰われないワン公はもうこの世にいないと聞かせれている。僕はハナちゃんに会うたびにパパへの感謝の想いを強くするのである。パパ有り難ういつまでも元気でいてね。
2006.04.18
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僕の大好きなリボンちゃんが今週末に遊びに来ると連絡があった。僕が中国からお土産に買ったチャイナー服を点検した、リボンちゃんは今少し肥満体2歳用のチャイナー服が着られるかどうかパパがリボンちゃんの写真を撮りたいと云うので、着られないと困るからである。僕はパパにも中日辞書と硯を買った特に墨は水墨画には青墨がいいと聞いたので青墨も買った。今日本では中国製のものが沢山ある。ほとんどの製品は中国製現地で買うと品物はすごく安いだが電化製品はすごく高く、デジカメのメモリ カードは256MBで6500円日本の倍の値段である。食べ物はすごく安く生活必需品は特に安い。中国からのお土産を見ながらパパは早くリボンちゃんのチャイナー服姿の写真を撮りたいようであるその時は僕もリボンちゃんと写真を一緒に写りたいと思った。
2006.04.17
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久しぶりに我が家に帰ってきた、すごく天気が良いパパと散歩も久しぶり。僕はパパに京都のお土産をあげた「皇后陛下 美智子さま」ご還暦記念写真集である。御歌とお言葉と思い出の写真で綴る美しく懐かしいアルバムである。京都御所でしか発売されておらず、僕は京都のお土産として購入したパパはすごく喜んでくれた「リュウはいいワン公に成長したね~」と誉めてくれた。久しぶりにパパから写真を撮ってもらった「リュウは少し痩せたみたいだね~」とパパから云われた、キット旅の疲れかもね~パパがお仕事に出かけたので僕が先にアルバムを見ることにした。僕はアルバムを見ながらすごく感動した御歌とお言葉は心から胸を打つものばかりである。パパが心から僕に有り難うと言ったわけが解った。チョコpiやナミちゃんも今頃ママと京都の話で楽しいひとときを送っていることだと思った。チョコpi ナミちゃんお疲れ様でした。
2006.04.16
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朝起きるとチョコpiとナミちゃんが話をしていた。住んでるところが桜の開花宣言をしたのでママと一緒に桜を見たいと云っていた。僕達は京都の桜を満喫したので、そろそろ故郷に帰ろうと思っていたのでジョージ兄さんにそのことを話した。ジョージ兄さんもお仕事があるので帰ることを願っていたらしい、僕達が帰ろうと言わないので満足するまで、京都を案内しようと思っていたらしい。桜見物の最後を飾り、僕達は宇治の平等院に行くことにした。宇治の平等院は10円硬貨では見たことはあるが、実際には見たことが無い桜見物の最後を飾るにふさわしい所だと僕は思った。チョコpiもナミちゃんもすごく喜んでいた。池の周りの桜は最高に綺麗であるジョージ兄さんは何枚も写真を撮っていた。池に浮かぶ平等院の影はなんともいえない景色である。僕達は池の周りから角度を変えて桜を眺めたどの角度からも素晴らしい桜である。僕達は見事な桜を脳裏に焼きつけ平等院を後にした、色々な思い出を胸にパパやママが待っている故郷に帰ることにしたのである。僕はパパのお土産に京都御所でしか売ってないと言われた、「皇后陛下 美智子さま」ご還暦記念写真集を買った。チョコpiとナミちゃんはママに菊の御紋が入ったハンカチを買ったようである。もう我々の心は仙台のママと九州のパパのことで一杯であった。
2006.04.15
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今日はナミちゃんが御所のお庭を見たいと云ったのでジョージ兄さんは二つ返事で了解。だってジョージ兄さんはナミちゃんをすごく可愛がっているんだもんね。僕とチョコpiは男の友情ナミちゃんにすべて従うことにしている。御所にはいくつも中庭があり、どのお庭も素晴らしいものである。宮中では女官や皇族の人がこのお庭でマリ蹴りや色々な遊びをしていたことが偲ばれた。僕達は時間の許す限り色々なお庭を見て廻ったナミちゃん少々疲れ気味。屋敷の中から塀を越えて美しい姿を見せる桜も風情があっていいものである。歩きながら色々な想いを抱きながら散策した。ナミちゃんのママからお便りがあった。ナミちゃんの住んでる所が桜の開花宣言したとのこと、それを聞いてナミちゃん大喜びである。チョコpiとナミちゃんは同じところに住んでる見たい僕は一度遊びに云って見たいと思っただって、独眼流正宗がいたところだもんね。 僕は東北三代祭りに行きたいとこのとき思った。
2006.04.14
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僕達は御所の外で色々なお店があるのでまずはチョコpiやナミちゃんが大好きなダンゴをたべた、チョコpiやナミちゃん大喜びジョージ兄さんが「リュウ人力車を知ってるか?」と言われ僕はまだ見たことがないと答えたジョージさんがジャ~人力車に乗ろうと云って天龍寺に連れて行った。僕達3従士とジョージ兄さんとで人力車に乗って、竹林を散策した。人力車は1時間5千円である。高い所から見る景色は格別である、いつも地面から見上げている景色と随分違うチョコpiとナミちゃんがは、おおハシャギ。天龍寺の桜もすごく綺麗である。僕達は京都に来て桜を満喫することが出来た。天龍寺の境内もすごく綺麗である僕達は心が洗われる気持ちがした。
2006.04.13
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僕達は御所の中をあちこち散策した。チョコpiが僕に耳打ちした。「リュウ花より団子」と云う言葉知ってるかい」チョコpiが何を言い出したのかすぐには理解できなかった。チョコpiの足取りが重くなったのですぐに気が付いた、御所を出たところにみやげ物や、ダンゴを売っているチョコpiは入場する時ちゃんと調べていたのである。チョコpiやナミちゃんは散歩は30分程度であるだからすごく疲れたようである。ナミちゃんが写真を撮ってもらうところを見つけたので、ナミちゃんが記念写真を取る間少し休憩をした。ひとときの休憩をして僕達は桜の花を見て廻った。桜の花は今が満開一雨降れば散っていく「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」なんかこんな詩があったように思う。ナミちゃんがジョージさんと歩いている写真をおねだりしているキット、ママへのお土産にしたいようである。奥に行けば御所のお庭があるのでそこで記念写真を撮ろうね~とジョージさんが云うとナミちゃん大喜びである。ナミちゃんの喜ぶ顔を見ながら僕達3従士は御所のお庭に向かった
2006.04.12
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ホテルに帰るとジョージ兄さんが待っていた。リュウは京都は、初めてなので丁度京都にお仕事で来ているジョージ兄さんに京都案内をパパが頼んだみたい。朝起きると、もうジョージ兄さんは起きていた。チョコpiとナミちゃんはまだ寝てる。チョコpiとナミちゃんは日ごろから、良く寝ると聞いていたが、さすがに良く寝てる。僕達はジョージ兄さんとホテルの周りを散歩して今日は京都御所の見学である。僕達は西京極のししゅう館で昼食を取ったジョージ兄さんとチョコpiは良く食べてが僕とナミちゃんは少し残した。 のししゅう館には凄い刺繍と花車が展示されていた、僕達はジョージ兄さんから記念写真を撮ってもらった。12:40から年2回の特別公開の京都御所巡り、朝から凄い人である、観光バスは次から次に入ってくる。御所に入る時は手荷物検査が行なわれているだから入場するまでにかなりの時間がかかった。僕達は優雅にして典雅な春景色を満喫した。御所では今が満開である、ジョージ兄さんはパチパチと写真を撮っている。僕達3従士は桜の花の香りを嗅ぎまわったすごくいい香りがしている、最高最高とチョコpiが叫んでいた。ナミちゃんはジョージ兄さんにいいところで写真撮ってね~とおねだりしていた。ジョージ兄さんもナミちゃんがすごく可愛いのでナミちゃんを写す桜を探している。僕達は桜を見ながら神殿へと向かった
2006.04.11
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前々からチョコpiとチョコpiの親友のナミちゃんと京都に行くことを約束していた。桜も満開であり、今がチャンスと思いチョコpiに話すと、ナミちゃんにも連絡を取ってくれた。だから3匹で京都見物に行くことにした。集合は京都駅である。チョコpiとナミちゃんはすごく遠いところから来るので京都が最適である。僕は今まで新幹線の「ひかり」で京都まで直通であったが、新大阪で乗り換えするのには驚いたJR西日本は新大阪どまりである、新大阪で特急に乗り換え京都に行った。すでにチョコpiとナミちゃんは待合室で待っていた。ナミちゃんが京都の桜が見たいと云ったので桜を見てから行動を開始することにした。京都の枝垂れ桜は今が満開である。一雨降れば散るであろうと思う。僕達は桜の下でおやつを食べた。色々な枝垂れ桜が咲き乱れっている、チョコpi はくんくんと香りを嗅いでいた。すごくいい香りであるとチョコpiは満足している。僕とナミちゃんも香りを嗅いでみた、すごくいい香り気分爽快である。いよいよ明日から京都見物、僕は始めての京都であるすごく興味が湧いてきた。ナミちゃんはママと何度か来たみたいである。だから京都はナミちゃんに案内をしてもらうことにした。我々は桜を見てすぐにホテルへと向かった
2006.04.10
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今年はマリー・アントワネット生誕250周年である僕達ワン公は親友のチョコpi ・ナミちゃんの誕生祝いを「ヴェルサイユのバラ」ワン公編で祝ってあげた。先日チョコpiから連絡があり、いつも可愛がってくれているお兄ちゃんが県立高校に合格、お兄ちゃんに何かお祝いをしてあげたいので・・と言う相談であった。僕は色々考えたが、チョコpi ・ナミちゃんのように「ヴェルサイユのバラ」ワン公編でお祝いをすることをチョコpiに話すと快く賛成したので公演の運びとなった。だがオスカル役が見つからず、ダックスフンドのりおチャン2005年7月7日生まれ 8ヶ月(14歳)にお願いした所快く引き受けていただいたので。本日出演者の発表となる、チョコpiは安心をしたようである。「ヴェルサイユのバラ第2弾」・・フェルセン編池田理代子原作「ヴェルサイユのバラより」犬組公演 主な配役フェルセン・・・・・・・・・・・・・・・リュウマリー・アントワネット・・・・・・ナミオスカル・・・・・・・・・・・・・・・・りおアンドレ・・・・・・・・・・・・・・・・・チョコpiロザリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラブベルナール・・・・・・・・・・・・・・クッキーアラン・・・・・・・・・・・・・・・・・・チクワジェローデル・・・・・・・・・・・・チャミージャルジェ婦人・・・・・・・・・・コタブイエ将軍・・・・・・・・・・・・・レオ脚本・演出・・・・リュウ特別協賛・・・・・チワワ同盟 配役も決まり7月公演「ヴェルサイユのバラ第2弾」・・フェルセン編が公演されることとなった。
2006.04.09
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パパの「留守の間に内緒で親友のチョコpi,チクワ、クッキーちゃんと中国に旅行したので、僕は帰国するのに気が引けた。帰ってみると、パパはお仕事から帰っていた。僕は最初にリボンちゃんとパパにお土産をあげた、チャイナ服であるそして恐る恐る、中国の話をした。パパはどこにも行ったことが無いので、4勇士の話を興味深く聞いていた。僕は色々な話をした、無断で中国に行ったので叱られるかと思っていたが、意外にも「リュウ4勇士と色々社会勉強が出来て良かったね」と喜んでくれた。お土産のチャイナ服が効いたにかどうかは解らないが・・・パパが「リュウお花見に行こう、桜が満開だよ」といわれ僕は嬉しくなっていくいくといってパパについていった。どこに行くかすごく楽しみである。行き先は聞いて無いが・・・暫らく行くと団地の公園に来た、桜が満開である、見るとワン公が沢山来ている。花見にしては桜は少ない、人が集まっている所に連れて行かれたパパは花見に行こうといったが何のことは無い、狂犬病の予防接種である。僕は注射が嫌いである、獣医さんが注射器を持ってきたので僕が嫌がって逃げた弾みに首輪が抜けた。僕は是幸いと公園内を逃げ回った。パパがビックリして僕を追いかける、久しぶりにパパと追っかけごっこをした。周りの人の目つきが厳しくなったので暫らくしてパパに首輪をつけてもらった。獣医は又逃げはしないかと思い、すぐに注射をされた。僕達ワン公には必ず年1回狂犬病の予防接種がある。人間様にも今はワン公と同じように狂人病の予防接種が毎年あれば、変な犯罪も起こらないと僕は思った。現代社会においては人間様もワン公を見習うべきと思うのは僕だけであろうか。
2006.04.08
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中国大連の親善旅行も終え、大連市主催のレセプションに4勇士は臨んだ。開会前に4勇士はボタン姉さんから記念写真を撮ってもらった。互いに郷土に帰る前に・・。またいつの日か再会を期して・・。大連市長の挨拶に始まり大連市の関係者や北九州市の関係者の挨拶があり歓迎のレセプションが始まった。大連の時代を担う少年達の演技が始まった、大変どの演技も素晴らしいモノである。(少年の演技)宴会たけなわ、あちこちで、名刺交換が始まっている。 (少女の踊り)ボタンお姉さんは大連市長さんのところに行き、挨拶と名刺交換をしていた。大連市から日本に来た留学生である。市長も大変喜んでいた。次から次えと美味しそうな料理が出てくる、4勇士は中国料理は食べ納めと思い、どんどん食べて、食べれば食べるほど料理は出てくる。さすがのチョコpiもダウン寸前である。僕とチクワちゃんやクッキーちゃんは小食である、チョコpiが頼りである。如何して食べても食べても料理が出るのとボタン姉さんに聞いてみた中国では食べ残しが礼儀とのこと、日本では、失礼にと思うが・・。だから無理して食べなくても良いのよ~。是を聞いてチョコpiは安心したようである。おそらくチョコpiは僕達の分まで残してはいけないと思い頑張ったに違いない。僕達はチョコpiに感謝した。ごめんねチョコpi、有り難うねチョコpi.宴会は20:00まで続いた。日本時間21:00である。4勇士は満足した。いよいよ明日は日本である。僕はパパに内緒で来ている、パパが帰ってこないうちに帰らなければと思った。今日でチョコpiやチクワ、クッキーちゃんと離れることに淋しい気持ちなった。僕は心の中でさようなら、チョコpi・・さようならチクワ&クッキーちゃんまた会う日まで元気でね
2006.04.07
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我々4勇士は「動物放養区」にいるトラ太郎さんの約束を守るために、ボタン姉さんにお願いして大連一のレストランで食事をすることにした。中国では「リュウ(龍)を崇拝してる」この言葉を確かめるためである。万宝海鮮舫と言うレストランであるすごく大きなレストランでありすべて床は大理石すごく贅を尽くしている。まず部屋に入る前に驚いたのは天井はすべて龍の彫刻が施されている。見事な彫刻である。勿論2階一面の天井はすべてである。是を見てトラ太郎の云っていることが解った。龍は店の守神で最高に崇拝すべきものである。壁には色々な彫刻がありすべて金箔で出来ている。食事する部屋もすごく豪華であり勿論床は大理石何から何まで4勇士は始めて見る景色である。日本ではまづ見ることは出来ないと思った。今日が最後の晩餐である、我々4勇士は中国料理を心行くまで食べることを誓った。チョコpiはすごく喜んでいる、任しとき・・と云っていた。チクワちゃんもクッキーちゃんも、最後の晩餐かとお思うとなんだか名残惜しい様子であった。明日は日中友好のレセプションである長いようで短かった旅の想いを語りながらいつまでも話が弾んだ。
2006.04.06
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「日露戦争の原因は、満州と朝鮮にある。満州を獲ったロシアがやがて朝鮮を獲る」日露戦争にもし日本が負けていれば、朝鮮はロシアの所有になっていたことは間違いない。日本は、朝鮮半島を防衛上のクッションとして考えるだけでなく、出来れば市場とにできればとも考えていた。日露双方が、近代的な産業国家になろうとしそれにはどうしても植民地が必要であった。そのためロシアは満州を欲しがり、日本は朝鮮に必死にしがみついていた。ロシアは日本の案を黙殺し朝鮮の北半分をロシアの勢力下に置くというものであり日本はこの交渉に絶望し、談判は決裂した。1904年(明治37年)2月10日ロシアに宣戦布告した。戦いは、朝鮮・仁川沖でのロシア海軍への奇襲攻撃で始まった。ロシア軍は、旅順と大連を含めた遼東半島南端部分を丸ごと要塞化し、その根元に当たる幅4キロ足らずの金州地狭全体に堅固な要塞を築いた。 (写真は203高地要塞のロシア兵)旅順要塞を陸上から攻撃していたのは、司令官乃木希典率いる第3軍であった。参謀長は伊地知幸助それまで、乃木軍は旅順攻撃で累々たる戦死者の山を築いていた。特に203高地の攻撃に死傷者が多かったのは参謀長伊地知の無能のせいだと言われていた。そこで関東軍総参謀長の児玉源太郎がついに旅順に乗り込み、乃木に変わり指揮を執り12月5日203高地を攻略した。203高地の陥落は、ロシア軍の防御構成に重大な影響をもたらした。ロシア軍にとってこの高地と連携した要塞だった赤坂山の堡塁などはかってあれほど日本兵を殺傷した強力陣地でありながら、地勢上その力を失い、次の日の6日に守備兵は戦わずして退却した。日本軍は203高地に見張りを立て、陸軍砲、海軍の艦砲射撃で、旅順口内の艦隊を砲撃しすべて殲滅した。旅順要塞のロシア軍は1905年1月2日降伏した。水師営にて、乃木司令官とステッセル将軍の会見が行なわれたのは1905年(明治37年)1月5日であった。我々4勇士は昔の歴史を調べながら水師営の会見所に来た。チクワとクッキーは急いで会見所に向かった。僕とチョコpiは日露戦争の歴史をかみ締めながら当たりの景色を見つめていた。今から100年前の景色を・・これ以降満州・大連を含めて40年間日本の統制化に置かれる。
2006.04.05
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今日はすごく暖かい、4勇士は日露戦争を偲び旅順・203高地を訪ねることにした。日本とロシアの戦場の跡。感無量である。二〇三高地の石碑の前で記念の写真を撮った。二〇三高地よりの展望を見た下から攻める日本兵は相当苦戦をしたであろうと思った。僕のお家に来る人はパパを明治の大砲と云っている僕は意味が解らなかったが、此処に来てその意味が解った。パパは自分では何一つ出来ない、皆人任せである。明治の大砲とは役に立たない人のことを云ってる言葉だとパパを見て理解することが出来た。写真を撮った後又チョコpiがみんなと逸れた。チョコpiはすごく冒険心が旺盛である。その点チクワとクッキーちゃんはいつも僕の傍にいる。クッキーが「チョコpiはあそこで寝てる」と叫んだ見るとチョコpi は乃木将軍の御子息がロシア兵に撃たれ戦死した場所である。表示版の下でチョコpiは死んだ真似をして倒れている。多くの観光客が記念と言ってシャッターをきっていたチョコpiは一躍スターである。4勇士はロシアが築いた二〇三高地の大要塞に立った。下から攻める日本兵に対してこの要塞からロシア兵は応戦したのである。標識版には日本兵の死者17000名ロシア兵死者5000名と書かれている、これは中国側の発表である。実際には旅順攻撃での日本兵の死傷者は戦死者:15、400人負傷者:44,000人 計59、400人ロシア兵戦死者:5,000人である。この機会に日露戦争の背景を4勇士は探索することにした。
2006.04.04
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今日はすごく寒い気温は2度である昨日トラ太郎さんから2つのことを教えられた。一つは此処のトラはワン公とは友好的である。二つは中国ではリュウ(龍)がすごく崇拝されている。この2点を確かめるべく、まず我々4勇士は「動物圏養区」に行くことにした。すごく広いので車で見学である。広い庭に来た今はすごく寒いので小鳥は来て無いが、春ともなれば小鳥や色々な動物がきて、すごく散歩にいいところだと思った。チョコpiがパンダちゃんを見たいと言い出したのでまずはパンダを見ることにした。パンダの檻に行くと寒さの為かただいま冬眠中背を丸めてサッカーボールのようである。起きる様子が無いので諦めて目的地に向かった。トラの楽園である、数多くのトラが親子で寝ている此処は気温1度である。寒くは無いのだろうか。良く寝てる。この中に大きなトラと離れた所に犬が寝ている、犬とトラが同居している。こんな光景は見たことは無い。僕はボタン姉さんに聞いてみたボタンさんの話だと、このトラが生まれて間もなくして母親のトラが亡くなった。まだ目も良く見えない子トラである、それを母親代わりに犬の母が、小さい時から自分の乳を与え大きく育てたのである。だからいつもトラは母の犬と一緒に生活しているのである。このことは中国はおろか全世界に新聞、テレビで報道されたのである。今このトラは8年犬の年齢では48歳になる。母親の犬は56歳にはなるであろう。僕は詳しい話を聞こうと思って母親のワン公のところに行った、ぐっすり寝ている、目が覚めるまでと思い暫らく待った。たがトラの親子は目を覚ます気配はない。今やっとトラ太郎さんが,云った意味が解っただから此処ではトラと犬は仲良しなんだと・・僕はあたりを見渡してもチョコpiの姿が見えないチクワちゃんとクッキーちゃんの3匹で探したが、何処にもいない。その時チクワちゃんがあそこでチョコpiは寝てると教えてくれた。トラの親子が寝てる傍でチョコpiも仰向けになって寝ている。そうか~、チョコpiの住んでる所と、此処は同じ気温なんだだからチョコpiは平気で寝れるんだ・・4勇士はここのトラとは本当にいい友達になることが出来た。トラ太郎が言った「リュウ(龍)」のことである。それは大連一のレストランに行けば解るといわれた。4勇士は大連第一のレストランで昼食を食べることにしたGo GO GO レッゴGo!
2006.04.03
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大連森林動物園のサファリパーク「野生放養区」を探索することにした。昨日はすごく怖かった。チクワちゃんが怖く無い所が行きたいと言い出した。サファリパークはすごく広い、日本のサファリパークにも行ったが、何せスケールが違う。最初に見たのが狼の群れ、日本では全く見ることが出来ないが、ここでは多くの狼の群れ。チョコpiがリュウ君は狼にすごく似てるよと言った、毛並みはふさふさしてる感じだが毛色は僕よりすこし灰色かかった。感じである。大きさはシェパートに似てるがやや細身。狼を見てライオンを見た、家族連れで休んでいる。寒いからみんな目を覚ましている、寝てるライオンはいない。僕達は狼やライオンにはなじみが無いので虎のいる所に行った。すごく大きな虎がベンチにいる、僕はソコに行くことにした人のよさそうな虎である。「ニーハオ」「初次 見面」「我是日本犬」「我叫リュウ」挨拶を交わして、色々聞いてみたこの虎は虎ゾーンの大将で虎タロウと言っていた「リュウよ!お前を見たとき狼が此処に来たと思ったよ」「お前達の祖先は狼と言うじゃないか・・・」「此処ではゆっくりして行きな・・犬とは縁があるからな~」「俺達は犬とは友達だよ」「どうして、友達なの?」「山の向こうに動物圏養区がありそこにいけば解るさ・・リフトで行きなすごく遠いからな」チョコpiも僕が虎タロウと仲良く話してるの見て虎タロウの家族に近づいて行った。初めは怖そうにしていたがやがて慣れたのかすごく話が弾んでいる。クッキーも恐る恐る虎の家族に近づいた。虎タロウがいうように犬にはすごく好意的である。7年前に虎族が犬族にすごくお世話になったと云った、それ以来すごく友好的である。わけは動物圏養区に行けば解るといっていた。また「リュウ(龍)という名前はすごくいい名前だよ」中国では最高に崇拝され最高の権威があるのだ」といわれ大連一のレストランに行けばよくわかるとも云われた。他にも色々と教えてもらった。話が弾みかなり虎地区で遊んだ。僕は虎タロウさんから狼の子孫といわれすっかりその気になっていた。狼に今でも一番仕草が受け継がれているのは柴犬である、僕はシェパートと思っていたがそうでないらしい。僕はその気になって羊や鹿がいるところに行った。犬の祖先については狼説、ジャッカル説、狼から派生した野生犬の子孫説などがあったが、最近はDNAや血清タンパクなどの研究から祖先がオオカミであるという事が学者の間で一致した。外見の姿形、骨格のつくり、歯の数、妊娠期間口を開けてハアハアする体温調整の方法などオオカミと共通点が多く、解剖学的にはほとんど差がないと言われている。このほか、マーキングや穴掘りなどもオオカミ時代の名残と言われている。僕はオオカミの子孫だと思い此処ではオオカミのような振る舞いをした。だから尻尾も垂れてるのだってオオカミの子孫だも~ん。
2006.04.02
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大連森林動物園には一般的な動物園の「動物圏養区」とサファリパークの「野生放養区」がある。「動物圏養区」から「野生放養区」への移動はリフトを使用する。又見学するためのモノレールも走っている。敷地はすごく広いために乗り物が必要である。今日はすごく寒いのでリフトの使用は出来ず「動物圏養区」に行くために専用バスで移動した移動するのにバスで30分はかかる。山から山への移動である。4勇士は密林探検に出かけた。ドームの中はすごく暖かい此処では熱帯林の宝庫である。初めに綺麗な鳥が我々を歓迎してくれた。奥に、奥に行くと水車小屋がある4勇士はそこで少し休憩した。凄い密林地帯である。僕は蛇が苦手である出てきたらどうしょうかと、ビクビクである。チョコpiは怖くないと云っている。少し奥に入ると橋があり次の谷を行く道である。あたりは森林地帯である。迷子になれば帰ることは出来ないと思った。4勇士は互いにはぐれないように、並んで歩いた。チクワとクッキーちゃんは樹木の陰で姿が見えない事もあり、互いに、声を掛け合うようにした4勇士はさらに奥へと進んだ、その時チクワちゃんがキャンキャンと叫んだ。何かいるだしい。クッキーちゃんもワン、ワンと吠え出した。僕とチョコpiは初めて顔を上げると其処にはすごく大きな恐竜が我々の方にやってくる。チクワやクッキーちゃんは一飲である。僕とチョコpiはチクワやクッキーちゃんを守るために勇気を持って立ち向かった。チクワやクッキーちゃんは僕達の援護でいち早く穴倉めがけて逃げることが出来た。恐竜は牙を剥いている、僕とrチョコpiは勇気を出して吠えまくった。だが僕達に恐れをなしたのか、なにもすることは無かった。よくよく見ると、恐竜は造りものの恐竜である僕とチョコpiは胸をなでおろした。心臓の動悸はなかなか治まらなかった。僕はチクワとクッキーちゃんに何も無いから出ておいでと、声を掛けた。本当に怖い1日であった。
2006.04.01
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