ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2020/02/29
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テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 京都歩き
【 2020年 2月29日(土)】

 午前9時前に予約してあった床屋に行きました。今年初めての床屋さんです。土日は予約制で、予約すると待つ必要ないし、いつものゴルフ好きの兄ちゃんに刈ってもらえるので、土日に行くことにしています。私が刈り終わる頃、もう一人お客さんが入ってきましたが、それまでは私一人でした。やはり出控えているからでしょうか、床屋も空いていました。床屋のご主人も、息子さんも、その兄ちゃんもマスク無しなのには驚きましたが、兄ちゃんとの会話は専らコロナウィルスについてでした。次ぎ来る時は、いつものように、ゴルフやたわいもない話題でお話しできるようになっていることを願うばかりです。

 その後、リカマンに行って、お酒類を買い込んで、京都市内へ向かいました。「京の冬の旅」の見学です。宝鏡寺が今日で終わりなので、見学しようとすると今日行っておかなければならないためです。それと、3月6日の西京会案内の下見です。3月1日~4日はプライベートと勤務でふさがっているし、5日はその西京会の直前準備に空けておきたいので、今日しかありません。

 相国寺に車を停めました。まず、三時知恩寺へ。三時知恩寺も「京の冬の旅」で公開中です。いつものように招待券を1枚いただいていましたので、それで入りました。三時知恩寺はガイド会に入る前に特別公開で拝観したことがありますが、もうかなり前だし、そのときは客として見ただけなので、ガイドの視点で見るために拝観しました。

 学生さんのガイドは、マニュアル通りで面白くはありませんが、すがすがしくていいです。私は分かりやすい簡潔なガイドを目指していますので、どちらかというと学生さんのガイドに近いですが、これでいいと思っています。

 三時知恩寺は光照院同様、浄土宗の尼門跡寺院です。南北朝時代の北朝4代後光厳天皇の皇女・見子内親王が、伯父にあたる崇光(すこう)天皇(北朝3代)の旧御所・入江御殿を寺院に改めて創建され、「入江御所」と呼ばれました。室町三代将軍足利義満の息女・覚窓性仙尼(かくそうしょうせんに)が入寺し、「知恩寺」と称しましたが、宮中で行われていた六時勤行(ろくじごんぎょう・一日六回の念仏読経)のうち、昼の三時(みとき・三回)の勤行は、この寺で行うようにという後柏原天皇の勅令によって、寺名を「三時知恩寺」と改めました。明治維新まで代々皇女や摂関家の姫君が入寺され、殊に五摂家筆頭の近衛家と関わりの深い寺院です。

 本堂は江戸時代の天明の大火後大徳寺山内にあった学問所を移築したものと伝わります。阿弥陀如来像、善導大師像、手紙や写経で造った張子の仏像などが安置されています。狩野永納(狩野山雪の長子)の「花鳥図屏風」、妖怪図などが本堂に展示されていました。

 庭園は、仙人の住む神仙島を表した枯山水庭園で「蓬莱の庭」と呼ばれます。書院は、桃園天皇の女御・恭礼門院の御殿を賜ったもので、内部の長押などに見事な北山丸太が使われています。「一の間」は「源氏物語」図の扇面を貼り付けた襖で飾られ、「三の間」の襖には琵琶湖の魚獲りの様子が描かれた円山応挙筆の「?漁図(えりぎょず)」が描かれています。「二の間」にはやはり円山応挙筆の雉を描いた杉戸絵を見ることができます。


三時知恩寺










 室町時代に創建された臨済宗の尼門跡寺院。創建は室町時代の応安年間(1368~1375)。開山の華林宮恵厳(かりんのみやえごん)禅尼は、光厳天皇の皇女で、尼五山第一位の景愛寺の6世でもあった。寛永21年(1644)には後水尾天皇の皇女・理昌尼(りしょうに)が入寺。以来、皇女が住職を務め「百々御所(どどのごしょ)」とも呼ばれます。天皇から贈られた数多くの人形を伝えるため「人形の寺」とも呼ばれて、親しまれています。

 文政13年(1830)築の本堂には宝鏡を手にした、本尊・聖観世音菩薩像が安置され、これが寺名の由来となっています。この本尊は伊勢の二見ヶ浦で漁網にかかった際、手にしていた円鏡が輝き、朝廷に献上されたといわれます。狩野探幽筆と伝わる襖絵「秋草図」、現代の画家・河股幸和筆の襖絵「葡萄と鹿」「桜と小犬」「伊勢撫子と鶺鴒(せきれい)」が描かれています。

 阿弥陀堂(勅作堂)には、光格天皇勅作の阿弥陀如来像、後光厳天皇妃の崇賢門院像、日野富子像などが祀られています。後円融天皇の母、崇賢門院(すうけんもんいん)を開基とする大慈院(浄土宗)が明治初期まで宝鏡寺に隣接してあり、 後に富子は出家して妙善院(みょうぜんいん)となって大慈院に入寺しました。大慈院は後に宝鏡寺に受け継がれたため、崇賢門院像、日野富子像が安置されています。 また、宝鏡寺第十五世渓山(けいざん)禅尼は、義政と富子の息女でもあります。

 書院の東に広がる庭は「鶴亀の庭」と呼ばれます。皇女・和宮は幼少期の一時期を宝鏡寺で過ごしたとされ、この庭でよく遊んだといわれます。書院の「御座の間」「大広間」を飾るのは、円山応挙の孫である円山応震筆の「四季耕作図」です。円山応挙筆の愛らしい小犬の杉戸絵も見ることができました。

 その他、孝明天皇遺愛の御所人形「孝明さん」や、雛祭りに宮中から贈られた雛人形など、数々の人形も展示されていました。


宝鏡寺
















 同志社大学新町校舎の学食で昼食をとって、西本願寺方面に向かいました。→ こちら




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最終更新日  2021/04/04 10:54:37 AMコメント(0) | コメントを書く


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