ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2021/06/20
XML
テーマ: 京都。(6435)
カテゴリ: 京都案内
【2021年6月20日(日)】

 一昨日は事務所。昨日は修学旅行ガイドがコロナで中止で、替わりに会の小さな集まりがありました。

 そして今日は両足院の第5日。日曜日でお天気もよかったし、新聞に記事が掲載されたこともあって、今期間の中で最も多くの方にお越しいただきました。


 両足院の案内の続きです。

 方丈では、道釈画家七類堂天谿氏の描いた現代仏画襖16面を特別公開することがありますが、今回は、この襖絵は展示されていません。しかし、氏の筆による、汎下生(半夏生)観音のお軸が方丈にあり、書院にも氏のお軸が1つ掛かかっています。

 方丈の濡れ縁を通って書院に向かいます。方丈の東庭は、書院前の庭に続き、一体で「鶴亀の庭」となっています。方丈東庭の石組のある築山が「亀」の部分です。


方丈東庭の亀の形をした築山





方丈北川から半夏生の庭と2つのお茶室を望みます






西側(左側)のお茶室は「水月亭」です。建仁寺塔頭の正伝院は、織田信長の末弟織田有楽斎(長益)によって再建され、有楽斎は「如庵(じょあん)」というお茶室も造りました。明治6年(1873年)に正伝院は永源庵跡地に移転し、正伝永源庵と称し、そのとき「如庵」は祇園町の有志に払い下げられました。明治42年(1909年)に東京の三井本邸に移築され、昭和11年(1936年)に重要文化財(旧国宝)に指定されました。その後、昭和13年(1938年)に、三井高棟によって神奈川県中郡大磯の別荘に移築され、昭和47年(1972年)に、名古屋鉄道によって現在地、愛知県犬山市の有楽苑に移築されました。昭和26年(1951年)に文化財保護法による国宝に指定されています。如庵という名称は、一説によれば織田有楽斎のクリスチャンネーム「Joan」または「Johan」から付けられたといいます。明治42年に東京に移築される際に写しとして建てられたのがこの「水月亭」です。二畳半台目席で、腰張り古い暦が貼られていることから「暦の席」とも呼ばれています。余談ですが、東京の「有楽町」は有楽斎の屋敷があったため名付けられたものです。有楽町は「ゆうらくちょう」ですが、有楽斎は「うらくさいい」です。

 書院に入ります。入った床の間には、「かなアーティスト」赤川薫さんの「蜘蛛の糸」の掛け軸が掛かっています。芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」の小説そのものが、丸ごと絵の中に平仮名で書き込まれ、蜘蛛が糸でぶら下がる様子も表わされています。写真撮影禁止ですので、写真掲載できないのが残念です。

(続きます)


よろしかったらぽちっとお願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 京都旅行へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021/06/28 06:27:31 PM
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ワルディー・ヨーリョ

ワルディー・ヨーリョ

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: